2010年1月31日日曜日

警察は何を基準に動くのか?

 朝青龍の暴行事件で,警察がその場にいたにも関わらず,逮捕すらせず,当事者の言うがまま行動したという事を報道で見た。
 また,漫才師が暴力で本人が否定したにも関わらず逮捕され身柄拘束された。後にこの件は,暴行を認めたのだが・・・。
 この2つの事件で,警察は,相手を見て行動しているんだろうという推測ができる。朝青龍だから,逮捕せずにしておこうという思いで放置したとすれば,明らかに「法の下の平等」という原則が崩れている。最近,世の中も「規範意識」が薄れ,犯罪も増え,警察も大変な事態なのかも知れない。でも,すべての人に,同じスタンスで法の適用をすることは,最後まで守ってほしいものである。

 学校に勤めていて,30年前と,今では,明らかに中学生に対しての指導が,甘くなってきている。当時の中学生は,警察が恐いという意識があった。また,警察は,中学生に乗り越えられないような行動をしていた。しかし,今,中学生の一部は警察をなめている。中には,警察と仲良しだと言い切る。だから,「大丈夫」だと思っている。

 今回の朝青龍の件で,「警察」の「規範意識」も,世の中同様「薄れてきている」と言わざるを得ない。私は,若い世代に「信賞必罰」の精神をしっかり教えていく必要があると思う。それには,「悪いことをしたらペナルティがある」という当たり前のことを警察にはやってほしい。
 冗談で「警察のお世話にならないように・・・」という話に「大丈夫だよ。警察なんか・・・」という答えが返ってくるような警察では先が思いやられる。今からでも「正直者が馬鹿を見ない世の中」を取り戻さないと,手がつけられなくなるのは見えている。誰が,それを先頭に立ってやるべきか。そういう人がいない。政権交代したとは言え,それができる政党には見えない。政党にはでいなくとも,せめて,日本の将来を「若者の教育」から考える人材がいることを信じていきたのだが・・・。

2010年1月27日水曜日

腹立たしい対応・・・<これでも,教育委員会?>

 今日は,あることで教育センターに電話をした。その対応に腹が立った。資料をすべて読み,そこに書かれてあることを確認し,書かれてなく緊急に必要な部分があったので電話をした。

 すると「それは,説明会で話した。資料を渡してそこに書いてある。勘違いをしているんじゃないか。」と断定的に言う。さすがに,私もすべて読んでから電話をしているので,「資料の9ですね」と確認すると,やっと「ちょっと待ってください。資料を見ます」そして,「ああ,ごめんなさい。今からFAXで送ります。」

となった。その間,自分の勘違いや間違いを謝ることもなかった。

 一般の会社なら怒鳴られても仕方がない対応だが,そこは,教育委員会の関係の部署である。そこに務めている人たちは,ものすごく偉いんだろう。だけど,人を見下すような対応をする人が,選ばれてそこにいるかと思うと,同じ仕事をしている者にとって,悲しすぎる。もし,相手が教員だからそういう対応をしたとすれば,その人の人格の問題にもなるのではないだろうか。「すみません」が言えない人が「人を指導する立場」にいるのは,教育委員会は何を持って指導者を決めているのかという事にもつながる。

 今日の担当者は,一般企業じゃなくてよかった。企業なら,「上司を出せ!」となるほどの事である。相手が同じ組織でなかったら,私だって,激怒して,上司が謝るまで許さないという態度に出たであろう。それほど腹立たしい出来事だった。

 この出来事に,私自身も気をつけないといけないと思った。相手に「何様のつもりだ」と言われないようにね。私が若い頃の委員会の人たちの多くは,「皆さんのおかげで・・・」というスタンスだったし,そういう事をよく口にしていた。私は,その言葉で「よし,支えていこう」と思ったものだ。今は,変わったんだろうか。やはり,政権と一緒で「同じ集団」を長く続けると弊害が出るのかも知れない。「自分だけで偉くなったと思っているんだろう」彼らが早めに学校を出て,研修などに出かけた後の学校の生活指導を誰がやっていたのか知っているのかと言いたい。そんなことも感じない人たちが自分たちの上にいることに「教育も終わりか・・・」と言うことまで考えてしまった。
 今日対応した人,一度私の勤務している学校で1週間授業をしてみると良い,それだけ大変な中で時間を作って,教育委員会の指示に従ってやっているかがわかる。そうしたら,学校からの問い合わせにどういう言い方をするのかは自然にわかることだ。

2010年1月17日日曜日

法の下に平等とは・・・。

 民主党の小沢幹事長が検察庁の事情聴取に応じず,戦うという。私は,疑問に持ったのは,これが政治家だから許されるとすれば,国会議員は特別で,何も肩書きのない国民が許されないなんて事はないようにしてもらわないと「法の下に平等」という法治国家の根幹が崩れる。これが許されるなら,任意であれば,協力をしなくてよいという考えにつながっていくのではないか。まあ,それならそれで良いのだけれど・・・。 「自分は潔白と言うなら,堂々と話をしてこい」と言うのが,ごく普通の対応だと思っていたのだが,時代は変わったのかな。
 「今日は友達と囲碁をやらないといけないので行けません」と私が言ったら,警察官や検察官は何と言うだろう。そういう問題じゃないのかな。

 まあ,どこの組織も「強い者」には弱い。自分に影響がある人にも弱い。それを良いことに強者の気持ちで行動しているとしたら,やはり,「法の下の平等」は絵に描いた餅と同じと言えよう。民主党に政権が変わり,そうでない社会になるかと思えば,やはり,強者に群がる人たちが,日本を作っていくんだ。
 そして,本来良い方向に進めるはずの事も進めなかったり,回り道をせざるを得なかったりするんだろう。そのやり方が弱者を苦しめてきたんじゃないだろうか。本当に正しい道を進んでほしい。それを打ち破るのは,強いリーダーの存在しかない。今,国会議員にそういう人がいないのだろうか。

 ところで,検察庁に対しても批判があるようだが,私には法律的なことはわからない。でも,何か腑に落ちない事が多いように思う。もし,私なら「参考に話を聞きたい」と言われれば,行くでしょう。行かなくて良いなら行きたくない。今後は,このスタンスで良いんだろうか。検察官は,真面目に応じている人達が「何だ!」と思わないような対応をしてほしいと切に思う。
 常々私が言っている「正直者が馬鹿を見る」世の中にしてほしくない。そんな日本にしてほしくない。

2010年1月12日火曜日

JAL問題!

 今,日本のJALが破産の状態だという。私は,歴代の幹部,そして,政治家の責任は重いと思う。ある意味,これは,日本の古い体質,そして,リーダーの決断力のなさが引き起こしたものだと思っている。わかりやすく言えば,「無責任」な人の集団なのだ。

 まずは,信じられないほどの国内空港の数。地元に空港を建設し,空席の補助をもいとわないやり方。これでは,赤字になるに決まっている。この部分では,地方・国会議員の責任である。何もかもJALの責任とは言い切れない。
 また,JALも想像以上の高給,そしてその待遇。聞くところによれば,労働組合の問題も大きいようだ。この部分では自業自得と言わざるを得ない。最近公開された映画を見たが,すべて正しいとは思わないが,一部分事実のように思える。

 常に私が書いていることの1つに「リーダーシップ」というものがあるが,まさに,この欠如が今日の事態になっている。そして,そのとばっちりは,やはり「弱い立場」の人たちに来る。世の常とはいえ,空しい。責任は誰にあるのか。政治家・会社の幹部は,猛省をし,弱い立場の人たちが路頭に迷わないようにしてほしいと願う。
 だって,幹部や政治家は職を失わないし,次への就職もできる。リストラされる派遣の人たちは,そう簡単ではない。世の中,いつも弱い立場の人たちが傷つくのである。

 また,国鉄からJRになったときのことを思い出す。こうならないと,わからない人たちがいるのも事実。難しいな。ただ,ここまでに良い思いをしてきた人たちがいるのも事実だ。

2010年1月11日月曜日

教え子が家に来た!

 成人式を終えた教え子が家に来た。開口一番「先生,先生のクラスは真面目にやっていたよ」と。本当に嬉しい言葉だ。卒業の時,「おまえ達の20歳の時,そして10年後を考えている」という話をした。ちゃんと覚えてくれていた。

 しかし,私のクラス以外では,残念ながらそうでなかった子達もいたと聞く。常々,私はクラスでいろんな話をしてきた。嫌な言い方だが,これは,教師としては全く評価されないのだが・・・。しかし,この教え子達の言葉が私の最大の評価だと勝手に思っている。
 ちょっと前にも,成人式で「先生のクラスの子は,茶髪ゼロでした」と言われた。別に茶髪がいけない良いという事ではなく,私は,具体的には誤解をうむといけないのでかけないが,成人式について卒業の時に話をした。ちゃんと覚えていてくれる。これが教育だと私は思う。この5年10年後の彼らの姿が「教育の成果」なんだと私は信じて今も頑張ろうと思う。

 もし,この考えが正しければ,きっと良い日本になるだろう。そうじゃないだろうか。こういう思いを持った人が教育委員会にいれば,そして,その人の思いが学校に届けば,きっと良い方向に向かうだろう。リーダーがこの思いを語り,若い教師が伝承していけば学校は変わる。私くらいの歳だと,若い教師は「出世できない人」という見方をしてしまう。「こういう考えだから一生ヒラ教員なんだ」とね。残ながら私に残された時間は少ない。私の周りには同じ思いの人が多いが,人の上に立つ人はいない。人の上に立つと,こういう思いではやっていけなくなるんだろうか。寂しい物だ。

再度,荒れる「成人式」に思う!

 昨日もこの話題を書いたが,今日は,教え子達の成人式でもあった。少し話をして思ったことは,「真面目に成人式」に臨んだ子達が我慢をし,嫌な思いをする。しかし,勝手なことをやる子達が,楽しい思いをする。まさに「正直者が馬鹿を見る」ということだ。これがまかり通っていけば,中には,「真面目に生活することが馬鹿らしい」と思ってしまう子が出ても不思議ではない。

 だからこそ,今,大人は若者に「真面目にやることは素晴らしい」と教えるためにも,頑張らないといけない。「悪いこと」「勝手なこと」は,ペナルティーがあることを・・・。残念ながら,間違った人権意識で物怖じしてしまう大人がいる現実。以前にも,ある県のトップが一括した事があったし,刑事告訴をした人もいた。「若いから許される」のは,内容にもよる。間違ってほしくない。
 私の教え子の数人は,途中で退席したという。退席すべきは,勝手なことをしている人じゃないだろうか。これでは,全く逆である。これが今の日本だ。

 リーダーがいなくなった。残念だが・・・。団塊の世代の人たちは,多くの集団の中で育ち,「事なかれ主義」に走ってしまったのではないだろうか。今,リーダーは,一世代超えた人たちになりつつある。これは大いに歓迎だが,まだリーダーに留まっている人たちには,今一度,先を見て,何をすべきかを考えてもらいたい。そうじゃなかったら,どんどん「真面目が若者」がダメになってしまう。これは,日本にとってはるかに危機なのである。

 「真面目にやれば報われる」という時代,ちょっと前はそうだった。いつからダメになったんだろうか。私なりの答えは持っているが,それが正しいのかはわからない。1つ言えることは,リーダーを育ててこなかったツケが今きているんだろうと言うことである。いっぱい素質を持った人がいたのに,見いだせなくて,また,育てられなかった人たちは,何を思うだろう。

 「成人式」をみれば,明らかに学校教育の間違いがあったと言わざるを得ない。100%ではなくとも,学校の責任は重い。当然,教育委員会の責任も重い。しかし,誰もそれには言及しない。だから,また同じ事を繰り返すんだろう。人がいない訳じゃない。リーダーの素質を持った人はいる。その人がリーダーとして活躍できない組織だから,日本中で同じ問題が起きてしまう。
 たぶん,何年かして,「これはいけない」と軌道修正をするんだろうが,もっと早くしないと「真面目に頑張っている人」の中に犠牲者が出る。「真面目にやっている」事が報われると感じたら,人間は頑張れる物である。しかし,その逆で,「いい加減」にやっているのと同じだと思ったら,余程じゃないと頑張れない人もいる。
 それを見分ける力,その力を持った人が必要な時代だ。

2010年1月10日日曜日

正直者が馬鹿を見る世の中!

 今年も荒れる成人式の話題がニュースになったが,もう何年もこういう話題が続き,また,家を失った人たちに援助したはずがそのお金を酒に使ってしまったという話題もあった。
 現代は「正直者が馬鹿を見る」「真面目にやっていることが馬鹿を見る」社会になってしまったように思う。高校授業料無料化も良いとは思う。しかし,私たちの頃は,経済的な理由で進学しなかった子は多い。また,進学しても「自分のアルバイト」で頑張っていた子もいる。私自身も大学の授業料はアルバイトで支払った。
 成人式でも「真面目に成人を祝う」人たちの事を考えてほしい。一部の勝手な人たちが「正直者が馬鹿を見る世の中」にしている。ではどうするか。簡単なことである。勝手な事をする人たちにペナルティーを課すことである。こういう事って,大人の姿勢ではないだろうか。警察官も歯がゆいだろう。命令する立場の人がその場しのぎになっているんだろう。もし,長期的に考えるなら,ここでなんとかしようとするだろう,数年で出世のために変わっていくような組織では,長期的な目線で物事を考えられないだろう。余程のリーダーシップを持っていないとね。 こういう事を一つ一つ解決していくような人を出世されないと,いつまでも変わらないだろう。学校も・・・。

 要は,アルバイトをすれば通えるような授業料にすることの方が,勉学意欲もなく,ただただ遊んでいる学生達にお金を与えるよりはるかに良いことではないだろうか。「○○をしてくれない」「国は何もしてくれない」と過剰なほどの要求をし,それがまかり通っていることが,現代を「正直者が馬鹿を見る」世の中にしてしまってはいないだろうか。
 過去にも私に知っている親子は,「生活保護を受けずに頑張ろう」と私が見ても涙が出るほど頑張っている母親がいた。確かに高校には行かなかったが,その子は,今は自分が親となって頑張っている。かと思えば,生活保護を受けて,親子で海外旅行に毎年行っている家庭がある。これでは,真面目に頑張っている人がかわいそうすぎる。生活保護を受けるべき人が受け,そうでない人は受けられなくしないと,あまりに不公平に感じる。

 何度も書くが,高校授業料無料化より,「行きたいなら自分で頑張れば払える授業料」にすることを優先してほしい。「行きたいから頑張る」という当然の行動をしなくなって良いのだろうか。今の高校生がどういう生活を送っているか。そうでないなら,「高校は義務教育」にするのが筋ではないか。
 私たちは「行きたいなら自分でバイトしてでも行け」という時代だった。今は,この考えは古いと言うのだろうか。もし,そうなら,日本は,いつか「他力本願」の国になっていまうような気がする。

 余談で書くなら,私は仕事でもそういう部分を感じている。一生懸命頑張っているつもりのなのだが,結局,要領よく仕事をしたり,何らかの力がある人は良い思いをし,学校で懸命に体を壊すほど働いても評価はされないどころか,人の嫌がる学校にばかり転任させられ,誰も嫌だといってもたないクラスを持たされる。こういう生活を30年間やってきて,さすがに私も「いい加減にしろ」という思いだ。「真面目にやってきた人」<自分で言うのも変だが>が馬鹿を見る状態では・・・。
 私は,もっと高所に立つ人たちに「この日本をこうしたい」という気概をもってほしい。当然,教育に携わる人には,もっと崇高な目標をもってほしい。自分や自分の周りだけしか見られない人は不適格だと思う。
 まあ,無理だろう。ただ,かすかな期待は,名古屋市長が河村たかし氏になり,今までの役所を変えてくれるかも知れないという期待はしている。要は,上に立つ人が,いかに重要かと言うことである。しばらく様子を見てみたい。
 

2010年1月9日土曜日

新年,よろしくお願いします。

 このブログに,思ったことを書きながら日々を送っています。今年も機会を見つけて書いていこうと思っています。

 さて,今の日本,いろんな意味で閉塞感があると言われています。私は,教育もそう感じます。何を目標にしているのか。見えてきません。勉強が第一目的なんでしょうか。それが,今日の若者を作ってしまった1つの原因ではないでしょうか。
 本当は,教育は「人」を育てていくことではないんでしょうか。私が教師になった頃は,もっと,子どもとの関わる時間も多く,余裕がありました。しかし,今,事務的な仕事が多く,子ども達も学校が終われば塾ということで,居残っての勉強,あるいは,話をする時間がなくなってきました。本当にこれで良いのでしょうか。

 私は,授業が大切なことはわかっているつもりですが,その前にやるべき事があると思っています。それができて学習につながっていくのではないかと・・・。イスに1時間座っていられない子どもがいます。「躾」がされていない子どもがいます。これは,日本の社会全体で考えていくべき問題だと思います。学校ですべてをやることはできません。
 まずは,こういう事を真剣に考えている人をリーダーにする環境を作ることから始めてほしいと願います。教育委員会の研修で,何が優先されているでしょうか。教科の学習に偏っているのではないでしょうか。もっともっと,現場で教師を育てていく必要があるのではないでしょうか。目の前にいる子どもと見て教育をするんじゃないでしょうか。そのためには,若い教師を指導できる人が必要なんです。
 私の周りにも多くのこういう力のある人がいます。もっと,こういう人たちに若い人の指導をしてもらいたいのです。人を集めて話を聞いたり,文章を書くだけで力をつけることは難しいのです。こういう研修と平行してやるべきです。私について言えば,新卒の頃には多くの先輩から見て学びました。こういう事の方が有益なんです。
 若い先生達が,パソコンに向かって研修報告や指導案に時間をかけている様子を見て,それだけが研修じゃないと思うのです。