今日,旧知の友より電話がかかってきた。私の勤務校の様子を聞いて,心配をしてのことだった。何日か休んだと言うことを話した。また,今年,かわってきてすぐに3年で,しかも,問題を多く抱えているクラスの担任で,体力を消耗していることも話した。
さすがに,「お前が,学年主任だったら,新しく来た人にそういう事はしないよな。」「前も,転任して3年に入った人のクラスを,一番問題がないクラスにしたものな。」と言った。
まさに,その通りで,私の考え方は,現有メンバーで組織運営ができることが大前提で,新しく来た人は,わからないことが多いので,まずは,旧メンバーで核を作っていくのが当然だと思っている。それを考え,人事を考えるのは誰なのか。私は,ここに,不信感がある。
前にも書いたが,学年状況の判断ミス,学年構成の判断ミス,各リーダーの選任ミス。転任者への説明不足。これだけのことが機能していないのに,学校が立ち直るはずもない。もし,このやり方で学校が立ち直ったとすれば,奇跡だろう。
私が,新卒の頃,学校は大荒れで,警察も学校に入る状況にあった。ここで,次年度は,学年構成について,まさに,今,私が書いたことの逆,現有メンバーを中心に,立て直しをはかった。先を見通した判断であった。それが,できた校長をはじめとするリーダーの集団があったんだと思う。それを見てきただけに,今の状況が,どうしても納得ができない。
「体を壊すなよ」と言われ,本当にそう思った。このままでは,命を削ってやっていくしかないのである。組織を動かす方法は,いろいろある,せめてその一つでもやっていかなければいけないんじゃないかと思う。
2008年11月24日月曜日
2008年11月22日土曜日
労働組合とは・・・
今,私の入っている教員組合,そして,違う組合。考え方の違いで別れているんだろうが,私自身積極的に参加しているということはないのでよくわからない。
ただ,昨日,たまたま,他の用事で来ていた,私の入っていない側の組合の執行委員長に会った。以前,同じ職場だったこともあって,少し話をした。そこで,私に対して強烈な言葉を言った。
「あんた達の,組合が,体調を崩すような状態の学校に対して,何かやってくれるか?労働条件について直接話をして改善しようとするか」というものだった。彼は,誰のための組合かを話した。組合員が困っているのに,調査すらしない。困っていることを言うことが,ひょっとして,自分の将来に影響があるんじゃないかと思わせるような雰囲気がある。そうじゃないの?と言われて,返す言葉がなかった。
私の勤務校には彼と同じ組合員がいて,「今の状況を知って,改善できないか」を話しに来たと言うことらしい。私は,「へー,そう言うことやってるんだ」と思った。過度な要求は,問題だが,今の私の勤務校の状況は,改善がなければ,倒れる人が増えていってしまうような気がする。
組合の幹部を経験した校長もいる。ならば,教員の職場の状況について,改善策を出す事ってできないんだろうか。組合の意味って何だろうと思った。
この際,組合もやめようと思い始めた。だからといって,違う組合に入ろうとも思わない。だって,どんなに困っても,やっぱり,一人で頑張るしかないんだから・・・。
ただ,昨日,たまたま,他の用事で来ていた,私の入っていない側の組合の執行委員長に会った。以前,同じ職場だったこともあって,少し話をした。そこで,私に対して強烈な言葉を言った。
「あんた達の,組合が,体調を崩すような状態の学校に対して,何かやってくれるか?労働条件について直接話をして改善しようとするか」というものだった。彼は,誰のための組合かを話した。組合員が困っているのに,調査すらしない。困っていることを言うことが,ひょっとして,自分の将来に影響があるんじゃないかと思わせるような雰囲気がある。そうじゃないの?と言われて,返す言葉がなかった。
私の勤務校には彼と同じ組合員がいて,「今の状況を知って,改善できないか」を話しに来たと言うことらしい。私は,「へー,そう言うことやってるんだ」と思った。過度な要求は,問題だが,今の私の勤務校の状況は,改善がなければ,倒れる人が増えていってしまうような気がする。
組合の幹部を経験した校長もいる。ならば,教員の職場の状況について,改善策を出す事ってできないんだろうか。組合の意味って何だろうと思った。
この際,組合もやめようと思い始めた。だからといって,違う組合に入ろうとも思わない。だって,どんなに困っても,やっぱり,一人で頑張るしかないんだから・・・。
2008年11月21日金曜日
知人の言葉!
今日は,前任校で同僚だった人と会った。私の体のことをとても心配してくれた。そして,今,薬を飲みながら勤務している私の話を聞いて,何の配慮もない職場に,自分の事のように怒ってくれた。
ただ,全くないわけではないが,ほぼないという状況であることは間違いない。医者は休んだ方がいいというときでも,何とか迷惑を最小限にするために,動かない体を無理して勤務した。しかし,出勤すれば,もう全く配慮はない。当たり前のことである。となれば,休んで代わりの人を呼んでもらうことが当たり前のこととなる。自分の今やっていることの評価は,それくらいなのである。
いてもいなくても一緒。いなくなったら困る存在。もし,後者なら,体調不調の中勤務している状況を把握する事も必要だろう。そうでないなら,医者の言うように休むべき事だろう。
今日あった知人は,「すぐに休むべし。駒の1つにしか考えていないに決まっているんだから・・・」「人間としてみていたら,もっと,配慮をしてくれるはずだよ」と言った。「医者がしばらく休めと言っているんだから,休めば良いんだ。自分を優先しないといけないよ。」と言う。
迷いに迷った言葉である。
ただ,全くないわけではないが,ほぼないという状況であることは間違いない。医者は休んだ方がいいというときでも,何とか迷惑を最小限にするために,動かない体を無理して勤務した。しかし,出勤すれば,もう全く配慮はない。当たり前のことである。となれば,休んで代わりの人を呼んでもらうことが当たり前のこととなる。自分の今やっていることの評価は,それくらいなのである。
いてもいなくても一緒。いなくなったら困る存在。もし,後者なら,体調不調の中勤務している状況を把握する事も必要だろう。そうでないなら,医者の言うように休むべき事だろう。
今日あった知人は,「すぐに休むべし。駒の1つにしか考えていないに決まっているんだから・・・」「人間としてみていたら,もっと,配慮をしてくれるはずだよ」と言った。「医者がしばらく休めと言っているんだから,休めば良いんだ。自分を優先しないといけないよ。」と言う。
迷いに迷った言葉である。
トップダウンとボトムアップ!
組織を作って,それを運用するとき,2種類が考えられる。いわゆる「トップダウン方式」と「ボトムアップ」方式である。
今,私の勤務校は,荒れの状態にある。しかし,残念なことに「この状況」にありながら,方針がはっきり出てこない。自分は,考える組織に入っていないからだろうが,全く伝わらない。トップダウンで組織を活性化させるのか,それともボトムアップで意見を集約するのか。そのいずれでもないように思える。
何もしないことが解決につながることもあるんだろうが,私はそうは思えない。ここは,強いリーダーシップを持った人を中心に,学校の方針をはっきり出すことではないだろうか。それをやるように指示を出さなければ,先へは進まない。
これができないとなれば,多くの先生方の考え方をピックアップしながら方針を作る。これが,ボトムアップ方式である。
今,この2つの方式のどの方法で進もうとしているのか。全くわからない。もし,私がリーダーだったら,どちらかを選択すると思う。何とか学校を立て直すために・・・。
今,私の勤務校は,荒れの状態にある。しかし,残念なことに「この状況」にありながら,方針がはっきり出てこない。自分は,考える組織に入っていないからだろうが,全く伝わらない。トップダウンで組織を活性化させるのか,それともボトムアップで意見を集約するのか。そのいずれでもないように思える。
何もしないことが解決につながることもあるんだろうが,私はそうは思えない。ここは,強いリーダーシップを持った人を中心に,学校の方針をはっきり出すことではないだろうか。それをやるように指示を出さなければ,先へは進まない。
これができないとなれば,多くの先生方の考え方をピックアップしながら方針を作る。これが,ボトムアップ方式である。
今,この2つの方式のどの方法で進もうとしているのか。全くわからない。もし,私がリーダーだったら,どちらかを選択すると思う。何とか学校を立て直すために・・・。
2008年11月18日火曜日
感じられない統率感!
何だろう。この気持ちは・・・。統率されているという感じがしない。言葉が違うかも知れないが,全体を見ている人,問題行動に対して指導方法を指示する人。まるで,バラバラに感じる。
私が思うに,全体を見るという立場で考えている人がいないんじゃないかという事ではないか。何が起きているかを把握できていないんじゃないか。それが,結果として,指導の統一性を欠き,指導を難しくしている。今年から赴任した私に,なじめない大きな原因である。
今日も,校内で大きな音が何回もした。爆竹ではないが,それに類する物だろう。しかし,何もなかったかのように過ぎていく。以前いた学校では,すぐに,校長が中心となって,教職員を招集し,統一した指導が入った。どうも,ここ数年,こういう状態が続いて,教職員の感覚が麻痺しているんじゃないかと思ってしまう。
こういう状況が続けば,教職員の感覚は「またか・・・」という感覚になってしまう。それが,今日の荒れを助長しているようにさえ思える。今までなら,すぐに,直訴したが,私の意をくんでくれると思えなくなってしまっていて,自分も,多くの人と同じ感覚になってきてしまっている。でも,私のような少数派じゃ,今は何もできない。少数派と言うより,たった一人と言った方が良いかも知れない。
許されるなら,私は,今の状態を逐一保護者に知らせることをしたい。たぶん,多くの保護者は,正しく事実を把握していないんだと思う。
ところで,今の状況で,越境入学を認めないとなると,地域の保護者はどうすれば良いんだろう。授業中に勝手に走り回る生徒の指導をしていれば,授業は進まない。授業中に私語を始め勝手なことをすれば授業は進まない。そんな学校に安心して自分の子どもを通わせられるだろうか。越境がダメというなら,どこに行っても,同じ教育が受けられるように率先してすべき組織はどこなんだ。その仕事をしているとは,今の私には全く思えない。
せめて今,1週間は学校に常駐して,どうすべきかを指導する必要があるんじゃないだろうか。もう何年も前になるが,教育委員会から指導主事が来て様子を見た。そして,私たち職員に話をしたのを覚えている。今は,そういう気骨のある人はいないのだろうか。
毎日毎日,「なぜ?」と思ってばかりで,体調もそのためかすこぶる悪い状態が続いている。
私が思うに,全体を見るという立場で考えている人がいないんじゃないかという事ではないか。何が起きているかを把握できていないんじゃないか。それが,結果として,指導の統一性を欠き,指導を難しくしている。今年から赴任した私に,なじめない大きな原因である。
今日も,校内で大きな音が何回もした。爆竹ではないが,それに類する物だろう。しかし,何もなかったかのように過ぎていく。以前いた学校では,すぐに,校長が中心となって,教職員を招集し,統一した指導が入った。どうも,ここ数年,こういう状態が続いて,教職員の感覚が麻痺しているんじゃないかと思ってしまう。
こういう状況が続けば,教職員の感覚は「またか・・・」という感覚になってしまう。それが,今日の荒れを助長しているようにさえ思える。今までなら,すぐに,直訴したが,私の意をくんでくれると思えなくなってしまっていて,自分も,多くの人と同じ感覚になってきてしまっている。でも,私のような少数派じゃ,今は何もできない。少数派と言うより,たった一人と言った方が良いかも知れない。
許されるなら,私は,今の状態を逐一保護者に知らせることをしたい。たぶん,多くの保護者は,正しく事実を把握していないんだと思う。
ところで,今の状況で,越境入学を認めないとなると,地域の保護者はどうすれば良いんだろう。授業中に勝手に走り回る生徒の指導をしていれば,授業は進まない。授業中に私語を始め勝手なことをすれば授業は進まない。そんな学校に安心して自分の子どもを通わせられるだろうか。越境がダメというなら,どこに行っても,同じ教育が受けられるように率先してすべき組織はどこなんだ。その仕事をしているとは,今の私には全く思えない。
せめて今,1週間は学校に常駐して,どうすべきかを指導する必要があるんじゃないだろうか。もう何年も前になるが,教育委員会から指導主事が来て様子を見た。そして,私たち職員に話をしたのを覚えている。今は,そういう気骨のある人はいないのだろうか。
毎日毎日,「なぜ?」と思ってばかりで,体調もそのためかすこぶる悪い状態が続いている。
2008年11月16日日曜日
朝から,大変!歯医者へ・・・。
今日,朝食時,突然「固い物」をかんだ感覚が・・・。確かめると,奥歯にかぶせてあった物だ。突然,ぽっかりあいたような奥歯。痛みはないが,気になって気になって・・・。
どうしようかと言うと,息子が「日曜日もやっている歯医者がある」と言うので,10時前に,早速電話をした。すると,10時30分頃なら空いています。と言うことで,行くことにした。
行ってみると,平日も遅くまで,土日も遅くまでやっている。こんな歯医者が近くにあったとは知らなかった。行くと,すぐに,元に戻してもらい,たった10分で終わった。感謝・感謝。
いつもだと,平日に電話をして予約をしてからと思っていたので,本当に助かったのである。家の周辺には,歯医者が多くあるが,土日にやっているのは,ここだけだと思う。
どうしようかと言うと,息子が「日曜日もやっている歯医者がある」と言うので,10時前に,早速電話をした。すると,10時30分頃なら空いています。と言うことで,行くことにした。
行ってみると,平日も遅くまで,土日も遅くまでやっている。こんな歯医者が近くにあったとは知らなかった。行くと,すぐに,元に戻してもらい,たった10分で終わった。感謝・感謝。
いつもだと,平日に電話をして予約をしてからと思っていたので,本当に助かったのである。家の周辺には,歯医者が多くあるが,土日にやっているのは,ここだけだと思う。
2008年11月13日木曜日
生徒指導に対する<わかりやすい判決>?
神奈川の県立高校の食堂で、食器を片付けなかった男子生徒の首を押さえ付けけがを負わせたとして、傷害罪に問われた元定時制非常勤職員に対し、横浜地裁が傷害の事実を認定した上で無罪を言い渡していたことが分かった。
裁判官は「体罰はできる限り避けることが望ましいことは論をまたない」としつつ、「男性の行為は生活指導の必要上行った行為で、正当な範囲を逸脱したとは認められない。規律違反に対する制裁として行ったものではなく、体罰に当たらない」と判断。「仮にこの程度の行為も一切許されずに処罰対象になると、素行が悪く指導に従おうとしない生徒らが、体に触れられた程度でも容易に教職員を警察に告訴する風潮を生み出しかねない」と述べた。
まさに,今,学校現場に対して,よく現状を把握しているという点で,素晴らしい判決と思う。ただ,私たちは,体罰が禁止されていることは十分に理解した上で,子ども達が,このまま放置すればどんな大人になるかという点で,とても不安を持っている。
制止した結果ケガをしてしまった場合まで体罰となれば,ただ,問題行動を見て,言葉で注意しろとなるが,これは,あまりに現場を知らないと思う。今,毎日のように教師が殴られ,蹴られ,突き飛ばされている。それでも,教師は,それを制止すらできないとなれば,誰が止めるのか。それでやれと言うなら,暴力をふるっている生徒の腕すらつかめない。弱い立場の生徒が暴行を受けているときですら,見ているだけだとしたら,誰が許すだろうか。今や,もうそういう時代になってきていることを,この裁判官は理解していたんだと思う。
以前,自己防衛でもダメと言った中学校長がいた。私は,体罰はいけないのは当然として,生徒が殴られていたり,先生が殴られていても,何もできないという風潮になってほしくない。また,各地域の校長会は,この問題に真剣に取り組んでほしい。自分の保身を考えるのではなく,もっと具体的に正面から,「体罰とそうでないもの」を考えてほしい。
下記に文部科学省の通知を載せておきたい。この通知を知らなかった校長もいたので・・・。
学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方<平成19年2月5日>
1 体罰について
(6) なお、児童生徒から教員等に対する暴力行為に対して、教員等が防衛のためにやむを得ずした有形力の行使は、もとより教育上の措置たる懲戒行為として行われたものではなく、これにより身体への侵害又は肉体的苦痛を与えた場合は体罰には該当しない。また、他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対して、これを制止したり、目前の危険を回避するためにやむを得ずした有形力の行使についても、同様に体罰に当たらない。これらの行為については、正当防衛、正当行為等として刑事上又は民事上の責めを免れうる。
裁判官は「体罰はできる限り避けることが望ましいことは論をまたない」としつつ、「男性の行為は生活指導の必要上行った行為で、正当な範囲を逸脱したとは認められない。規律違反に対する制裁として行ったものではなく、体罰に当たらない」と判断。「仮にこの程度の行為も一切許されずに処罰対象になると、素行が悪く指導に従おうとしない生徒らが、体に触れられた程度でも容易に教職員を警察に告訴する風潮を生み出しかねない」と述べた。
まさに,今,学校現場に対して,よく現状を把握しているという点で,素晴らしい判決と思う。ただ,私たちは,体罰が禁止されていることは十分に理解した上で,子ども達が,このまま放置すればどんな大人になるかという点で,とても不安を持っている。
制止した結果ケガをしてしまった場合まで体罰となれば,ただ,問題行動を見て,言葉で注意しろとなるが,これは,あまりに現場を知らないと思う。今,毎日のように教師が殴られ,蹴られ,突き飛ばされている。それでも,教師は,それを制止すらできないとなれば,誰が止めるのか。それでやれと言うなら,暴力をふるっている生徒の腕すらつかめない。弱い立場の生徒が暴行を受けているときですら,見ているだけだとしたら,誰が許すだろうか。今や,もうそういう時代になってきていることを,この裁判官は理解していたんだと思う。
以前,自己防衛でもダメと言った中学校長がいた。私は,体罰はいけないのは当然として,生徒が殴られていたり,先生が殴られていても,何もできないという風潮になってほしくない。また,各地域の校長会は,この問題に真剣に取り組んでほしい。自分の保身を考えるのではなく,もっと具体的に正面から,「体罰とそうでないもの」を考えてほしい。
下記に文部科学省の通知を載せておきたい。この通知を知らなかった校長もいたので・・・。
学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方<平成19年2月5日>
1 体罰について
(6) なお、児童生徒から教員等に対する暴力行為に対して、教員等が防衛のためにやむを得ずした有形力の行使は、もとより教育上の措置たる懲戒行為として行われたものではなく、これにより身体への侵害又は肉体的苦痛を与えた場合は体罰には該当しない。また、他の児童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対して、これを制止したり、目前の危険を回避するためにやむを得ずした有形力の行使についても、同様に体罰に当たらない。これらの行為については、正当防衛、正当行為等として刑事上又は民事上の責めを免れうる。
2008年11月11日火曜日
「砂風呂遊び」と称される遊びを行い、重体に・・・
中学2年生の男子生徒が砂場で「砂風呂遊び」と称される遊びを行い、重体となる事故が起きた。この事故を聞いて思うことは,年々「限度を知らない子ども達」が増えていることである。
「もうやめて」という声に全く耳をかさない子どももいる。本当に限界だということを声や表情で読み取ることができない。中には,わざと,そうする子もいるが,ごくごく普通の子でも,こういう場面に出くわし,注意することが増えた。
小さい頃の,体験不足かも知れない。痛い,苦しいという経験をさほどせずに中学生になる。また,テレビなどでは,大人が限度を超えたようにも見える暴力が報道され,中には,お笑いにしてしまう風潮もある。そんな中で育ってきた子ども達に,「これ以上はダメだ」という気持ちをもてない子がいる。
今,日本では,将来に向けて夢が持てないといわれている。その将来を築くはずの子ども達が,健やかな成長をしなくなってきている。ゆゆしき問題だが,多くの大人が逃げている。まずは,親。何でも人のせいにする親が増えた。そして,教師,保護者のご機嫌をうかがうような行動をしなければならない。いわゆるモンスターペアレント対応も,結局は,担任一人で抱え込まなくてはいけない。
学校という事で考えても,校長を中心とした一致団結していない学校では,事なかれ主義になってしまい,教師集団は,力を発揮できないばかりか,疑心暗鬼になる。
日本は,子どもの教育に真剣に取り組まなければ,将来,大変なことになる。それは,子ども達と毎日接している私たち教師が痛感している事なのである。今回の事故も,この中の1人でも,「やめよう」と言える子がいたら,起きるはずもない事故だった。「やりすぎだぞ」と言える子ども達を一人でも多く育てていかなければならない。勇気を持って,言える子ども達が「言えない」雰囲気の中で生きている現代。それを可能にするのは,私たち大人しかいない。
もうこれ以上,悲しい事故が起きないためにも,子ども達の事を真剣に考え,間違った親には,間違っていると言える大人になろう。
「もうやめて」という声に全く耳をかさない子どももいる。本当に限界だということを声や表情で読み取ることができない。中には,わざと,そうする子もいるが,ごくごく普通の子でも,こういう場面に出くわし,注意することが増えた。
小さい頃の,体験不足かも知れない。痛い,苦しいという経験をさほどせずに中学生になる。また,テレビなどでは,大人が限度を超えたようにも見える暴力が報道され,中には,お笑いにしてしまう風潮もある。そんな中で育ってきた子ども達に,「これ以上はダメだ」という気持ちをもてない子がいる。
今,日本では,将来に向けて夢が持てないといわれている。その将来を築くはずの子ども達が,健やかな成長をしなくなってきている。ゆゆしき問題だが,多くの大人が逃げている。まずは,親。何でも人のせいにする親が増えた。そして,教師,保護者のご機嫌をうかがうような行動をしなければならない。いわゆるモンスターペアレント対応も,結局は,担任一人で抱え込まなくてはいけない。
学校という事で考えても,校長を中心とした一致団結していない学校では,事なかれ主義になってしまい,教師集団は,力を発揮できないばかりか,疑心暗鬼になる。
日本は,子どもの教育に真剣に取り組まなければ,将来,大変なことになる。それは,子ども達と毎日接している私たち教師が痛感している事なのである。今回の事故も,この中の1人でも,「やめよう」と言える子がいたら,起きるはずもない事故だった。「やりすぎだぞ」と言える子ども達を一人でも多く育てていかなければならない。勇気を持って,言える子ども達が「言えない」雰囲気の中で生きている現代。それを可能にするのは,私たち大人しかいない。
もうこれ以上,悲しい事故が起きないためにも,子ども達の事を真剣に考え,間違った親には,間違っていると言える大人になろう。
車のドアが開かない!
今日の仕事帰り,車に乗ろうと,ロックを外すボタンを押した。いつものように「カチッ」と音がして,ドアノブを引いたが,開かない。「あれっ」と思って,もう一度,押したが,また「カチッ」と音がした。しかし,何度やってもドアが開かない。運転席以外は,操作通りに動くが,運転席のドアだけいうことをきいていない感じだった。
結局,キーをドアに差し込んで開ける事になった。何と久しぶりだろう。思い出せないほど前に経験したように思う。ここ数年は,すべてスイッチ1つで解錠ができていた。
これは,困るなと思って,帰り道に購入先に寄った。しばらくして,「モーター」が壊れているようです。と言う話だった。すぐになおるかなと思ったが,部品がないとのこと。しばらく,この不便が続きそうだ。気をつけないといけないのは,車から降りて,スイッチを押しても「運転席だけ」は,ロックしないことだ。いつもの癖で,これをやると,運転席側は,鍵がかからない。
修理費の見積額は,11500円(工賃込み)だという。おととい車検が終わったばかりで,すぐに故障か。いつものように,運が悪いと思った。
結局,キーをドアに差し込んで開ける事になった。何と久しぶりだろう。思い出せないほど前に経験したように思う。ここ数年は,すべてスイッチ1つで解錠ができていた。
これは,困るなと思って,帰り道に購入先に寄った。しばらくして,「モーター」が壊れているようです。と言う話だった。すぐになおるかなと思ったが,部品がないとのこと。しばらく,この不便が続きそうだ。気をつけないといけないのは,車から降りて,スイッチを押しても「運転席だけ」は,ロックしないことだ。いつもの癖で,これをやると,運転席側は,鍵がかからない。
修理費の見積額は,11500円(工賃込み)だという。おととい車検が終わったばかりで,すぐに故障か。いつものように,運が悪いと思った。
2008年11月9日日曜日
車検!
この週末は,疲れもあって,家でゆっくりした。横になる時間がほとんどだったが,土曜日に出した車を取りに出かけた。ちょうど2回目の車検だった。2日間,横になっていたせいか,いつもと違う感じがした。まだ,体調が元に戻っていないんだなと思う。
さて,車検だが,15万円もかかった。こんなものかな。予想としては,10万円くらいと思っていたので,ちょっとショック。また,帰り際に「この車を下取りに新車を買いませんか?」と言われて,全然価格は違うのに「買った方が得じゃないかな」という妙な感覚になった。買う方が高いに決まっているのに,車検を受けるより買った方が良いと思わせるセールスマンの作戦にひっかかりそうだった。
さて,車検だが,15万円もかかった。こんなものかな。予想としては,10万円くらいと思っていたので,ちょっとショック。また,帰り際に「この車を下取りに新車を買いませんか?」と言われて,全然価格は違うのに「買った方が得じゃないかな」という妙な感覚になった。買う方が高いに決まっているのに,車検を受けるより買った方が良いと思わせるセールスマンの作戦にひっかかりそうだった。
2008年11月7日金曜日
とうとう,立っていられなくなって・・・
昨日の昼,廊下で休み中の生徒を見ているんだが,座っていて,立ち上がろうとした時,急にめまいがして立っていられない状況になった。近くにいたクラスの生徒に頼んで,部屋に入れてもらって,横になった。
目がぐるぐる回る感じがして,目を開けると,確かに周りの景色が回っている。気持ちも悪くなるし,どうしようと不安になった。生徒もいるので,何とか,横になっていると,少し回復したように思って,目を開けたが,やはりまだ,周りの景色が回っている。これは,しばらくかかると思って,じっとしていた。
心配した生徒が他の先生を呼んできてくれて,とりあえず,しばらく休むことになった。
今週は,最初から,疲れがひどく,授業中も声を出すのも辛いという状況だったので,疲れが原因かなと思っている。とにかく,休む時間がない。若い人なら,なんとかなっていくんだろうが,50歳を超えた私には,疲労が蓄積しているように感じる。
1時間ほどで,立てるようになった。しかし,休むことは許されず,教室へ行って,学活をやったのである。確かに,どの先生も厳しい状況だから仕方がない,でも,ものすごく空しく寂しい思いをした。このままの状況が続くと,休まないといけないように思えてきた。
目がぐるぐる回る感じがして,目を開けると,確かに周りの景色が回っている。気持ちも悪くなるし,どうしようと不安になった。生徒もいるので,何とか,横になっていると,少し回復したように思って,目を開けたが,やはりまだ,周りの景色が回っている。これは,しばらくかかると思って,じっとしていた。
心配した生徒が他の先生を呼んできてくれて,とりあえず,しばらく休むことになった。
今週は,最初から,疲れがひどく,授業中も声を出すのも辛いという状況だったので,疲れが原因かなと思っている。とにかく,休む時間がない。若い人なら,なんとかなっていくんだろうが,50歳を超えた私には,疲労が蓄積しているように感じる。
1時間ほどで,立てるようになった。しかし,休むことは許されず,教室へ行って,学活をやったのである。確かに,どの先生も厳しい状況だから仕方がない,でも,ものすごく空しく寂しい思いをした。このままの状況が続くと,休まないといけないように思えてきた。
2008年11月3日月曜日
来年の秋は・・・
11月に入った。体調は,悪いながらの毎日である。この3連休も,横になっている時間が長かった。子ども達も大きくなっていて良かったと思う。たぶん,今だったら,近所の公園に連れて行けるかどうかという体力である。
来年,こんな思い,こんな状態でないことを願わずにはいられない。3連休だったら,1日くらいは,どこかに出かけたいと思うようになっていたいものだ。
家にいる時間が長いから余計なことも考えてしまう。学校をどう変えていくのか。どういう方法を持ってすれば,変われるのか。変わってくれる人たちが出てくるのか。いろいろと考えては,「考え過ぎか!」と思い直す。
今まで勤務した学校の中で,一番大変だった頃の事を思い出すようにしている。私が30歳くらいの時である。始業式から,パトカーが校門で待機するほどの状態だった。また,当時の校長のことも同時に思い出す。この校長は,問題を起こす生徒達を自ら呼んで校長室で授業をした。言うことを聞かずに手こずらせている子も多かったにも関わらず・・・。
これを見た,私たち若い教員は,どれだけ「心強い」思いをしただろうか。これから数年後,問題は,急激に少なくなっていったのを思い出す。一致団結した教師集団になった。立ち直ったというのは,言い過ぎかも知れないが,10年満期で変わる頃には,信じられないほど良い学校になっていた。
いろいろと議論も必要だ。ただ,誰がどう動くのかで学校が変わった例だと思う。今は,退職され,どこかの園長先生として頑張って見えると聞く。以前の勤務校で職場体験で行ったとき,生徒達に,私のことをいろいろと話をしてくださった。当然,帰ってきた子ども達は,「先生って,すごいんだね。」と言った。そういう話ができる人である。子どもの心をつかむことが上手な人だった。校長を教職員から選ぶ理由は,こういう事なんだろう。そうじゃなかったら,管理能力がある人だったら誰だって良い。
今後も教員から校長を選んでいくなら,こういう部分も評価に入れてほしいと願っている。研究がすぐれているだけ,試験の結果だけが良いからふさわしいとは言えないと思う。学校の長としてどういう人材を選んでいくかが,教育委員会が学校をどうしたいかの答えなんだと思う。
幸い今,私の勤務校では,教務と教頭がその役をやっているように思える。もっともっと,表に出てきて良いと思っている。そうすることが,学校に「柱」を立てることになるんだろう。細い柱で支えていたら,1本折れただけで倒壊の危機である。しっかりした「太い柱」を立てれば,1本くらい細い柱が倒れたって,なおすだけの時間は生まれる。頑張ってほしい。
厳しいことを書くが,学校には核となる人が数人必要で,それぞれがその仕事をする。しかし,その能力がない人がその仕事を引き受けてしまったら,どうなってしまうか。厳しい言い方だが,できないのにやる事は,他に多大な迷惑がかかることを考えないといけない。私は,できることは,懸命にやってきた。でも,苦手でできないことは,正直にできないことを言って断った。自分の能力の限界がよくわかっているからだ。1つの学年をまとめられても,学校全体に目を向けるだけの力がない。だから,私は,管理職にはなれない。人をコントロールする能力が,残念ながらないからである。でも,1つ学年を任せられたときは,懸命にやってきたし,自慢できる学年を作ってきた。これが,退職まで数年になった私にできる仕事なんだと思っている。
来年,こんな思い,こんな状態でないことを願わずにはいられない。3連休だったら,1日くらいは,どこかに出かけたいと思うようになっていたいものだ。
家にいる時間が長いから余計なことも考えてしまう。学校をどう変えていくのか。どういう方法を持ってすれば,変われるのか。変わってくれる人たちが出てくるのか。いろいろと考えては,「考え過ぎか!」と思い直す。
今まで勤務した学校の中で,一番大変だった頃の事を思い出すようにしている。私が30歳くらいの時である。始業式から,パトカーが校門で待機するほどの状態だった。また,当時の校長のことも同時に思い出す。この校長は,問題を起こす生徒達を自ら呼んで校長室で授業をした。言うことを聞かずに手こずらせている子も多かったにも関わらず・・・。
これを見た,私たち若い教員は,どれだけ「心強い」思いをしただろうか。これから数年後,問題は,急激に少なくなっていったのを思い出す。一致団結した教師集団になった。立ち直ったというのは,言い過ぎかも知れないが,10年満期で変わる頃には,信じられないほど良い学校になっていた。
いろいろと議論も必要だ。ただ,誰がどう動くのかで学校が変わった例だと思う。今は,退職され,どこかの園長先生として頑張って見えると聞く。以前の勤務校で職場体験で行ったとき,生徒達に,私のことをいろいろと話をしてくださった。当然,帰ってきた子ども達は,「先生って,すごいんだね。」と言った。そういう話ができる人である。子どもの心をつかむことが上手な人だった。校長を教職員から選ぶ理由は,こういう事なんだろう。そうじゃなかったら,管理能力がある人だったら誰だって良い。
今後も教員から校長を選んでいくなら,こういう部分も評価に入れてほしいと願っている。研究がすぐれているだけ,試験の結果だけが良いからふさわしいとは言えないと思う。学校の長としてどういう人材を選んでいくかが,教育委員会が学校をどうしたいかの答えなんだと思う。
幸い今,私の勤務校では,教務と教頭がその役をやっているように思える。もっともっと,表に出てきて良いと思っている。そうすることが,学校に「柱」を立てることになるんだろう。細い柱で支えていたら,1本折れただけで倒壊の危機である。しっかりした「太い柱」を立てれば,1本くらい細い柱が倒れたって,なおすだけの時間は生まれる。頑張ってほしい。
厳しいことを書くが,学校には核となる人が数人必要で,それぞれがその仕事をする。しかし,その能力がない人がその仕事を引き受けてしまったら,どうなってしまうか。厳しい言い方だが,できないのにやる事は,他に多大な迷惑がかかることを考えないといけない。私は,できることは,懸命にやってきた。でも,苦手でできないことは,正直にできないことを言って断った。自分の能力の限界がよくわかっているからだ。1つの学年をまとめられても,学校全体に目を向けるだけの力がない。だから,私は,管理職にはなれない。人をコントロールする能力が,残念ながらないからである。でも,1つ学年を任せられたときは,懸命にやってきたし,自慢できる学年を作ってきた。これが,退職まで数年になった私にできる仕事なんだと思っている。
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