2008年11月3日月曜日

来年の秋は・・・

 11月に入った。体調は,悪いながらの毎日である。この3連休も,横になっている時間が長かった。子ども達も大きくなっていて良かったと思う。たぶん,今だったら,近所の公園に連れて行けるかどうかという体力である。

 来年,こんな思い,こんな状態でないことを願わずにはいられない。3連休だったら,1日くらいは,どこかに出かけたいと思うようになっていたいものだ。

 家にいる時間が長いから余計なことも考えてしまう。学校をどう変えていくのか。どういう方法を持ってすれば,変われるのか。変わってくれる人たちが出てくるのか。いろいろと考えては,「考え過ぎか!」と思い直す。
 今まで勤務した学校の中で,一番大変だった頃の事を思い出すようにしている。私が30歳くらいの時である。始業式から,パトカーが校門で待機するほどの状態だった。また,当時の校長のことも同時に思い出す。この校長は,問題を起こす生徒達を自ら呼んで校長室で授業をした。言うことを聞かずに手こずらせている子も多かったにも関わらず・・・。
 これを見た,私たち若い教員は,どれだけ「心強い」思いをしただろうか。これから数年後,問題は,急激に少なくなっていったのを思い出す。一致団結した教師集団になった。立ち直ったというのは,言い過ぎかも知れないが,10年満期で変わる頃には,信じられないほど良い学校になっていた。

 いろいろと議論も必要だ。ただ,誰がどう動くのかで学校が変わった例だと思う。今は,退職され,どこかの園長先生として頑張って見えると聞く。以前の勤務校で職場体験で行ったとき,生徒達に,私のことをいろいろと話をしてくださった。当然,帰ってきた子ども達は,「先生って,すごいんだね。」と言った。そういう話ができる人である。子どもの心をつかむことが上手な人だった。校長を教職員から選ぶ理由は,こういう事なんだろう。そうじゃなかったら,管理能力がある人だったら誰だって良い。
 今後も教員から校長を選んでいくなら,こういう部分も評価に入れてほしいと願っている。研究がすぐれているだけ,試験の結果だけが良いからふさわしいとは言えないと思う。学校の長としてどういう人材を選んでいくかが,教育委員会が学校をどうしたいかの答えなんだと思う。

 幸い今,私の勤務校では,教務と教頭がその役をやっているように思える。もっともっと,表に出てきて良いと思っている。そうすることが,学校に「柱」を立てることになるんだろう。細い柱で支えていたら,1本折れただけで倒壊の危機である。しっかりした「太い柱」を立てれば,1本くらい細い柱が倒れたって,なおすだけの時間は生まれる。頑張ってほしい。

 厳しいことを書くが,学校には核となる人が数人必要で,それぞれがその仕事をする。しかし,その能力がない人がその仕事を引き受けてしまったら,どうなってしまうか。厳しい言い方だが,できないのにやる事は,他に多大な迷惑がかかることを考えないといけない。私は,できることは,懸命にやってきた。でも,苦手でできないことは,正直にできないことを言って断った。自分の能力の限界がよくわかっているからだ。1つの学年をまとめられても,学校全体に目を向けるだけの力がない。だから,私は,管理職にはなれない。人をコントロールする能力が,残念ながらないからである。でも,1つ学年を任せられたときは,懸命にやってきたし,自慢できる学年を作ってきた。これが,退職まで数年になった私にできる仕事なんだと思っている。

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