2007年12月28日金曜日

桜花学園 バスケット女子 優勝おめでとう!

 三冠達成おめでとう。桜花学園の監督が恩師。そして,メンバーの1人が教え子。何か,自分が優勝した気分です。ご苦労様でした。

2007年12月27日木曜日

予定が・・・<子ども保険>

 今日,娘(高三)の子ども保険が2月に満期保険金が振り込まれるとの連絡があったが,当初18年前のパンフレットとは違って,予定額の三分の二程度しかなかった。大学の資金にしようと考えていたので,ちょっと焦った。

 確かに,このころは,バブルと言われた頃だし,それから,どんどん金利も下がったから仕方がないとはいえ,予定が狂うのは大変だ。途中経過でも知らせてくれれば,予定もしたのに・・・・。

 しかし,必要な物は必要なわけで,何とかするしかない。

2007年12月24日月曜日

日本郵便?

 今日,「配達記録」で郵便物が届いた。チャイムが鳴って出ると「日本郵便です」と言う言葉が聞こえた。確かに,民営化されたが,始めて聞く言葉に,当然の名前だが,妙に新鮮な感じがした。

 配達する人も,また,なぜか「大変なんだろうな」と勝手に思えた。不思議なことである。効率を追求するのは仕方がないが,そこに「人の心」が忘れ去られていない良いなと思ったのである。

名古屋・栄のデパートで

 今日,用があって名古屋・栄にあるあるデパートに出かけた。紳士服売り場にいると,私のすぐ近くで「怒鳴り声」がした。周りには,私しかいなかったので気がつかなかったのかも知れないが,驚いた。振り返ると,かっぷくの良い1人の男性が若い販売員を叱っていた。
 こういう光景は,見たくないな。しかも,客商売なんだから,時と場合を考えないと・・・。叱られた若者は,顔を真っ赤にしていた。しばらくして,叱っていた男性が,その場を離れると,中年の男性が,若者に話しかけていたのを見て,ほっとした。

 言葉は悪いが,ああいう叱り方を,お客さんの前でする人間に,若い販売員を注意する資格があるんだろうか。そんな事を感じた。やはり,別の場所に呼んで,指導した方が本人のためだと思う。

心を病む人が増えている。

 最近,心を病む人が増えている。今日の新聞には,自分の子どもを殺してしまったという記事も載っていた。私たちの仕事仲間にも多い。休職中の人や退職をした人もいる。

 私は,それぞれの人の「生き方」の変化が,あまりにも変わってきたことに原因があるように思う。「生きていく」事は当然の事だが,それに何かをプラスして生きていくために,自分の不得意な事を繰り返しやらなければならない。例え,生きていくための仕事であっても,昔とは比べものにならないほど複雑で,ストレスが多い。
 そして,その内容が,今や人の限界を超えている部分がある。学校で言えば,子どもの指導も難しくなった。これにプラスして,保護者の対応は,昔とは全く変わったと言っても良い部分がある。
 たぶん,その原因を取り除けば良いのだが,それは,許されない場合がある。家族がいて,子どもがいたら・・・。
 また,それをフォローしてくれる余裕がある人も多くはない現実がある。

 やはり「みんなはひとりのために,ひとりはみんなのために」という社会であってほしい。国会でも各党の論戦は,何か,人を攻撃しているようにも見え,安倍前総理が辞めたとき,今の日本の姿ではないかと思った。
 なぜ,今昭和回帰なのか。わかるような気がする。
 

2007年12月23日日曜日

高校生に飲酒させる!

 今日の新聞に部活動の顧問が部員に飲酒をさせたという記事が2件載った。私は,この顧問だけではない大人の感覚の変化が気になって仕方がない。
 「まあ,これくらい・・・」という感覚。法律だって「これくらいいいや」という感覚。世の中は,今,こういう大人達が作ってしまい,子ども達は,戸惑いながら,間違った方向に進んでいる。正月,親戚が集まったとき,「未成年だからダメだ」と言える大人がどれくらいいるんだろう。「まあ,正月だから,ちょっとならいいじゃないか」という人の方が多くはないか。私は,前者で,場がしらけると妻に言われるが,何度かあったせいか,今は,何も言われなくなった。

 こんな状態にも関わらず,他人には厳しい大人。新聞に載っている犯罪で,そういう事ってないだろうか。今,お金を業者からもらったり,出世のためにお金を使っている人もいた。私たちは,もっと,国のことを考え,子ども達の事を考えた行動が必要ではないか。
 今,昭和への回帰が言われる。人と人との関わりでは,「自分だけがよければ・・・」という考えは,少なくともその頃は,潜んでいたような気がする。それが,社会では大切だと感じていた。

 他人事ではない。愛知県立の高校で,打ち上げでの飲酒が報道された。非難されて当然だが,そういう風潮を作っているのは大人なんだと反省した人は何人いただろう。
 まさかとは思うが,そんな考えの人が,学校にいて,リーダーになっていなければいいが・・・。

2007年12月22日土曜日

「リーダー」として

 今の中三が1年生の時,私は,学年経営に「リーダー」をどう伸ばし,どう使っていくかを考えて彼らの力をかりてきた。だから,1年次から連続でリーダーに立候補し,前後期で違いはあるが,出てくるメンバーはほぼ同じである。安心して立候補してくるんだと思う。
 当然,やりがいのある指導をしてきた。達成感を味わう行事の運び方もした。偉そうに書いてしまうが,そうなるように考え,指導をした。

 しかし,今,私自身が学年経営を考えたとき,リーダーとしてやれるのは,学年所属の職員が協力体制をつくってくれるからだと思う。しかし,難しいもので,理解できない部分もあるんだろう。時として,嫌な雰囲気になる。ただ,3年間一緒にやってきた人たちのフォローでなんとか切り抜けてきた。

 学校全体でも,リーダー(主任)を何人か作り,学年を任せていく。私からすれば,任せっきりで良いのかという疑問がある。私は,学年のリーダーとして,子ども達のリーダーを指導する。学年の方向を示す。同じ事が学校経営にもあると思うんだが・・・。
 もし,教師側の力量や個人の考えだけで学年経営をしたら,学校はそれぞれ3つ出来てしまう。やり方は違っても目指す方向は必要な気がする。そんなに長く今の学校にいるわけではないが,変化を始めているように思うが,それに気づかないのか,それとも,私の今まで考え実践してきた方法が間違っていて,修正をしたいのかがわからない。今は,冷静に周りを見ている。

2007年12月21日金曜日

「塾費最高に」という記事

 中日新聞に「公立通学者塾費最高に」という記事が載った。常々,子ども達に「塾へ行く」ならば,そこで何かを学ばないと意味がなくなると言ってきた。

 我が家には,2人の子どもがいるが,塾には行かせていない。成績は良いからではなく,成績がかんばしくないときも行かせようとは思わなかった。今,高三の娘がいる。周りが受験期に入り塾に行き始めたときに,不安になったときもあるが,「学校で頑張ろう」と話した。当然,中三の息子も「塾に行っている子が得だ」というので,「そんなことはない」と言い聞かせた。 「自分で頑張る」という力をつけてほしい。それが,必ず人生で生きてくると思う。最初から,何にでも頼る子になりそうな気がした。
 今,何をどうして良いのかがわからなくなった若者が増えている。「自分で考える」事が苦手な子が増えている。勝手な思いこみだが,その原因の一つが点数を上げるためだけに塾へ行っている子じゃないだろうか。「勉強がわかる」という行き方なら,まだ良いとは思うが・・・。

 ただ,ここには,公立学校が,本当に「子どもの学力を考えている」事が前提である。それだけ,責任が重い。しかし,はたして,どれだけの学校がそれを考えているだろう。中には,「塾でやるから・・・」と平気で言う教師もいる。厳しい言い方をすれば,「塾に助けられている先生」がいるんじゃないだろうか。公立学校は,学校を選べない。先生も選べない。だから,もっと,もっと先生の質を上げていかないといけない。
 私は,今まで,素晴らしい教師をたくさん見た。それは,子どもをどう育てていくかを考える教師で,当然のように学力も上がっている。こんな教師がどれだけいるんだろう。抽象的な言葉ではなく。具体的に子どもをどう育てていくかを語れる教師や校長は,どれだけいるんだろう。私は,子ども達の「力」をのばせないと感じたら,当然退職をするつもりである。それだけ,自分のやることに自信をもっている。

 ところで,娘が中学校に通っている頃,授業が聞こえないと困っていた。勝手なことをする子が複数いて,授業が成立しなかったようだ。これでは,学校だけで頑張る子には酷な事だ。確かに,大変な子がいる。でも,授業ができる先生もいる。私たちは,何をそこから学んでいくのか。
 学校が一丸となって,学校を創っていく。こんな集団になっていきたい。それがぶれ始めたとき,学校は学校でなくなっていく。今,また,真剣にそう思う。

2007年12月19日水曜日

こんな話

 今日は,冬休み前の指導があり,学年集会を行った。毎回同じように,チャイムで開始できるように室長中心に子ども達だけで準備できていた。3年間,これをやり続けることができた。

 私からは,目標に向かって進もうという話をした。2年生の時,野外学習で雨の中のハイキングを思い出して話した。また,進路にむけて進むとき,自分の思いと違う道に行っても,道を歩いていれば,目標に徐々に近づくんだと話した。

 全員の目が私を見,真剣な表情で聞いている。自己満足だが,本当に「成長した子ども達」を見た。保護者の方にも見ていただきたいと思う。また,他の学年の先生達にも,「この実践」を見てほしい。そして,学校を作っていってほしい。

くれない族になった。

 最近,特に「自分は,頑張っているけど,なかなか認められないな」という気持ちになる。いわゆる「くれない族」になっている。なぜなら,自分の学年経営は,なかなかまねする人がいないから・・・。

 教員の評価の問題が議論されるが,教員の評価に,子ども達の成長は,誰が評価するんだろう。評価されるのは,「研究論文」だとしたら,その文字から,具体的な目の前の「子どもの姿」は,見えてこない。だから,現場で子どもを見ている人が評価すべきだが,どうも,勝手な思いこみかも知れないが,ほとんど評価されてない気がする。
 よく「研究論文を書けばいいのに・・・。」と言われるが,その文章だけで評価されるような教師ではいけないと思っている。研究論文プラス実態でないといけない。1回見に来たからと言って,その過程を評価できるとは思えないのである。

 こんな思いをもう長い間,考えてきたが,その都度,「これで良いんだ」と言い聞かせてきた。今年,また,何度目かの「卒業生」を出す。自信を持って卒業生を送り出せる。これで良いんだ。そう思い直して,残りの時間を,最高の学年にするために頑張ろうと思う。

 この卒業式で,このモヤモヤを吹っ飛ばして,また,新たなスタートを切るのである。

2007年12月18日火曜日

ビジョン

 学校で働いていて,この学校の「ビジョンは・・・」と思うことがある。カタカナことばでなく考えると「将来の構想や展望」と言っても良い。

 よく,学年がバラバラしていて,保護者もとまどうときがある。これこそ「学校のビジョン」が不明瞭なんだと思う。私は,ビジョンを明確に示す校長に出会ったことがある。「学校をこうしていくんだ」という強い意志に「頑張ろう」と思った。逆に「何だ,こんな事できるか」と否定的な気持ちになったこともある。

 この歳まで来て,思うことは,やはり「ビジョンは,必ず必要である」と言うことである。私は,自分の学年のビジョンを学年の先生達に示し,それにしたがって日々を過ごしている。戸惑っていた先生達も理解しようと努力をしてくれている。欲を言うなら,この「考え」を学校の「ビジョン」にしてくれないかなと思うことである。

 まあ,いつも独りよがりの部分はあるので,なかなか難しいが,学校が一つになって,進んでいるなと実感できる学校にしたい。

大学って,こんなに高いの?

 娘が,今年,大学受験である。願書などの話になるが,合格したときの入学金などが高額なのに驚いた。お金がないと大学に行けないんだ・・・。

 私たちの頃は,自分がアルバイトをすれば,何とか学業との両立ができる授業料だった。高校は,何と650円。大学は,7万ちょっとだったと思う。しかし,今,高校は,公立で約1万円,大学は,国立でも60万円弱だ。4年間で400万円はかかる計算になる。ましてや子どもが複数だともっと必要だ。

 まあ,今の時代は仕方がないのかも知れない。ただ,本当に勉強がしたくて,しかも,それが国のためになるとしたら,もっと,支援してあげても良いと思う。東京大学が,ある一定の水準以下の家庭の授業料を負担するらしい。これも,良いことだ。ただ,ほとんどいない。なぜだろう。二極化かな。

 貧しいという話がある中,子ども達を見ると,多くが大学に進学している。それをどんな思いで親は負担しているのだろうか。それを,子ども達は感じているだろうか。

 

2007年12月17日月曜日

伝統を壊す力に屈するべきか。

 それぞれの学校が,伝統を受け継いでいる。良い伝統は,引き継いでいってほしいが,新しい人たちは,「自分が良い」と思うことをやろうとする。そこに,摩擦が生じてしまう。
 ここで,思うことは,「声の大きい人」や「理屈を言う人」の意見が尊重され,縁の下の力持ちのような存在の人の意見が取り入れられなくなる事があり,どんどん伝統が壊されていくことに耐えられなくなることがあるということだ。

 どれだけ,大変な思いをして,「今」を作ってきたか。時には,心を鬼にして嫌われながらも頑張ってきたか。誰にも評価されずに・・・。

 学校をどういう方向に持って行くのか。自分にも迷いはある。でも,子ども達を見てほしい。今の子ども達を見てほしい。これが,答えだ。そんなことを思う瞬間が増えてきた。

2007年12月15日土曜日

佐世保での銃乱射事件を聞いて・・・

 昨日から,報道されている「佐世保の銃乱射事件」を見て,日本は,どんどん「悪い方向」に進んでいるように思えてならない。

 今の中学生を見て,思うことは,以前と変わらないなという部分が多いが,「あれっ」と思うことも増えた。いわゆる自分中心の考えが多くなった。これは,モンスターペアレントと言われるように大人の変化がそのまま子どもに伝わっていると思える。
 私は,自分の学年は,「集団」というものをどう動かすかを考え,1年生の入学式から,取り組んだ。結果は,卒業後だが,不登校が激減,校内でのトラブルも皆無となった。この方法は,ややもすると批判をされる。我が校においても批判は受けた。
 しかし,今,子ども達は,中学校生活を楽しみ,毎日,楽しく学校へ来ている様子を,批判した人たちは,どう弁明するのだろうか。

 残念ながら,1学年だけの取り組みに終わりそうである。私は,この方法は,決して間違ってはいないという自信を持ってやっている。新しい教員が増え,一緒に先を見据えて共に頑張った教員が去り,仲間達と作ってきた「指導方針」が崩れていくのを見て,私の居場所がなくなっていくのを痛切に感じている。
 このままだと,新しい学校を作る人たちに,足手まといになりそうな自分がいることを感じ,次への道を探している。

 なぜ,教師は,自分の指導に疑問を持たないのだろう。子ども達の力を信じて,それを伸ばそうとしないのだろう。何かが起きたら,その対応をすれば良いという指導は,どうなのか・・・。
 
ある中学生が「大人」について痛烈な批判をしている詩集の中に次のような部分がある。

  犯罪者

「少年犯罪」ってことばに
どうして世間は驚くんだろう

少年少女が事件を起こすのは
全部親の責任だよ

そんなことより
本当に驚かないといけないのは
大人が起こした犯罪なんじゃないの?

それだけ生きていても
自分の感情で人の命を奪ってしまうんだから
命の大切さを
わかっていないんだから・・・・・

なにかおかしいよ

 「聞こえる?」-心に積もる独り言-水野麻実 新風舎 より

2007年12月9日日曜日

ハンドルされていないWin32 の例外が発生しました?

 「ハンドルされていないWin32 の例外が発生しました」というメッセージが息子が使っているPCに表示され,不思議なことに,「IE・OutlookExpress」などのマイクロソフトのアプリケーションの一部が起動しなくなった。

 ただ,他のユーザーに切り替えてみると,問題なく起動する。1つのユーザー用の何かが壊れたんだろうと推測するが,治す方法はわからない。

 まあ,仕方がないので,違う名前で使っていくことになりそうだ。

2007年12月8日土曜日

スクーターがリコール

 ホンダのFORZAを持っているが,バイクショップから「リコール」でバイクを預かりたいという電話があり,わざわざ取りに来てくれた。
 そう言えば,ホンダからもはがきが来ていたような気がする。しかし,乗っていて不都合はなかったので,後回しにしていた。

 若い人が取りに来たが,話をしていると「今の若者はバイクは乗らなくなった」という。時代が違うんだろうな。携帯にお金を使いすぎているんだろうか。

教え子より,「歳暮」か?


 北海道大学に行っている教え子から「小包」が届いた。中には,「札幌農学校」ブランドのミルククッキーだった。

 また,中に手紙が入っていて,今高三の娘に宛てた文もあった。同じ高校で部活の先輩でもあり,入試に向けてのアドアイスもあった。ただ,その中に,お父さんは,話が長いので,適当に切り上げるべしとあったのには,少々まいった。