愛知県内の教諭が処分を受けた。当然の処分だろうが,名古屋市でも同様の処分があった。特に,わいせつ行為での処分は,名古屋市も愛知県も共通している。
私は,確かに問題を起こした教諭を毎日の行動で,事件の予想は難しいだろうと思う。ただ,過去に,その可能性を指摘した事も見聞きしたし,実際の行動から心配であると言うこともあった。しかし,それ以上の事はなかった。
後になって,「やっぱり」と言うことはあったように思う。意を決して校長に報告をした人もいた。しかし,何の行動もなかった。結果として,嫌な思いをした人たちはいる。
「~らしい」と言うことで,その教諭を処分はできない。しかし,実際に具体的なことが起きたのなら,例え些細な事でも,教育委員会に報告し,その支持の元,その教諭の指導をすべきだったと思うことはある。こういう積み重ねが必要で,隠ぺいしているような対応はすべきでないと思う。それは,被害にあった人の事を考えると強く言うべきだろう。
ただ,被害にあった人の事を考えて,あえて公表しないこともあるんだろう。でも,公表するしないではなく,「可能性」を考えたときに,教育委員会の果たす役割は大きい。今まで,本当に,真摯に対応してきたと胸を張って言えるだろうか。表に出る前の知らぬ間に,依願退職なんて事は,なかったんだろうか。
2009年11月26日木曜日
サーバーダウン!
勤務先の「サーバー」が壊れた。2時間目,「先生,ネットワークが繋がらないけど・・・」という話を聞き,いろいろと調べてみると,「サーバー」の電源が切れていた。ひょっとして誰かが切ったのかと入れ直しても電源は入らない。
こうなると,学校のネットワークは機能しなくなる。当然,インターネットは,繋がらないが,問題は,各PCからの印刷ができない状態となった。そこで,私は,とりあえず,サーバーを利用しない,学校内だけのLANを動くように設定し,インターネット以外の機能は回復した。しかし,これに30分はかかり,忙しい中で,大変であった。
さて,こういう問題が起きて,対応方法は,ネットワークに関する知識がある人がいるかいないかで大きな違いが出る。私は,かねてから,学校に最低1人の確保をすべきと主張しているが,いまだに,個人の力に頼っている状態である。どれだけPCの台数を増やしても,問題が起きたときの解決ができないとなれば,業者に頼ることになる。当然,コストも増える。だから,教員にそういう知識があれば,解決できると思っている。
今回も,当日は修理不能で,サーバーの復帰に1日半かかっている。たまたま,私の少しの知識で校内だけは利用できたが,そうでなかったらと思うと,テスト前でもあり,混乱したと思われる。また,データ管理も勤務先は,ネットワークを利用し,アクセス制限をし,外部からの侵入に対応している。あちこちにデータが分散し,紛失のないように考えている。また,データの一括管理とバックアップ体制も整えてある。万が一,1台のHDが破損しても,常にもう1台がバックアップを自動的に取る設定にしてある。
しかし,そのネットワークに不備が起きたとき,素早く切り替えができる人材は必要だろう。こういう知識をもった人材の育成や,現在持っている人たちへのサポートをする方法が望まれる。今言われているような無駄なお金を使わないためにも・・・。
こうなると,学校のネットワークは機能しなくなる。当然,インターネットは,繋がらないが,問題は,各PCからの印刷ができない状態となった。そこで,私は,とりあえず,サーバーを利用しない,学校内だけのLANを動くように設定し,インターネット以外の機能は回復した。しかし,これに30分はかかり,忙しい中で,大変であった。
さて,こういう問題が起きて,対応方法は,ネットワークに関する知識がある人がいるかいないかで大きな違いが出る。私は,かねてから,学校に最低1人の確保をすべきと主張しているが,いまだに,個人の力に頼っている状態である。どれだけPCの台数を増やしても,問題が起きたときの解決ができないとなれば,業者に頼ることになる。当然,コストも増える。だから,教員にそういう知識があれば,解決できると思っている。
今回も,当日は修理不能で,サーバーの復帰に1日半かかっている。たまたま,私の少しの知識で校内だけは利用できたが,そうでなかったらと思うと,テスト前でもあり,混乱したと思われる。また,データ管理も勤務先は,ネットワークを利用し,アクセス制限をし,外部からの侵入に対応している。あちこちにデータが分散し,紛失のないように考えている。また,データの一括管理とバックアップ体制も整えてある。万が一,1台のHDが破損しても,常にもう1台がバックアップを自動的に取る設定にしてある。
しかし,そのネットワークに不備が起きたとき,素早く切り替えができる人材は必要だろう。こういう知識をもった人材の育成や,現在持っている人たちへのサポートをする方法が望まれる。今言われているような無駄なお金を使わないためにも・・・。
2009年11月25日水曜日
指の名前を知らない中学生!
テストで,指の名前を使う問題を出したのだが,テスト中に各教室をまわって質問を聞いた。しかし,驚きの事実があった。
「先生,この指って,何て言いますか?」と自分の指を指して聞いた。私は,まさか,指の名前を知らない中学生がいるとはと思いながらいると,同じ質問をする子が次々と出て,5人を超えた。次のクラスへ行っても,その次のクラスに行っても同じ質問が続いた。
中学生になって,自分の5本の指の名前が言えない子がこんなにいるというのは,どうなんだろう。数学の方程式ができるのも大切なことだが,それ以前に大切なことがあるんじゃないだろうか。今の学校教育は,何を教えているんだろう。また,家庭では,子どもに何を教えなければならないんだろう。
私が教員になった頃は,こういう事は少なかった。やはり,子ども達の教育に関して,間違った方向に向かっているような気がする。それは,保護者の思い,子どもを育てていく姿勢にあらわれているように思う。今,もう一度,子どもの成長に必要なことは何かを問いたい。
そして,私たちは,学校と共に,家庭での「教育」の必要性を訴えていかないと,いつか,常識と思っていることが常識でなくなる。
名古屋市長がいろいろ,問題提起をしているが,この子どもに関する問題,ぜひ,取り上げて,学校のみならず,家庭教育を考えるきっかけにしてもらいたい。
河村名古屋市長,「クラスに1割強も,自分の指の名前を言えない子がいるのは,いかんがね。」と。
「先生,この指って,何て言いますか?」と自分の指を指して聞いた。私は,まさか,指の名前を知らない中学生がいるとはと思いながらいると,同じ質問をする子が次々と出て,5人を超えた。次のクラスへ行っても,その次のクラスに行っても同じ質問が続いた。
中学生になって,自分の5本の指の名前が言えない子がこんなにいるというのは,どうなんだろう。数学の方程式ができるのも大切なことだが,それ以前に大切なことがあるんじゃないだろうか。今の学校教育は,何を教えているんだろう。また,家庭では,子どもに何を教えなければならないんだろう。
私が教員になった頃は,こういう事は少なかった。やはり,子ども達の教育に関して,間違った方向に向かっているような気がする。それは,保護者の思い,子どもを育てていく姿勢にあらわれているように思う。今,もう一度,子どもの成長に必要なことは何かを問いたい。
そして,私たちは,学校と共に,家庭での「教育」の必要性を訴えていかないと,いつか,常識と思っていることが常識でなくなる。
名古屋市長がいろいろ,問題提起をしているが,この子どもに関する問題,ぜひ,取り上げて,学校のみならず,家庭教育を考えるきっかけにしてもらいたい。
河村名古屋市長,「クラスに1割強も,自分の指の名前を言えない子がいるのは,いかんがね。」と。
2009年11月24日火曜日
教育委員会に報告していなかった?
沖縄の中学生の事件でも「いじめを認識しながら教育委員会に報告していなかった」という報道がなされている。現場にいるものとしては,報告することには,問題がないと思うが,報告して次どうなるかを考えてみると,何とも形式的に思えてならない。
想像だが,報告すると,教育委員会は,詳しく報告しろと言うことで,文書にするだろう。そして,「適切な指導をするように」と言うだろう。ここからは,報告の意味が曖昧に思える。要するに,何か問題が起きたときに「報告があれば良くて,ないとダメ」という風潮だから,教育委員会は,報告を求めるだけになっているような気になる。
報告しやすくするには,報告に対して,しっかりと学校に主体的に関わり,校長を補佐し,指導にあたれば,それなりに効果はあるかも知れないが,報告だけを求めているとすれば,「報告したって,報告書作りだけだ。」と思えば,自ずと報告するのをためらってしまうのではないだろうか。報告は,何のために行うかの目的が違っているように思える。第1は,問題解決のためだが,ややもすると,マスコミや保護者対応になっていないだろうか。
教育委員会改革の第一歩は,教育委員会が,何のために存在しているかという事から始めないといけないと思う。
想像だが,報告すると,教育委員会は,詳しく報告しろと言うことで,文書にするだろう。そして,「適切な指導をするように」と言うだろう。ここからは,報告の意味が曖昧に思える。要するに,何か問題が起きたときに「報告があれば良くて,ないとダメ」という風潮だから,教育委員会は,報告を求めるだけになっているような気になる。
報告しやすくするには,報告に対して,しっかりと学校に主体的に関わり,校長を補佐し,指導にあたれば,それなりに効果はあるかも知れないが,報告だけを求めているとすれば,「報告したって,報告書作りだけだ。」と思えば,自ずと報告するのをためらってしまうのではないだろうか。報告は,何のために行うかの目的が違っているように思える。第1は,問題解決のためだが,ややもすると,マスコミや保護者対応になっていないだろうか。
教育委員会改革の第一歩は,教育委員会が,何のために存在しているかという事から始めないといけないと思う。
2009年11月21日土曜日
「沖縄中学2年生・集団暴行死事件」に思うこと
弱い立場の子を集団でからかったり暴力をふるうこと,残念ながら,どこの中学校にも存在すると考えて良い。今回のような事態にまで発展してしまうことも増えてきているように思える。
特に,加害者側の子への指導が「ほぼ不可能」と言うこともある。保護者も指導に協力でない場合は,学校での指導は,限界を超える。たぶん,世間一般的な考えでは,「学校の先生,何とかしろよ!」という思いが強いだろうが,やってもやっても解決しないことがあることを知ってもらいたい。
例として,力の弱い子に「1発殴ってみろ」と脅す。その子は,恐くて,ものすごく弱い力で相手をたたく。こうやって,まず先に手を出させたことにして,後は,もうやり放題で大けがをするくらい殴る。加害者はどちらなんだという話になり,問題を抱えている子の保護者は,「相手が殴ったから仕方がない」という姿勢。ある時,これと同じような事で,最初に手は出したが,それは,脅されて手を出したというか,出さないと仕方がない状況で,出した子が大けがをし,警察に被害届を出した。
しかし,警察は,「相手が先にに手を出した・・・」という事実でしか話をせず,私たちの話を聞こうともせず,「けんか両成敗」という処理をした。この事が,弱い子には,耐えられなかった。「誰も助けてくれない。警察ですら助けてくれない。」としか思えなかった。
今の時代,学校で解決できず,警察でも解決できず,泣き寝入りをする事がある。これで良いわけがない。今回の沖縄の事も,私の想像は,今書いたような状況ではなかったのかと思う。捜査権のない学校に,期待するのは,もう無理なんだろうか。それを可能にする方法はないんだろうか。そうしないと,今までにも起きた「いじめ」「暴力」による死は,なくならないと言える。
30年ほど前は,警察は,指導に熱心だった。今回のような事件でも,どっちが強い立場かをすぐに認識した。しかし,今,そう感じられなくなったのは,「人権に配慮」という姿勢が前面に出てきてからに思える。本来,全員にある「人権」が,弱い立場の人たちだけの「人権」をないがしろにするような時代になってきているのではないか。誰の人権を守るのか,私は,とても疑問に思っている。
今でも忘れない警察官の言葉がある。「先生,相手は,弁護士をつけているんで・・・・」というもの。これって,おかしくないかな。弁護士がつくのが悪いことではない。しかし,弁護士がついたことで,捜査や処分が一方的になったとしたら,法治国家は崩壊するんじゃないだろうか。
あえて言う。学校ガンバレ!警察ガンバレ!そして,教育委員会ガンバレ!そうしないと,今回のような事件は,残念ながら,必ずまた起きる。
特に,加害者側の子への指導が「ほぼ不可能」と言うこともある。保護者も指導に協力でない場合は,学校での指導は,限界を超える。たぶん,世間一般的な考えでは,「学校の先生,何とかしろよ!」という思いが強いだろうが,やってもやっても解決しないことがあることを知ってもらいたい。
例として,力の弱い子に「1発殴ってみろ」と脅す。その子は,恐くて,ものすごく弱い力で相手をたたく。こうやって,まず先に手を出させたことにして,後は,もうやり放題で大けがをするくらい殴る。加害者はどちらなんだという話になり,問題を抱えている子の保護者は,「相手が殴ったから仕方がない」という姿勢。ある時,これと同じような事で,最初に手は出したが,それは,脅されて手を出したというか,出さないと仕方がない状況で,出した子が大けがをし,警察に被害届を出した。
しかし,警察は,「相手が先にに手を出した・・・」という事実でしか話をせず,私たちの話を聞こうともせず,「けんか両成敗」という処理をした。この事が,弱い子には,耐えられなかった。「誰も助けてくれない。警察ですら助けてくれない。」としか思えなかった。
今の時代,学校で解決できず,警察でも解決できず,泣き寝入りをする事がある。これで良いわけがない。今回の沖縄の事も,私の想像は,今書いたような状況ではなかったのかと思う。捜査権のない学校に,期待するのは,もう無理なんだろうか。それを可能にする方法はないんだろうか。そうしないと,今までにも起きた「いじめ」「暴力」による死は,なくならないと言える。
30年ほど前は,警察は,指導に熱心だった。今回のような事件でも,どっちが強い立場かをすぐに認識した。しかし,今,そう感じられなくなったのは,「人権に配慮」という姿勢が前面に出てきてからに思える。本来,全員にある「人権」が,弱い立場の人たちだけの「人権」をないがしろにするような時代になってきているのではないか。誰の人権を守るのか,私は,とても疑問に思っている。
今でも忘れない警察官の言葉がある。「先生,相手は,弁護士をつけているんで・・・・」というもの。これって,おかしくないかな。弁護士がつくのが悪いことではない。しかし,弁護士がついたことで,捜査や処分が一方的になったとしたら,法治国家は崩壊するんじゃないだろうか。
あえて言う。学校ガンバレ!警察ガンバレ!そして,教育委員会ガンバレ!そうしないと,今回のような事件は,残念ながら,必ずまた起きる。
2009年11月17日火曜日
整形手術をしなければ良かったのに?
今日,生徒が「先生,整形して捕まった人,整形しなければ捕まらなかったのにね・・・」と言うので,「でも,悪いことをしたんだから,捕まらないといけないでしょ」と言うと,「僕は,もっと,逃げていてほしかったな。別に捕まらなくても良いじゃない。その方が面白いよ!」と言う。
私は,こんな考えの子がいるんだと思うと共に,よく聞くと,こういうコメントが書いてあるインターネットでのページを見たという。周りにいた子も,「そうだよね。逃げていてほしいよね」等と言う。まあ,一人が言ったことに意味もなく同調する場合は多いが,私は,こういう思いの子が増えているんじゃないかと思える。
ばれなければ何をやっても言い。証拠さえなければ,認めない。こういう場面が増えている。学校は,警察ではないから,限界がある。昔は,「規範意識」をほとんどの子ども達は持っていた。それは,親から引き継がれていた。しかし,今,そうでない親も多くなり,子どもと同じ考えの保護者もいる。以前,ある件で,相手が警察に届けたが,結局は,しらをきりとおした。当然,加害者とされた親は,猛烈に被害者に食ってかかると共に,警察へも猛抗議をした。そんな時代である。
学校の「荒れ」が,問題になる。保護者からの要望も多い。しかし,学校でやりづらくなっている現実をもっと,私たちは,表に出していく必要があるように思う。中学生の中には,「自分がやった」としても絶対にやっていないと言い切る子がいるんだということ。ある中学生は,ある先生が「私が見た」と言ったにも関わらず,「どういう目をしているんだ。その目のどこに証拠があるんだ。目をくり抜いて見せてみろ。」とまで言った。
今の中学校の中には,常識を越えたことが起きている。しかも,それは,ごく少数の話ではない。
私は,こんな考えの子がいるんだと思うと共に,よく聞くと,こういうコメントが書いてあるインターネットでのページを見たという。周りにいた子も,「そうだよね。逃げていてほしいよね」等と言う。まあ,一人が言ったことに意味もなく同調する場合は多いが,私は,こういう思いの子が増えているんじゃないかと思える。
ばれなければ何をやっても言い。証拠さえなければ,認めない。こういう場面が増えている。学校は,警察ではないから,限界がある。昔は,「規範意識」をほとんどの子ども達は持っていた。それは,親から引き継がれていた。しかし,今,そうでない親も多くなり,子どもと同じ考えの保護者もいる。以前,ある件で,相手が警察に届けたが,結局は,しらをきりとおした。当然,加害者とされた親は,猛烈に被害者に食ってかかると共に,警察へも猛抗議をした。そんな時代である。
学校の「荒れ」が,問題になる。保護者からの要望も多い。しかし,学校でやりづらくなっている現実をもっと,私たちは,表に出していく必要があるように思う。中学生の中には,「自分がやった」としても絶対にやっていないと言い切る子がいるんだということ。ある中学生は,ある先生が「私が見た」と言ったにも関わらず,「どういう目をしているんだ。その目のどこに証拠があるんだ。目をくり抜いて見せてみろ。」とまで言った。
今の中学校の中には,常識を越えたことが起きている。しかも,それは,ごく少数の話ではない。
2009年11月16日月曜日
授業の成立!
学校が荒れる。まずは,授業が成立しなくなる。勝手に立ち歩いたり,大きな声で関係ないことを話したり,教科書すら持ってこなかったり・・・。
今日,ある生徒が,「先生,どの教科が一番静かだと思う?」と聞くので,「どうして?」と聞き返すと,「うるさくて先生の声が聞こえない。」と言う。「えっ」と私は言った。すると「1位は,○○でしょう。2位は,先生,3位以降は全部うるさい。」と言った。まあ,私を入れてくれたのは,目の前にいることもあったと思うが・・・。
私は,彼らの言うのがどの程度かはわからない。しかし,授業が成立していないと感じている子がいるというのは事実のようだ。授業が上手だとか,研究熱心だとか,そういう問題ではなくて,「授業中は,静かに先生の言うことを聞かせる」という事ができていないのだろうか。
私は,今の学校に赴任して,とにかく,授業が成立しない状態であることを知った。文句を言わせてもらえば,2年生までの学級担任や教科担任は,責任を感じてほしいと思った。
しかし,今また,同じ事が起きようとしているように思えてきた。授業が成立しなくなって,その先生をはずしていく。1年生で成立できない状態にしてしまっては,先は暗い。
結局,3年生になって,全く子ども達の事を知らない転任者に担任をやらせる。たまったものじゃない。案の定,去年,私は,体調を崩したのである。持ち上がらなかった人たちは,私を見て,何を感じたのか聞いてみたいものだ。前にも書いたが,私は,去年の事を絶対に許さない。また,この転任を決定した前任校の校長や教育委員会を一生許さないだろう。 この学校の状況を知って,50過ぎの私を転任させ,突然中学3年生の担任にしたんだから・・・。しかも,学年で一番大変だというクラスの担任にしたんだから・・・。この学年を2年まで受け持ってきた私より若い人たちが持ち上がらなかったんだから・・・。 しかも,健康診断でも経過観察という状態で,持病をもっていたのに・・・。もう,病気にするための人事と言っても不思議のない事だったんだ。
まだ,私が30代の頃,今のような学校にいたときは,どんなに大変でも逃げることは許されなかった。どんなに辛くても持ち上がってきた。ただし,それは,若いからできたことかも知れない。荒れた学校は,体力勝負の部分も多いのである。私をこの学校に転任させた大きな間違いは,私の年齢を考えていなかったことだろう。転任先が決まったとき,ある人が「先生ならやれるね」と言った。このことばは,私が,30代から40代なら素直に聞けただろう。
さて,私は,この「授業の成立」は,出かけていって話を聞いて,研修を受けても全員ができることではないことを身をもって体験している。当然,その先生の人柄もあるだろう。それが大きいかも知れない。では,その人柄をどう生かしていくかを考えた方が良いように思う。そこに,アドバイスをしていくことこそ,重要に思う。私たちの若い頃は,現場優先で,先輩の先生達に教えられた。しかし,今見ていると,授業研究を主として考えすぎていないだろうか。まずは,子どもを把握し,授業を成立させることから始めた方が良いんじゃないかな。
最後に,嫌みに感じるかも知れないが,今,私の授業は成立している。ただし,フルパワーである。土日は,体が動かないほどの疲れである。ところで,健康上の理由意外で3年連続1年生という人事には,私は納得できない。だって,その代わりに誰かがやらないといけないのだから・・・。これって,もう力量不足という判断になるんじゃないだろうか。もし,私がそうだったら,即座に退職する。
ついでに勢いで書いてしまうが,よく自分の子どもが中学3年で,自分も中学3年だと困るという理由で,3年をはずす学校がある。しかし,私は,一度もこういう配慮をしてもらったことがない。私の2人の子どもが,ちょうど中学3年の時,自分も中学3年の担任だった。当然,入学式も卒業式も出たことはない。また,保護者会も重なって,何と,子どもだけでお願いしたこともある。こういう事って,伝わらないことなんだろう。迷惑をかけないように頑張ってきた。だからこそ,ここ数年の私に対する処遇に,怒りを感じてしまっている。
ひと言で言えば「ここまで,頑張ってきてのに,最後は殺す気なの?」と。
別の見方だが,子ども達がおかしい。本当におかしい。それは,保護者の感覚の変化に伴っているような気がする。また,もう一つ,小学校で「学級崩壊」と言われる状況で中学校に入学する子が増えた。席を立っていても注意すらできない小学校があるという事実。こんな状況をどう打開していくか,考えるべきじゃないかな。当然,私たち教員の質の問題も大きいとは思うが・・・。
今日,ある生徒が,「先生,どの教科が一番静かだと思う?」と聞くので,「どうして?」と聞き返すと,「うるさくて先生の声が聞こえない。」と言う。「えっ」と私は言った。すると「1位は,○○でしょう。2位は,先生,3位以降は全部うるさい。」と言った。まあ,私を入れてくれたのは,目の前にいることもあったと思うが・・・。
私は,彼らの言うのがどの程度かはわからない。しかし,授業が成立していないと感じている子がいるというのは事実のようだ。授業が上手だとか,研究熱心だとか,そういう問題ではなくて,「授業中は,静かに先生の言うことを聞かせる」という事ができていないのだろうか。
私は,今の学校に赴任して,とにかく,授業が成立しない状態であることを知った。文句を言わせてもらえば,2年生までの学級担任や教科担任は,責任を感じてほしいと思った。
しかし,今また,同じ事が起きようとしているように思えてきた。授業が成立しなくなって,その先生をはずしていく。1年生で成立できない状態にしてしまっては,先は暗い。
結局,3年生になって,全く子ども達の事を知らない転任者に担任をやらせる。たまったものじゃない。案の定,去年,私は,体調を崩したのである。持ち上がらなかった人たちは,私を見て,何を感じたのか聞いてみたいものだ。前にも書いたが,私は,去年の事を絶対に許さない。また,この転任を決定した前任校の校長や教育委員会を一生許さないだろう。 この学校の状況を知って,50過ぎの私を転任させ,突然中学3年生の担任にしたんだから・・・。しかも,学年で一番大変だというクラスの担任にしたんだから・・・。この学年を2年まで受け持ってきた私より若い人たちが持ち上がらなかったんだから・・・。 しかも,健康診断でも経過観察という状態で,持病をもっていたのに・・・。もう,病気にするための人事と言っても不思議のない事だったんだ。
まだ,私が30代の頃,今のような学校にいたときは,どんなに大変でも逃げることは許されなかった。どんなに辛くても持ち上がってきた。ただし,それは,若いからできたことかも知れない。荒れた学校は,体力勝負の部分も多いのである。私をこの学校に転任させた大きな間違いは,私の年齢を考えていなかったことだろう。転任先が決まったとき,ある人が「先生ならやれるね」と言った。このことばは,私が,30代から40代なら素直に聞けただろう。
さて,私は,この「授業の成立」は,出かけていって話を聞いて,研修を受けても全員ができることではないことを身をもって体験している。当然,その先生の人柄もあるだろう。それが大きいかも知れない。では,その人柄をどう生かしていくかを考えた方が良いように思う。そこに,アドバイスをしていくことこそ,重要に思う。私たちの若い頃は,現場優先で,先輩の先生達に教えられた。しかし,今見ていると,授業研究を主として考えすぎていないだろうか。まずは,子どもを把握し,授業を成立させることから始めた方が良いんじゃないかな。
最後に,嫌みに感じるかも知れないが,今,私の授業は成立している。ただし,フルパワーである。土日は,体が動かないほどの疲れである。ところで,健康上の理由意外で3年連続1年生という人事には,私は納得できない。だって,その代わりに誰かがやらないといけないのだから・・・。これって,もう力量不足という判断になるんじゃないだろうか。もし,私がそうだったら,即座に退職する。
ついでに勢いで書いてしまうが,よく自分の子どもが中学3年で,自分も中学3年だと困るという理由で,3年をはずす学校がある。しかし,私は,一度もこういう配慮をしてもらったことがない。私の2人の子どもが,ちょうど中学3年の時,自分も中学3年の担任だった。当然,入学式も卒業式も出たことはない。また,保護者会も重なって,何と,子どもだけでお願いしたこともある。こういう事って,伝わらないことなんだろう。迷惑をかけないように頑張ってきた。だからこそ,ここ数年の私に対する処遇に,怒りを感じてしまっている。
ひと言で言えば「ここまで,頑張ってきてのに,最後は殺す気なの?」と。
別の見方だが,子ども達がおかしい。本当におかしい。それは,保護者の感覚の変化に伴っているような気がする。また,もう一つ,小学校で「学級崩壊」と言われる状況で中学校に入学する子が増えた。席を立っていても注意すらできない小学校があるという事実。こんな状況をどう打開していくか,考えるべきじゃないかな。当然,私たち教員の質の問題も大きいとは思うが・・・。
2009年11月13日金曜日
授業中に手を振る親,それにこたえる子ども!
授業参観があったのだが,何度も同じ光景を見た。授業中に教室に入ってきた親が,振り向いた子どもに手を振った。当然,授業は進んでいて,教師が説明をしている最中である。どうするのかなと思っていると,子どもは笑顔で手を振った。しかも,ちょっと照れながらではなく,町で出会った時のようである。
小学校低学年ならあるかなと思うが,中学生である。「仲がよい親子」だけで片づけて良いんだろうかと私は思った。私の感覚としては,親は静かに参観し,子どもは,目で反応するくらいが普通だと思う。しかし,徐々に,こういう場面が増えた。と言うより,保護者同士も学校内で出会うと,大きな声を出して,手を振り合っている。何か違和感を感じる。私の年齢からは想像できない事態になっている。
昔なら,授業中に後ろを向くだけでも注意を受けたし,後ろを向いていたら,家に帰ってから親に叱られた物だ。大人への階段を登っている子どもを,下から引っ張っているような感覚になる。親離れ・子離れができなくなってきているような気がする。
小学校低学年ならあるかなと思うが,中学生である。「仲がよい親子」だけで片づけて良いんだろうかと私は思った。私の感覚としては,親は静かに参観し,子どもは,目で反応するくらいが普通だと思う。しかし,徐々に,こういう場面が増えた。と言うより,保護者同士も学校内で出会うと,大きな声を出して,手を振り合っている。何か違和感を感じる。私の年齢からは想像できない事態になっている。
昔なら,授業中に後ろを向くだけでも注意を受けたし,後ろを向いていたら,家に帰ってから親に叱られた物だ。大人への階段を登っている子どもを,下から引っ張っているような感覚になる。親離れ・子離れができなくなってきているような気がする。
2009年11月11日水曜日
不思議なこと!
実は,1週間ほど前から,テレビドアホン(パナソニック製)が,作動時に「異常音(雑音)」がでるようになった。原因の一つは,古いからかなと思ったが,まだ使えそうなので,そのままにしてあった。ただ,何かの発信音を拾っていると考えられる音だった。経験上は,トランスかなと思ったが,見あたる部分では原因はわからなかった。
しかし,今日,宅配便が来て,ドアホンが作動したが,今まで出ていた雑音は全くなくなっていた。何かの発信音がなくなったと言うことだろう。突然出て,突然消えた雑音。これもまた,不思議な事である。
実は,このドアホンは,自分で10年ほど前に取り付けた物で,もう少し,続いたら買い換えも考えただけに,拍子抜けと言った感じである。不幸ばかりが続く私にもたまには,良いことが起きるんだなと,小さな事ではあるが思えた。
しかし,今日,宅配便が来て,ドアホンが作動したが,今まで出ていた雑音は全くなくなっていた。何かの発信音がなくなったと言うことだろう。突然出て,突然消えた雑音。これもまた,不思議な事である。
実は,このドアホンは,自分で10年ほど前に取り付けた物で,もう少し,続いたら買い換えも考えただけに,拍子抜けと言った感じである。不幸ばかりが続く私にもたまには,良いことが起きるんだなと,小さな事ではあるが思えた。
教育とは!本当に特異な事件か!
イギリス人女性に関する事件で日本人男性が逮捕された。しかも,その状況が,異常とも言える。こういう人物がどうして育ってしまったのか。報道によれば,子どもの頃は,ごく普通だと言う。
私たち,学校に勤める者として,「教育」とは,何だろうと思うことがある。これは,私自身,学校教育の限界を感じているからだと思う。私は,中学校勤務だが,入学式から,教室内を動き回る子ども,弱い立場の子に意地悪をする子。30年前とは,全く違うと感じることも多くなった。
まして,保護者の学校への思いも変わってきた。自分たちの生活が一番で,子どもの事などかまっていられない。いつの頃からか,競争社会に入り,物を安く売る事が求められ,効率優先のために,命を削って働かなければならない大人。子どものことなど次の次。「子育ては学校」という感覚が当然になり,「躾」というのは,ある意味「死語」と言っても言いすぎでない家庭が増えてきた。
また,これも競争の一つといえるが,勉強第一で,学校から帰れば,昔の中学生なら寝ていた時間をはるかに超えて,塾に通わせている。そんな中から,子ども達本来の姿とは違った人格の形成をし始めてはいないだろうか。
今回の事件で,勝手な想像をすれば,本人にかかっていた「ストレス」は,かなりのものではなかったか。それに気付くことなく周りが感じ取れなかったのではないか。みんながそうなんだと言っても,十人十色である。心まで病んでしまう社会は,もう終わりにしたい。確かに特異な事件ではある。しかし,ここのところ,特異な事件が多い。と言うことは,「特異」ではなくなりつつあることを,私たちは,考える時期に来ていると思う。対応は,考えれば出てくるんじゃないだろうか。こういう問題に,真剣に取り組む体制を作るのは,今しかない。今考えないと,加害者になる若者が増え,それと共に被害増えてしまう。
私は,今の中学生を見ていて,今回の事件を「特異な事件」と言い切れない。みんなと一緒はなくて良いんだよ。自分で正しいと思うことを一生懸命やることが大事だよ。勉強の出来で,人は判断されないし,しちゃダメなんだよ。そして,自分以外の人が自分とは違うことも理解しよう。
私たち,学校に勤める者として,「教育」とは,何だろうと思うことがある。これは,私自身,学校教育の限界を感じているからだと思う。私は,中学校勤務だが,入学式から,教室内を動き回る子ども,弱い立場の子に意地悪をする子。30年前とは,全く違うと感じることも多くなった。
まして,保護者の学校への思いも変わってきた。自分たちの生活が一番で,子どもの事などかまっていられない。いつの頃からか,競争社会に入り,物を安く売る事が求められ,効率優先のために,命を削って働かなければならない大人。子どものことなど次の次。「子育ては学校」という感覚が当然になり,「躾」というのは,ある意味「死語」と言っても言いすぎでない家庭が増えてきた。
また,これも競争の一つといえるが,勉強第一で,学校から帰れば,昔の中学生なら寝ていた時間をはるかに超えて,塾に通わせている。そんな中から,子ども達本来の姿とは違った人格の形成をし始めてはいないだろうか。
今回の事件で,勝手な想像をすれば,本人にかかっていた「ストレス」は,かなりのものではなかったか。それに気付くことなく周りが感じ取れなかったのではないか。みんながそうなんだと言っても,十人十色である。心まで病んでしまう社会は,もう終わりにしたい。確かに特異な事件ではある。しかし,ここのところ,特異な事件が多い。と言うことは,「特異」ではなくなりつつあることを,私たちは,考える時期に来ていると思う。対応は,考えれば出てくるんじゃないだろうか。こういう問題に,真剣に取り組む体制を作るのは,今しかない。今考えないと,加害者になる若者が増え,それと共に被害増えてしまう。
私は,今の中学生を見ていて,今回の事件を「特異な事件」と言い切れない。みんなと一緒はなくて良いんだよ。自分で正しいと思うことを一生懸命やることが大事だよ。勉強の出来で,人は判断されないし,しちゃダメなんだよ。そして,自分以外の人が自分とは違うことも理解しよう。
2009年11月10日火曜日
私たちには「正当防衛」は?
注意した生徒が向かってくる。しかも,殴らんばかりの勢いで・・・。また,近づいてきて足を思いっきり蹴り飛ばす。しかし,私たちは,明確に反撃をしない。ただ,しないのではなく,できないという意識がある。
もう随分前だが,学校は,生徒の指導で,「これは許せない!」と言うことには,厳しい指導をして学校の秩序を守った。しかし,「体罰」問題が,大きくクローズアップされ,新規採用者への講習でも何度も語られ,もう,若い教師には,厳しく指導することが間違いだというような風潮にすらなりつつある。
何も「体罰」を100%肯定しているのではない。ここは理解してほしいのだが,弱い立場の子に暴力を振るっている場面で,「言葉で指導」をしていたんじゃ,その子は,殴られっぱなし。先生を殴っても何もないと思っている子は,平気で手を出す。百歩譲って「緊急時でも手を出さない」と言うなら,生徒が暴力を振るったら,警察へ届けて,その警察が,犯罪として扱うくらいの体制がないと,私たちは,殴られても何も言わない,ただのサンドバッグかとさえ思う。
しかし,警察の動きは,残念ながら,私たちの思いとはかけ離れている。「何で,先生達が指導せんのか」「俺たちの言うことは聞くのに・・・」という。これは,当たり前で,警察で同じ事をしたら,どうなるかくらいは知っている。ここに,学校と警察との連携が必要になる。
今までにも,恐喝事件やいじめの事件で,学校と警察の連携の悪さから,大きな事件に発展したことがある。たぶん,教育委員会や警察とでは,話し合いはされているだろう。しかし,現場へは浸透していない部分があるような気がしてならない。
ある仲間が,生徒から殴られたとき,警察から帰ってきてひと言,「たぶん,俺たちの誰かが死んだら真剣に考えてくれるんだろうな」と言った言葉が,いまだに頭に残っている。
いじめが問題になった頃,文科省は「正当防衛にあたる有形力の行使は体罰ではない」というような見解を出している。しかし,校長の中には,それすら知らないという現実も以前経験した。一部の学校の中には,「指導の限界」を感じ,あるいは,超えている状態があることを知ってもらいたい。数年前,名古屋市内の中学校で,職員室が占拠され,校長が殴られるという事があった。もう,記憶から消えつつあるだろうが,「もはや,学校は学校でない」と言っても良い状況を,早く把握し,他からの指摘で動くのではなく,学校に直接携わっている立場の組織から,プランを出していかないと,何度も何度も同じ事を繰り返すことになるんだろう。
今の時代的に言えば,「誰かが責任を取る」と言うことだろう。責任の所在がはっきりしていないので,どうなったのかわからない。学校を指導する立場,当該校を指導する立場の人が,指導できない場合の責任を明確にするだけで,もっと,こういう問題は前に進むと思う。教育委員会内の人たちが,前面に出て,指導をすべきじゃないかと思っている。
話は変わるが,先日の小学生の放火も,新聞の論調は,教育委員会に報告がしてなかったと書いてあった。新聞の論調通り行けば,その小学生に「こういう指導をするように・・・」と言わなければならないことになる。もし,報告したのに,指導方法を打ち合わせていなかったら,その担当者の責任と言うことになるんだろう。とても厳しい言い方をすれば,「校長」にだけ責任を取らせるような姿勢は絶対にあってはならないと思う。校長の指導のもと,毎日積み重ねて尚,うまくいっていない状況にも関わらず,校長の頑張りを否定するようなことではなく,指導する立場にいる人が,責任を持って,学校に乗り込んでくるくらいの人がいてほしいと願う。私は,そういう人が,教育委員会に入って頑張るべきだと常々思っている。
私の周りにも日々生徒向き合い,アイデアを出し,指導をしている。そういう人がいるのに・・・。その人が教育委員会に入ったら,学校現場も,助かるだろうなと言う人である。
もう随分前だが,学校は,生徒の指導で,「これは許せない!」と言うことには,厳しい指導をして学校の秩序を守った。しかし,「体罰」問題が,大きくクローズアップされ,新規採用者への講習でも何度も語られ,もう,若い教師には,厳しく指導することが間違いだというような風潮にすらなりつつある。
何も「体罰」を100%肯定しているのではない。ここは理解してほしいのだが,弱い立場の子に暴力を振るっている場面で,「言葉で指導」をしていたんじゃ,その子は,殴られっぱなし。先生を殴っても何もないと思っている子は,平気で手を出す。百歩譲って「緊急時でも手を出さない」と言うなら,生徒が暴力を振るったら,警察へ届けて,その警察が,犯罪として扱うくらいの体制がないと,私たちは,殴られても何も言わない,ただのサンドバッグかとさえ思う。
しかし,警察の動きは,残念ながら,私たちの思いとはかけ離れている。「何で,先生達が指導せんのか」「俺たちの言うことは聞くのに・・・」という。これは,当たり前で,警察で同じ事をしたら,どうなるかくらいは知っている。ここに,学校と警察との連携が必要になる。
今までにも,恐喝事件やいじめの事件で,学校と警察の連携の悪さから,大きな事件に発展したことがある。たぶん,教育委員会や警察とでは,話し合いはされているだろう。しかし,現場へは浸透していない部分があるような気がしてならない。
ある仲間が,生徒から殴られたとき,警察から帰ってきてひと言,「たぶん,俺たちの誰かが死んだら真剣に考えてくれるんだろうな」と言った言葉が,いまだに頭に残っている。
いじめが問題になった頃,文科省は「正当防衛にあたる有形力の行使は体罰ではない」というような見解を出している。しかし,校長の中には,それすら知らないという現実も以前経験した。一部の学校の中には,「指導の限界」を感じ,あるいは,超えている状態があることを知ってもらいたい。数年前,名古屋市内の中学校で,職員室が占拠され,校長が殴られるという事があった。もう,記憶から消えつつあるだろうが,「もはや,学校は学校でない」と言っても良い状況を,早く把握し,他からの指摘で動くのではなく,学校に直接携わっている立場の組織から,プランを出していかないと,何度も何度も同じ事を繰り返すことになるんだろう。
今の時代的に言えば,「誰かが責任を取る」と言うことだろう。責任の所在がはっきりしていないので,どうなったのかわからない。学校を指導する立場,当該校を指導する立場の人が,指導できない場合の責任を明確にするだけで,もっと,こういう問題は前に進むと思う。教育委員会内の人たちが,前面に出て,指導をすべきじゃないかと思っている。
話は変わるが,先日の小学生の放火も,新聞の論調は,教育委員会に報告がしてなかったと書いてあった。新聞の論調通り行けば,その小学生に「こういう指導をするように・・・」と言わなければならないことになる。もし,報告したのに,指導方法を打ち合わせていなかったら,その担当者の責任と言うことになるんだろう。とても厳しい言い方をすれば,「校長」にだけ責任を取らせるような姿勢は絶対にあってはならないと思う。校長の指導のもと,毎日積み重ねて尚,うまくいっていない状況にも関わらず,校長の頑張りを否定するようなことではなく,指導する立場にいる人が,責任を持って,学校に乗り込んでくるくらいの人がいてほしいと願う。私は,そういう人が,教育委員会に入って頑張るべきだと常々思っている。
私の周りにも日々生徒向き合い,アイデアを出し,指導をしている。そういう人がいるのに・・・。その人が教育委員会に入ったら,学校現場も,助かるだろうなと言う人である。
2009年11月8日日曜日
J1川崎,表彰式での愚行に思う!
Jリーグの川崎が表彰式で考えられない行動をし,各方面から批難を受けている。私は,この行動を見て,「やはり・・・」という思いがした。それは,中学校に勤めていて,運動の得意な子達が,「その事だけをやればいい」という考えに変わってしまってきている。
中には,立派な指導者の下,マナーを学んでいる子もいる。しかし,多くが,学校生活すらいい加減にし,運動だけやればいいと言う態度で,将来は,「○○から,特待で入れるから」と全く授業に身が入っていない。確かに,素晴らしい運動能力を持っている。でも,それだけで良いのだろうかと常々感じていた。今回のことは,川崎だけに限らず,常識を学んでこなかった若者の悲劇だろう。教えればできる子達ばかりだったはずだ。指導者の力量や考え方は,やはり,「人を育てていく」というごく当たり前の思いが必要なんだと思う。
以前,野球だったが,推薦が決まり,どうしても勉強に熱が入らなかった生徒に,その高校の監督がわざわざ中学校まで来て,強い口調で指導をした。彼は,人が変わったように頑張った。私は,これぞ,高校野球の監督だと思った。もう引退されているが,この監督さんを通じて,多くの生徒がお世話になった。もう大分前の話だが,携帯電話の所持禁止も徹底していた。彼らの生徒指導もしっかりやていたんだと思う。こういう監督が減ったんだろうか。
また,中学校の部活動の監督でも,まずは,技能より,躾を公言していた人がいた。全国大会にも連れて行く指導者だった。まずは,挨拶や態度,ここからスタートしていた。他校の生徒が練習試合に来ても,態度が悪いと激怒するような熱血漢だった。
しかし,最近,ちょっとしたことで,保護者からのクレームが増え,厳しく指導することに反感を感じる生徒や保護者が増え,「人としての成長」が,ないがしろになってきているのを感じる。だから,今回のような事が,起きることは,もう何年も前から予想できた。
私たち大人は,もっと,子ども達の将来を考えた指導をすべきだろう。学校も,私が教員になったときと比べると,明らかに,勉強にシフトしている。保護者は,勉強が一番としか考えない人が増えた。
以前は,もっと,子ども達とのふれ合いや,保護者会での会話が勉強以外だった。今回の若者の件で,反省すべきは,彼らを育てた私たち教員や部活動・クラブの指導者,そして,保護者ではないだろうか。
中には,立派な指導者の下,マナーを学んでいる子もいる。しかし,多くが,学校生活すらいい加減にし,運動だけやればいいと言う態度で,将来は,「○○から,特待で入れるから」と全く授業に身が入っていない。確かに,素晴らしい運動能力を持っている。でも,それだけで良いのだろうかと常々感じていた。今回のことは,川崎だけに限らず,常識を学んでこなかった若者の悲劇だろう。教えればできる子達ばかりだったはずだ。指導者の力量や考え方は,やはり,「人を育てていく」というごく当たり前の思いが必要なんだと思う。
以前,野球だったが,推薦が決まり,どうしても勉強に熱が入らなかった生徒に,その高校の監督がわざわざ中学校まで来て,強い口調で指導をした。彼は,人が変わったように頑張った。私は,これぞ,高校野球の監督だと思った。もう引退されているが,この監督さんを通じて,多くの生徒がお世話になった。もう大分前の話だが,携帯電話の所持禁止も徹底していた。彼らの生徒指導もしっかりやていたんだと思う。こういう監督が減ったんだろうか。
また,中学校の部活動の監督でも,まずは,技能より,躾を公言していた人がいた。全国大会にも連れて行く指導者だった。まずは,挨拶や態度,ここからスタートしていた。他校の生徒が練習試合に来ても,態度が悪いと激怒するような熱血漢だった。
しかし,最近,ちょっとしたことで,保護者からのクレームが増え,厳しく指導することに反感を感じる生徒や保護者が増え,「人としての成長」が,ないがしろになってきているのを感じる。だから,今回のような事が,起きることは,もう何年も前から予想できた。
私たち大人は,もっと,子ども達の将来を考えた指導をすべきだろう。学校も,私が教員になったときと比べると,明らかに,勉強にシフトしている。保護者は,勉強が一番としか考えない人が増えた。
以前は,もっと,子ども達とのふれ合いや,保護者会での会話が勉強以外だった。今回の若者の件で,反省すべきは,彼らを育てた私たち教員や部活動・クラブの指導者,そして,保護者ではないだろうか。
2009年11月5日木曜日
新規採用者の退職!
試用期間後に正式採用されず辞めた公立学校の新人教員315人のうち、88人はうつなど「精神疾患」による依願退職だったことが4日、2008年度の文部科学省の教員調査で分かった。名古屋市では6人の退職だった。
私は,去年の自分の置かれた環境から考えると,今年,精神的にまいって退職した若者の気持ちがよくわかる。毎日毎日,焦燥感のみの時間が過ぎる。いつしか,自分の心が通常ではない反応をし始める。こんなに辛いことはない。
こういう学校では,まともな教育ができない。学校の教師が余裕を持って,自分の持っている力を発揮できない学校では,子どもがかわいそうだ。そういう環境を作っているのは何か。言うまでもない。それがわかっていて,解決できない学校。そこに通わなければならない子ども達。もう,限界に近いんじゃないだろうか。何か,対策を考える時期に来ているんじゃないか。
まともに授業ができない学校。それが,教師の力量とかではなく,通常では考えられない生徒達の行動だとしたら・・・。
大昔なら,力で押さえ込んだんだろう。しかし,体罰問題として大きくマスコミに報道され,教師達は,問題ある生徒に馬鹿にされ,「殴れるものなら殴ってみろ!」と平気で言われる時代。怖い物なしの無法地帯の学校。こんなの学校じゃない。
辞めていった6人の人は,どんな思いだろう。あの難しい試験に合格し,希望を持って,過ごせると信じていただろうに・・・。
私は,去年の自分の置かれた環境から考えると,今年,精神的にまいって退職した若者の気持ちがよくわかる。毎日毎日,焦燥感のみの時間が過ぎる。いつしか,自分の心が通常ではない反応をし始める。こんなに辛いことはない。
こういう学校では,まともな教育ができない。学校の教師が余裕を持って,自分の持っている力を発揮できない学校では,子どもがかわいそうだ。そういう環境を作っているのは何か。言うまでもない。それがわかっていて,解決できない学校。そこに通わなければならない子ども達。もう,限界に近いんじゃないだろうか。何か,対策を考える時期に来ているんじゃないか。
まともに授業ができない学校。それが,教師の力量とかではなく,通常では考えられない生徒達の行動だとしたら・・・。
大昔なら,力で押さえ込んだんだろう。しかし,体罰問題として大きくマスコミに報道され,教師達は,問題ある生徒に馬鹿にされ,「殴れるものなら殴ってみろ!」と平気で言われる時代。怖い物なしの無法地帯の学校。こんなの学校じゃない。
辞めていった6人の人は,どんな思いだろう。あの難しい試験に合格し,希望を持って,過ごせると信じていただろうに・・・。
2009年11月4日水曜日
小学生が放火!教育委員会の対応は・・・。
名古屋市中川区にある寺が小学生の放火により全焼した事件で,新聞の中に「学校が教育委員会には報告していなかった」というのがあったが,報告する義務があるのに報告をしていなかったという論調である。
ただ,報告して後,教育委員会が学校に対して,その児童に対して「こういう指導をしなさい」という事をするだろうかという疑問を持っている。それは,過去にいろんな事で報告をして,それについての指導を受けたという記憶がないからである。言うなら,統計の数として報告をしているのが現状ではないだろうか。
もし,今後,教育委員会に報告をしていなかった結果,こういう大変な火事が起きたとすれば,今後は,児童生徒の行動で,問題がありそうなことは,すべて報告し,その一つ一つに指導方法や指導経過を記録していくんだろうな。これは,想像を絶するような数になるだろう。
もし,取材に対して教育委員会が,「聞いていなかった」と言うだけの対応だとすれば,まさに,先ほど書いたようにすべて報告をすべきだろう。しかし,「学校長の判断で,報告する場合としない場合がある」と言っていれば,そうならない。どっちなんだろう。
ただ,報告して後,教育委員会が学校に対して,その児童に対して「こういう指導をしなさい」という事をするだろうかという疑問を持っている。それは,過去にいろんな事で報告をして,それについての指導を受けたという記憶がないからである。言うなら,統計の数として報告をしているのが現状ではないだろうか。
もし,今後,教育委員会に報告をしていなかった結果,こういう大変な火事が起きたとすれば,今後は,児童生徒の行動で,問題がありそうなことは,すべて報告し,その一つ一つに指導方法や指導経過を記録していくんだろうな。これは,想像を絶するような数になるだろう。
もし,取材に対して教育委員会が,「聞いていなかった」と言うだけの対応だとすれば,まさに,先ほど書いたようにすべて報告をすべきだろう。しかし,「学校長の判断で,報告する場合としない場合がある」と言っていれば,そうならない。どっちなんだろう。
2009年11月3日火曜日
DVDについて!
最近,DVDレコーダーで地上デジタル放送を録画しようとして,いろんな障害にぶつかった。
1.今までのDVD-Rでは,録画できない。CPRM対応のDVD-Rが必要である。
2.ダビング10があるので,良いのだが,ダビングしたDVD-Rからダビングできない。
3.今まで再生していたDVDレコーダーでは,再生できない。CPRMに対応したプレーヤーが必要。
4.コンピュータの周辺機器のDVDも対応していない機器では読み込めない。
また,DVD-Rに録画してみてみると,以前のアナログ画像と同等であること。HDDに録画した画像は,鮮明でもDVDにすると画像の質が落ちる。もっと,鮮明かなと思っていただけに,少し悲しい。ただ,今後,DVDレコーダーをもう少し,調べないといけないが,DVD-Rでは,ハイビジョンでは録画できないようだ。
ところで,我が家には,まだブルーレイは利用できないが,もう少し待った方が良いのだろうか。なぜなら,今後,もう少し使いやすくなるような気がする。
1.今までのDVD-Rでは,録画できない。CPRM対応のDVD-Rが必要である。
2.ダビング10があるので,良いのだが,ダビングしたDVD-Rからダビングできない。
3.今まで再生していたDVDレコーダーでは,再生できない。CPRMに対応したプレーヤーが必要。
4.コンピュータの周辺機器のDVDも対応していない機器では読み込めない。
また,DVD-Rに録画してみてみると,以前のアナログ画像と同等であること。HDDに録画した画像は,鮮明でもDVDにすると画像の質が落ちる。もっと,鮮明かなと思っていただけに,少し悲しい。ただ,今後,DVDレコーダーをもう少し,調べないといけないが,DVD-Rでは,ハイビジョンでは録画できないようだ。
ところで,我が家には,まだブルーレイは利用できないが,もう少し待った方が良いのだろうか。なぜなら,今後,もう少し使いやすくなるような気がする。
2009年11月1日日曜日
「ちかん」と言われたら,「逃げること!」
昨日も書いたが,名古屋市立の中学校の教務主任が「迷惑防止条例」違反で停職4ヶ月の懲戒処分を受けた。最初は,否定していたと言うから,途中で何がどうなったのかはわからない。しかし,この話題,テレビなどで弁護士が「やってなかったら,逃げることです。」という事を言ったらしい。
これって,ものすごくおかしな話ではないだろうか。理由は,捕まったら,もう否定してもしきれない。やってもないのに,やったことになってしまうと言う。やってもないことをやったことにしてしまうとしたら,法律って何だろうと思ってしまう。ただ,法律の専門家ですら「逃げること」と言うんだから,それほど,難しい問題なんだろう。
ある大学教授が,最高裁で「無罪」判決を受けたというニュースもあったが,何年もかかっている。その間,とんでもなく辛い日々になる。よく家族共々頑張ったと思う。この苦労を考えて,認めた方が早く社会復帰できると言われたら・・・。
でも,どうしても納得できない。以前,わざと,人を陥れたような事件も起きている。今,電車にカメラの設置も検討課題になっているらしい。
もし,私自身が,突然「ちかんです」と言われて,警察に連れて行かれたらと思うと,まずは,否定できず,犯人になってしまうんだろうか。こう考えると,電車にも乗れない。そうならないためにも,えん罪と言われるような事が起きないしくみを考えていかないと・・・。女性専用列車はあるが,こうなると「男性専用列車」が必要になりそうだ。
今回の中学校教諭が,どうこう言うのではなく,本当に,いつふりかかるともわからない現実があることだけは,自覚していないといけない。ただ,こういう行為が頻発していることも事実だ。これは,許せないと言うことは,言うまでもない。
これって,ものすごくおかしな話ではないだろうか。理由は,捕まったら,もう否定してもしきれない。やってもないのに,やったことになってしまうと言う。やってもないことをやったことにしてしまうとしたら,法律って何だろうと思ってしまう。ただ,法律の専門家ですら「逃げること」と言うんだから,それほど,難しい問題なんだろう。
ある大学教授が,最高裁で「無罪」判決を受けたというニュースもあったが,何年もかかっている。その間,とんでもなく辛い日々になる。よく家族共々頑張ったと思う。この苦労を考えて,認めた方が早く社会復帰できると言われたら・・・。
でも,どうしても納得できない。以前,わざと,人を陥れたような事件も起きている。今,電車にカメラの設置も検討課題になっているらしい。
もし,私自身が,突然「ちかんです」と言われて,警察に連れて行かれたらと思うと,まずは,否定できず,犯人になってしまうんだろうか。こう考えると,電車にも乗れない。そうならないためにも,えん罪と言われるような事が起きないしくみを考えていかないと・・・。女性専用列車はあるが,こうなると「男性専用列車」が必要になりそうだ。
今回の中学校教諭が,どうこう言うのではなく,本当に,いつふりかかるともわからない現実があることだけは,自覚していないといけない。ただ,こういう行為が頻発していることも事実だ。これは,許せないと言うことは,言うまでもない。
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