今,3年生が大変な状況である。毎日,振り回されている。しかし,そこにばかり目を持っていると,足元からすくわれることに気がつく必要がある。
他の学年も,同じ道を歩いているように思うのは,私だけなんだろうか。全学年を見てみると,私の考えと大きな違いがある。詳しくは書けないが,指導の優先順位が違っていると思える。この状態だと,立て直しどころか,毎年ひどくなっていくだろうと容易に想像がつく。
今それに気付いて手を打っていけば,良い方向に向く可能性があると思うが,このまま進んでいけば,間違いなく同じ道を歩むだろう。
今年から着任なので,この学校の当たり前が,私の当たり前と大きく違っているから,そう感じるんだと思う。1つ言えば,ずっと,生徒を見張っている事が指導ではない。見ている必要があるのは当然だが,見張っているという感覚を持っているのと,見ていて,生徒を指導をするのでは全く違うと思っている。子どもを育てていくという考えを持って指導に当たっているのかどうか。形だけできればいいと思って指導しているんじゃないか。
私は,今まで,1年生から3年後を見越して指導をしてきたつもりだ。3年になったときに「こういう生徒」にするんだという目標をはっきり持っていた。途中挫折しそうになるときも多くあったが,学年の仲間の先生達と同一歩調をとってきた。
例えば,廊下で放課中見ていても,チャイム着席ができないというのでは,何のために廊下にいるのだろうか。喧嘩や事件が起きるような状況であれば当然の事だが,そうでないなら,その目的は何だろう。生徒とのコミュニケーションもその1つかも知れない。でも,チャイム着席ができないとしたら,その行動は,はたして,将来の子ども達に有効な指導となっていくだろうか。
3年後を見越した指導。とても難しいが,教師として楽しい指導なんだけど・・・。
2008年10月30日木曜日
2008年10月29日水曜日
体重50キロ割れ寸前!
女性なんかで,10キロダイエットしました。何て言うと,「うらやましい」ということになるんだろうが,私は,男で,しかもダイエットはしていない。
10月に入ってから,どんどん体重は減少の一途をたどり,体重計の50キロラインがもうすぐそこというところまできた。夏休みに少し戻ったのだが・・・。4月からだと,何と15キロの減少である。170センチの身長だから,どれくらい細くなったがわかってもらえると思う。
さすがに,最近は,体力的にきつくてきつくて・・・。でも,他の人たちも懸命にやっている以上,自分だけがやらないわけにはいかない。
たぶん,学校の中でも,気が付いている人はいないだろう。人のことまで考えている余裕がないほど忙しい。というか,問題行動が多すぎる。よく思うんだけれど,どうして,この過酷な勤務状態を知りながら,何の手だても講じないんだろう。これでは,死ねと言っているかのような状態である。
朝,8時15分に教室に行く。夕方4時近くに職員室へ戻る。その間,ほとんど立ちっぱなし。しかも,授業エスケープ・対教師暴力・暴言が続く。昼の弁当も全部食べることはできない。精神的にも肉体的にも大変だ。特に,50歳を過ぎている私には,若い頃のような体力がない。
このまま体重が減り続けるとどうなるんだろうという不安もある。疲れすぎて,食事がとれないときが多い。原因はこれなんだろうが,食事を体が受け付けない。今は,ある意味,気力だけでやっている状態である。
10月に入ってから,どんどん体重は減少の一途をたどり,体重計の50キロラインがもうすぐそこというところまできた。夏休みに少し戻ったのだが・・・。4月からだと,何と15キロの減少である。170センチの身長だから,どれくらい細くなったがわかってもらえると思う。
さすがに,最近は,体力的にきつくてきつくて・・・。でも,他の人たちも懸命にやっている以上,自分だけがやらないわけにはいかない。
たぶん,学校の中でも,気が付いている人はいないだろう。人のことまで考えている余裕がないほど忙しい。というか,問題行動が多すぎる。よく思うんだけれど,どうして,この過酷な勤務状態を知りながら,何の手だても講じないんだろう。これでは,死ねと言っているかのような状態である。
朝,8時15分に教室に行く。夕方4時近くに職員室へ戻る。その間,ほとんど立ちっぱなし。しかも,授業エスケープ・対教師暴力・暴言が続く。昼の弁当も全部食べることはできない。精神的にも肉体的にも大変だ。特に,50歳を過ぎている私には,若い頃のような体力がない。
このまま体重が減り続けるとどうなるんだろうという不安もある。疲れすぎて,食事がとれないときが多い。原因はこれなんだろうが,食事を体が受け付けない。今は,ある意味,気力だけでやっている状態である。
生活指導の総括は?
今年も約半分が過ぎた。4月に着任し,自分で言うのも変だが,毎日激務をこなしている。そんな中,今までの「生活指導の総括」ができているんだろうかという疑問を持つ。
失敗をした部分を洗い出して同じ事をしないようにしたり,人選を考えたりという事がなされたんだろうか。そうでないなら,同じ事の繰り返しになるのは,ある意味当然と言える。
あくまで,例えばだが,生徒指導に失敗した教師がいたとして,その人が,引き続きその仕事をやったらどうなるだろう。同じ失敗をしてしまう可能性があるんじゃないだろうか。例え,その失敗した学年から変わったとしても,その原因を考えた上で方向を変えないと同じ結果になる。
だから,総括をし,何をどう変えていったら良いのかを考えた上で,新年度に入るべきなんだと思う。それをするのが,管理職の仕事であって,指導ができないなら,人事を変えるしかない。もし,それができていなかったとしたら,信頼・信用共に失ってしまうだろう。
もう何度も書いているが,これだけ問題のある学校に来て,その学校の指導方針も書面でしか知らない私が,思い切って指導ができるはずもない。いろんな指導をすると,よく生徒から,「去年は,許されたのに・・・」と言われる。ても私としては,「どうして許されたの?」と思うだけで,それ以上のことをすれば,その先生批判になる可能性もある。そういう状態であったことだけは理解できる。
じゃあ,今年のスタートで,どこをこういう方向に持っていくのかを,管理職,そして,去年まで受け持っていた人たちで話し合いをしただろうか。私が半年見た限り,こういう事がなく,ただただ,新しいメンバーに勝手に期待しただけではないだろうか。百歩譲っても,「先生が正しいと思う指導をしてください。責任は私が取ります」という言葉でもあれば良いが,私の感じ方かも知れないが,私のやり方は,否定されているとしか思えない。
学校を良い方向に持って行くには,身を切るほどの覚悟がいると言うことを知らないのかな。何度も書く愚痴だが,本当に,学校になっていない。そんな気がする。必死になるのは,教師。当然だ。でも,その雰囲気を作るのは誰なんだろう。前にも書いたが,1つだけ明るいきざしは,教務主任という立場の人が,方向を変えようと懸命になっていることである。もし,この懸命さを,管理職も持っていたら,必ず良い方向に学校は変わる。
理想論を書いているのではなく,現実にそういう管理職が何人もいたんだということを知ってほしい。辛くても頑張れたのを思い出す。
失敗をした部分を洗い出して同じ事をしないようにしたり,人選を考えたりという事がなされたんだろうか。そうでないなら,同じ事の繰り返しになるのは,ある意味当然と言える。
あくまで,例えばだが,生徒指導に失敗した教師がいたとして,その人が,引き続きその仕事をやったらどうなるだろう。同じ失敗をしてしまう可能性があるんじゃないだろうか。例え,その失敗した学年から変わったとしても,その原因を考えた上で方向を変えないと同じ結果になる。
だから,総括をし,何をどう変えていったら良いのかを考えた上で,新年度に入るべきなんだと思う。それをするのが,管理職の仕事であって,指導ができないなら,人事を変えるしかない。もし,それができていなかったとしたら,信頼・信用共に失ってしまうだろう。
もう何度も書いているが,これだけ問題のある学校に来て,その学校の指導方針も書面でしか知らない私が,思い切って指導ができるはずもない。いろんな指導をすると,よく生徒から,「去年は,許されたのに・・・」と言われる。ても私としては,「どうして許されたの?」と思うだけで,それ以上のことをすれば,その先生批判になる可能性もある。そういう状態であったことだけは理解できる。
じゃあ,今年のスタートで,どこをこういう方向に持っていくのかを,管理職,そして,去年まで受け持っていた人たちで話し合いをしただろうか。私が半年見た限り,こういう事がなく,ただただ,新しいメンバーに勝手に期待しただけではないだろうか。百歩譲っても,「先生が正しいと思う指導をしてください。責任は私が取ります」という言葉でもあれば良いが,私の感じ方かも知れないが,私のやり方は,否定されているとしか思えない。
学校を良い方向に持って行くには,身を切るほどの覚悟がいると言うことを知らないのかな。何度も書く愚痴だが,本当に,学校になっていない。そんな気がする。必死になるのは,教師。当然だ。でも,その雰囲気を作るのは誰なんだろう。前にも書いたが,1つだけ明るいきざしは,教務主任という立場の人が,方向を変えようと懸命になっていることである。もし,この懸命さを,管理職も持っていたら,必ず良い方向に学校は変わる。
理想論を書いているのではなく,現実にそういう管理職が何人もいたんだということを知ってほしい。辛くても頑張れたのを思い出す。
2008年10月26日日曜日
名古屋大学病院の取り組み!<東海テレビ>
今日,東海テレビで「理想のかたち~名古屋大学病院 改革の300日~」というドキュメンタリーが放送された。いろんな問題にどう対応していくのか,まさに,そのリーダーのあり方を見せられた気がした。
人を動かすにはどうするのか。「できない」と思えることを「できるようにする」には,何が必要なのか。見ていて,組織を動かす難しさと共に,「その気」になることで,できることがあることも教えられた。確かに,新たな問題が出てきている。しかし,全く手をこまねいてみていたとしたら,今の名大病院はないだろう。
私たち,学校に勤める者として,とても参考になることが多くあった。私たち教員も見る価値はある。ましてや,教育委員会や校長は,見て,何かを学ぶべきだろう。物事を進めるときに先頭に立つ人の「思い」をいかに組織の「思い」にしていくのか。何が問題で,何を変えなくてはいけないのか。
もし,学校に問題が起きているとしたら,それを分析し,何から始めたらいいのか。ただ,何もしないとしたら,その組織は磨かれず,せっかく持っている力を出せずにいるだろう。一人ひとりの力は小さくとも,得意分野でその力を発揮したら,組織が活性化し,よりよい組織になる。
そのための話し合いは,誰と誰でやるのか。今,私の考えている事と結びつく番組だった。
人を動かすにはどうするのか。「できない」と思えることを「できるようにする」には,何が必要なのか。見ていて,組織を動かす難しさと共に,「その気」になることで,できることがあることも教えられた。確かに,新たな問題が出てきている。しかし,全く手をこまねいてみていたとしたら,今の名大病院はないだろう。
私たち,学校に勤める者として,とても参考になることが多くあった。私たち教員も見る価値はある。ましてや,教育委員会や校長は,見て,何かを学ぶべきだろう。物事を進めるときに先頭に立つ人の「思い」をいかに組織の「思い」にしていくのか。何が問題で,何を変えなくてはいけないのか。
もし,学校に問題が起きているとしたら,それを分析し,何から始めたらいいのか。ただ,何もしないとしたら,その組織は磨かれず,せっかく持っている力を出せずにいるだろう。一人ひとりの力は小さくとも,得意分野でその力を発揮したら,組織が活性化し,よりよい組織になる。
そのための話し合いは,誰と誰でやるのか。今,私の考えている事と結びつく番組だった。
2008年10月23日木曜日
ゼロからプラスへ・・・
去年までの悲惨な状況から,少しずつだが,改善できる部分は改善し始めている。しかし,それは,目に見える形である場合と,目に見えない部分とがある。
特に,目に見えない部分で担任はものすごく時間を使い,苦労に苦労を重ねている。しかし,他から見れば,目に見えないのだから,何もやっていないと映る。
徐々に進めざるを得ない状況で受け継いだ学年。すぐに結果を求められても所詮無理で,できていたらこんな事になっていない。
今日も,残念な場面を多く見た。私は,どうして,この「過程」を見ず,指導を先に進めないのかと思った。いつも書くが,これほどひどい学校はそうはない。それを,徐々に良い方向に持っていこうとしている私たちの指導を認めてはもらえないのだろうか。その過程で,十分ではない部分が残っているのは仕方がない。さっきも書いたが,できていたらこんな事にはなっていないんだから・・・。
これを他の学年の先生方に理解してもらったり,協力をお願いする組織はどこにあるんだろうかと思う。一つの方向に向かない学校が立ち直れるわけがない。もっと,実態を把握し,1つの方向に持っていくべきだ。今,教務主任が頑張って方向を出そうと懸命だ。それを,フォローできるような学校に持って行く立場の人が,仕事をしないと,同じ事の繰り返しだよ。
特に,目に見えない部分で担任はものすごく時間を使い,苦労に苦労を重ねている。しかし,他から見れば,目に見えないのだから,何もやっていないと映る。
徐々に進めざるを得ない状況で受け継いだ学年。すぐに結果を求められても所詮無理で,できていたらこんな事になっていない。
今日も,残念な場面を多く見た。私は,どうして,この「過程」を見ず,指導を先に進めないのかと思った。いつも書くが,これほどひどい学校はそうはない。それを,徐々に良い方向に持っていこうとしている私たちの指導を認めてはもらえないのだろうか。その過程で,十分ではない部分が残っているのは仕方がない。さっきも書いたが,できていたらこんな事にはなっていないんだから・・・。
これを他の学年の先生方に理解してもらったり,協力をお願いする組織はどこにあるんだろうかと思う。一つの方向に向かない学校が立ち直れるわけがない。もっと,実態を把握し,1つの方向に持っていくべきだ。今,教務主任が頑張って方向を出そうと懸命だ。それを,フォローできるような学校に持って行く立場の人が,仕事をしないと,同じ事の繰り返しだよ。
2008年10月22日水曜日
バラバラ!
学校が荒れてくると,職員間の考えに溝ができたり,疑心暗鬼になったり,あまりりよい方向にいかないことが多い。
経験豊富な人は,自分が正しいと意見を言う。しかし,意見が違ったときに,どうまとまっていくかが問題だが,最後は,嫌な雰囲気になったりする。「船頭多くして・・・」の状態になっていしまう。私は,極力というか,全くというか,今年来た者としては,黙っていないと,また1つ違う意見が増えてしまう。
ここで,必要なのが「強いリーダー」ということになる。これだけ,意見を言う人がいるのをまとめていかなければ,1つの学校になれない。生徒指導で言えば,生徒指導主事のリーダーシップは絶大だと思っている。だから,そういう器の人がやっている。
万が一,そうでないと,人の意見で考えがころころと変わってしまえば,学校の柱はないに等しい。こうならないようにフォローしていくのが,任命者責任である。政治の世界でよく使われるが,選んだ人には責任がある。学校の生活指導を託したんだから・・・。
私の2校目で経験したのが,学年間の争いである。「何をやっているんだ」と罵声を浴びせる人もいた。学年の生活をやらされた私は,その標的となっていた。職員会でも名指しで批判をされる。生きた心地がしなかった。ただ,それでも頑張れたのは,周りの先生達の理解と,校長のフォローだった。校長は,毎日のように私に話しかけ,仕事が終わると一緒に飲みに連れて行ったりもしてくれた。
そこで,本当に学校をどう変えていこうかと,仲間で真剣に話をした。そこに校長がいたことは,後々,私たちを陰から支えてくれる結果となり,約3年で,学校は,ほぼ正常になり,5年後には,見違えるような学校になった。私にとっての自慢の1つである。
でも,飲みに行ったときは,校長が「ごめんな,この学校始まって以来の最悪な状態の学年を突然任せて・・・。しかも,一番の問題児の担任で,なおかつ,生活担当にしてしまって・・・」という言葉を何度も聞いた。私の気持ちも少しは,楽になった。
こういう校長が減ったのか,たまたま私が出会わなかったのか。ここ数年,出会っていない。ただ,数人のこういう教頭には出会うことができた。早く校長になって,その学校で勤めたいなと思う。今の学校では,全く評価されない私である。
経験豊富な人は,自分が正しいと意見を言う。しかし,意見が違ったときに,どうまとまっていくかが問題だが,最後は,嫌な雰囲気になったりする。「船頭多くして・・・」の状態になっていしまう。私は,極力というか,全くというか,今年来た者としては,黙っていないと,また1つ違う意見が増えてしまう。
ここで,必要なのが「強いリーダー」ということになる。これだけ,意見を言う人がいるのをまとめていかなければ,1つの学校になれない。生徒指導で言えば,生徒指導主事のリーダーシップは絶大だと思っている。だから,そういう器の人がやっている。
万が一,そうでないと,人の意見で考えがころころと変わってしまえば,学校の柱はないに等しい。こうならないようにフォローしていくのが,任命者責任である。政治の世界でよく使われるが,選んだ人には責任がある。学校の生活指導を託したんだから・・・。
私の2校目で経験したのが,学年間の争いである。「何をやっているんだ」と罵声を浴びせる人もいた。学年の生活をやらされた私は,その標的となっていた。職員会でも名指しで批判をされる。生きた心地がしなかった。ただ,それでも頑張れたのは,周りの先生達の理解と,校長のフォローだった。校長は,毎日のように私に話しかけ,仕事が終わると一緒に飲みに連れて行ったりもしてくれた。
そこで,本当に学校をどう変えていこうかと,仲間で真剣に話をした。そこに校長がいたことは,後々,私たちを陰から支えてくれる結果となり,約3年で,学校は,ほぼ正常になり,5年後には,見違えるような学校になった。私にとっての自慢の1つである。
でも,飲みに行ったときは,校長が「ごめんな,この学校始まって以来の最悪な状態の学年を突然任せて・・・。しかも,一番の問題児の担任で,なおかつ,生活担当にしてしまって・・・」という言葉を何度も聞いた。私の気持ちも少しは,楽になった。
こういう校長が減ったのか,たまたま私が出会わなかったのか。ここ数年,出会っていない。ただ,数人のこういう教頭には出会うことができた。早く校長になって,その学校で勤めたいなと思う。今の学校では,全く評価されない私である。
2008年10月21日火曜日
人を恨むという感情!
ここ数ヶ月,「人を恨む」という感情が表に出てくる。たぶん,疲れて,自分の思うようになっていないことが最大の原因だとは思うが,自分では,「なぜ」今の状態が自分にあるのかを納得していないからだと思う。
今勤めている学校が,会社だったらつぶれているだろうな。そんなことも思う。組織をどうしていこうという方向が見えない。または,そういう立場の人たちが,バラバラ,もしくは,全く先が見えない。これは,言い過ぎだろうな。
生徒指導をとっても,今年転任した私には,「これは,どうなるんだ」という部分が多く,即断できない場面が多い。当然,指導が後手に回る。それを承知で,3年生に配属したなら,そのフォローをすべきで,こんなことは,当然だと今まで思ってきた。去年,他の学校だが,新しいメンバーの先生のクラスには,間接的,あるいは直接的に指導に入った。今の学校には,それがない。「さあ,やってください」と言われたって,2年間の積み重ねはものすごく大きいことを理解していないとしか思えない。
ある生徒が,「今まで,何にも叱られなかったのに,今年になって叱られてばかりで,嫌になる」と言う。私からすれば,当然の注意が当然じゃない状態での引き継ぎなんだ。たまったものじゃない。
まあ,これだけ「人を恨むことも,人生の中で最初で最後だろうな」と思う毎日である。自虐的に言うと,「良いな,学校の先生は・・・。うまくいかなかったら,全く何も知らない人に押しつければ良いんだから・・・。そして,そういう人事を組んだ人も知らんふりしていればいいんだから・・・」
ただ,,今,教頭は目に見える行動をしている。十分評価できると思う。その調子で,頑張れば,きっとみんながついてきてくれる。
今勤めている学校が,会社だったらつぶれているだろうな。そんなことも思う。組織をどうしていこうという方向が見えない。または,そういう立場の人たちが,バラバラ,もしくは,全く先が見えない。これは,言い過ぎだろうな。
生徒指導をとっても,今年転任した私には,「これは,どうなるんだ」という部分が多く,即断できない場面が多い。当然,指導が後手に回る。それを承知で,3年生に配属したなら,そのフォローをすべきで,こんなことは,当然だと今まで思ってきた。去年,他の学校だが,新しいメンバーの先生のクラスには,間接的,あるいは直接的に指導に入った。今の学校には,それがない。「さあ,やってください」と言われたって,2年間の積み重ねはものすごく大きいことを理解していないとしか思えない。
ある生徒が,「今まで,何にも叱られなかったのに,今年になって叱られてばかりで,嫌になる」と言う。私からすれば,当然の注意が当然じゃない状態での引き継ぎなんだ。たまったものじゃない。
まあ,これだけ「人を恨むことも,人生の中で最初で最後だろうな」と思う毎日である。自虐的に言うと,「良いな,学校の先生は・・・。うまくいかなかったら,全く何も知らない人に押しつければ良いんだから・・・。そして,そういう人事を組んだ人も知らんふりしていればいいんだから・・・」
ただ,,今,教頭は目に見える行動をしている。十分評価できると思う。その調子で,頑張れば,きっとみんながついてきてくれる。
2008年10月20日月曜日
ちょっと心配!体重減少。
転任当初の4月から比べると,一番体調が悪かったときは,2ヶ月で体重が10キロ減った。これは,自分でも経験のない減り方だった。とにかく,食事がとれなかった。日に日に体調が悪くなっていったのを覚えている。少し,学校を休んで,徐々に戻り,夏休みには,4月と比べて5キロ減まで戻った。
しかし,今日,久しぶりに,だいたいそれくらいだろうと思って,体重計に乗ったら,3キロ減だった。多少の増減はあるだろうから,2キロから3キロ,この2ヶ月で減ったことになる。確かに,体調も,悪い日も何度かあったように思う。4月からすると,約7キロ~8キロの減ということになる。このままいくと,50キロを切る可能性も出てきた。身長が170センチだから,50キロを切れば,相当の「ガリガリ」状態になってしまう。今でも,自分の腕を見て,悲しい気持ちになるほど細くなった。また,ズボンもぶかぶかで,ベルトを思いっきり締めて下がらないようにしている。
確かに,休憩ができない。立ちっぱなし,授業以外でも生徒との取っ組み合いもあり,体力を消耗していることはわかるが,これだけ短期間に減っているのに驚いた。
今日も,4時頃に昼食を食べている先生が一人や二人ではない。私が見ただけで5人の先生が4時以降に昼食を取っている現実。何度も書いてきたが,これは,劣悪な労働環境ではないだろうか。教材研究のできる時間は,正規の勤務時間にはない。ノートを見たりしてあげる時間もない。当然,家や学校で遅くまで残ってやっている。
昼食もろくに取れない状況が,半年も続いている現実。本当に仕方がないんだろうかと最近思う。何か欠けているものはないんだろうか。知人に弁護士がいるんだが,ちょっと前に,この状況を話したら,「これ以上続くなら,法的な方法も検討しても良いね」と言われたことを思い出した。「昼食もとれず,8時間を超える勤務を休憩もなくやっている状態を黙認しているとすれば問題はあるだろう」と言う。そうすることが,皆のためになるなら,それも一つの考えかも知れない。どうなるかはわからないが,自分の状況と数人の様子を,毎日記録している。
今日一つ,残念なことがあった。暴言を吐き,担任と争うようになった状況に私は,出くわし,当然,指導の手伝いをした。そこは,職員室横の廊下だった。しばらくして,ある人の姿が見えた。大きな声を出しているんだから,当然,こちらの様子を見に来るだろうと思ったら,ちらっとこっちを見て,何もなかったかのように視界から消えた。私は,「えっ」と思った。学校をかえられないのは,こういう事なんだと改めて思った。
今までにも,勤務時間なんて考えないで仕事をやってきた。夜中の12時を超えて家に帰ったこともある。なのに,なぜ,今,そう思えないのか。答えの1つが今書いたことかも知れない。
しかし,今日,久しぶりに,だいたいそれくらいだろうと思って,体重計に乗ったら,3キロ減だった。多少の増減はあるだろうから,2キロから3キロ,この2ヶ月で減ったことになる。確かに,体調も,悪い日も何度かあったように思う。4月からすると,約7キロ~8キロの減ということになる。このままいくと,50キロを切る可能性も出てきた。身長が170センチだから,50キロを切れば,相当の「ガリガリ」状態になってしまう。今でも,自分の腕を見て,悲しい気持ちになるほど細くなった。また,ズボンもぶかぶかで,ベルトを思いっきり締めて下がらないようにしている。
確かに,休憩ができない。立ちっぱなし,授業以外でも生徒との取っ組み合いもあり,体力を消耗していることはわかるが,これだけ短期間に減っているのに驚いた。
今日も,4時頃に昼食を食べている先生が一人や二人ではない。私が見ただけで5人の先生が4時以降に昼食を取っている現実。何度も書いてきたが,これは,劣悪な労働環境ではないだろうか。教材研究のできる時間は,正規の勤務時間にはない。ノートを見たりしてあげる時間もない。当然,家や学校で遅くまで残ってやっている。
昼食もろくに取れない状況が,半年も続いている現実。本当に仕方がないんだろうかと最近思う。何か欠けているものはないんだろうか。知人に弁護士がいるんだが,ちょっと前に,この状況を話したら,「これ以上続くなら,法的な方法も検討しても良いね」と言われたことを思い出した。「昼食もとれず,8時間を超える勤務を休憩もなくやっている状態を黙認しているとすれば問題はあるだろう」と言う。そうすることが,皆のためになるなら,それも一つの考えかも知れない。どうなるかはわからないが,自分の状況と数人の様子を,毎日記録している。
今日一つ,残念なことがあった。暴言を吐き,担任と争うようになった状況に私は,出くわし,当然,指導の手伝いをした。そこは,職員室横の廊下だった。しばらくして,ある人の姿が見えた。大きな声を出しているんだから,当然,こちらの様子を見に来るだろうと思ったら,ちらっとこっちを見て,何もなかったかのように視界から消えた。私は,「えっ」と思った。学校をかえられないのは,こういう事なんだと改めて思った。
今までにも,勤務時間なんて考えないで仕事をやってきた。夜中の12時を超えて家に帰ったこともある。なのに,なぜ,今,そう思えないのか。答えの1つが今書いたことかも知れない。
2008年10月19日日曜日
もうすぐ,車検!
11月が車検で,電話をしたら,見積もりを出すというので出かけた。7年目であるためか,あれもこれも交換とか言うので,何となく不安になった。合計で15万円ほどかかるという。まあ,予想の範囲内ではあるが,結構高いなと感じている。
さて,車検というと,平日に持って行ったり,取りに来てもらったりと言うことが多かったが,今は土日もOKと言うので,土日の2日間でお願いした。当然,代車も用意してもらう。
今まで,乗った車は,最初が,スバル→マツダ→日産→ホンダという順で,あまり,1つの会社に固執していない。スバルは2回,マツダも2回,日産は1回,そして今のホンダである。買い換えようかという思いもあったが,乗りたいなと言う車もないし,一番は,経済的な余裕もない。
あと,乗っていない会社の軽以外の車に乗るには,トヨタ,いすゞくらいかな。どうも,最後は,トヨタで終わりそうな気がする。
さて,車検というと,平日に持って行ったり,取りに来てもらったりと言うことが多かったが,今は土日もOKと言うので,土日の2日間でお願いした。当然,代車も用意してもらう。
今まで,乗った車は,最初が,スバル→マツダ→日産→ホンダという順で,あまり,1つの会社に固執していない。スバルは2回,マツダも2回,日産は1回,そして今のホンダである。買い換えようかという思いもあったが,乗りたいなと言う車もないし,一番は,経済的な余裕もない。
あと,乗っていない会社の軽以外の車に乗るには,トヨタ,いすゞくらいかな。どうも,最後は,トヨタで終わりそうな気がする。
2008年10月18日土曜日
校長,教頭の希望降任最多!
この記事を見て,校長や教頭の職務に適している人が,必ずしもそうなっていないんじゃないかと思います。本人は,なるつもりがなくても「組織」の推薦のような形で選ばれたり,研究で成果をあげたから,選ばれたり・・・。
管理職としての適性をどう見ているかが,問題のような気がします。「名選手,必ずしも名監督ならず」という言葉を思い出します。確かに,そういう人はいます。何人も見てきました。ただ,少数です。大半は,苦労に苦労を重ねている姿を見ます。
たぶん「なるんじゃなかった」と思っている人は多いと思います。降格する気持ちになって,自分の良い部分を子ども達に見せてくれれば,学校に勤めている意味があるんだと思います。
また,中には,病気での降格もあります。激務であることは,見ていてわかります。特に,校長になったとたん,すべてを教頭にぶつけてしまう校長もいます。校長の仕事も教頭の仕事も一人でやるわけですから,たまらないでしょうね。そんな人を校長にしたのも,問題があるんだと思います。
私の知っている人も,降格した人がいます。今,元気に一教員として頑張っています。彼の良い部分が,いっぱいあって,子ども達は,生き生き生活しています。負のイメージばかりではないですね。自分の役割を再認識できて,私は,よかったと思います。
管理職としての適性をどう見ているかが,問題のような気がします。「名選手,必ずしも名監督ならず」という言葉を思い出します。確かに,そういう人はいます。何人も見てきました。ただ,少数です。大半は,苦労に苦労を重ねている姿を見ます。
たぶん「なるんじゃなかった」と思っている人は多いと思います。降格する気持ちになって,自分の良い部分を子ども達に見せてくれれば,学校に勤めている意味があるんだと思います。
また,中には,病気での降格もあります。激務であることは,見ていてわかります。特に,校長になったとたん,すべてを教頭にぶつけてしまう校長もいます。校長の仕事も教頭の仕事も一人でやるわけですから,たまらないでしょうね。そんな人を校長にしたのも,問題があるんだと思います。
私の知っている人も,降格した人がいます。今,元気に一教員として頑張っています。彼の良い部分が,いっぱいあって,子ども達は,生き生き生活しています。負のイメージばかりではないですね。自分の役割を再認識できて,私は,よかったと思います。
2008年10月17日金曜日
育てられなかった世代!
学校の長く勤めると,いろんな仕事がまわってくる。そこで,能力を発揮できる人もいれば,そうでない人もいる。
最近考えることは,自分が新卒から数年間,先輩の先生から,いろんな事を教わった。生徒指導も進路指導も,事務的な仕事も・・・。特に,自分の係でない仕事も手伝うことで,理解できた。今でも覚えているのは,初めて中学校3年生の担任をしたときの進路指導では,ものすごく学んだ。中でも,進路指導主事と一緒に行動し,現場で進路指導を学んだ。当然,生活指導も,「やってみろ」という場面も多く作ってもらい,それで学んだ。
しかし,最近思うことは,そういう経験がなく,突然その係の長になる人が多いと言うことである。明らかに経験不足だと言わざるを得ない。若い頃は,すべての仕事を,学び,そこから,自分が最も得意とする仕事に進むのがベストではある。しかし,人員構成はそうならないので,どの仕事も一通りはこなせるようにしておかなければならない。
また,中学校だと,私の若い頃は,男の先生の数が,明らかに多く,8クラスあれば,6クラスが男の担任で,2クラスが女性というくらいの割合だった。生徒指導も男の先生が中心だったように思う。しかし,今,半々ならいいほうで,女性の先生が多くなった。悪いことではないが,対教師に向かってくる子どもが多い学校では,どうしても,人不足に陥ってしまい,なかなか改善できない事もある。せいぜい,半々の構成にしてもらいたい。たぶん,女性の方が,採用試験の結果が良いんだろうな。今,私が勤務している学校も5クラスで,2クラスが男の担任で,3クラスが女性の担任である。学年の先生も加えれば,女性の先生が明らかに多い。
さて,なぜ,私たちの若い頃のように「後輩に教える」ということがなくなったか。これは,間違っているかも知れないが,学校外での研修の多さではないかと思っている。現場で学ぶべき事まで,研修会で学ぶというのは,所詮無理な話である。机上の空論になりかねない。教師は,現場で学ぶべきだと私は思っている。
また,私は,今はもう「教える」という歳を超えたと思うが,それまで,新卒で赴任してきた若い先生達に,いろいろと自分の考えややり方を教えてきたつもりである。そのスタートには,校長が,「おい,きちんと教えてやれよ」という激励があったからだろう。教師同士で磨きあうという感覚は,今はなくなりつつあり,「なれ合い」とでもいうような状態になりつつある。私の頃は,「言い合い」もけっこうした。激論とまでは言えなくても,夜遅くまで,意見交換をしたものだ。
今も遅くまで残っている教師は多い。だけど,昔とは明らかに違う。和気あいあいだ。悪いことではない。でも,よりよい方向が見えてくるかと言えば,難しいと思う。
こんな事を考えるようになってしまったのは,自分が相当歳を取った証拠なのかも知れない。
最近考えることは,自分が新卒から数年間,先輩の先生から,いろんな事を教わった。生徒指導も進路指導も,事務的な仕事も・・・。特に,自分の係でない仕事も手伝うことで,理解できた。今でも覚えているのは,初めて中学校3年生の担任をしたときの進路指導では,ものすごく学んだ。中でも,進路指導主事と一緒に行動し,現場で進路指導を学んだ。当然,生活指導も,「やってみろ」という場面も多く作ってもらい,それで学んだ。
しかし,最近思うことは,そういう経験がなく,突然その係の長になる人が多いと言うことである。明らかに経験不足だと言わざるを得ない。若い頃は,すべての仕事を,学び,そこから,自分が最も得意とする仕事に進むのがベストではある。しかし,人員構成はそうならないので,どの仕事も一通りはこなせるようにしておかなければならない。
また,中学校だと,私の若い頃は,男の先生の数が,明らかに多く,8クラスあれば,6クラスが男の担任で,2クラスが女性というくらいの割合だった。生徒指導も男の先生が中心だったように思う。しかし,今,半々ならいいほうで,女性の先生が多くなった。悪いことではないが,対教師に向かってくる子どもが多い学校では,どうしても,人不足に陥ってしまい,なかなか改善できない事もある。せいぜい,半々の構成にしてもらいたい。たぶん,女性の方が,採用試験の結果が良いんだろうな。今,私が勤務している学校も5クラスで,2クラスが男の担任で,3クラスが女性の担任である。学年の先生も加えれば,女性の先生が明らかに多い。
さて,なぜ,私たちの若い頃のように「後輩に教える」ということがなくなったか。これは,間違っているかも知れないが,学校外での研修の多さではないかと思っている。現場で学ぶべき事まで,研修会で学ぶというのは,所詮無理な話である。机上の空論になりかねない。教師は,現場で学ぶべきだと私は思っている。
また,私は,今はもう「教える」という歳を超えたと思うが,それまで,新卒で赴任してきた若い先生達に,いろいろと自分の考えややり方を教えてきたつもりである。そのスタートには,校長が,「おい,きちんと教えてやれよ」という激励があったからだろう。教師同士で磨きあうという感覚は,今はなくなりつつあり,「なれ合い」とでもいうような状態になりつつある。私の頃は,「言い合い」もけっこうした。激論とまでは言えなくても,夜遅くまで,意見交換をしたものだ。
今も遅くまで残っている教師は多い。だけど,昔とは明らかに違う。和気あいあいだ。悪いことではない。でも,よりよい方向が見えてくるかと言えば,難しいと思う。
こんな事を考えるようになってしまったのは,自分が相当歳を取った証拠なのかも知れない。
2008年10月16日木曜日
何となく,見えてきた物がある。
今の学校に転勤して約半年,どうして,大変な状況に陥ってしまったのかの原因や遠因が,少しずつ見えてきたように思う。具体的には書けないことばかりだが,一つ言えることは,組織として機能していない状況だと言うことである。
問題が出始めたとき,教師集団は,どこに目標を置いて,子ども達を指導しようとしたのか。子どもに迎合することで問題行動をおさめようとしていなかったか。この方法が,時として,短期的には落ち着いたように見えるが,残り1年以上もある段階で取ってしまえば,持続できることは稀である。
そして,どうしようもなくなってきたとき,教師集団は,押さえ込もうと懸命になってくる。ここで,子ども達との戦いが起きる。「今まで,自分たちの言うことを聞いたのに,突然,聞かなくなったじゃないか」と対教師不信へと突き進む。当然,教師集団は,それを阻止しようと懸命になるが,時既に遅しである。
今,子ども達と話していて,その時期が,ある程度特定できてくる。しかし,なぜ,その時,学年として,あるいは,学校としての対応を良い方向に持っていけなかったのか。誰も気が付かなかったとは思えない。気がついた人はいたと信じたい。その人の意見は,どこで黙殺されたのか。
また,この状況を見て,何かの手だてを講じようという事はあったんだろうか。リーダーシップは発揮できたんだろうか。
なぜ,これほど,身内に厳しいかと言えば,今,子ども達と話す中で,これくらいの子ども達がやるようなことではない問題が,学校で多発しているからである。過去に何度も「どうしようもない状態」を経験した私からすれば,もっともっとできることが,あったはずだと言わざるを得ない。
言葉は悪いが,どれだけ指導しても放置しているのと同じ結果を生んでいるように思えてならない。かえって,放置した方が,良い方向に進んでいったかとさえ思える。これだけ,教師不信があっては,指導が通じていかないことは,ある意味当然なことである。
希望としては,学校は,一度,今回のことを総括し,何がどう間違っていたのかを追求しなければ,毎年,同じ事の繰り返しになる。たった,半年で,つかめたことが,2年間でわからなかったはずはない。
問題が出始めたとき,教師集団は,どこに目標を置いて,子ども達を指導しようとしたのか。子どもに迎合することで問題行動をおさめようとしていなかったか。この方法が,時として,短期的には落ち着いたように見えるが,残り1年以上もある段階で取ってしまえば,持続できることは稀である。
そして,どうしようもなくなってきたとき,教師集団は,押さえ込もうと懸命になってくる。ここで,子ども達との戦いが起きる。「今まで,自分たちの言うことを聞いたのに,突然,聞かなくなったじゃないか」と対教師不信へと突き進む。当然,教師集団は,それを阻止しようと懸命になるが,時既に遅しである。
今,子ども達と話していて,その時期が,ある程度特定できてくる。しかし,なぜ,その時,学年として,あるいは,学校としての対応を良い方向に持っていけなかったのか。誰も気が付かなかったとは思えない。気がついた人はいたと信じたい。その人の意見は,どこで黙殺されたのか。
また,この状況を見て,何かの手だてを講じようという事はあったんだろうか。リーダーシップは発揮できたんだろうか。
なぜ,これほど,身内に厳しいかと言えば,今,子ども達と話す中で,これくらいの子ども達がやるようなことではない問題が,学校で多発しているからである。過去に何度も「どうしようもない状態」を経験した私からすれば,もっともっとできることが,あったはずだと言わざるを得ない。
言葉は悪いが,どれだけ指導しても放置しているのと同じ結果を生んでいるように思えてならない。かえって,放置した方が,良い方向に進んでいったかとさえ思える。これだけ,教師不信があっては,指導が通じていかないことは,ある意味当然なことである。
希望としては,学校は,一度,今回のことを総括し,何がどう間違っていたのかを追求しなければ,毎年,同じ事の繰り返しになる。たった,半年で,つかめたことが,2年間でわからなかったはずはない。
2008年10月14日火曜日
バイク,本当に手放すの?
とは,バイク屋の人。もう何年ものつきあいである。あれだけ,好きで,冬でも頑張って乗っていたのに「どうしちゃったの?」と言われた。だから,「実は,余裕がなくなったんだ。バイクに乗るという時間的な余裕じゃなく,精神的な余裕がなくなってしまったんだ」と答えた。「よくわからないね」と言いながらも,今までの懐かしい話をした。
確かに,私にとってのバイクは,いわゆる青春時代から今まで,ずっと傍らで支えてくれた物の一つのように思う。でも,そのバイクに乗ることが辛いと感じる今,放置はできない。話をしながら,本当に寂しいなと感じた。だから,今,自分の置かれている状況を恨んでしまうんだろうと思う。嫌なことがあっても,バイクに乗れば,少しは晴れた時代もあった。しかし,今は,乗ることさえマイナス思考になってきてしまった。つい,半年前まで,元気に乗っていた自分が嘘のようである。
人は変わる。でも,自分の思いと全く逆に変わるのは,辛いことである。バイク屋さんと話をして,今週中にバイクを取りに来てもらう話がまとまった。電話を切ってから,どうして,こういう気持ちになってしまったのかを考え,また,怒りがこみ上げてきてしまった。私の大好きな物まで取り上げる状況を作った人たちにである・・・。被害妄想になってきた。
確かに,私にとってのバイクは,いわゆる青春時代から今まで,ずっと傍らで支えてくれた物の一つのように思う。でも,そのバイクに乗ることが辛いと感じる今,放置はできない。話をしながら,本当に寂しいなと感じた。だから,今,自分の置かれている状況を恨んでしまうんだろうと思う。嫌なことがあっても,バイクに乗れば,少しは晴れた時代もあった。しかし,今は,乗ることさえマイナス思考になってきてしまった。つい,半年前まで,元気に乗っていた自分が嘘のようである。
人は変わる。でも,自分の思いと全く逆に変わるのは,辛いことである。バイク屋さんと話をして,今週中にバイクを取りに来てもらう話がまとまった。電話を切ってから,どうして,こういう気持ちになってしまったのかを考え,また,怒りがこみ上げてきてしまった。私の大好きな物まで取り上げる状況を作った人たちにである・・・。被害妄想になってきた。
2008年10月13日月曜日
バイクを手放すことにした。
16歳で,原付免許を取って以来,何らかのバイクを乗り続けてきた。しかし,今年,体調もすぐれない日が多く,バイクから遠ざかる日々が続いた。特に,夏に一度もエンジンをかけず,もう数ヶ月間,乗っていないことに気が付いた。
この際,思い切って,バイクを手放す決意をした。思えば,高校生になって,すぐにバイクの免許を取り,大型バイク(当時のCB750)に乗りたくて,やっと免許が取れて,乗ったときは,本当に感動だった。まだ,ヘルメットをかぶらなくて良い時代だったこともあり,よく乗っていた。
大学に入ってもバイク通学をしばらくした。その後,皆より遅れて自動車の免許も取った。でも,バイクは必ず自宅にあった。教員になってからも,通勤には使わなかったが,休みを利用して,結構出かけるのはバイクだった。
しかし,50歳を超え,そして,体力の衰えというか,今年の激務に体が悲鳴をあげ,バイクに乗ろうという気持ちに変化が出てきた。「そろそろ,バイクも終わりかな?」と思っていた。9月も1度も乗らず,10月の今,やっぱりエンジンをかけることはない。いよいよ,バイクも手放すときが来たんだと思った。
ただ,もう一度,体力的にも精神的にも落ち着いたら,乗ってみたいという事になるかも知れない。しかし,乗らないバイクは,悪くなっていく。今は,一度手放そうと思う。何もない時代,バイクに乗ることが,青春だと勘違いしていた頃,母親にものすごく心配をかけた時代だ。鈴鹿サーキットのレーシングコースも走った。公道では出せないスピード感に酔いしれた時期もあった。寂しい気持ちもあるが,動かさなくなったバイクは,ただの塊でしかない。
ところで,今のバイク(フォルツァ)は,4年間のつき合いだった。良いバイクだと思う。また,乗る機会が来る日を楽しみにしているし,若い頃できなかった「バイクで日本一周」なんてできたら,こんな嬉しいことはない。
この際,思い切って,バイクを手放す決意をした。思えば,高校生になって,すぐにバイクの免許を取り,大型バイク(当時のCB750)に乗りたくて,やっと免許が取れて,乗ったときは,本当に感動だった。まだ,ヘルメットをかぶらなくて良い時代だったこともあり,よく乗っていた。
大学に入ってもバイク通学をしばらくした。その後,皆より遅れて自動車の免許も取った。でも,バイクは必ず自宅にあった。教員になってからも,通勤には使わなかったが,休みを利用して,結構出かけるのはバイクだった。
しかし,50歳を超え,そして,体力の衰えというか,今年の激務に体が悲鳴をあげ,バイクに乗ろうという気持ちに変化が出てきた。「そろそろ,バイクも終わりかな?」と思っていた。9月も1度も乗らず,10月の今,やっぱりエンジンをかけることはない。いよいよ,バイクも手放すときが来たんだと思った。
ただ,もう一度,体力的にも精神的にも落ち着いたら,乗ってみたいという事になるかも知れない。しかし,乗らないバイクは,悪くなっていく。今は,一度手放そうと思う。何もない時代,バイクに乗ることが,青春だと勘違いしていた頃,母親にものすごく心配をかけた時代だ。鈴鹿サーキットのレーシングコースも走った。公道では出せないスピード感に酔いしれた時期もあった。寂しい気持ちもあるが,動かさなくなったバイクは,ただの塊でしかない。
ところで,今のバイク(フォルツァ)は,4年間のつき合いだった。良いバイクだと思う。また,乗る機会が来る日を楽しみにしているし,若い頃できなかった「バイクで日本一周」なんてできたら,こんな嬉しいことはない。
2008年10月11日土曜日
時代は変わったのか?少年の事件!
事件を起こして警察に呼ばれる。私が教員になった頃は,子ども達は不安でいっぱいで,ある意味恐怖を感じていた。だから呼ばれると言うだけで,弱気になった。
しかし,時代は変わり,今は,「先生,行ってくるわ」という軽い気持ちで行くのである。「ちゃんとして行けよ」というと「大丈夫だって・・・」となる。終わって帰ってきた子ども達は,「いい人だったよ。全然,怒られなかった」という場合が増えた。言い方が悪いが,事実だけを聞くというのに終始し,言わせるために「いい人」を演じているのかも知れない。
警察を怖いと思わなくなった子ども達は,「これくらい大丈夫だ」という感覚になってしまい,警察に呼ばれることは,遊びに行く感覚になってしまう。これも自慢の一つになる。
ただ,昔は,違った。お説教をしてくれる警察官がいた。事実の把握と共に,その説教で,その後立ち直っていく子どもが多かった。今は,警察に行って立ち直っていく子どもが減ったと感じるのは,考えすぎだろうか。子ども達が,警察へ行って帰ってきたときの表情が,今と昔では違う。
今は,生活安全課というが,この名前の前,「少年防犯課」と言っていた頃の,警察官は,子ども達の将来を案じてした人が多かったように思える。 教員になってしばらくした頃,警察署に生徒を迎えに行ったとき,ものすごい勢いで叱られている自分のクラスの生徒を見た。すごい迫力だった。この子は,今,親になっているが,真面目に生きている。
私たち教員も言われるが,本当にサラリーマン化してきているような気がする。事なかれ主義は,サラリーマン化を推進する。これではいけない。そう思うんだけど・・・。 一生懸命やればやっただけ,責められるのでは,やる気もなくなる。子どもを強く叱っただけで,親から猛烈なクレームをつけられれば,「言わない方が良い」と思う教員がいたって不思議はない。だから,校長が,保護者を叱る場面が必要になるんだと思っている。悪い連鎖に陥っている社会,まずは,大人のわがままに,学校は,毅然とし,問題が起きたら,積極的に教育委員会が,保護者を丸く収めるんじゃなく,間違いを間違いと指摘していかないといけない。モンスターペアレントが話題になったとき,減少傾向になったという。自分の言っていることが,他から見てわがまま(自分勝手)なんだと言うことを,教えてあげる。それが,子どもへ伝わり,将来に良い影響をもたらすと思う。
教育委員会は,その責があると思う。自分のやっているときだけ良ければいいなんて思っていると,この国の子どもは,どんどん悪い方向に向かう子が増えるのは間違いない。
しかし,時代は変わり,今は,「先生,行ってくるわ」という軽い気持ちで行くのである。「ちゃんとして行けよ」というと「大丈夫だって・・・」となる。終わって帰ってきた子ども達は,「いい人だったよ。全然,怒られなかった」という場合が増えた。言い方が悪いが,事実だけを聞くというのに終始し,言わせるために「いい人」を演じているのかも知れない。
警察を怖いと思わなくなった子ども達は,「これくらい大丈夫だ」という感覚になってしまい,警察に呼ばれることは,遊びに行く感覚になってしまう。これも自慢の一つになる。
ただ,昔は,違った。お説教をしてくれる警察官がいた。事実の把握と共に,その説教で,その後立ち直っていく子どもが多かった。今は,警察に行って立ち直っていく子どもが減ったと感じるのは,考えすぎだろうか。子ども達が,警察へ行って帰ってきたときの表情が,今と昔では違う。
今は,生活安全課というが,この名前の前,「少年防犯課」と言っていた頃の,警察官は,子ども達の将来を案じてした人が多かったように思える。 教員になってしばらくした頃,警察署に生徒を迎えに行ったとき,ものすごい勢いで叱られている自分のクラスの生徒を見た。すごい迫力だった。この子は,今,親になっているが,真面目に生きている。
私たち教員も言われるが,本当にサラリーマン化してきているような気がする。事なかれ主義は,サラリーマン化を推進する。これではいけない。そう思うんだけど・・・。 一生懸命やればやっただけ,責められるのでは,やる気もなくなる。子どもを強く叱っただけで,親から猛烈なクレームをつけられれば,「言わない方が良い」と思う教員がいたって不思議はない。だから,校長が,保護者を叱る場面が必要になるんだと思っている。悪い連鎖に陥っている社会,まずは,大人のわがままに,学校は,毅然とし,問題が起きたら,積極的に教育委員会が,保護者を丸く収めるんじゃなく,間違いを間違いと指摘していかないといけない。モンスターペアレントが話題になったとき,減少傾向になったという。自分の言っていることが,他から見てわがまま(自分勝手)なんだと言うことを,教えてあげる。それが,子どもへ伝わり,将来に良い影響をもたらすと思う。
教育委員会は,その責があると思う。自分のやっているときだけ良ければいいなんて思っていると,この国の子どもは,どんどん悪い方向に向かう子が増えるのは間違いない。
2008年10月9日木曜日
対教師暴力!
対教師暴力が起きたときの対応,これが,まちまちだ。学校としての基本線がない。したがって,個々に対応する。しかし,これは,「あの時は,こうだったのに,今回はこうなる」というバランスをなくす結果となり,子ども達や保護者に不信感を抱かせる。
今までの経験では,この線がはっきりしていたので,その場で生徒指導ができるが,まちまちの対応では,その場での判断が,後に覆ることもある。と言うことは,事が起きるたびに会議を開いて決定をするという後手の指導となる。
私たちは,体罰の禁止を言われ,どんなに殴られても殴り返すなと言われる。相手が殴ってこないという事を知っている「対教師暴力に及ぶ生徒」は,挑発をし,殴るのを待つような姿勢も見せる。こんな腹立たしいことはない。ただ,今まで,文科省が言っているように「正当防衛として」という事で毅然とした態度を示すという事も言われた。
しかし,多くの校長は,そういう姿勢を見せない。考え過ぎかも知れないが,校長自身の保身としか考えられない。中には,起訴されたら有罪になる可能性が高いと言う校長もいる。これは,刑法犯すべてについての事であり,体罰で(しかも,正当防衛)起訴が90%を超えるという事実は聞いた事がない。
こんな話を聞いた若い教師達は,もし,手を出したら,例え,正当防衛でも職を失うと思ってしまう。何も体罰容認ではなく,明らかに殴ってくる生徒に無防備で殴られてくださいという考え方に間違いがあると思っている。以前,生徒に刺されてなくなった教師がいた。それでも,私たちは,正当防衛で止めるために手を出してはいけないんですかと言いたい。
私は,こういう校長は,自分で,問題行動を起こした生徒を指導する見本を見せるべきだと思っている。
毎日のように起きる「対教師暴力」。いったい,同じ事を繰り返す中学生に私たちは何を教えるんだろう。法律を犯したり,人の体を傷つけたりしたら,どういうペナルティがあるのかを教えるべきではないんだろうか。警察にもお願いしたいが,やはり,中学生でも人を殴れば,大人と同様に,ペナルティがあることを教えてあげてほしい。
以前,警察に呼ばれた生徒が,「今度やらなかったら良いぞ」と言われたと,今回は,何の注意もなかったと言った。事実関係はわからないが,もし,本当だとしたら,彼らの思うままになってしまう。1回なら許されると・・・。これは,違うんじゃないか。
今までの経験では,この線がはっきりしていたので,その場で生徒指導ができるが,まちまちの対応では,その場での判断が,後に覆ることもある。と言うことは,事が起きるたびに会議を開いて決定をするという後手の指導となる。
私たちは,体罰の禁止を言われ,どんなに殴られても殴り返すなと言われる。相手が殴ってこないという事を知っている「対教師暴力に及ぶ生徒」は,挑発をし,殴るのを待つような姿勢も見せる。こんな腹立たしいことはない。ただ,今まで,文科省が言っているように「正当防衛として」という事で毅然とした態度を示すという事も言われた。
しかし,多くの校長は,そういう姿勢を見せない。考え過ぎかも知れないが,校長自身の保身としか考えられない。中には,起訴されたら有罪になる可能性が高いと言う校長もいる。これは,刑法犯すべてについての事であり,体罰で(しかも,正当防衛)起訴が90%を超えるという事実は聞いた事がない。
こんな話を聞いた若い教師達は,もし,手を出したら,例え,正当防衛でも職を失うと思ってしまう。何も体罰容認ではなく,明らかに殴ってくる生徒に無防備で殴られてくださいという考え方に間違いがあると思っている。以前,生徒に刺されてなくなった教師がいた。それでも,私たちは,正当防衛で止めるために手を出してはいけないんですかと言いたい。
私は,こういう校長は,自分で,問題行動を起こした生徒を指導する見本を見せるべきだと思っている。
毎日のように起きる「対教師暴力」。いったい,同じ事を繰り返す中学生に私たちは何を教えるんだろう。法律を犯したり,人の体を傷つけたりしたら,どういうペナルティがあるのかを教えるべきではないんだろうか。警察にもお願いしたいが,やはり,中学生でも人を殴れば,大人と同様に,ペナルティがあることを教えてあげてほしい。
以前,警察に呼ばれた生徒が,「今度やらなかったら良いぞ」と言われたと,今回は,何の注意もなかったと言った。事実関係はわからないが,もし,本当だとしたら,彼らの思うままになってしまう。1回なら許されると・・・。これは,違うんじゃないか。
2008年10月8日水曜日
空しさを感じた!
今日,ある先生と話をして,「私は,こういう問題がある学校は,初めて。」と言った。私よりも年上の先生だ。この言葉を聞いて,いかに,私が都合良く使われてきたかを再認識した。私が,特に問題がない学校に勤務したのは,たったの1回。7校に勤務し,たった1回である。残りの6校は,精神的にも体力的にも大変な学校だった。校内に警察が導入されたり,機動隊が待機する事態も経験した。制服で警察官が校内にはいることもあった。新聞で報道されたこともあった。それだけ,大変な学校に勤務してきた。
にも関わらず,どういう人事異動を考えているのか。今年,転勤先が決まったときも書いたが,体力の衰えを感じる今,就職して初めて希望を言った。過去6回の転勤で,一度も言わなかった希望。すべて校長に任せてきた。今回だけは,初めて自分の体力の衰えを感じて,教員生活で初めて希望を言った。
結果は,全くの無視。自分の命を縮めるような毎日の学校に転任させられた。年齢を考えていない,経験があっても体力がない。そんなこともわからないんだろうか。あと数年の勤務だから,教員生活をトータルしても,今までの分を考えたら,いかに人間味のない転任だったかがわかる。まあ,人としてみられていなかったこともわかる。方や,私とは全く逆の教員生活で終わる人もいる。
最近思うことは,「おまえ,早く辞めろ」と言っているんだろうかということである。それなら,今回の「仕打ち」は,納得ができる。「よくやってくれた」という言葉は嘘で「こいつを,辞めさせるよう」とする意志が働いているんだろうな。まあ,そういう人生なんだろう。
ただ,今まで,学校のため,精一杯頑張ってきた自分が,ちょっと惨めに思える。教え子達や保護者は,評価をしてくれたが,私の頑張りを見てくれた人は,校長や教育委員会にはいなかったと言うことかな。ますます,不信感を持ってしまう自分である。
私にとって,最後の学校になるはずの学校が,これでは,裏切られた気持ちである。最後ぐらい,今までやってきたことを評価し,気持ちよく退職させてほしかったな。今は,定年まで働こうとは思っていない。タイミングを見て,考えていこうと思っている。言葉が悪いが,恨みに似た感情を今は持っている。今まで,これほど,人を許せないと思ったことはないが,今は,許す気持ちには決してならないだろう。
にも関わらず,どういう人事異動を考えているのか。今年,転勤先が決まったときも書いたが,体力の衰えを感じる今,就職して初めて希望を言った。過去6回の転勤で,一度も言わなかった希望。すべて校長に任せてきた。今回だけは,初めて自分の体力の衰えを感じて,教員生活で初めて希望を言った。
結果は,全くの無視。自分の命を縮めるような毎日の学校に転任させられた。年齢を考えていない,経験があっても体力がない。そんなこともわからないんだろうか。あと数年の勤務だから,教員生活をトータルしても,今までの分を考えたら,いかに人間味のない転任だったかがわかる。まあ,人としてみられていなかったこともわかる。方や,私とは全く逆の教員生活で終わる人もいる。
最近思うことは,「おまえ,早く辞めろ」と言っているんだろうかということである。それなら,今回の「仕打ち」は,納得ができる。「よくやってくれた」という言葉は嘘で「こいつを,辞めさせるよう」とする意志が働いているんだろうな。まあ,そういう人生なんだろう。
ただ,今まで,学校のため,精一杯頑張ってきた自分が,ちょっと惨めに思える。教え子達や保護者は,評価をしてくれたが,私の頑張りを見てくれた人は,校長や教育委員会にはいなかったと言うことかな。ますます,不信感を持ってしまう自分である。
私にとって,最後の学校になるはずの学校が,これでは,裏切られた気持ちである。最後ぐらい,今までやってきたことを評価し,気持ちよく退職させてほしかったな。今は,定年まで働こうとは思っていない。タイミングを見て,考えていこうと思っている。言葉が悪いが,恨みに似た感情を今は持っている。今まで,これほど,人を許せないと思ったことはないが,今は,許す気持ちには決してならないだろう。
2008年10月7日火曜日
お手上げ!危機的な状況にある学校に配属されて
今,学校は,お手上げ状態。指導どころではない。授業エスケープ,対教師暴力,授業中に携帯電話,音楽を鳴らす,暴言など,日常茶飯事である。しかし,ここまで来ると,他の生徒への授業妨害もある。不思議に思うのは,保護者がよく我慢しているということである。授業がまともにできていない公立学校。越境も許されない。この状況を打破することは,もう,無理と言わざるを得ない。初動に失敗した典型例になってしまった。
過去の経験からしたら,保護者に包み隠さず現状を話す保護者会を開き,保護者に協力をあおいで当然の状況である。エスケープする生徒の数に教員の数が足りないのだから・・・。勝手三昧の毎日を送る彼ら,それに振り回される私たち。腰の重い管理職。良くなるはずもない学校。
校長が言えないなら,教育委員会に手をさしのべてもらいたいと真剣に考えている。大きな問題が起きてテレビ新聞などで報道されないと動かないのかな。でも,もういつ起きても不思議でない状況に達している。数年前に,ある中学校の事が,新聞や市議会で取り上げられ,教育委員会も動いたが,そうならないと動かないとしたら,私は,学校との連携に大きな問題があると言わざるを得ない。それか,学校側が,ひたすら隠しているかである。
学校に直接来てもらえば,ドアが蹴破られ,スイッチが壊され,机イスも破損させられ,授業中に走り回り,携帯電話をし,音楽をイヤホンで聴く,暴言を吐き,ドアを蹴飛ばす,ガムをかみながら歩く姿を見ることができる。そして,それを注意している私たちを見れば,どういう状況かすぐにわかるはずである。
校長室に呼びつけて叱った校長を知っている。前にも書いたが,校長が,なぜ,教職員から選ばれるかを考えるなら,当然の事と思う。また,指導すべき立場の人から,指導すべき内容も聞くことはない。もう何ヶ月も前から,私は予想していたことが現実になっている。と言うことは,こんな事は,もっと前にわかっていたことだ。しかし,何とかなるとでも思っていたんだろうか。信じられない気持ちである。
私が気がついていないんだろうか。
同じ事を書くが,なぜ,転任してきたばかりで50歳を超えた私のクラスに,大変な生徒が集まっているのか。そんな情報は一つもなく,突然の担任指名をされた。あきれている。後で聞いたら,「あの子は,こう」「この子はこう」という信じられない話ばかりだ。責任を取るべき人が取っていないから,こういう事になるんだと考えている。自分たちではできないから,新しい人に押しつけるようなやり方には,全く納得ができない。1年生や2年生ならまだしも,中学校3年生で,5クラスの内3クラスが新担任なんて信じられますか。
問題行動が多い学校は,体力勝負である。ここに,若さが必要である。若い人が多いにもかかわらず,年齢を上から数えたら数番目の,しかも,何も知らない私に押しつけたというのが真実だろう。まずは,現有メンバーを説得することからスタートするのが当たり前なのに,その説得もできず,結果として,何も知らない新メンバーに押しつける。管理者として力量不足と言わざるを得ない。特に,中学校3年生は,進路もあり,保護者との信頼関係も必要な学年である。学校を知り尽くした人から選ぶのは,当たり前だし,今までは,そういう経験しかしなかった。
百歩譲って,担任をしたとしても,それにこまめにアドバイスや助言をするのが当然に思える。彼らが,どういう流れで今のようになってしまったのか。家庭環境はどうなっているのか。今までに指導方針はどうだったのか。何一つ聞かされていないのである。
誰が,この人事を決めたんですか。その責任を果たしていますか。自分たちが,こういう学年を作ったんですよ。学年の先生達だけじゃないんですよ。そういう人選をした人が結果責任をとるんです。これは,逃れられない責任なんです。私が,最も嫌っている,責任逃れの方法をとったとしか思えない人事に思える。去年のメンバーで,はずれた人はなぜはずしたんですか。中学校では,1年生から持ち上がった人は,責任があるんです。私が知っている人で,後に大校長と呼ばれた人は「人事が終われば俺の仕事は終わり」とまでいうくらいの重要な仕事なんです。 そのために,どれだけの苦労や時間を使って説得したかを知っています。
私が,運良く,1年からスタートしたときは,どんなに辛いことがあっても,そのメンバーでやり抜く覚悟でやったんです。だから,大変なときは,いろいろと学年で話し合って,助け合って,そして,教頭などにもアドバイスをもらって,学年を作っていくんです。こういう方法で,頑張ってきたんです。どんなことが起きても・・・。
だから,今の自分を振り返ると,指導一つだって,「それは,違う。今までこう指導された」という事になってしまうんです。子ども達との信頼関係が崩れる場合だってあるんです。こんな事がわからないはずがない。教師をやっていたら・・・。
本当に腹が立っているんです。たぶん,教員人生の中で,この人事は,死ぬまで忘れないし,一生許さない人事なんです。過去には3年生に突然入ったことや2年生からスタートということもあった。でも,きちんと,事前に納得できる話をもらったし,学校事情の説明も受けた。また,指導の柱があったし,そのフォローもあった。強いて言うなら,「申し訳ない」という気持ちで任されていたので,そういう気持ちが伝わってきた。
しかし,今回だけは,あまりにも,ひどい人事だと間違いなく言える。私は,物じゃない。部品でもない。人の心を持った人間なんです。だから,もう壊れそうなんです。たぶん,気がついていないと思いますが・・・。学校は,子ども達を相手にしているんです。物を作るかのように誰でも良いから当てはめていくような人事ではダメなのは,学校関係者なら当然知っていることなんです。
定年が近づいている私,もう,同級生の多くが校長になっている。でも,自分は,違う生き方をしてきた。管理職としての力量がないのを自分が一番よく知っていたから・・・。だから,子ども達と一緒になって良い学校を創りたかった。でも,一人ではできないし,同じ思いの管理職がいないとできないんだということを思い知らされたのである。
過去の経験からしたら,保護者に包み隠さず現状を話す保護者会を開き,保護者に協力をあおいで当然の状況である。エスケープする生徒の数に教員の数が足りないのだから・・・。勝手三昧の毎日を送る彼ら,それに振り回される私たち。腰の重い管理職。良くなるはずもない学校。
校長が言えないなら,教育委員会に手をさしのべてもらいたいと真剣に考えている。大きな問題が起きてテレビ新聞などで報道されないと動かないのかな。でも,もういつ起きても不思議でない状況に達している。数年前に,ある中学校の事が,新聞や市議会で取り上げられ,教育委員会も動いたが,そうならないと動かないとしたら,私は,学校との連携に大きな問題があると言わざるを得ない。それか,学校側が,ひたすら隠しているかである。
学校に直接来てもらえば,ドアが蹴破られ,スイッチが壊され,机イスも破損させられ,授業中に走り回り,携帯電話をし,音楽をイヤホンで聴く,暴言を吐き,ドアを蹴飛ばす,ガムをかみながら歩く姿を見ることができる。そして,それを注意している私たちを見れば,どういう状況かすぐにわかるはずである。
校長室に呼びつけて叱った校長を知っている。前にも書いたが,校長が,なぜ,教職員から選ばれるかを考えるなら,当然の事と思う。また,指導すべき立場の人から,指導すべき内容も聞くことはない。もう何ヶ月も前から,私は予想していたことが現実になっている。と言うことは,こんな事は,もっと前にわかっていたことだ。しかし,何とかなるとでも思っていたんだろうか。信じられない気持ちである。
私が気がついていないんだろうか。
同じ事を書くが,なぜ,転任してきたばかりで50歳を超えた私のクラスに,大変な生徒が集まっているのか。そんな情報は一つもなく,突然の担任指名をされた。あきれている。後で聞いたら,「あの子は,こう」「この子はこう」という信じられない話ばかりだ。責任を取るべき人が取っていないから,こういう事になるんだと考えている。自分たちではできないから,新しい人に押しつけるようなやり方には,全く納得ができない。1年生や2年生ならまだしも,中学校3年生で,5クラスの内3クラスが新担任なんて信じられますか。
問題行動が多い学校は,体力勝負である。ここに,若さが必要である。若い人が多いにもかかわらず,年齢を上から数えたら数番目の,しかも,何も知らない私に押しつけたというのが真実だろう。まずは,現有メンバーを説得することからスタートするのが当たり前なのに,その説得もできず,結果として,何も知らない新メンバーに押しつける。管理者として力量不足と言わざるを得ない。特に,中学校3年生は,進路もあり,保護者との信頼関係も必要な学年である。学校を知り尽くした人から選ぶのは,当たり前だし,今までは,そういう経験しかしなかった。
百歩譲って,担任をしたとしても,それにこまめにアドバイスや助言をするのが当然に思える。彼らが,どういう流れで今のようになってしまったのか。家庭環境はどうなっているのか。今までに指導方針はどうだったのか。何一つ聞かされていないのである。
誰が,この人事を決めたんですか。その責任を果たしていますか。自分たちが,こういう学年を作ったんですよ。学年の先生達だけじゃないんですよ。そういう人選をした人が結果責任をとるんです。これは,逃れられない責任なんです。私が,最も嫌っている,責任逃れの方法をとったとしか思えない人事に思える。去年のメンバーで,はずれた人はなぜはずしたんですか。中学校では,1年生から持ち上がった人は,責任があるんです。私が知っている人で,後に大校長と呼ばれた人は「人事が終われば俺の仕事は終わり」とまでいうくらいの重要な仕事なんです。 そのために,どれだけの苦労や時間を使って説得したかを知っています。
私が,運良く,1年からスタートしたときは,どんなに辛いことがあっても,そのメンバーでやり抜く覚悟でやったんです。だから,大変なときは,いろいろと学年で話し合って,助け合って,そして,教頭などにもアドバイスをもらって,学年を作っていくんです。こういう方法で,頑張ってきたんです。どんなことが起きても・・・。
だから,今の自分を振り返ると,指導一つだって,「それは,違う。今までこう指導された」という事になってしまうんです。子ども達との信頼関係が崩れる場合だってあるんです。こんな事がわからないはずがない。教師をやっていたら・・・。
本当に腹が立っているんです。たぶん,教員人生の中で,この人事は,死ぬまで忘れないし,一生許さない人事なんです。過去には3年生に突然入ったことや2年生からスタートということもあった。でも,きちんと,事前に納得できる話をもらったし,学校事情の説明も受けた。また,指導の柱があったし,そのフォローもあった。強いて言うなら,「申し訳ない」という気持ちで任されていたので,そういう気持ちが伝わってきた。
しかし,今回だけは,あまりにも,ひどい人事だと間違いなく言える。私は,物じゃない。部品でもない。人の心を持った人間なんです。だから,もう壊れそうなんです。たぶん,気がついていないと思いますが・・・。学校は,子ども達を相手にしているんです。物を作るかのように誰でも良いから当てはめていくような人事ではダメなのは,学校関係者なら当然知っていることなんです。
定年が近づいている私,もう,同級生の多くが校長になっている。でも,自分は,違う生き方をしてきた。管理職としての力量がないのを自分が一番よく知っていたから・・・。だから,子ども達と一緒になって良い学校を創りたかった。でも,一人ではできないし,同じ思いの管理職がいないとできないんだということを思い知らされたのである。
2008年10月6日月曜日
立て直せるのかな?
今,私の勤務している学校は,問題が噴出しいている。「学校を立て直していきたい」と言った人がいる。しかし,具体的に学校全体で取り組んでいこうという気持ちが全員にあるだろうか。
今,学校全体を見て,今の状態にどの学年もなりそうな雰囲気になっている。こうなると,これは,教職員が,しっかりと目標を定めて,一致団結しないと,毎年同じ事の繰り返しになる。私には,そう見える。
今,まず,やるべき事。書きたいことは山ほどあるが,もう少し様子を見てみようと思っている。理由は,今年赴任し,自分の思いとは違っている点が多すぎることにある。
いずれにしても,「さあ,学校を良い方向に立て直していこう!」という旗振り役がいない。ほんの数人が,そういう方向で動いている。しかし,これも,うまく機能しないと「船頭多くして船山に上る」になってしまう。
これを,調整し,進めていくべき人がいない。残念である。過去に,問題行動が頻発した学校にいた頃,教職員が一致団結して事にあたったことがあり,その充実感は今でも覚えている。例え,結果を出せなくても,全員で立ち向かっていった。その雰囲気を作った人たちのことを思い出す。やっぱり,立派な人たちだった。今では,校長や教育委員会で活躍されている。しかし,その数は,少ない。
今,学校全体を見て,今の状態にどの学年もなりそうな雰囲気になっている。こうなると,これは,教職員が,しっかりと目標を定めて,一致団結しないと,毎年同じ事の繰り返しになる。私には,そう見える。
今,まず,やるべき事。書きたいことは山ほどあるが,もう少し様子を見てみようと思っている。理由は,今年赴任し,自分の思いとは違っている点が多すぎることにある。
いずれにしても,「さあ,学校を良い方向に立て直していこう!」という旗振り役がいない。ほんの数人が,そういう方向で動いている。しかし,これも,うまく機能しないと「船頭多くして船山に上る」になってしまう。
これを,調整し,進めていくべき人がいない。残念である。過去に,問題行動が頻発した学校にいた頃,教職員が一致団結して事にあたったことがあり,その充実感は今でも覚えている。例え,結果を出せなくても,全員で立ち向かっていった。その雰囲気を作った人たちのことを思い出す。やっぱり,立派な人たちだった。今では,校長や教育委員会で活躍されている。しかし,その数は,少ない。
2008年10月5日日曜日
2008年10月4日土曜日
レジ袋の有料化!
名古屋市では,スーパーなどでの「レジ袋」の有料化を進め,ゴミの減量化をはかる考えだ。今日,荷物が多いと言うことで,妻につきあって,車で近所のスーパーに行った。
ほとんどの人が,思い思いの色や形の袋を持参していた。私は,昔を思い出した。昔は,皆「買い物かご」というのか,そう言った物を持って,買い物に来ていた。また,包装も新聞紙に包むということも多かったような気がする。また,量り売りは当然で,その場で必要なだけを包んでもらったように覚えている。
今,世界中で,環境に関する問題が出ている。ちょっと前の日本を思い出せば,いっぱいヒントはあるような気がした。
ほとんどの人が,思い思いの色や形の袋を持参していた。私は,昔を思い出した。昔は,皆「買い物かご」というのか,そう言った物を持って,買い物に来ていた。また,包装も新聞紙に包むということも多かったような気がする。また,量り売りは当然で,その場で必要なだけを包んでもらったように覚えている。
今,世界中で,環境に関する問題が出ている。ちょっと前の日本を思い出せば,いっぱいヒントはあるような気がした。
2008年10月3日金曜日
親を叱った管理職!
私が覚えている中で,親を叱った管理職が数人いる。最初は,初任校の校長。そして2校目の教頭。そして,4校目の教頭。5校目の教頭である。
こう見ていくと,教頭が多いなと思うが,これはたまたまだと思う。理由は,彼らは,校長になっても同じ事をしていたことを耳にする。
いつからか,学校は,親を恐れるようになり,親の理不尽な要求を聞いてしまう部分が出てきてしまった。ここで,毅然と対応できる管理職を育ててこなかった教育委員会の責任は重いと思う。また,そういう人材を登用してこなかった責任も重い。
私が知っている人の中にも,管理職としてふさわしい人は何人も見てきた。しかし,現実は,そうはならなかった。人材登用は,人を見てと言うより,組織を見て,また,文章を見てとなっているような気がしてならない。学校での様子は,どの程度,加味されているのか疑問を感じるときもある。
今こそ,人本意での管理職の登用を期待している。そうしないと,あちこちで,学校は,方向が定まらない,いつ沈没するかわからない船と同じになってしまう。
こう見ていくと,教頭が多いなと思うが,これはたまたまだと思う。理由は,彼らは,校長になっても同じ事をしていたことを耳にする。
いつからか,学校は,親を恐れるようになり,親の理不尽な要求を聞いてしまう部分が出てきてしまった。ここで,毅然と対応できる管理職を育ててこなかった教育委員会の責任は重いと思う。また,そういう人材を登用してこなかった責任も重い。
私が知っている人の中にも,管理職としてふさわしい人は何人も見てきた。しかし,現実は,そうはならなかった。人材登用は,人を見てと言うより,組織を見て,また,文章を見てとなっているような気がしてならない。学校での様子は,どの程度,加味されているのか疑問を感じるときもある。
今こそ,人本意での管理職の登用を期待している。そうしないと,あちこちで,学校は,方向が定まらない,いつ沈没するかわからない船と同じになってしまう。
今週は,よく体がもってくれた。
今週は,月曜日から調子が悪く,休もうと思ったが,他の人にも迷惑がかかると思い,ふらふらの状態で出かけた。当然,行けば,ごく普通の仕事をするわけだから,体が悲鳴をあげていた。泣き言も言えず,ただただ,我慢し,子ども達にさとられないようにした。
しかし,さすがに水曜日は,起きられないほど体調が悪く,少し遅れていくという決断をした。その日も,教室で授業中に何度も「めまい」がして,自分でも「ダメかな」という不安がよぎった。誰かに助けてもらうこともできず,ただ,頑張るしかなかった。
そして,今日(金曜日)を終えることができた。2学期に入ってから,最悪の体調の一週間となってしまった。
私たちは,代わりがいない。休めば,代わりに授業をする,人はいない。だから,無理に無理を重ねる。授業も成立して,普通の学校なら良いが,授業中や放課,すべての時間を,教室や廊下で過ごすのだから,歳を感じる私には,辛い毎日になる。だから,本当に,今週はよく体がもったなと思う。
どうして,こういう状態になったか。もし,タイムマシンがあったら,彼らの過去の学校での生活を見てみたい。どこかに,変化の兆しがあり,どこかに,指導のチャンスがなかったのかを知りたい。子ども達と話をしていて,学校としての指導の柱がなかったか,機能していなかった感じがする。
ちぐはぐな指導が,彼らを混乱させ,指導ができない状態になったのではないか。また,保護者との信頼関係も築けぬまま今日に至っていないのか。たった数ヶ月でも,問題点が見えてくるのに,なぜ,その問題点を整理し,解決しようとしないんだろう。厳しい言い方で言えば,「現状把握ができていない」の一言になる。刑事ものじゃないが,「事件は現場で起きている」と言うことだ。起きたことを,どんなに忠実に言葉で表現しても,現場でしか見えないことの方が多い。
我が校の「荒れ」は,この部分が欠けているように思えてならない。今は,退職した校長は,荒れている子どもと真剣に向き合った。逃げなかった。私は,それが,校長や教頭だと思う。現場を見るとは,そういう事から始まる。
しかし,さすがに水曜日は,起きられないほど体調が悪く,少し遅れていくという決断をした。その日も,教室で授業中に何度も「めまい」がして,自分でも「ダメかな」という不安がよぎった。誰かに助けてもらうこともできず,ただ,頑張るしかなかった。
そして,今日(金曜日)を終えることができた。2学期に入ってから,最悪の体調の一週間となってしまった。
私たちは,代わりがいない。休めば,代わりに授業をする,人はいない。だから,無理に無理を重ねる。授業も成立して,普通の学校なら良いが,授業中や放課,すべての時間を,教室や廊下で過ごすのだから,歳を感じる私には,辛い毎日になる。だから,本当に,今週はよく体がもったなと思う。
どうして,こういう状態になったか。もし,タイムマシンがあったら,彼らの過去の学校での生活を見てみたい。どこかに,変化の兆しがあり,どこかに,指導のチャンスがなかったのかを知りたい。子ども達と話をしていて,学校としての指導の柱がなかったか,機能していなかった感じがする。
ちぐはぐな指導が,彼らを混乱させ,指導ができない状態になったのではないか。また,保護者との信頼関係も築けぬまま今日に至っていないのか。たった数ヶ月でも,問題点が見えてくるのに,なぜ,その問題点を整理し,解決しようとしないんだろう。厳しい言い方で言えば,「現状把握ができていない」の一言になる。刑事ものじゃないが,「事件は現場で起きている」と言うことだ。起きたことを,どんなに忠実に言葉で表現しても,現場でしか見えないことの方が多い。
我が校の「荒れ」は,この部分が欠けているように思えてならない。今は,退職した校長は,荒れている子どもと真剣に向き合った。逃げなかった。私は,それが,校長や教頭だと思う。現場を見るとは,そういう事から始まる。
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