学校が大変で,廊下当番や授業エスケープ対応,毎日死にものぐるいでやっている。しかし,私は,見てしまった。用があって,校長室にノックして入った瞬間,校長のノートパソコンには,「ゲーム」の画面。
これだけでも「罷免」に値するな。なぜなら,極限で頑張っている教師達と同じ時間に,ゲームをやって遊んでいるんだ。許せるはずもない。まして,学校を建て直せるはずもない。そんな時間があるなら,一緒に校舎を見回るのが当然じゃないだろうか。
今の学校の話ではないのだが,こういう校長がいる。こういう人を校長に任命した教育委員会がある。まして,もし,教育委員会に所属したことがある人が,こうだったら,どうすれば良いんだろう。
2009年1月29日木曜日
2009年1月27日火曜日
何をどうしたいのか!
今年から,転勤し,今の学校で1年が過ぎようとしている。前半,体調を崩した。これは,本当に疲れた。
今,特に生徒指導で,この学校は,何をどうしていくんだという答えが自分では見えてこない。今までには,ない感覚である。だから,どうして良いんだという場面で立ち往生する。中学校3年生ですらそうだから,今までの3年間もこんな感じだったのだろう。
毅然とした態度に出て,子ども達を指導していくのか。それとも,子どもとの信頼関係を築きながら指導を進めていくのか。私にはわからない。毅然とした態度で出れば,当然摩擦は起きる。しかし,正当防衛でも,手を出せないという環境の中で,できるかといえば,まず無理である。にも関わらず,毅然とした指導をしようとしている。この指導は,責任を取る立場の強い意気込みがなければできない。
それに対して,子どもとの信頼関係を築きながら指導していくのは,時間がかかる。周りからは,迎合とも受け取れることもある。
どっちで進んでいるんだろう。私には,わからない。言えることは,毅然とした態度でやろうとしていることだ。その結果,始業式をはじめとした集会は,私が,問題を抱えている生徒の面倒を見ることになる。そうすべきなのかもわからない。文化祭・体育大会にも参加させず,私は面倒を見ていた。何時間も彼らの面倒を見ることが,いかに大変なのかを知ってのことだろうか。
後に,その把握もできていなかったらしいと聞いて,ショックだった。こういう指導をすれば,こうなる。そんなことが,わからない状態で,この方法を追認しているのは,何なんだろう。学校の現状を把握できていないんじゃないかと思えてしまう。
ある時,「最近は,良くなってきた」という発言を聞いた。私は,言いたい。「そりゃそうだよ,そこにいないんだから・・・」
今,特に生徒指導で,この学校は,何をどうしていくんだという答えが自分では見えてこない。今までには,ない感覚である。だから,どうして良いんだという場面で立ち往生する。中学校3年生ですらそうだから,今までの3年間もこんな感じだったのだろう。
毅然とした態度に出て,子ども達を指導していくのか。それとも,子どもとの信頼関係を築きながら指導を進めていくのか。私にはわからない。毅然とした態度で出れば,当然摩擦は起きる。しかし,正当防衛でも,手を出せないという環境の中で,できるかといえば,まず無理である。にも関わらず,毅然とした指導をしようとしている。この指導は,責任を取る立場の強い意気込みがなければできない。
それに対して,子どもとの信頼関係を築きながら指導していくのは,時間がかかる。周りからは,迎合とも受け取れることもある。
どっちで進んでいるんだろう。私には,わからない。言えることは,毅然とした態度でやろうとしていることだ。その結果,始業式をはじめとした集会は,私が,問題を抱えている生徒の面倒を見ることになる。そうすべきなのかもわからない。文化祭・体育大会にも参加させず,私は面倒を見ていた。何時間も彼らの面倒を見ることが,いかに大変なのかを知ってのことだろうか。
後に,その把握もできていなかったらしいと聞いて,ショックだった。こういう指導をすれば,こうなる。そんなことが,わからない状態で,この方法を追認しているのは,何なんだろう。学校の現状を把握できていないんじゃないかと思えてしまう。
ある時,「最近は,良くなってきた」という発言を聞いた。私は,言いたい。「そりゃそうだよ,そこにいないんだから・・・」
2009年1月26日月曜日
残念なこと・・・
今日,授業中に授業を抜け出した生徒が数名いて,私たちはその対応にあたっていた。その場面を見ていた人がいた。学校の管理職である。しかし,私たちが押し問答をしているのを横目で見て,その場を立ち去っていった。
毎時間,自分の授業以外は,この寒さでも廊下番をしている私たち。正直「やってられない」と思った。何か急な用でもあったのだろうか・・・。だとしても,ただただ,任せて終わり。もし,そうなら,私たちが,もっともっと,働きやすい,また,やっていてやる気を失わせない方法があるんじゃないかな。
まあ,いろんなリーダーがいて良いとは思う。やってみせるリーダーも良い。言って聞かせるリーダーも良い。それ以外は,どんな方法で,リーダーシップを発揮するんだろう。
この話,本当だったら,どう思いますか?
毎時間,自分の授業以外は,この寒さでも廊下番をしている私たち。正直「やってられない」と思った。何か急な用でもあったのだろうか・・・。だとしても,ただただ,任せて終わり。もし,そうなら,私たちが,もっともっと,働きやすい,また,やっていてやる気を失わせない方法があるんじゃないかな。
まあ,いろんなリーダーがいて良いとは思う。やってみせるリーダーも良い。言って聞かせるリーダーも良い。それ以外は,どんな方法で,リーダーシップを発揮するんだろう。
この話,本当だったら,どう思いますか?
2009年1月25日日曜日
経験は生きるか?
昭和50年代半ばから昭和60年代前半,荒れる中学校が,全国に出てきた。当時は,外部機関を頼ることを悪とし,学校内で処理をしようとして,後手後手に指導がまわった。
しかし,時を経て今,また同じ事が繰り返されようとしている。確かに,外部機関との連携は当時に比べれば比較にならないほどになっている。しかし,残念ながら,それを経験した教師が減ってしまっていると言うことである。あの時,何をし,何を思って行動したかを語れる教師が減った。
特に,前線で活躍していた教師の多くが,管理職となり,当時とは違った行動をせざるを得ない。そこには,管理職として言えないこともあるだろう。
今,当時を知らない教師達が,学校の中心となってきている。あたかもそれに間違いがないと感じているのかも知れない。しかし,私から見れば,そんなんじゃない。そんなに簡単なものじゃない。だから,この方法は,考え直した方がよい。そう思う場面が多い。
もはや,私たち50歳を超えた,しかも,あの荒れる学校を経験した教師の経験は,生きる道を失われつつある。残念である。ただ,今の方法だと,また,同じ結果を生むとしか思えない。せめて,あの経験をした,管理職に頑張って,若い世代の教師達を育ててもらいたい。
しかし,時を経て今,また同じ事が繰り返されようとしている。確かに,外部機関との連携は当時に比べれば比較にならないほどになっている。しかし,残念ながら,それを経験した教師が減ってしまっていると言うことである。あの時,何をし,何を思って行動したかを語れる教師が減った。
特に,前線で活躍していた教師の多くが,管理職となり,当時とは違った行動をせざるを得ない。そこには,管理職として言えないこともあるだろう。
今,当時を知らない教師達が,学校の中心となってきている。あたかもそれに間違いがないと感じているのかも知れない。しかし,私から見れば,そんなんじゃない。そんなに簡単なものじゃない。だから,この方法は,考え直した方がよい。そう思う場面が多い。
もはや,私たち50歳を超えた,しかも,あの荒れる学校を経験した教師の経験は,生きる道を失われつつある。残念である。ただ,今の方法だと,また,同じ結果を生むとしか思えない。せめて,あの経験をした,管理職に頑張って,若い世代の教師達を育ててもらいたい。
2009年1月24日土曜日
夢(ビジョン)を語れ!
義務教育段階での学校は,地域の学校に通わなければならない。当然,そこには,多くの「差」が生じる。私も6校に勤務し,その「差」を感じてきた。
しかし,その中でも「夢(ビジョン)」を語るリーダーはいた。一番は,校長のはずだが,そうでなくても,教頭・教務主任,そして学年主任にもいた。しかし,まずは,それを語れる雰囲気を作る役割の人が徐々に減ってしまった。そう感じるのは,自分が歳を取ったせいかも知れない。
ただ,去年まで,私は,常に子ども達に「夢」を語ってきた。過去には,学年主任として,学年全体に「夢」を語ってきた。学校には,努力目標なるものがある。そこに何が書かれ,それに向かって各所で教師達がどういう努力をしていくか。それに,どう助言していくのか。本当に,今,機能している学校はいくつあるんだろうか。
アメリカで,新大統領は,演説で「ビジョン」を語った。何も,難しい演説をしろと言っているのではなく,1つの組織を動かす「夢(ビジョン)」を語らないと,同じ場所にいながら,ちぐはぐな学校ができてしまう。そこに,学年間の差ができ,同じ方向を向かない学校になってしまう。何度も経験したことだ。これを立て直そうと考えている人たちが,動きやすく,地域から信頼される学校作りを真剣に考えていかないと「学校間格差」は,開く一方である。
たまたま,今書いたことを実践した数人に出会っている。今も,一人の教務主任に期待をしている。それを支える体制ができていない。そう思えるのである。教育委員会は,頑張る人を支える仕組みを考えてほしい。名誉職はいらない。
しかし,その中でも「夢(ビジョン)」を語るリーダーはいた。一番は,校長のはずだが,そうでなくても,教頭・教務主任,そして学年主任にもいた。しかし,まずは,それを語れる雰囲気を作る役割の人が徐々に減ってしまった。そう感じるのは,自分が歳を取ったせいかも知れない。
ただ,去年まで,私は,常に子ども達に「夢」を語ってきた。過去には,学年主任として,学年全体に「夢」を語ってきた。学校には,努力目標なるものがある。そこに何が書かれ,それに向かって各所で教師達がどういう努力をしていくか。それに,どう助言していくのか。本当に,今,機能している学校はいくつあるんだろうか。
アメリカで,新大統領は,演説で「ビジョン」を語った。何も,難しい演説をしろと言っているのではなく,1つの組織を動かす「夢(ビジョン)」を語らないと,同じ場所にいながら,ちぐはぐな学校ができてしまう。そこに,学年間の差ができ,同じ方向を向かない学校になってしまう。何度も経験したことだ。これを立て直そうと考えている人たちが,動きやすく,地域から信頼される学校作りを真剣に考えていかないと「学校間格差」は,開く一方である。
たまたま,今書いたことを実践した数人に出会っている。今も,一人の教務主任に期待をしている。それを支える体制ができていない。そう思えるのである。教育委員会は,頑張る人を支える仕組みを考えてほしい。名誉職はいらない。
2009年1月4日日曜日
人間も物扱い!
今日,テレビを見ていて,今問題となっている「非正規雇用」の事が話題になっていた。その中で驚いたのは,正規社員は「人事課」が扱い「非正規雇用」は,「物品課」が扱っているという話が出て,唖然とした。
日本は,今どちらに進もうとしているのか。アメリカの真似ばかりする国になろうとしているのか。日本には日本の「やり方」があっても良いと思う。国際競争力を高めるためなら,人を人とも思わないやり方が通用するんだとすれば,もはや,人のための国ではない。私はそう思った。
人を人として扱う国,それが日本の「心」だったんじゃないだろうか。私も最近,こういう思いがしている。30年近く働いてきて,初めて「物」として扱われてきたことを感じた。機械のように,これだけのことができるから,これをやらせる。ここには,「感情」はない。ご苦労様という気持ちもない。温情をかけてもらえた時代はどこかにいってしまい,今や,働く者は,「物」として扱われる社会。世も末だ。そう感じている。
今,日本の歩むべき方向を,真剣に考えていきたいものだ。そこには,教育の大切さが出てくるはずだ。その教育に携わる者達が,「心」を忘れていたのでは,「心豊かな子ども達」が育っていくわけがない。自分の事しか考えない,「わがまま」な子どもが育っていくだろう。
なぜ,教員をはじめ,教育委員会は,それに気付かないんだろう。学力向上は,必要だ。でも,それより上にあるもの,あるような気がする。勉強だけで競争して,それで,幸せなんだろうか。そのほころびがあちこちで「事件」という形で出てきているのに,なぜ,気付かないんだろう。あれらの「事件」は,特別じゃない。いつでも起こりうると私は,子ども達を見ていてそう思う。
日本は,今どちらに進もうとしているのか。アメリカの真似ばかりする国になろうとしているのか。日本には日本の「やり方」があっても良いと思う。国際競争力を高めるためなら,人を人とも思わないやり方が通用するんだとすれば,もはや,人のための国ではない。私はそう思った。
人を人として扱う国,それが日本の「心」だったんじゃないだろうか。私も最近,こういう思いがしている。30年近く働いてきて,初めて「物」として扱われてきたことを感じた。機械のように,これだけのことができるから,これをやらせる。ここには,「感情」はない。ご苦労様という気持ちもない。温情をかけてもらえた時代はどこかにいってしまい,今や,働く者は,「物」として扱われる社会。世も末だ。そう感じている。
今,日本の歩むべき方向を,真剣に考えていきたいものだ。そこには,教育の大切さが出てくるはずだ。その教育に携わる者達が,「心」を忘れていたのでは,「心豊かな子ども達」が育っていくわけがない。自分の事しか考えない,「わがまま」な子どもが育っていくだろう。
なぜ,教員をはじめ,教育委員会は,それに気付かないんだろう。学力向上は,必要だ。でも,それより上にあるもの,あるような気がする。勉強だけで競争して,それで,幸せなんだろうか。そのほころびがあちこちで「事件」という形で出てきているのに,なぜ,気付かないんだろう。あれらの「事件」は,特別じゃない。いつでも起こりうると私は,子ども達を見ていてそう思う。
2009年1月1日木曜日
謹賀新年!
2009年がスタートしました。昨年は,本当に今まで経験したことがないことが多くあり,自分自身も体調を崩すほどでした。今年は,まずは,体調を元に戻すこと,そして,今の学校を「ごくごく普通の子ども達にとって良い学校」にするべく頑張りたいと思います。
この正月休みにも,いろんな事が頭に浮かんできました。ただ,今の体力・体調では,相当の困難が予想されます。これは,一人ではなく,多くの人力で突き進んでいく必要があると思っています。
さて,届いた年賀状には,教え子達の近況が書いてあります。みんな頑張っているなと思うと共に,多くが親になっていて,これから大変な時期に入る人も多くいました。どう子ども達を育てていくか,また,会ったりしながら考えるきっかけにしていきたいと思います。最近は,メールという便利な道具があるので,すぐに,意思の疎通が図れます。ありがたいことです。
このブログも,思ったことを書きつづっていきますのでよろしくお願いします。
さて,今日は,初詣に行きました。そこでは,若者にも多く出会いました。その中で,その行動に疑問を感じることもあり,「自由」をはき違えた「自分勝手」な若者が増えてきている現実を見ました。私は,数年前より,この問題に取り組むというか,いろんな場面で中学生を相手に話したり,考えさせたりしています。
勉強の成績だけを求める時代,集団としての行動は,誰がどこで教えていくんでしょうか。それをしている教師を何人も見てきました。それを見て,私もその一員になろうと思いました。しかし,それを評価する人が少ないのに愕然とするのも事実です。教科の実践など,紙に書いた文章は評価されます。これを否定することはないのですが,生身の子どもの変化を直に評価する人をリーダーにしていく時代だと,私は思います。
それをしてこなかった結果,また,ここ数年は,荒れた中学校時代に戻るのです。だって,この親を育てたのは,保護者と私たち教師なんですから・・・。
この正月休みにも,いろんな事が頭に浮かんできました。ただ,今の体力・体調では,相当の困難が予想されます。これは,一人ではなく,多くの人力で突き進んでいく必要があると思っています。
さて,届いた年賀状には,教え子達の近況が書いてあります。みんな頑張っているなと思うと共に,多くが親になっていて,これから大変な時期に入る人も多くいました。どう子ども達を育てていくか,また,会ったりしながら考えるきっかけにしていきたいと思います。最近は,メールという便利な道具があるので,すぐに,意思の疎通が図れます。ありがたいことです。
このブログも,思ったことを書きつづっていきますのでよろしくお願いします。
さて,今日は,初詣に行きました。そこでは,若者にも多く出会いました。その中で,その行動に疑問を感じることもあり,「自由」をはき違えた「自分勝手」な若者が増えてきている現実を見ました。私は,数年前より,この問題に取り組むというか,いろんな場面で中学生を相手に話したり,考えさせたりしています。
勉強の成績だけを求める時代,集団としての行動は,誰がどこで教えていくんでしょうか。それをしている教師を何人も見てきました。それを見て,私もその一員になろうと思いました。しかし,それを評価する人が少ないのに愕然とするのも事実です。教科の実践など,紙に書いた文章は評価されます。これを否定することはないのですが,生身の子どもの変化を直に評価する人をリーダーにしていく時代だと,私は思います。
それをしてこなかった結果,また,ここ数年は,荒れた中学校時代に戻るのです。だって,この親を育てたのは,保護者と私たち教師なんですから・・・。
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