2010年7月26日月曜日

研修会に参加!

 今日は,午後から研修会に参加した。ここ数年,若い頃とは違って「研修会」に参加するということが少なくなってきている。今回は久しぶりである。

 毎回,思っていたことは,「時間通りに始まらない」ということだが,今日は,本当に時間ぴったりに始まった。それだけでも気分が良い。「遅れないように・・・」と思って急いで行ったが,これなら納得である。
 今までにも書いたことがあるが,多くの会が「時間になりましたが,まだお見えになっていない先生が多いので・・・」という理由で開始時間が遅れていた。これが,実に腹の立つことだった。学校においても「職員協議会」が時間通りに始まらないと腹が立つ。集まっている人の方が多いのに,一部の人のために時間が遅れるのはおかしいとずっと言っている。確かに,急な生徒指導があったりとか,来客の場合は仕方がない。でも,多くは,開始時間をいい加減に考えていると思えることがある。これは,なくしていきたい。

 今日の研修会の中でも「子どもに示しがつかない」という話題があったが,まさにその通りで,時間を守れと言いながら自分が守らないのはどうだろう。自分は特別だと思っていたとしたら,大きな間違いだろう。

2010年7月11日日曜日

相撲界の野球賭博問題!

 ここ数日,この「野球賭博問題」で大変な事になっている。確かに,法律違反であるし,まして,公益法人としての組織を考えれば,当然の成り行きだろう。

 ただ,私がちょっと思ったことは,すべての大人が,本当に「自覚」を持って行動しているのだろうかと言うことである。学校でも,教師による暴行事件,痴漢行為,事務職員の横領など・・・。モラルの低下は,ここ数年に始まったことではない。今,日本は,犯罪に寛容になってきてはいないだろうか。「これくらい・・・」というような気持ちはないだろうか。
 昔は,もっと,もっと厳しい社会だった。と言うか,もし,犯罪を犯せば,その場にいられないほどのダメージを受け,そのすさまじさは信じられない。しかし,今,まさに他人事のように思ってしまう大人が増え,自分の事を棚に上げて攻撃する人もいる。今一度,社会全体として「モラル」の構築を図るべきだろう。そこでの学校の存在は大きい。その力を学校に与えるには,学校の社会における位置を考えていかなければならないし,教師の質も考えるべきだろう。まして,管理職の力量は,学校の存在価値を考えると言うまでもない。

2010年7月9日金曜日

勤務時間とは・・・

 私たちの勤務時間終了は午後5時。でも,部活動・生徒指導などで,この時間に帰ることはほとんどない。というか,そういう学校に勤めたことがない。また,当然のように「残業手当」はない。
 公務員が楽だと言うが,こと教員に関しては当てはまらない人の方が多いだろう。それでも,親からの苦情や地域からの苦情は後を絶たない。我慢に我慢を重ねて毎日を過ごしている。当然,加齢とともに体はきつくなっていくが,仕事量は変わらない。

 たまに,仕事の後に「○○に行ってます」というような教員と出会うことがあるが,私にとっては夢物語である。だから,せめて,残り少なくなった退職までの期間を少しでも「ゆとり」を持たせてもらいたいと切に願っている。まあ,叶わぬ夢だろうが・・・。

2010年7月7日水曜日

ちゃんと見ていてくれる?

 一生懸命仕事をする。それなりの成果をあげる。良い学年を作る。

 よく言われた。「先生,必ず見ていてくれる人がいるから・・・」と。しかし,最近,この言葉を疑っている。頑張って良い学年を作ると「子ども達が良いんだ!」と言われる。結局,頑張りを認めるような雰囲気はない。

 自分としては,学校のためと思い,頑張ってきた。しかし,今の自分の置かれている状況を考えると,とても「ちゃんと見ている」とは言えないだろう。50を過ぎて,こういう感覚になるとは思わなかったが,あまりのひどさに,ちょっとめげるのである。ここには,書けないことだが,本当にひどい「仕打ち」を受けた。

 ちゃんと職員の頑張りを見て,評価をしていかないと,教育の現場は,衰退し,良い教育をすることができなくなると思っている。考えすぎだとは思うが,現場を離れることに全力を使い,また,自分の出世だけのために生きるような人が多くなってきているようで・・・。昔は,そうでなかった。そう思うのは私だけかも知れない。
 学校のために頑張った人たちの扱いを考えないと,若い人たちは,「あんなに頑張っているのに・・・」と思うだろう。そんな思いが,学校にまん延したら・・・。頑張らない人が「良い思い」をしてるのを目の当たりにしたら・・・。そんなことを思った日だった。

 

2010年6月19日土曜日

取り返しがつかないことに・・・。浜名湖の事故!

 今朝の新聞で,昨日のボートの転覆事故で,重体だった生徒が亡くなったことを知った。取り返しがつかないことになった。昨日も書いたが,とんでもない「判断ミス」をしたことに私たち教員は,猛省をしなければならない。

 ただ,本当に今回の「判断」は,疑問が残る。この生徒は,この「判断ミス」によって,命を奪われた。海と陸では,全く違う。にもかかわらず,陸上で行う行事と同じ判断をしてしまったのではないか。私たちは,観光船に乗るときでさえ,万が一のことを考え,指導する。今までにも,修学旅行で「隅田川の観光船」や「箱根(芦ノ湖)の観光船」に乗ったときもそうだった。下見でしっかり確認し,どういう場合に中止になるのかとか,万が一の時はどうするのかを綿密に確認してくる。当然,船から落ちたときも確認してくる。
 今回のボートでは,緊急時の対応を教職員は確認していたのだろうか。船が動けなくなったとき,どうすうのか。波が高いときにどうするのか。私は,以前,漁村体験では,生徒が行う体験をすべて体験し,万が一船から落ちたときのことも実際に体験している。当然,海上で気分が悪くなった場合のことも対策を考えていた。こういう事を確認して,安全策を確認して行事を実施した。漁村の人たちも十分安全を考えているが,やはり「プロ」で慣れもあって,「これくらい」という思いがあるかも知れない。だからこそ,生徒の目線で考えるのである。また,泳ぎが苦手な子がいると考えて行事の方法も考えるのである。

 いずれにしても,今回は,学校や教育委員会の責任はとても重い。生徒の命を守る教職員として,何を一番に考えているか。そんなことを今更言わなければならないほど,今の学校は,鈍感になっているんだろうか。私は,決してそうじゃなく,教員一人ひとりが自分の「考え」をしっかり持つことが必要なのに,すべてをマニュアル化し,そのマニュアル通りに動くような組織になってきてはいないだろうか。そこに,本来人間が持っている危険回避の感覚が麻痺し始めているような気がする。
 今回のようにマニュアル通りでないことに対応できない組織に危機感を持つのである。私たちが若い頃,いろんな知識を持った人がたくさんいた。当然,山の知識も海の知識も・・・。なぜ,そういう人が減ってしまったのか。教育とは,いったい何を教えるのか。学習だけで良いのか。人を教えるには,それだけの知識も当然だが,人間としての強い意志もいるんだろう。
 今回,校長の判断ミスは責められる。それにも増して,私は,誰も校長に「やめた方が良いですよ!」と言えなかったことが信じられない。何度も校長に意見を言ったことがある私としては,許せない気持ちである。

2010年6月18日金曜日

「判断」は誰が・・・。浜名湖の水難事故!

 先ほど,ニュースで「愛知県豊橋市立章南中学校」の生徒が水難事故にあったという。まだ,詳しくはわかっていないが,1人が重体という。手こぎボートが転覆し,投げ出されたらしい。また,この時,強風注意報が出ていたという。ニュースを見る限り,波の様子から危険を感じる。誰でも感じる状態に見えるし,救助された生徒も「波が高く,ゆれて恐かった」と証言している。

 さて,私たちは,子どもの安全のため,いろんな情報を集め,まずは判断し,そして引率の責任者が最終判断をする。今回の判断は,どうだったのか・・・。特に,校外での活動は,より慎重に判断するのは言うまでもない。特に,水の上だとすれば,安全を考えるのは当然だ。
 ニュースを見る限り,今回の「判断」は,間違っていたと言わざるを得ない。その責任は重い。教育委員会は,この事故を重く考え,当然,安全最優先の判断をすべきだ。

 ちょっと気になったのは,実施するかしないかは専門家の判断とこの学校の教頭がコメントしていたが,本当にあの波を見て,教師は,誰も「疑問」を感じなかったのだろうか。もし,私なら,「やめましょう」と言ったと思う。私たち教員は,直接子どもの安全を第一に考え,それが例え専門家としても,意見する事はできるだろう。
 以前,私たちが引率した「修学旅行」で,「海での活動」があったが,当日は,雨が降って見通しが悪い状態であった。地元の人は,何とかできるでしょうという判断だったが,私は,「中止」を決断した。子ども達は,やりたかったようだが,安全を第一に考えての判断だと思っている。
 結果論だが,その後,大雨となり,とても活動できるような天候ではなかった。本当に「中止」にしてよかった。まさに,私たちは,子どもの命を預かっている。校外での活動では,「もし,こうなったら・・・」「こういう準備があるから大丈夫だ」とか「これは,危険だ」というような意識が絶対に必要なんだ。
 また,雨にもかかわらずハイキングを実行したこともある。それには,まずは,雨の中を教師数人で歩いて安全を確認し,天気予報も確認し,今後どうなるかを判断し,予報が間違った場合を考えて行動した。この地域は,雨が降ったとき道がどういう状態になるのかも確認した。当然,安全に関わることは1つも起きなかった。子ども達は,雨の中のハイキングをいまだに思い出にしている。

 これも,ある意味経験かも知れない。どういうわけか,私は,こういう場面の経験が多い。だから,自信を持って判断できると思っている。そういう教員が減ってはいないか。若い世代の教員は,身近にある「危険」を察知できる力が弱くなってきているような気がする。また,校長・教頭も,安全の判断と言うより,「何かあったらいけない」という判断しかしなくなってはいないだろうか。本当の意味での「安全の判断」を鈍らせてはいないか。今一度,この事故を教訓に「安全」の意識を再確認したい。

 何とか,この重体の生徒には何とか回復してほしいと願う。

 

2010年5月29日土曜日

ちょっとした疑問!懲戒免職処分

 昨日,名古屋市教育委員会は,事務職員3人を懲戒免職にした。事務職員は以前にも裏金で2人が免職となっている。
 今回,疑問に感じたのは,本人が否認しているというテレビニュースがあったからである。この3人の件は,まだ,警察に告訴したところだという。

 しかし,以前,名古屋市立の小学校教務主任が逮捕されたときは,本人は,同様に否定していた。処分があったのは,ものすごく遅かった。その差をどう考えたらよいのだろうか。一つは,証拠なんだろう。
 今回の事務職員の場合は,教育委員会が証拠をつかんでいたからできたのだろうが,本人が否定している中で懲戒免職の処分を下したのに,いささか早すぎる気がする。内容が全く違うが,小学校教務主任の場合と,あまりに対応に差を感じてしまう。
 小学校教務主任も,最初は否定していて,後で認めているが,ここで懲戒免職の処分だ。だとすれば,今回の事務職員も同様の対応をすべきと思っている。万が一が絶対ないと思われる証拠があったのかも知れないが・・・。

「1600円」の床屋へ

 近所にすべてやって「1600円」という床屋ができ,気になっていたのだが,いつも満員で待つのが苦手な私は躊躇していた。
 しかし,今日,ホームセンターで買い物をした後通ると,何と待っている人がいなかった。すぐに,そこに入って,散髪をすることにした。今まで行っていた床屋とやることはすべて同じ。終わってから「1600円です」と言われて嬉しい気分だった。だって,いつもだとこの倍以上払っているんだから・・・。
 そもそもこの床屋は,前からあった。それが,最近この価格を前面に押し出して営業を始めたようだ。看板も名前は一緒でも価格が大きく書いてある。また,安価な床屋では,洗髪がなかったり,顔を剃ってもらえなかったりだが,ここは,本当にすべてやってくれた。
 この店は平日でもいつも満員。この価格でやっていけるのは,これだけ多くの人が来るからだろ。まさに,この価格がそうさせている。

 確かに,最近の床屋は高くなった。4千円弱という価格が妥当かどうかはわからないが,私にはとても高いと感じる価格である。だから,この1600円は,ものすごく安く感じる。もし,これで,店がやっていけるとすれば,ちょっと今の価格は高すぎる。こういう価格は組合で決めたりするから,今日行った床屋は,組合に入っていないんだろうな。
 多くの組合は,自分たちの事ばかりを考えて,周りが見えなかったり,独りよがりになったり,はたまた,一部の人のための組織になってしまったり・・・・。どこの組合も考えるときに考えておかないと,気がついたときには,周りに見放されているなんて事になるんじゃないかと思う。

2010年5月17日月曜日

食洗機が壊れて修理へ・・・!

 昨日,食洗機がエラーメッセージを出して,スイッチを入れても動かなくなった。仕方なく,取扱説明書にある場所に電話をした。日曜日にも関わらず対応をしてくれた。「明日電話をします」という事だった。
 すると,しばらくして,名古屋の担当者から電話があり,「明日でも良いですか?」と言うと「わかりました」という返事だった。家に私は,いなかったのだが,丁寧に対応をしてくれたようだ。しかも,無料ということで,驚いた。

 この食洗機,15年間使った物で,もう寿命と言うことなんだろう。でも,懸命になおし,しかも無料ということで,この会社は,とても素晴らしいと思った。電化製品は,万が一の時の対応が大事だとつくづく思った。この会社は,最近名前を統一した「パナソニック」である。

2010年4月29日木曜日

授業参観で!

 授業参観が行われた。年々保護者の振る舞いに疑問を感じているが,今年もやはり「?」と思える行動を見ることになった。

 まずは,授業中に廊下を大きな笑い声を出しながら,楽しそうに会話をしながら歩く。生徒は,迷惑だよねと私に言う。次に,教室に入ってから,黙々と携帯電話でメールのやり取りをする。せめて,廊下に出るくらいの常識があっても良いだろう。

 また,自分の子どもを懸命に携帯のカメラで写していく。それも,生徒の間近に来てである。そして,中には,それにポーズを取る子どももいる。集団という中で教育が行われていることを全く理解できず,自分と自分の子どもだけの世界を作ってしまう。これではいけないだろう。

 当然,多くの保護者は,冷静にごくごく普通に参観をしているが,あれっと思える行動を取る保護者が明らかに増えているのは間違いない事実である。

 大げさかも知れないが,今,日本はおかしくなっている。それは,子どもではなく,大人がおかしくなっている。教育の大切さを感じると共に,社会全体で,この「おかしさ」を考えないと,いつか,日本は,自分勝手な,自分の事だけを考えている大人に支配されてしまうんじゃないだろうかと心配になる。
 だって,普通の大人は,じっと我慢する人の方が多い。学校でも,リーダーがしっかりしていないと,不平不満をぶつけてくる保護者の意向が尊重されてしまったりすることもある。ますます,学校で,真面目にやっている子ども達は,肩身の狭い思いをする。正直者が馬鹿を見る世の中が良いわけがない。

2010年4月27日火曜日

とうとう処分が発表された!

 名古屋市立松栄小学校 教務主任 大藪享一 に対して,名古屋市教育委員会は,「懲戒免職」の処分を出した。本人も認めていると言うから,当然の処分である。ただ,あえて,私は,もし,これが,わからずに逮捕されていなかったら,このまま,教頭,そして校長へと昇進していって可能性が高いことからすると,このような人物を推薦したすべての人や組織,そして,それを追認してきた組織の責任は,考えないと今後も同じようなことが起きてしまうのではないかと思う。
 名古屋市教育委員会は,今回謝罪会見を開いた。他の責任ある人たちは,どう考えているんだろうか。

 最近,教務主任になる年齢や教頭校長になる年齢が,私たちの若い頃からは信じられないほど若くなった。若くてもリーダーシップをもって,ビジョンを語れるなら良いが,本当にそうだろうか。団塊の世代が退職し,その人員不足のために,若くてもそうせざるを得ないとすれば,その人選には,慎重にも慎重に決定する必要があると思う。

 経験もなく,人の上に立ってしまったら,特に学校内で起きる問題は,たった数年間ですべてを経験できない。中には,経験がなくても,本人の資質で乗り切れる人もいるが,そんなに数は多くない。今回の教務主任も,新聞によれば,「ストレスが・・・」と言っているらしい。よほどの能力がないと,経験不足からくるストレスはものすごく大きいと思う。
 特に,組合運動の幹部だったことからすれば,学校以外の活動もそうとうの時間を使っていたと思われる。そんな中で,人物が教務主任にふさわしいかどうかを,どう判断していくか。この事件をきっかけに,どうか,教育委員会には,考えてもらいたい。身内をかばうようなやり方ではなく,どう人を育てていくかを考えてもらいたい。
 そうしないと,こういう事件だけではなく,リーダーシップのない見かけ上のリーダーばかりになって,名古屋の教育界は,疲弊すると思う。

 よく言われるが,「なりたい人より,なってもらいたい人」という当たり前の事を実践してほしいものだ。良いリーダーを育てるシステムも考える必要があると,最近つくづく思う。今回の事件を「特別な事件」と考えていたら,前には進まないだろうな。
 こういう問題を前向きに考えていくリーダーに登場してもらいたい。

2010年4月24日土曜日

名古屋市立振甫中学校のミス!

 名古屋市立振甫中学校での学級編制のミスは,とても信じられない,ある意味単純なミスである。しかし,新聞報道では,校長・教頭の勘違いという説明だが,私が疑問に思うことは,振甫中学校の教職員の誰も気づかなかったのかと言うことである。

 この変更があった後,こうなるんだと言うことは,全職員が知っている。もし,振甫中学校の職員が知らなかったとすれば,あまりに情報の収集力がなかったと言うことと,新聞を読んでいなかったのかなと思える。

 また,教育委員会が,教職員に周知徹底していなかったことも問題だろう。私も,教育委員会からの情報で,この変更を知ったことはない。校長には,説明をしたと言うが,校長・教頭ともあろう人が勘違いするような説明をしたとすれば,その担当者の説明力不足も考えられる。
 こういう大きな変更は,全教職員に周知徹底するのが,当たり前で,校長に説明したというだけでは,ダメなんだということを改めて知らしめる結果になったことを,教育委員会も真摯に反省しないと,同じようなことが起きてしまうように思う。

 以前に,私が教育委員会関係の部署に質問したときに感じたことがある。それは,「説明会で説明したでしょ」という返答。この裏返しは,自分たちは説明したから,それがわからない方が悪いという姿勢である。その結果で生じることは,自分たちには関係ないということだ。しかし,私が問い合わせた件では,担当者の勘違いだったが,その勘違いが,今回逆の立場で起きたことになる。
 実際にこういう事を起こしている教育委員会なんだから,もっと,丁寧に,しかも,現場のことを考えた対応をしなければならないと思う。一校長や教頭のミスと言うだけでなく,今一度,教育委員会自信も今回のミスを再検討する必要が私はあると思う。

 そうしないと,あまりに子ども達がかわいそうだ。

2010年4月22日木曜日

またまた,新聞に載っていた!名古屋市

 今日も新聞に教育関係の記事が載った。それは,名古屋市立振甫中学校で,学級編制の人数を間違えたというもの。とんでもない。クラス編制は,当然,当該学年が担当すると同時にその確認を,教務主任,そして,教頭,最後に校長が確認する。この当たり前のチェックができていなかったというのは,許されない。
 今回のように,ぎりぎりの場合は,本当に気を遣って,確認を何度もする。この学校は,こういう体勢ができていなかったのだろうか。クラス発表があってからの変更は,本当に困ったことである。

 昨日に引き続き,また,名古屋市の教育関係の問題が記事になった。気の緩みがあったと言われても仕方がない状況である。教育委員会は,ひとつひとつの問題に対して,きちんと対応しているだろうか。特に,今回のような場合は,教員数との関係も出てくるので,当然,当該校に,確認をすべきだろう。それをしなかったと言うことであれば,担当者は,責任を感じてほしい。

 さて,急きょクラス数が増えると言うことは,担任の数も増えるし,場合によっては,教員の補充も必要になる。こんな大きな問題が,「間違えた・・・」では済まされない。猛省が必要だろう。今までの事件と結びつけてはしけないが,教育委員会は,たるんでいないか。問題に対して,誠実に着実に解決しようとしているか。

 教育委員会に所属する人たちは,自分の事として,今回の問題をとらえ,今,名古屋市内で起きている様々な問題に真摯に取り組んでほしい。それが,仕事じゃないか。あえて身内だから,厳しく言うが,教育委員会の人たちの資質は,ちゃんとあるかを考えて人選しているかと言いたい。昨日の小学校の教務主任の信じられない事件もある。資質のない人が,上に立てるような組織になっていないかをもう一度考えてみたらどうだろう。私の周りには,適任者がいっぱいいるよ。

2010年4月20日火曜日

また,新聞に載っていた!教務主任の犯罪

 3月末にとんでもない事件が報道され,しかも,それが,将来は校長になるような立場の教務主任という事で,選任した校長や教育委員会にも任命責任があるだろうと思っていた。それが,今回他の事件でも再逮捕されたという新聞報道があった。
 今日の紙面では,本人が否定しているのか認めているのかはわからないが,もし,事実だとすれば,名古屋の教師による事件としては,前代未聞の事になる。ちょっと前には,名古屋市内の中学校の教務主任が痴漢行為で逮捕されている。名古屋の教務主任の選考は,何を基準に選んでいるのかはなはな疑問を感じるのである。
 また,今回の事件の教師は,愛知県教員組合の幹部というから,組合も何を基準に幹部を選んでいるのかと思う。既に,管理者の責任は問われているとは思うが,以前にも書いたことがあるが,組織の幹部の登用には,それを推薦した人の任命責任も考えるべきだと思う。

 私が知らないだけかも知れないが,校長の責任,教育委員会の責任,教員組合の責任について,何かを発表したと言うことは聞かない。既に最初の事件では,起訴されたと言うから,責任の所在についても発表されても良い時期ではないだろうか。

 ただ,あくまで,この事件が事実だとしたらと言う条件はあるのだが・・・。間違っていてほしいという気持ちは今でもある。

2010年4月8日木曜日

とうとう「遠近両用メガネ」!

 もう,近くの文字が見えなくなってから何年経つだろう。新聞や本は,メガネをはずして近づけて見ていた。最近は,授業中に教科書が見にくいこともあり,そろそろ「遠近両用メガネ」を使わないといけないかなと思っていた。

 3月末に,とうとう決心をして「格安の眼鏡屋」がちかくにあるので行った。いつも利用している眼鏡屋さんと比べると明らかに安価でせきるので,試しに購入することにした。そのメガネが今日できあがるというので取りに行った。
 今かけているのは,ガラスだが,今回はプラスチックにした。受け取ったときにあまりの軽さに驚いた。近視が強いせいで,今のレンズは分厚い。今回のメガネは,薄型にしてもらったので,それほど厚さは感じなかった。

 早速かけてみると,やはり,近くに焦点が合う部分が狭く,見にくい。目を動かしただけではダメで,顔ごと動かさないと,見やすいポイントに合わない。これは,慣れるまで大変だ。

2010年4月7日水曜日

入学式で見たもの!

 今日は,中学校の入学式が行われた。この入学式で最近感じることがある。それは,「おじぎ」いわゆる「礼」がきちんとできない子がものすごくいるということである。

 頭だけをちょこんと下げる子が多い。小学校の卒業式が直近にあったわけだから,たぶん小学校でもできていないと思われる。また,直立で長い時間立ってていられなくて,左右にふらふらしている。私は,ここに,今中学校が抱えている問題があるように思えてならない。きちんと一つ一つの動作ができずに来てしまっている。
 したがって,教室でもきちんとイスに座れない。最初から足を出したり,斜めを向いて座ったり・・・。まずは,中学校でそれをなおしていくんだが,これって,中学校でやることなんだろうか?
 私たちの小学校の頃は,まずは,こういう事ができることだ当たり前だった。以前,自分の子どもの授業参観に行ったときも同様のことを感じた。授業中の姿勢が悪い子が多い。また,足を通路側に出すなど。先生は,全く注意すらしない。

 小学校は,今一度,小学校でやることを確認してもらいたい。勉強だけではなく,人としてできなければならないことを教えて卒業させてほしい。

2010年4月6日火曜日

始業式!

 今日は,始業式が行われた。相変わらず3年生は,勝手な行動が目についた。しかし,昨年度と大きく違ったのは,校長が壇上から注意をしたことだ。今までにはないことだ。今までは,勝手なことをしたり,大きな声で奇声を発しても何も言わずに進んだが,今日は違った。
 考え方には,校長が注意してたんではいけないというものがある。現状は,そんなこと言っていられない状況ではある。また,今までの経験では,校長が注意する前に学年で注意するというのが当たり前なんだが,どうも,今はそうなっていない。ある意味で,超えられている。
 他の学年の教師もフォローにまわるべきだが,まだ,学校全体としてはそうなっていない。

 幸い,自分の学年は,昨年度と変わりなく,いつも通りのスタートが切れた。この状態を維持し,より成長した子ども達を見ることを楽しみに1年やっていこうと思った。

 明日は,入学式,今の学校をよい方向に持っていく教師集団の力を結集して何とか少しずつでもよくしていきたい。

2010年4月5日月曜日

これが,新年度?

 ここ数日,教室のロッカーや扉など,修繕をしている。去年の2年生が使っていた教室は,あちこちに「その痕跡」が残っている。教室に入る扉は,レール上を通ることができず,動かすとはずれる。鍵はかからない。動いても,危ないほど穴が開いていたり,かけていたり・・・。

 前の学年がやるべきだというのは置いておいて,こういう状態で学校を始めなければならない人もいるんだということを知ってもらいたい。私は,修理のために,ホームセンターへ行き,必要な部品や道具を買ってきた。当然のように「自腹」である。教頭は,「悪いけど,お金がないから・・・」と言う。
 だからといって,やらないわけにはいけない。今,事務職員が金銭にからむ事件で懲戒免職になったと言うことも聞くが,それで,お金の出が慎重になっているのかも知れないが,必要な事には必要なお金を出せる名古屋市であってほしいと思う。物が壊れるのを予想はできない。当然,それを予算化はできない。学校状況によって,予算を配分できるようにしてもらいたい。特に,年度当初,必要なお金は出してくれてもいいんじゃないかと思う。子ども達が,その荒れた教室で過ごすことを考えてもみてほしい。

 まあ,こんな新年度を迎える学校もそうは,多くないと思うが,私は,いつもこんなスタートである。

たらい回し!人間には余裕がないと・・・

 今日も,テレビのニュースで,救急患者の受け入れ先がなく,時間がかかり,結果として死亡するというものだった。確かに,悲しいことだ。ただ,医者が悪いと言い切れるだろうか。救急医療体制が充実していない地域で,ある意味「起こるべくして起きた」と言える。

 もし,医者に余裕があったら,結果は違ったかも知れない。効率が求められ,医者も看護師もぎりぎりの数であったり,勤務時間もきつかったり・・・。この状況で「救急医療」もやれと言うのは。無理ではないか。もっと,医者の数に余裕があり,勤務態勢も人並みであったなら・・・。

 実は,私たち教員にも同じ事が言える。良い授業をするためには,それだけの時間をかけて準備が必要だが,これができるのは,夜になってから・・・。これでは,体がもたない。もし,教師に余裕があったら,そして,中学校なら授業時間に余裕があったら・・・。そんなことを思う。今の時代,もはやこの「余裕」を持つことが無駄と言われてしまう。本当にそうだろうか。子どもに対して余裕のない状態で長期間過ごしたら,良い学校にはならないだろう。
 今年は,私は,午前中4時間すべてに授業がある日が5日間の内3日間ある。教科のバランスもあるのだか,さすがに午前中全く余裕がないのでは,良い授業ができるだろうかと不安になる。まあ,もし,死んでしまったら,この時間割は残っているので,過労死にあたると言ってくれるかも知れない。その証拠としては,実にわかりやすい時間割である。他の先生と比べてみれば,それは歴然としているから・・・。また,勤務時間内で帰ることはない。ほとんど毎日,少ない日でも3時間の超過勤務になっている。これも,控えておかないと・・・。
 まあ,死んだらどうしようもないけどね。

 人間,余裕が必要だよ。怠けているんじゃないんだから・・・。

2010年4月2日金曜日

校務用パソコンの置き方!

 名古屋市で各学校に配置されたノートパソコンは,ワイヤーでロックをして机上に置いている人が多い。そこで,このパソコンをどう置くかで,机の使い方にも影響する。私は以前から下記のような物を使っている。この商品を見て,「これ良いね。買ってみたい」という人が多かった。なかなか,近所の店ではないらしい。私も通販で購入した。

 結構使い勝手がよいです。どうでしょうか。

「PowerStand for General」は、15インチ液晶採用のノートパソコンであれば、 横置きに比べ設置面積を約20分の1に減らすことができ、机の上の限られたスペースを別の用途に活用することができます。

2010年3月30日火曜日

人事異動に期待感!ガンバレ!

 今日の新聞に載った教職員の人事異動で,私が知っている人が「教育委員会」に入った。私はとても期待している。この人は,現場にいたときは,間違いなくリーダーシップがあり,私は安心して自分の学年の事を考えていれば良かった。できれば,もう一度一緒に働きたいと今でも思っている。時として,校長にも意見できる人だったし,ビジョンも持っていた。また,私の思いを組んでくれた事も多かった。やり甲斐のある時間を過ごした事を思い出す。

 そんな人たちが,教育委員会で,今まで同様,そのリーダー性を遺憾なく発揮して,名古屋市の教育,当然教員の指導にあたってくれると良いと思う。組織には,いろんなしがらみがあるだろうが,それを打破できる力を持っていると思う。頑張ってほしい。私のような者に応援されるのは,嫌かも知れないが,陰ながら,その活躍を期待している。自分より若い人で,ここまで思った人は,そんなにいない。

 今,教育委員会を取り巻く環境も厳しいのかも知れない。だからこそ,頑張ってもらいたい。この人ならできる。もし,古い風習があるのなら,疑問を持つ仲間同士で,連絡を密にして,よい方向にもっていってほしい。今までも何度も書いているが,今,組織を見直す時期ではないだろうか。どういう組織の力が今後必要なのか。その方向性を見失わず,よりよい名古屋を作っていきたいね。

2010年3月29日月曜日

勝手な想像,国松元長官事件!

 組織の機能不全が,この国松元長官の事件解決への障害になったんではないか。そんな風に思える。テレビ放送によれば,刑事課と公安部が別々で捜査し,別の犯人を追うような展開になってしまった。聞くところによれば,初動捜査に問題ありという人もいた。当時の警視総監も,一部認めている。

 今,日本の組織のあちこちで,既往不全を起こしているような気がする。トヨタのその1つかも知れない。また,これは,私たち教員の世界でもあるような気がする。若手を十分に育てる事をせず,組織の維持のためだけに若者を使ったりして,本来の教師の仕事を伝えきれていない。そんな気がする。
 教師である前に,組織が一番最初にきてしまう。本末転倒ではないかと私は思っている。ものすごく前に,私が勤務している学校の生徒指導で,ある集まりにいけなくなって,連絡を入れたら,当時のある校長が,「どっちが大事だと思っているんだ!すぐに来い」と言われ,以後,私はこの会には参加しなくなったことを思い出す。学校の先生のはずが,先生達の組織を維持するのが大事だとすれば,いったい学校にいる子ども達は何だろう。自分たちの出世の道具ではないはずだ。当時,私は,ものすごい怒りを持って,この組織を見ていた。まあ,そんな組織から,どんどん校長になっていったんだが・・・。

 初心に戻ろうよ。学校の先生は,学校が第一なんだよと。若い先生達が間違って育たないように・・・。

任命責任はないのかな?


 名古屋市立小学校の教務主任による今回の事件。この人が,将来は管理職になる立場である「教務主任」だったこと,そして,「愛知県教員組合の幹部」だったこと。私は,ここに「任命責任」というのが存在するような気がする。

 よく,政治家では,その任命責任が問われることが多い。それだけ,役職につけるのに,任命者は責任を負うという発想だが,どうだろう。もし,それを問わなかったとしたら,誰が適任かをどう判断していくかという問題が進まないように思う。だから,知らないけど,あの人が良いと言ったから,その組織に所属しているから・・・。というような理由がまかり通ってしまうのではないだろうか。

 だから,今回は,厳しいかも知れないが,任命責任を問うことで,今後の人選にいかしてもらいたい。そうしないと,空洞の年代がある教員の世界では,今までになかったような若い人が重要ポストに就く時代になっているため,適材適所にならず,少なからず問題が出てきてしまうような気がしている。
 既に,その憂いが現実になっているのかも知れないのである。経験不足から,判断ができなかったり,間違った判断をしたりという事が起きてこないだろうか。心配だ。
 また,学校が荒れ始めている。この一端は,この問題につながってはいないだろうか。歴史が繰り返されているように思えてならない。

 そう言えば,今年度,名古屋市立光城小学校の教頭も逮捕されていた。もうすぐ教職員の人事異動が発表されるが,しっかりした人選をしてくれたんだろうか。来年度も同様の事件が起きたら,人事担当者は,不適格と言われても仕方がないかも知れない。となれば,こういう立場になる人の人選を誰がするかと言うことになる。今まで同様ではダメなわけだから,全く違う手法で選ぶことにしないといけない。

2010年3月28日日曜日

名古屋市立小学校の教務主任の自宅がテレビに!

 逮捕された名古屋市立小学校の教務主任の自宅がテレビに映った。そこには,小学生くらいが乗る自転車が並べて置かれていた。これを見て,家族の思いを考えてしまった。奥さんや子ども達はどうしているだろうか。家族まで取材する必要はあるのだろうか・・・。
 確かに,逮捕された本人は非難されても仕方がない。でも,家族,特に小さな子どもまで巻き込んでしまうことに違和感を感じている。

また,名古屋市の教諭逮捕!しかも教務主任が!

 またという感じだ。今日のニュースで名古屋市立小学校の教務主任が逮捕されたという報道があった。以前にも書いたことをもう一度書くが,この人を学校をまとめる教務主任に推薦した人,そしてそれを決定した人は猛省をしてほしい。教務主任と言えば,ほぼ間違いなく教頭・校長になる。そういう立場になる人が犯した罪は,許されないことは当然として,その人を登用した人は,重大な責任がある。教務主任が校内人事だとすれば,この小学校の校長の責任も大きい。どう責任を取るんですかと言いたくなる。
 名古屋市教育委員会は,この問題を真剣に考え,前回の事も含めて,こういう人物を登用するにあたって,推薦をした人・組織に対して,厳しい姿勢で対応することが,こういう人物を推薦しなくなる早道であることになると気付いて行動してほしいと思う。

 ところで,最近私は,教務主任への昇格に関して,人を見抜く力のない人が人選しているとしか思えない場面に出くわすことが多くなった。人材不足か,人材育成に失敗したのか。
 今回の事件で逮捕された人は,同姓同名かも知れないが,愛知県教職員組合の幹部でもあったようだ。予想するに,教職員組合の推薦もあったと考えられる。いったい,組合はどういう人物を幹部にしているのか。当然,執行部の責任はある。そうでないと,最近思うことに,なぜこの人は,偉くなったのかがわからない。それだけの能力があったのかという問題になる。
 今後は,何度か起きている学校幹部の犯罪を真摯にとらえ,人事の方法を考え直し,本当にその資格のある人を登用するよう強く求めたい。

 教師への信頼が揺らぐ事態に,同じ仕事をしている私として,腹立たしくて仕方がない。しかも,教務主任で,愛知県教員組合の幹部だとしたら,真面目に頑張っている教員は,許さないだろう。日教組への批判がある中,教員組合の幹部が逮捕されたことに日教組はどう思って,どういう行動をするのか。どう,国民に謝罪するのか。

 この1年に2人もの教務主任が逮捕されたことに,危機感を持つのは当たり前だろう。あってはならない事なんだから・・・。しかも2人。教育委員会の責任は本当にないと言い切れるだろうか。個人の問題として片づけて良いんだろうか?
 そういえば,最近の新卒者の採用でも人を見る力のない人が採用試験に携わっているのではないかと疑ってしまうこともある。採用試験に不合格で講師として勤務している人の方が,新卒者で合格した人よりはるかにしっかり仕事ができる。しかも,正直言って,見てしばらくしてわかるくらいの差がある。これに気づかないとすれば,試験官の資質の問題になってしまう。大丈夫だろうか。

2010年3月14日日曜日

今年もメジロが来ている!


 ここ数年,毎年我が家に来ているメジロ?が今日も来ていた。

2010年3月13日土曜日

めちゃくちゃ面白い時計(クロックマン)



第68回東京インターナショナル・ギフト・ショー
コンテスト グランプリ受賞商品


 すぐに売り切れてしまう「クロックマン」<タカラトミー>が楽天で購入できるようです。価格の他の店より安いようです。今すぐに購入してみてはどうでしょう。面白いですよ。私も購入しました。実に3つもです。
 特に,血液型により4種類あります。全部あると面白いと思います。 すでに,完売していたらお許しください。ただし,発送は3月下旬以降のようです。

2010年3月12日金曜日

エクセル エラーになったセルを空白にしたい!

 エクセルを使っていて,数式の入力してあるセルが「エラー表示」が出ることがある。この時,気になりすぎるときは,ISERROR関数を使って,エラーだったら空白にするというIF分を書くことで,多少見栄えがよくなる。

例(VLOOKUP)
=IF(ISERROR(VLOOKUP(A1,C1:D3,1,FALSE)),””,VLOOKUP(A1,C1:D3,1,FALSE))
※VLOOLUPでは,範囲にない数をした場合びエラーが出る。これに対処した例である。

これで,エラーが出た場合に,空白になる。見た目は良いかな。また,条件付き書式でフォントを白にすることで見えなくする方法もある。

エクセル 空白セルに「0」を入力!

 今日,ある先生から,通知表の出欠席だけど,最初に数字を入れてしまい,残りに「0」を一つ一つ入れていくのは大変だけど,良い方法ある?と言われた。最初に全部「0」をコピーしておけばよかった。と悔やんでいた。

 私は,そういえば,「ジャンプ」にあったなと思いだし,やってみたら上手くいった。その方法を書いておくことにします。

 まず,今名古屋はエクセル2007だと思うので,このバージョンで書くと,

 ★最初に,「0」を入力したい範囲をドラッグで指定します。そして,

 ★「ホーム」→「検索と選択」→「ジャンプ」→「セル選択」→「空白セル」にチェック→OKを押す。

すると,空白セルが選択されているので,その最初のセルに「0」を入力して,CTRL+ENTERを押すと,一瞬で空白セルに「0」が入力される。

※注意は,このCTRL+ENTERである。CTRLキーを押しながらENTERキーを押すのである。

 この方法は,他にも使えそうな便利な機能である。とても喜ばれた。

2010年3月11日木曜日

カタカナをひらがなに(エクセル)

 今日,学校で「カタカナ」で入力されたのを「ひらがな」にできないか?_という質問を受けた。この質問はよくあるので,私も方法を覚えていた。
 主に2つあると思う。マクロを使うか使わないかである。

1.マクロを使わない
 書式→ふりがなの表示→ふりがなの設定 で行う方法。
 これには,半角カタカナで入力されたセルは,PHONETIC関数で全角にしてからでもできる。

2.マクロを使う方法
 次のようなマクロでカタカナをひらがなにできる。
 例
 Sub カタカナをひらがなに()
  Dim 範囲 As Range
 For Each 範囲 In Selection
 範囲.Value = StrConv(対象.Value, vbHiragana)
 Next 範囲
 End Sub

 新年度へ向けて名簿関係の仕事も出てくる。この方法で,学校内で「ひらがな」に統一できると良いかも知れない。

2010年3月5日金曜日

教師用パソコン(名古屋)便利帳2

 職員室内をLANケーブルで配線し,プリンタを設置する。職員室用のパソコンは,自動でIPアドレスが割り振られている。したがって,ほとんどの場合,OSが持っている「プリンタのインストール」でプリンタのドライバのインストールができる。細かい設定やユーティリティーを使う場合は,プリンタの製造元からのドライバを使うと良い。
 また,ローカル(パソコンに直接ケーブルでつないである)パソコンは,このパソコンがネットワークにつながっていて共有されていれば<¥パソコン名¥プリンタ名>で使えるようになります。

 いずれにしても,各机から印刷ができるのは,何よりも便利ですね。また,私の学校では,LANディスクを2台設置し,1台がバックアップ用として設置してあります。これは,データの共有化をはかるために便利です。また,セキュリティのため,LANディスクに入るときには,ユーザー名とパスワードを作製し,情報の漏洩を防ぐ工夫もしています。

 学校で職員室内のナットワーク化をするのは,さほど難しくなく「LANケーブル」と「スイッチングハブ」があればできます。また,配線は,スター型で行うことで,どこかで不具合が出た場合に最小限のトラブルですみます。

教師用パソコン(名古屋)便利帳1

 名古屋市で配置された教師用ノートパソコンを使っていて,便利かなと思うことを書いていきます。今回は,「ユーザー」です。配置されたパソコンには,あらかじめユーザーが設定されています。これに,自分専用のユーザー名とパスワードを設定して使うことで,より自分専用で使えるようになります。また,転任などで,返却するときは,このユーザー名を削除し,ついでに専用のフォルダも削除できます。

 設定方法は,「コントロールパネル」から行います。さほど難しくないので,やってみたらどうでしょうか。早めにやらないと,最初に設定してあるユーザー名で保存したデータなどを移動させることになります。

2010年3月4日木曜日

学校は,何でもやれるわけではない。

 今,親の教育力が極端に落ちてきている。いわゆる「躾」をすることを忘れたというか,全く意識さえしていない親がいる。例えば,大人を大人とも思わない発言がある。また,ものすごい言葉遣いで相手を威嚇する。

 中学生になって,始めて自分の間違いに気付くが,時既に遅しと言う親がいる。そうすると,次に取る行動は,学校のせいにするという行動である。中学校の先生が悪いから,子どもが悪くなったというたぐいのことである。これでは,私たちはたまらない。教師に対して,「うるせい!触るな!」「お菓子くったくらいなんだ!」「携帯かけて何が悪いんだ!」と授業中に言う始末。
 これって,学校の責任だろうかと思ってしまう。子ども達には間違いもある。だから,改めさせようとするが,全く聞く耳を持っていない場合が増えている。

 たまらないのは,そういう育ち方をしてしまった子がいるクラスである。授業はうるさくて注意する時間が長くて,進まない。一方的に威圧されて,物も言えない。愛知県春日井市の小学校で「いじめ」により恐喝事件も起きているが,同様なことが中学校でも起きている。偶然,そういう子と一緒になったせいで,暗い中学校生活をすることになる。もっとひどいと被害者になる。これが,現実である。

 保護者が,自分の子どもの実態を把握し,人のせいばかりにせず,学校と手を組んで子どもを育てるという姿勢がないと,どんどん被害者を増やしてしまう。また,あるとき「お宅の,子どもが暴力を振るってしまい・・・」という話に「相手の子が悪いんでしょ。うちの子はそういうことはしません。」と言い切る。「違うんです」と言っても「そうやって,学校はうちの子を悪者にしていく」などと言って,一向に話が進まない。
 結局,子どもだけへの指導になるのだが,中には平気で「親に言えばいいじゃん」と言う。なぜなら親が学校に文句を言ってくれるからと言う時代だ。前にも書いたが,公教育で越境を認めないなら,学校の秩序を乱し,真面目に頑張っている子の教育を受ける権利を奪うような状態で学校を運営するのは間違っているように思う。
 教育委員会は,こういう問題を表に出して,こうなってしまった子達のサポートを引き受けるべきだろう。それが,こうなってしまった子達のためにもなるんじゃないだろうか。一方的に聞こえるかも知れないが,親がもうちょっと頑張ったらこうならなかったのになと思うことは多い。今は,何度も何度も繰り返し指導をするが,その間は,真面目に学校に来ている子の授業は行われない。

 最近,生徒と話をしていて「先生,小学校より断然よくなったよ!」と言う。嘘だろうと思うが,今,小学校がどうなっているのかは,驚くべき状態である。例を書けば,授業中は立ち歩いている。トイレに行く振りをして授業をサボる。授業中にお菓子を配ってみんなで食べる。一番腹が立ったのは,ある子が,あまりにうるさいので,「先生(担任ではなく立場が上の)が,頼むから静かにしてくれ。静かにしてくれたら,教室の後ろで寝ていても良いから」と言われ,ずっと教室の後ろで寝ていたり,ゲームをしていたという。保護者からの苦情に耐えきれなくてそうしたと子どもは言っているが・・・。
 冗談じゃない。中学校では,そんなことはやらせない。当然,今そんなことをやっている子はいない。小学校の先生に対する批判になってしまうかも知れないが,これでは,批判されても仕方がないと思うし,こういうことを言った教師は,中学校で指導を続けてみろよと言いたい。
 小学校卒業後の面倒を見る中学校の教師のことも考えてほしいものだ。こういう事をやった人が,学校に管理職になったりしたら,許せない気持ちになる。そんなことはないと信じたいが・・・。だから,教育委員会は,苦情があったとしても,その人が間違っていない方法で行動していれば,それをバックアップすればよい。苦情がないことが良いことだと考えていれば,本当に正しい指導になっていかないのではないだろうか。

 私が若い頃の校長は,間違っている保護者を叱りつけたり,権力を使って抗議をする保護者に怒鳴りつけた人もいた。だんだんこういう校長がいなくなってきた。私は,管理職の選考方法が変わったか,こういう人たちを排除したかのどちらかではないだろうかと思う。だから,負の連鎖になってきているように思えてならない。私の周りにも,この人が校長だったらいいなという人がいる。こういう人たちがなぜ,管理職になれない時代になってしまったのか。校長になれない人を見て,こういう指導をやると出世できないから,こうなってはいけないと若い人は思うんだろうな。

 本当にこれで良いわけがない。腹が立つ日だった。でも,これが,現実だ。

2010年3月1日月曜日

違法資金!北教組

 何と,教職員組合から「違法資金」が民主党の議員に流れていたらしい。この金は,教職員の組合費からだろうか。それとも,もっとあくどい方法で手に入れたお金なんだろうか。

 私は,日本の教職員組合が,今,何を目標に,何を求めているのかはよくわかっていない。ただ,教職員組合というのだから,当然,子どもの教育に関わっている人の集まりのはずだ。その組織が「違法」な事をしていたとしたら,当然許されない。
 しかし,他の県はどうなんだろうと疑いたくもなる。自信を持って,他の県は,違法行為はないと言い切れると良いのだが・・・。

 もし,今回の北教組のような事が,あちこちであるとすれば,それは,今の始まったことではなく,延々と引き継がれていたのではないだろうか。今回は,たまたま表に出たのではないか。
 今,教員は,いろんな場面で,苦しい思いをしている。それを,一番考えるべき組織が「教職員組合」のはずだが,どうも,そうでないらしい。組織の幹部のための組合になってしまったのかも知れない。今回のことを「組合員」のためとは,よもや言うことはないだろうな。教育に携わる者として,許すことはできない。もし,教職員組合の幹部,あるいは,過去の幹部は,勇気を持って,正しい道を進み,懺悔をし,潔く身を引いて,組合が本来の組合活動をしていってほしいものだ。
 政治活動が,組合活動ではないだろうに・・・。でも,そう思っているんだろう。組合幹部は・・・。だから,政治家を当選させるために,違法と知りながら行動できてしまうんだから・・・。世も末だね。 

2010年2月27日土曜日

中学校に「情報」免許を持った人を配置しよう!

 今,名古屋市では,小中学校にノートパソコンが配布され,いよいよ教師個人がパソコンを使用するようになってきた。しかし,その操作は,多くの場合不慣れで,しかも,トラブルに対応ができない学校が多い。

 今回の配布でも「ワクチンソフト」は,各校でインストールするのだが,マニュアルだけで導入できるのかは疑問で,多少の知識がないとできない。また,職員室内のLANの設置やプリンタの設定も,全くの素人では,難しいのが現状である。

 私は,昨年度に職員室内のLANの工事を一人で行い,各机からLANに接続し,プリンタで印刷できるようにした。当然,それなりに調べてやったのは言うまでもない。今は,ノートパソコンへのワクチンソフトのインストールやプリンタの設定も完了し,それぞれのパソコンから印刷やデータの共有もできるようになっている。

 今回,特に感じたのは,多くの先生達からたくさんの質問を受けたことである。今まで,パソコンとは縁遠かった人も使うようになり,基本的な質問もあった。そこで,私は,各学校に「情報」免許の取得者を配置し,その人を中心に情報化に耐えうる学校にしてほしいと言うことである。いつまでも,個人の力量にのみ頼ってやっていれば,いつかは,情報の問題で大きな失敗が出てくるだろう。
 最近は,個人情報の漏洩も多い。それも,情報やパソコンの知識不足であることも多い。これを,放置していたのでは,何度も同じ事が起こるだろう。やはり,ここは,時代の流れに沿うように,専門的な知識を持った人を配置することが大切だと思う。
 折角,高額な「電子黒板」も使う人はほとんどいない。研修はやっても,それを使う余裕がないのもあるが,一度や二度では,覚えられなくて「宝の持ち腐れ」になっている。以前いた学校も,使った人を見たことがない。無駄だと言われれば,その通りになっている。もっと,使われるようにするにはどうするかという視点がない。まずは,使える人を学校に配置し,その人達から広げていくのが一番良いと私は思う。

 まあ,ここまで,思い切ったことはできないかも知れない。でも,そうしないと,いつまでたっても学校は,情報化の流れに乗れず,いつまでも,旧式の流れで授業を行っていたり,配布されてくるデータの使用も不確実な操作で間違えたりするだろう。
 メールでデータを送ることも難しいと思う先生達もいる。全員に対して研修もできないから,まずは,学校で,一人を中心にパソコンの活用方法を伝えるべきだろう。大きなミスが起きないうちに・・・。なぜなら,ノートパソコンを配布してから,質問がものすごく増えた。すぐに疑問点が解決できれば,もっともっと使うようになる。不安だから使わない。聞かないから間違った操作で,どうしていいかわからなくなる。
 確かに,ハード面の整備は,整ってきた。しかし,それを使うソフト面については,なかなか進んでいないのが現状ではないだろうか。

2010年2月22日月曜日

ちょっと変わった「バスマット」!

 NHKで1ヶ月程前に紹介があった「バスマット すきっと」なる物を購入した。早速使ってみると,水滴があっという間に吸収されていく。見ていても驚くほどである。稚内珪藻土というらしい。布のバスマットだと,カビも生えやすいが,これは,吸収している。また,下には,漏れてきていない。一度使うと辞められないかも・・・。

稚内珪藻土(すきっと)
ちょっと小さめの物

大きめ(私の買った物)

うがった考え!<1校くらい普通の学校で働きたい>

 実は,今日もある先生と話をしていて,「あの先生は,親戚に○○がいるから良いところばかりに行くね。」「それに比べて,自分は,いつも誰もが行きたがらない学校に行かされるね。」という話になった。
 例えば,「文教地区」と言われる学校に行く人は,転任してもそういう学校に行く。しかし,そうでない人は,いつも大変な学校に配置される。

 実は,私は,どう考えても後者である。知り合いもなくて,上手に転任先を見つける人とは全く違う人生である。1校目は,機動隊が来るような学校。2校目は,パトカーが毎日校門で待機する学校。3校目は,警察官にも石を投げつけるような学校。3校目は,新聞にも何度も記事になった学校。4校目も新聞に何度も載った。そして,今の学校も,すでに複数回新聞に載っている。当然,新聞に載ったのは良いことでではない。
 もう,あと数年の身だが,あまりにひどい勤務先だと自分では思っている。多くの先生達の中で,ここまでひどい扱いを受けた人がいるだろうか。思うことも言わず,言うがまま過ごせば,こういう事もなかったのかなとも思う。特に,最近,年齢から来ていると思うのだが,体力が急激に落ちできている。でも20代と同じ仕事をしている。体がもたない。

 口では,「先生には助けられている」と何度も言われたが,心から思っていっていないことは,今までの私の勤務先を見ればすぐにわかる。「人間としてではなく,1つの都合の良い駒扱い」なんだろう。だって,今の学校は,転任してすぐに3年生の担任。これはよくあるが,学年で一番大変なクラスの担任。いい加減にしろと言ってもいいくらいである。1校くらい,普通の学校で働かせてくれよ!
 今の学校への転任時も「ここはできれば避けたい」という意志を示したが,結果は変わらず。しかし,他の人は,「ここは避けたい」という学校だからと断ったという。この差は何。同じ校長なのにね。万が一,「頼んででも行ってもらいたい」と言うなら「三顧の礼を尽くす」というのが,人の道だろう。人の道も知らない校長では,教育を語る資格はないと思う。転任に関しても平等なら何も言わない。そうでない現実があるから許せない気持ちになる。

 まあ,愚痴をこぼしながらの毎日である。

正常な授業ができるために・・・

 今,公立の小中学校で,授業が成立していない現状がある。教師側に問題がある場合も多いとは思うが,子どもや保護者に原因があると思われることもある。

 まず,中学生になっても1時間イスに座っていられない。ずっとしゃべっている。床に寝そべっている等々。学習障害ということであれば,それに学校が対応すべきだが,学校には,そんな余裕はない。人員配置も限界である。
 特に,学習障害がある場合,その子につきっきりになり,1人で授業をやっている教師は,授業に集中できない。当然,他の子達は,学習進度が遅れる。
 しかし,これに教育委員会は,対応できていないため,多くの生徒は,ただただ我慢をしている。本当にこれで良いのだろうか。私は,今すぐにでも,教育委員会は,対応に乗り出すべきだと思っている。これで,どこにいっても同じ教育なんて事はない。絵に描いた餅であることは,教育委員会はわかっているはずだ。もっと,保護者が,切実な思いを教育委員会に届けないと変わらないんだろうな。

 次に保護者だが,子どもを育てると言うより,ペットのように扱っている人がいる。言うことを聞くときは良いが,聞かなくなると放置する。どんどん子どもは悪くなっていく。しかも,中には,すべてを学校のせいにしてクレームをつけ続けている人もいる。この対応に教師は時間の多くを取られる。とても授業どころではない。こういう問題は,すべて,管理職が対応しないと教師は,過労死で倒れる。1日で何件のクレームがあるか。信じられないほどの数であることは間違いない。

 また,いわゆる問題行動であるが,喫煙や暴力が日常的に起こっている。当然,授業どころでない。対応している間は,子ども達は自習をしている。授業が進むわけがない。塾へ行くしかなくなる。これで良いわけがないが,誰もこれを変えようと行動はしない。ただ,「学校は何をやっているだ」と思うだけである。

 また,ここに書いたことで言えば,学校間格差は,想像を絶する状態である。「良い学校」は,落ち着いて授業ができ,行事も行えるので,どんどん子ども達は良い影響を受けて成長していく。しかし,その逆であると,子ども達は,良い刺激も少なく,時間が過ぎるのを待つような消極的な成長になってしまうことが多い。この差は,義務教育9年間で,とんでもない差となってくる。
 こうなると,学区制に問題ありと言わざるを得ない。「落ち着いた学校」を希望するなら引っ越すしかないという結論に達してしまう。教育委員会が,越境を認めないなら,ある程度,どの学校に行っても同等の教育ができることを補償すべきではないか。そのスタートは,教育委員会が,率先して,どこでも同じ教育を受けられると胸を張って言える学校作りをすべきだろう。
 うがった考え方をすれば,そういう事は百も承知で,職員配置も真剣に考えていないかも知れない。ある学校は,ここ数年,新任が毎年4名も配置される。ベテランが必要な学校に新任を多く配置するという姿勢は,どう考えてもおかしくはないだろうか。約3分の1が,勤務年数数年間という学校があるとすれば,今私が考えたことは,なまじ嘘ではないと言うことだろう。

2010年2月17日水曜日

公立高校無償化に思うこと!

 確かに,高校進学者が多く,授業料の無償化はありがたいことだろう。ただ,税金を使って無償化にして,中には,何のために学校に行っているのかわからないような行動をしている高校生を見ると,本当に税金で無料にする必要があるのだろうかと思ってしまう。勉強も全くせず,遊びほうけている子に無料にする必要はあるのだろうか。
 また,この無料化で,国に本人が,感謝し頑張って高校生活を送るだろうか。当然の事と思ってしまわないだろうか。「行かせてもらえる事に感謝しろよ」と言うのは,もう古い考えなんだろうか。私は,父が病死したこともあって,本当に苦しい状態だった。母は,昼間は普通に働き,夜は,内職をして私たち兄弟の学費をかせいだ。だから,本当に「行かせてもらった」と今でも思う。

 私は,もし,全員を無料にするなら,義務化が一番だと思う。なぜなら,今でも経済的な理由で頑張って働く子はいる。彼らは,家庭の事情でかわいそうだ。でも,無償化になったから高校に行くかと言えば,家族のことを考えて,少しでも家計を助けようと働く。義務でない以上,本当に困っている子達には,届かない制度ではないかと思う。それより,彼らを働けるような,または,働きながらスキルをつけるようなことにお金を使う方が良いのではないだろうか。

 私たちが中学生の頃は,クラスでも就職する子がいた。でも,全然卑屈になったりしていなかった。今でも同窓会で会う。確かに,今は格段に就職する子は減った。でも,家族が,何とかして高校に行かせたいと頑張る姿を見て,頑張った子もいる。だとすれば,無料化よりも,授業料を一律に引き下げ,アルバイトをすれば,何とかやっていける状態にした方が,家族の絆も強くなるのではないか。
 今,大学も国立でも高い授業料だ。私たちの頃は,アルバイトをすれば,親からの援助はなくても自分で支払える金額だった。そうしてほしいものだ。

 ところで,高校って,そんなに行かないといけない所なんだろうか。日本は,どこを向いているのだろうか。今,大学へ合格したという教え子がいるが,試験もなく,推薦で合格する。ある子は,英語が全くできない。勉強もしていない。でも合格した。大学の経営の問題だろう。なぜ,全員が大学を目指すのか。ここを変えることが,将来の日本にとって,大切なことではないだろうか。
 ある職人が「15歳くらいが一番才能が伸びる時期だ」と言っていた。しかし,今の日本は,この時期に受験勉強をさせられ,将来のことも考えず,ただただ進学する。間違っていないだろうか。高校無償化に使う大金,これを将来の日本を支える技術を身につけることに使ったら,全然違う将来が待っているような気がする。選挙のためだけにやっているとすれば,こんな悲しいことはない。将来の日本の若者のためにもっと考える事があるんじゃないか。

時間通りに始まる!

 今日は,ある説明会に出かけた。教育委員会が行うものだが,私は,開始15分前に着いた。その時,私の前に来ていたのが1人だった。私は,「これは,いつものように,遅れて始まるんだろうな」と思った。

 しかし,今回は,時間になるとすぐに「時間になりましたので,始めます」という言葉が聞こえた。私は,ちょっと驚いた。なぜなら,来ていない人が何人かいると「まだ,お集まりでないので,もうしばらくお待ちください」というのを聞き飽きるくらい聞いていたからだ。

 いつも子ども達に「時間を守りなさい。社会人になったら遅刻なんて許されない。」と言いながら,それを言っている人が平気で遅刻してくる。これが教員だと思うと情けない。確かに,生徒に関して緊急事態もある。それは,仕方がない。でも,多くが集まる会で,本当に遅刻が多いのも事実である。

 まあ,今回は,気持ちよく説明を聞けたことは言うまでもない。こうでなきゃ。だって,私たちは,子ども達を指導する立場なんだから。また,教育委員会は,私たちを指導する立場なんだから。今後も,教育委員会は,この姿勢を貫いていってほしいと願っている。

2010年2月14日日曜日

ガソリンスタンドで・・・

 今日,灯油を買いに近所のガソリンスタンドへ行った。灯油スタンドの前にワンボックスカーが駐まっていて,灯油を車に乗せていたので,もうすぐ終わるだろうとしばらく待つことにした。ところが,この人,設置してあるタオルを持って,洗車を始めた。

 私は「えっ」と思ったが,待っていてもダメなので,離れた場所に車を駐めて,灯油缶を持って,入れに行った。ワンボックスカーが灯油スタンドをふさぐ形なので,灯油缶をスタンドの前に持っていくのもやっとだった。
 しかし,当の本人は,全く気にせず,ずっと洗車をしている。私は,「すみませんが,ちょっと前に動いてもらえますか」と言った。すると「わかった。もう少し待ってて」と言うので,入れずに待っていた。しかしである。一向に動かす気配はない。しびれをきらして,私は,狭いスペースを通り抜け,何とか灯油を入れた。
 私がその場を離れるまで,全く動く気配はなかった。まあ,意地悪な人だなと思っていたら,私が自分の車に行き始めると,すぐに車を動かした。私の言葉がよほど気に入らなかったんだろう。

 この人の年齢は,30代くらい,風体は,真面目で会社員風。どんどん,日本の若者は,自分勝手になってきていると言える。頑張って,学校で教えても,日本の社会が,それをダメにしている。日本人の品格,そろそろ,真剣に考えないと・・・。
 真面目に正直に生きている人が嫌な思いをする世の中になれば,どうなってしまうか。本当に,ワガママで,自分勝手で,力の強い人だけが,良い思いをする時代になってしまう。これで良いのか。日本人の良さは,消えていくのか。

2010年2月13日土曜日

スノボー選手の問題(冬季オリンピック)

 冬季オリンピックが始まった。ここで,1人のスノーボードハーフパイプ代表選手の服装や態度の問題が出てきた。私は,今の時代を象徴しているなという思いである。

 まずは,指導者の問題。勝てばよいと言う姿勢。だから,今回も選手に選んだ。ただ,この選手は,普段からこういう態度だったと思われる。それを承知で選んでおいて,指摘を受けて始めて事の重大さに気付いたかのように,参加を辞めさせようとしたと言う。とんでもない話で,ずっと同行していた指導者もこの問題の責任がある。代表に選んだ責任はもっと重い。組織の欠点がもろに出た。本人を責める前に自分達組織の非を認めるべきだろう。また,所属している大学は,謝罪の意を表したという。まあ,遅きに失したと言える。同じようなことが,最近相撲界であった引退騒動ではないだろうか。。

 また,違和感を持った人たちも,最近の若者について,「個性・個性」と叫びながら,いざ,こういう時に文句を言ってはいないだろうか。今回の事は,個性じゃないんだ。もし,そうなら,日頃から,もっと,教育現場にこういう声を届けてもらいたい。だって,中高校生の服装,今回の彼の服装は,まさにそういう服装だ。学校が指導をしようとすると「個性」だと,受け付けない保護者もいる。
 だから,違和感を持った人たちは,日頃から問題意識を表に出してもらいたい。それが,学校現場に力を与える。私たちは,服装の乱れを正そうと懸命である。しかし,そのバックアップは,ほとんどない。今回のように,公式な場面でも,あのような格好や態度がとれてしまうと言う若者が育っているという現実を直視すべきだろう。だから,起こるべくして起きたと言えよう。
 若者に物言える大人が減ったと言うことだろう。直接言うのが嫌な指導者,そして,組織の幹部。これは,今回の騒動の関係者だけのことではない。私たちの世界でも,保護者に「間違っている」と言える組織の幹部は残念ながら少ない。現場の教師が懸命になっているにも関わらず・・・。関わりたくないと思っているんだろう。まさに,今回と同じである。

 「代表だから,きちんとしなさい」ではないんだと私は思う。自分の置かれている立場,そして場所,こういう場面では,どうすべきかが大事で,それを教えるのが大人の役割だ。今回の選手だけの問題ではなく,日本人,そして,すべての若者に言えることではないだろうか。これを気に,昔から持っていた日本人の良さを再確認したい。「躾」が,尊ばれた時代は,終わってはいないことを・・・。

 最後に,この選手をテレビで見て,なぜか「かわいそうだな」と思った。なぜだろう。そう感じた人もいるんじゃないだろうか。こんなふうに育てられてしまった彼を責める気にはならなかった。この歳になるまで,自分の行動が,どんなに迷惑をかけるのかを知らずに育ったんだな。
 ただ,昔でも少ないかも知れないが,自分なりのポリシーを持ったの人はいた。だから,あえて代表にはならかった。だって,ポリシーをしっかり持っていたから・・・。もし,彼がポリシーを持った人なら,潔く,代表を辞退すべきだった。そうも思う。オリンピックは,日本代表として,いろんな制約がある。当然,日本を代表している以上,そういう目で見られる。そこを理解して代表になるべきだったかも・・・。

2010年2月11日木曜日

床屋に行って思うこと!

 今日,久しぶりに「床屋」に行った。今の地に来てからずっと行っている「床屋」である。ただ,最近近くに「2000円」とか「すべてやって1680円」という「床屋」がある。まだ,そういう床屋には行っていないが,確かに「3700円」は,高いと感じている。

 勝手な想像だが,理容業の組合があって,そこで標準となる「価格」を決めているんだろう。だから,組合に入っている店は,ほぼ同一料金である。しかし,ここへ来て,安価な店が登場してきた。何も追随せよとは言わないが,この価格差は,大きすぎると感じるのは私だけだろうか。

 次回は,「すべてやって1680円」の店に行こうと思っている。この店もイスは2人分しかない。薄利多売とはなりにく環境だが,これで何とかやれるとなれば,今の価格帯を理容組合も考える時期に来ているのではないか。もし,このままの状態が続けば,大規模店ができて衰退した個人経営の店と同じ運命になってしまうように思う。
 私も通い慣れた店に行きたいとは思うが,この価格差は,容認できないところまで来ていると言わざるを得ない。

2010年2月9日火曜日

トヨタの社長に恥をかかせたトヨタ幹部

 トヨタのリコール問題は,当初,社長の会見が遅いという問題もあり社長の資質の問題かとも思えたが,今日のNHKのニュースを見る限り,当初の幹部の判断は間違いだったと言わざるを得ない。そこには,トヨタの豊田社長が自ら確認をしたという現象。
 トヨタの担当幹部は,豊田社長に恥をかかせたことになる。この問題は,非常に重い。特に,今回ブレーキの問題にも関わらず,遅きに失した対応は,間違いだったと言える。トヨタに望むのは,今回の対応のまずさや遅れを,繰り返さない体制作り。そして,その判断力を持った人材の育成。そして,社長を「裸の王様」にしない人材の登用をしてもらいたい。

 豊田社長,ぜひ頑張ってください。今回の判断をした幹部が,どうしてこういう判断をしてしまったのかを追求してください。人的な問題があったとすれば,トヨタは素晴らしい人材が多いと言います。その中から,一本釣りをして,嫌なことでも,正しければ言う人材を,自分の近くに置いてください。ユーザーの安全を考える人を近くに置いてください。頑張ってください。今日の会見で,素直な気持ちが聞けたように思います。

公立学校の危機!

 東京では,多くが私立学校に進むと聞く。名古屋においても徐々に私立学校に進む子ども達が増えてきた。小学校との打ち合わせで,クラスの半分を超える子どもが私学に進む学校もある。こういった中,公教育の宿命で,誰でも受け入れなければならない。中には,全く指導ができない子どももいる。また,理不尽なことを言う保護者もいる。
 こういう中で,学校が荒れていく。授業どころではなくなる。たった数人が,学校を壊していく。しかし,強い指導もできない学校は,地域から見捨てられていく。公立学校の教師も,「自分の子どもは公立へは行かせたくない」と私立学校に行かせている人も多い。

 私は,今後公立学校が地域に認められ,共に子ども達を育てていくには,もう遅いくらいだが,真剣に教育委員会が,率先して地域の学校を地域の人たちにとって,行かせたくなる学校にしなければならないだろう。そのためには,嫌われても「信賞必罰」を徹底することだろう。今,学校では真面目な子ほど被害を被っている。横暴な子が大手を振って学校を壊している。

 名古屋は,まだ公立学校へ行かせる保護者が多い。これに甘えていては,必ず公立学校は見捨てられる。その地域の人が行かせたくなる学校をどう作るのか。学校の秩序を乱し,授業を成立させないような行動をする子ども達をどうするのか。
 今ならまだ間に合うような気がする。東京都の石原知事は,いろんな意味で,強い指導力で教育問題にも取り組んでいる。ぜひ,名古屋の河村たかし市長も名古屋の教育問題に必死で取り組んでもらいたい。その第一歩は,指導力やビジョンを持った校長を選任することだろう。校長が教員出身でなくたって良いと私は思う。もし,教員出身者が良いというなら,もっと,リーダーシップを持った校長を育てていくか,そういう力を持った人を校長にすべきだ。

名古屋市の事務職員が懲戒免職に・・・

 今日のニュースで,「名古屋市内の小学校事務職員2人」が,懲戒免職になったという報道があった。私の知っている事務さんは,本当にいい人が多く,1つの学校にたった一人で切り盛りしている姿に,頭が下がる思いである。

 しかし,今回,公金の横領というような大変な罪を犯してしまった人がいる。本人も認めているというので,間違いはないだろう。確かに,学校は,多くは1人でやりくりするので,悪いことを考えればできてしまう。ここで,管理職のチェックが必要になるんだろう。もし,しっかり公金の管理を教頭・校長がしていたら,今回のような犯罪者を作らなかったかも知れない。そもそも,学校管理者が,あまりに事務的な仕事を知らなさすぎて,事務さんに任せすぎている。これが,大きな問題のように思う。もっと,事務的な仕事を勉強しないといけないだろう。
 まして,教頭職をやれば,「行政書士」の資格も取れるという。そんな事を理解しているだろうか。自分は,知らなくて良いと思えるのは,私だけかも知れないが・・・。

 本人の罪は,当然として,その管理者にも責任の一端はあると考えて,今後同じようなことが起きないようにしてもらいたい。厳しいことを言えば,こういう問題があったとき,校長・教頭も処分を受けると言うことを徹底すれば,もっと早く問題に気付くこともできただろう。二度と起こさないためには,今回の学校の管理職も処分すべきだろう。

2010年2月8日月曜日

同じ給料なんだが・・・

 1つのクラスを1人の先生が受け持つ。当たり前だが,中には,2人でやらなければならないという状況がある。しかしである。1人でやるべき事を2人でやれば,その分,他の人の負担が増える。当たり前のことである。

 今,私は一人でやっているが,職員の数からして,はるかに多い時間数の授業をしている。例えば,2人で20時間やっている人がいて,1人で20時間やっている人がいるということである。ただ,これは,2人でやっている人も20時間だから,平等となるが,明らかに平等ではない。単純に考えれば,2人で20時間やっている人は,10時間相当と計算をしてもらわないと,1人でやっている私のような者の時間数が増えてしまう。1日1時間目から6時間目までフルで授業となる。

 しかも,2人でやっていても「できない」場面も出てくる。これでは,本当にたまらない。同じ給料だとすれば,一人が一人分の仕事をしてもらわないといけない。また,2人でやるというシステムは,本来は子ども達の学習の定着のためのはずが,先生の問題となれば,全く目的が違って使われていることになる。先生のための2人では,いけないはずだ。

正規採用者<講師さん!

 私たちは,教員になってすぐに「一人担任」だった。当然,一人前であるべきだと思った。しかし,今,ほとんどの学校では,新規採用者は,副担任であったり,二人担任だったりする。これは,悪いことではないが,いつの頃からか,こうなって,新規採用者は,まだまだ一人前でなくても良いというような風潮になってきた。これは,若い教師の自立を妨げていないだろうかと危惧している。

 私は,何もできない担任だったが,当時の学年主任は,わたしがうまくいかない場面があると,子ども達に「若い先生は良いな。みんなのことを真剣に考えているぞ」とフォローをした。また,保護者へも「よかったですね,新卒の先生で・・・・」と話した。これが,私を独り立ちさせていったのは言うまでもない。

 しかし,今,同じ事ができないのは,人材の問題かも知れない。また,最初に書いたように,新卒を「一人前でなくて良い」という体制の問題かも知れない。

 私も,ここ10年くらい見る新卒は,明らかに私たちの頃とは違っている。真面目で,勉強熱心。しかし,子どもとの接し方は上手くない。結果として,いつまで経っても担任ができない人がいる。これって,採用試験に問題点があるんじゃないかと思う。だって,採用試験に合格できなかった講師さんの方が正規採用者よりよくでき,中には,正規採用者が担任になれず,講師さんが担任をやっているという訳のわからない事になっている。これでは私たちはたまらない。もっと,ちゃんとした採用試験をしてもらわないと,歳を取っても何人分も余分に働かなければならない。
 3年も4年も担任ができないとなれば,やはり,教育委員会は,それなりの行動を起こすべきだろう。そうしないと,情熱を持って,正規採用者より頑張っている講師さんに申し訳ない。

トヨタ,ついにリコールか!

 前にも書いたが,今回の車の不具合に対しての「世界のトヨタ」の対応は,消費者の側に立って行動したかは疑問である。技術的に問題がなければ,それを説明をすべきだったにも関わらず,知らぬ間にプログラムを修正していたとなれば,技術的な問題があったと思われるに決まっている。そんなことが「トヨタ」ともあろう世界に名だたる企業の上層部はわからなかったのだろうか。まさに,消費者の視点を理解しない対応である。

 また,社長の会見も「子ども社長」などと揶揄されるような対応となってしまった。これは,社長周辺の幹部の失態といえよう。また,社長は,自分の周りに「有能な人材」を置いたかを考えるべきだろう。今更でもないが,「裸の王様」になっていないか。もし,なっていないなら,今回の件の検証をしっかりすべきで,自分の周りに置くべき人材を,今一度考えるべきかも知れない。

 さて,こういうあたふたとも思える状況を見て,どこにでもあるなと思う。以前,パナソニックがストーブで大々的なお詫びをした。中には「そこまでやらなくても・・・」と思った人も多い。また,逆の行動をしたのは「パロマ」だったのも記憶に新しい。判断の難しさと共に,判断力の必要なことを見せつけた。

 今回,ひょっとすれば,命に関わるかも知れないブレーキの問題にも関わらず。社長会見の遅れや,その内容は非難されても仕方がないと私は思う。そういう意味で,「トヨタ」の危機管理は,再検証すべきだろう。

2010年2月5日金曜日

トヨタはおかしいかも!

 今回のアクセルの問題も,また,プリウスの問題も,世界のトヨタにしては,おそまつな対応に見える。特にプリウスの対応については,「言い訳にしか聞こえない」コメントを聞いた。当初は,全く知らないと言わんばかりの対応で,追求されることで,実は1ヶ月前から対応をしていたらしい。
 これは,もし,安全に自信があるなら「こういう現象があります」と公表すればいいわけで,明らかに対応のミスと言わざるを得ない。

 もう1つ,私が思うのに,なぜ「これだけ大きな問題」なのに,トヨタ社長は記者会見すらしないのか。今までのトヨタとは違っているような気がする。ひょっとして,豊田家の関係でもあるのかと疑いたくなる。同じ愛知県の世界企業であるトヨタは,今一度,もうけだけでなく,消費者に目を向けないと,あっという間に,信頼を失うことになる。会社が大きくなりすぎて,意思伝達や意思疎通が遅れていないか心配である。

 この文を書いている途中に,午後9時から豊田社長が記者会見をするというニュースを見た。「遅いよ!」トヨタの幹部は,どこを見て行動しているのかを考えてほしいものだ。

2010年2月4日木曜日

ゴミの収集日にカラスが・・・。

 ここ数回,家に帰ってみると,ゴミの収集日に収集された後の場所が汚れていることがあった。たぶん,犬や猫,またはカラスがゴミをあさっているのかなと思っていた。
 今日の朝,近所の人から,我が家のゴミが大変なことになっていることを聞いた。また,散乱したゴミを近所の人たちで片づけてくれていることも聞いた。申し訳ないなと思うことと,対策をしなければならないと思った。

 そして,今日の帰りに「防鳥ネット」をホームセンターで購入した。ゴミ出し専用の物があると言うことで,同じ悩みを持った人がいることを確認できた。また,カラスが「黄色」が苦手と書いてあるが,本当だろうか。まあ,明日使ってみて,どうなるのかを確認してみたい。

 ←これを購入してみました。

トヨタの判断ミス!

 トヨタのプリウスのブレーキの問題。実は,1ヶ月も前に確認し調整していたという。最初は,「確認中」とか言っておいて,実は把握していた。これは,嘘をついたと言うことになる。

 とかく組織というのは,自分に不都合なことを表に出すことによる追求を避けたがる。これは,当たり前だが,ここで「幹部」の仕事が試されることになる。今回の件の担当者は,どう判断したのだろう。そして,それを認めた社長は,どう感じたのだろう。

 組織が隠したがることに不祥事という物がある。最近は,結構表に出るが,なかなか出ずに知らぬ間に時間が経っていることもある。これが,幹部の判断を間違った方向に向けてしまう。「ばれなければ・・・」という気持ちが強くなる。ここで,その気持ちを抑えられる人は,実は素晴らしい判断力を持った人と言うことになるのかも知れない。しかし,こういう人は,なかなか認められないのが現実だ。多くの組織の幹部の内,ほんの一握りしかいない「正しい判断力」を持った人たち,組織はそういう人をもっともっと重用すべきだと私は思う。
 上司の言うことを「はい,はい」と言ってきた人が,上司の意見と違うことを言う勇気があるだろうか。また,そういう事を言う人を出世させる度胸のある上司になるだろうか。はなはな疑問である。
 これが,組織を停滞させてしまっていないだろうか。

2010年1月31日日曜日

警察は何を基準に動くのか?

 朝青龍の暴行事件で,警察がその場にいたにも関わらず,逮捕すらせず,当事者の言うがまま行動したという事を報道で見た。
 また,漫才師が暴力で本人が否定したにも関わらず逮捕され身柄拘束された。後にこの件は,暴行を認めたのだが・・・。
 この2つの事件で,警察は,相手を見て行動しているんだろうという推測ができる。朝青龍だから,逮捕せずにしておこうという思いで放置したとすれば,明らかに「法の下の平等」という原則が崩れている。最近,世の中も「規範意識」が薄れ,犯罪も増え,警察も大変な事態なのかも知れない。でも,すべての人に,同じスタンスで法の適用をすることは,最後まで守ってほしいものである。

 学校に勤めていて,30年前と,今では,明らかに中学生に対しての指導が,甘くなってきている。当時の中学生は,警察が恐いという意識があった。また,警察は,中学生に乗り越えられないような行動をしていた。しかし,今,中学生の一部は警察をなめている。中には,警察と仲良しだと言い切る。だから,「大丈夫」だと思っている。

 今回の朝青龍の件で,「警察」の「規範意識」も,世の中同様「薄れてきている」と言わざるを得ない。私は,若い世代に「信賞必罰」の精神をしっかり教えていく必要があると思う。それには,「悪いことをしたらペナルティがある」という当たり前のことを警察にはやってほしい。
 冗談で「警察のお世話にならないように・・・」という話に「大丈夫だよ。警察なんか・・・」という答えが返ってくるような警察では先が思いやられる。今からでも「正直者が馬鹿を見ない世の中」を取り戻さないと,手がつけられなくなるのは見えている。誰が,それを先頭に立ってやるべきか。そういう人がいない。政権交代したとは言え,それができる政党には見えない。政党にはでいなくとも,せめて,日本の将来を「若者の教育」から考える人材がいることを信じていきたのだが・・・。

2010年1月27日水曜日

腹立たしい対応・・・<これでも,教育委員会?>

 今日は,あることで教育センターに電話をした。その対応に腹が立った。資料をすべて読み,そこに書かれてあることを確認し,書かれてなく緊急に必要な部分があったので電話をした。

 すると「それは,説明会で話した。資料を渡してそこに書いてある。勘違いをしているんじゃないか。」と断定的に言う。さすがに,私もすべて読んでから電話をしているので,「資料の9ですね」と確認すると,やっと「ちょっと待ってください。資料を見ます」そして,「ああ,ごめんなさい。今からFAXで送ります。」

となった。その間,自分の勘違いや間違いを謝ることもなかった。

 一般の会社なら怒鳴られても仕方がない対応だが,そこは,教育委員会の関係の部署である。そこに務めている人たちは,ものすごく偉いんだろう。だけど,人を見下すような対応をする人が,選ばれてそこにいるかと思うと,同じ仕事をしている者にとって,悲しすぎる。もし,相手が教員だからそういう対応をしたとすれば,その人の人格の問題にもなるのではないだろうか。「すみません」が言えない人が「人を指導する立場」にいるのは,教育委員会は何を持って指導者を決めているのかという事にもつながる。

 今日の担当者は,一般企業じゃなくてよかった。企業なら,「上司を出せ!」となるほどの事である。相手が同じ組織でなかったら,私だって,激怒して,上司が謝るまで許さないという態度に出たであろう。それほど腹立たしい出来事だった。

 この出来事に,私自身も気をつけないといけないと思った。相手に「何様のつもりだ」と言われないようにね。私が若い頃の委員会の人たちの多くは,「皆さんのおかげで・・・」というスタンスだったし,そういう事をよく口にしていた。私は,その言葉で「よし,支えていこう」と思ったものだ。今は,変わったんだろうか。やはり,政権と一緒で「同じ集団」を長く続けると弊害が出るのかも知れない。「自分だけで偉くなったと思っているんだろう」彼らが早めに学校を出て,研修などに出かけた後の学校の生活指導を誰がやっていたのか知っているのかと言いたい。そんなことも感じない人たちが自分たちの上にいることに「教育も終わりか・・・」と言うことまで考えてしまった。
 今日対応した人,一度私の勤務している学校で1週間授業をしてみると良い,それだけ大変な中で時間を作って,教育委員会の指示に従ってやっているかがわかる。そうしたら,学校からの問い合わせにどういう言い方をするのかは自然にわかることだ。

2010年1月17日日曜日

法の下に平等とは・・・。

 民主党の小沢幹事長が検察庁の事情聴取に応じず,戦うという。私は,疑問に持ったのは,これが政治家だから許されるとすれば,国会議員は特別で,何も肩書きのない国民が許されないなんて事はないようにしてもらわないと「法の下に平等」という法治国家の根幹が崩れる。これが許されるなら,任意であれば,協力をしなくてよいという考えにつながっていくのではないか。まあ,それならそれで良いのだけれど・・・。 「自分は潔白と言うなら,堂々と話をしてこい」と言うのが,ごく普通の対応だと思っていたのだが,時代は変わったのかな。
 「今日は友達と囲碁をやらないといけないので行けません」と私が言ったら,警察官や検察官は何と言うだろう。そういう問題じゃないのかな。

 まあ,どこの組織も「強い者」には弱い。自分に影響がある人にも弱い。それを良いことに強者の気持ちで行動しているとしたら,やはり,「法の下の平等」は絵に描いた餅と同じと言えよう。民主党に政権が変わり,そうでない社会になるかと思えば,やはり,強者に群がる人たちが,日本を作っていくんだ。
 そして,本来良い方向に進めるはずの事も進めなかったり,回り道をせざるを得なかったりするんだろう。そのやり方が弱者を苦しめてきたんじゃないだろうか。本当に正しい道を進んでほしい。それを打ち破るのは,強いリーダーの存在しかない。今,国会議員にそういう人がいないのだろうか。

 ところで,検察庁に対しても批判があるようだが,私には法律的なことはわからない。でも,何か腑に落ちない事が多いように思う。もし,私なら「参考に話を聞きたい」と言われれば,行くでしょう。行かなくて良いなら行きたくない。今後は,このスタンスで良いんだろうか。検察官は,真面目に応じている人達が「何だ!」と思わないような対応をしてほしいと切に思う。
 常々私が言っている「正直者が馬鹿を見る」世の中にしてほしくない。そんな日本にしてほしくない。

2010年1月12日火曜日

JAL問題!

 今,日本のJALが破産の状態だという。私は,歴代の幹部,そして,政治家の責任は重いと思う。ある意味,これは,日本の古い体質,そして,リーダーの決断力のなさが引き起こしたものだと思っている。わかりやすく言えば,「無責任」な人の集団なのだ。

 まずは,信じられないほどの国内空港の数。地元に空港を建設し,空席の補助をもいとわないやり方。これでは,赤字になるに決まっている。この部分では,地方・国会議員の責任である。何もかもJALの責任とは言い切れない。
 また,JALも想像以上の高給,そしてその待遇。聞くところによれば,労働組合の問題も大きいようだ。この部分では自業自得と言わざるを得ない。最近公開された映画を見たが,すべて正しいとは思わないが,一部分事実のように思える。

 常に私が書いていることの1つに「リーダーシップ」というものがあるが,まさに,この欠如が今日の事態になっている。そして,そのとばっちりは,やはり「弱い立場」の人たちに来る。世の常とはいえ,空しい。責任は誰にあるのか。政治家・会社の幹部は,猛省をし,弱い立場の人たちが路頭に迷わないようにしてほしいと願う。
 だって,幹部や政治家は職を失わないし,次への就職もできる。リストラされる派遣の人たちは,そう簡単ではない。世の中,いつも弱い立場の人たちが傷つくのである。

 また,国鉄からJRになったときのことを思い出す。こうならないと,わからない人たちがいるのも事実。難しいな。ただ,ここまでに良い思いをしてきた人たちがいるのも事実だ。

2010年1月11日月曜日

教え子が家に来た!

 成人式を終えた教え子が家に来た。開口一番「先生,先生のクラスは真面目にやっていたよ」と。本当に嬉しい言葉だ。卒業の時,「おまえ達の20歳の時,そして10年後を考えている」という話をした。ちゃんと覚えてくれていた。

 しかし,私のクラス以外では,残念ながらそうでなかった子達もいたと聞く。常々,私はクラスでいろんな話をしてきた。嫌な言い方だが,これは,教師としては全く評価されないのだが・・・。しかし,この教え子達の言葉が私の最大の評価だと勝手に思っている。
 ちょっと前にも,成人式で「先生のクラスの子は,茶髪ゼロでした」と言われた。別に茶髪がいけない良いという事ではなく,私は,具体的には誤解をうむといけないのでかけないが,成人式について卒業の時に話をした。ちゃんと覚えていてくれる。これが教育だと私は思う。この5年10年後の彼らの姿が「教育の成果」なんだと私は信じて今も頑張ろうと思う。

 もし,この考えが正しければ,きっと良い日本になるだろう。そうじゃないだろうか。こういう思いを持った人が教育委員会にいれば,そして,その人の思いが学校に届けば,きっと良い方向に向かうだろう。リーダーがこの思いを語り,若い教師が伝承していけば学校は変わる。私くらいの歳だと,若い教師は「出世できない人」という見方をしてしまう。「こういう考えだから一生ヒラ教員なんだ」とね。残ながら私に残された時間は少ない。私の周りには同じ思いの人が多いが,人の上に立つ人はいない。人の上に立つと,こういう思いではやっていけなくなるんだろうか。寂しい物だ。

再度,荒れる「成人式」に思う!

 昨日もこの話題を書いたが,今日は,教え子達の成人式でもあった。少し話をして思ったことは,「真面目に成人式」に臨んだ子達が我慢をし,嫌な思いをする。しかし,勝手なことをやる子達が,楽しい思いをする。まさに「正直者が馬鹿を見る」ということだ。これがまかり通っていけば,中には,「真面目に生活することが馬鹿らしい」と思ってしまう子が出ても不思議ではない。

 だからこそ,今,大人は若者に「真面目にやることは素晴らしい」と教えるためにも,頑張らないといけない。「悪いこと」「勝手なこと」は,ペナルティーがあることを・・・。残念ながら,間違った人権意識で物怖じしてしまう大人がいる現実。以前にも,ある県のトップが一括した事があったし,刑事告訴をした人もいた。「若いから許される」のは,内容にもよる。間違ってほしくない。
 私の教え子の数人は,途中で退席したという。退席すべきは,勝手なことをしている人じゃないだろうか。これでは,全く逆である。これが今の日本だ。

 リーダーがいなくなった。残念だが・・・。団塊の世代の人たちは,多くの集団の中で育ち,「事なかれ主義」に走ってしまったのではないだろうか。今,リーダーは,一世代超えた人たちになりつつある。これは大いに歓迎だが,まだリーダーに留まっている人たちには,今一度,先を見て,何をすべきかを考えてもらいたい。そうじゃなかったら,どんどん「真面目が若者」がダメになってしまう。これは,日本にとってはるかに危機なのである。

 「真面目にやれば報われる」という時代,ちょっと前はそうだった。いつからダメになったんだろうか。私なりの答えは持っているが,それが正しいのかはわからない。1つ言えることは,リーダーを育ててこなかったツケが今きているんだろうと言うことである。いっぱい素質を持った人がいたのに,見いだせなくて,また,育てられなかった人たちは,何を思うだろう。

 「成人式」をみれば,明らかに学校教育の間違いがあったと言わざるを得ない。100%ではなくとも,学校の責任は重い。当然,教育委員会の責任も重い。しかし,誰もそれには言及しない。だから,また同じ事を繰り返すんだろう。人がいない訳じゃない。リーダーの素質を持った人はいる。その人がリーダーとして活躍できない組織だから,日本中で同じ問題が起きてしまう。
 たぶん,何年かして,「これはいけない」と軌道修正をするんだろうが,もっと早くしないと「真面目に頑張っている人」の中に犠牲者が出る。「真面目にやっている」事が報われると感じたら,人間は頑張れる物である。しかし,その逆で,「いい加減」にやっているのと同じだと思ったら,余程じゃないと頑張れない人もいる。
 それを見分ける力,その力を持った人が必要な時代だ。

2010年1月10日日曜日

正直者が馬鹿を見る世の中!

 今年も荒れる成人式の話題がニュースになったが,もう何年もこういう話題が続き,また,家を失った人たちに援助したはずがそのお金を酒に使ってしまったという話題もあった。
 現代は「正直者が馬鹿を見る」「真面目にやっていることが馬鹿を見る」社会になってしまったように思う。高校授業料無料化も良いとは思う。しかし,私たちの頃は,経済的な理由で進学しなかった子は多い。また,進学しても「自分のアルバイト」で頑張っていた子もいる。私自身も大学の授業料はアルバイトで支払った。
 成人式でも「真面目に成人を祝う」人たちの事を考えてほしい。一部の勝手な人たちが「正直者が馬鹿を見る世の中」にしている。ではどうするか。簡単なことである。勝手な事をする人たちにペナルティーを課すことである。こういう事って,大人の姿勢ではないだろうか。警察官も歯がゆいだろう。命令する立場の人がその場しのぎになっているんだろう。もし,長期的に考えるなら,ここでなんとかしようとするだろう,数年で出世のために変わっていくような組織では,長期的な目線で物事を考えられないだろう。余程のリーダーシップを持っていないとね。 こういう事を一つ一つ解決していくような人を出世されないと,いつまでも変わらないだろう。学校も・・・。

 要は,アルバイトをすれば通えるような授業料にすることの方が,勉学意欲もなく,ただただ遊んでいる学生達にお金を与えるよりはるかに良いことではないだろうか。「○○をしてくれない」「国は何もしてくれない」と過剰なほどの要求をし,それがまかり通っていることが,現代を「正直者が馬鹿を見る」世の中にしてしまってはいないだろうか。
 過去にも私に知っている親子は,「生活保護を受けずに頑張ろう」と私が見ても涙が出るほど頑張っている母親がいた。確かに高校には行かなかったが,その子は,今は自分が親となって頑張っている。かと思えば,生活保護を受けて,親子で海外旅行に毎年行っている家庭がある。これでは,真面目に頑張っている人がかわいそうすぎる。生活保護を受けるべき人が受け,そうでない人は受けられなくしないと,あまりに不公平に感じる。

 何度も書くが,高校授業料無料化より,「行きたいなら自分で頑張れば払える授業料」にすることを優先してほしい。「行きたいから頑張る」という当然の行動をしなくなって良いのだろうか。今の高校生がどういう生活を送っているか。そうでないなら,「高校は義務教育」にするのが筋ではないか。
 私たちは「行きたいなら自分でバイトしてでも行け」という時代だった。今は,この考えは古いと言うのだろうか。もし,そうなら,日本は,いつか「他力本願」の国になっていまうような気がする。

 余談で書くなら,私は仕事でもそういう部分を感じている。一生懸命頑張っているつもりのなのだが,結局,要領よく仕事をしたり,何らかの力がある人は良い思いをし,学校で懸命に体を壊すほど働いても評価はされないどころか,人の嫌がる学校にばかり転任させられ,誰も嫌だといってもたないクラスを持たされる。こういう生活を30年間やってきて,さすがに私も「いい加減にしろ」という思いだ。「真面目にやってきた人」<自分で言うのも変だが>が馬鹿を見る状態では・・・。
 私は,もっと高所に立つ人たちに「この日本をこうしたい」という気概をもってほしい。当然,教育に携わる人には,もっと崇高な目標をもってほしい。自分や自分の周りだけしか見られない人は不適格だと思う。
 まあ,無理だろう。ただ,かすかな期待は,名古屋市長が河村たかし氏になり,今までの役所を変えてくれるかも知れないという期待はしている。要は,上に立つ人が,いかに重要かと言うことである。しばらく様子を見てみたい。
 

2010年1月9日土曜日

新年,よろしくお願いします。

 このブログに,思ったことを書きながら日々を送っています。今年も機会を見つけて書いていこうと思っています。

 さて,今の日本,いろんな意味で閉塞感があると言われています。私は,教育もそう感じます。何を目標にしているのか。見えてきません。勉強が第一目的なんでしょうか。それが,今日の若者を作ってしまった1つの原因ではないでしょうか。
 本当は,教育は「人」を育てていくことではないんでしょうか。私が教師になった頃は,もっと,子どもとの関わる時間も多く,余裕がありました。しかし,今,事務的な仕事が多く,子ども達も学校が終われば塾ということで,居残っての勉強,あるいは,話をする時間がなくなってきました。本当にこれで良いのでしょうか。

 私は,授業が大切なことはわかっているつもりですが,その前にやるべき事があると思っています。それができて学習につながっていくのではないかと・・・。イスに1時間座っていられない子どもがいます。「躾」がされていない子どもがいます。これは,日本の社会全体で考えていくべき問題だと思います。学校ですべてをやることはできません。
 まずは,こういう事を真剣に考えている人をリーダーにする環境を作ることから始めてほしいと願います。教育委員会の研修で,何が優先されているでしょうか。教科の学習に偏っているのではないでしょうか。もっともっと,現場で教師を育てていく必要があるのではないでしょうか。目の前にいる子どもと見て教育をするんじゃないでしょうか。そのためには,若い教師を指導できる人が必要なんです。
 私の周りにも多くのこういう力のある人がいます。もっと,こういう人たちに若い人の指導をしてもらいたいのです。人を集めて話を聞いたり,文章を書くだけで力をつけることは難しいのです。こういう研修と平行してやるべきです。私について言えば,新卒の頃には多くの先輩から見て学びました。こういう事の方が有益なんです。
 若い先生達が,パソコンに向かって研修報告や指導案に時間をかけている様子を見て,それだけが研修じゃないと思うのです。