今も,ひどい状況の学校だが,少しずつ「何か」がかわりつつあるように思う。それは,教務主任,新しく赴任した教員の頑張り・・・。「学校を立て直そう!」という共通の思いが繋がってきているように思える。
当然のように,その後ろ盾をしてくれる校長・教頭にも去年とは違う取り組みがあるのを感じ始めている。まあ,「何で,去年からやってくれないんだ!」という思いはあるものの,前に進むことに異論は全くない。
我が校は,本当に教務主任が,すべてのコントロールタワーの役割を担っている。自ら矢面に立って生徒を指導する。なかなか見ないタイプである。誰よりもパワフルで,誰よりも緻密に考えを実践している。だからこそ,校長・教頭は,彼をバックアップしてほしいと願う。
行動しなければ変わらない。それに気付いたように思える今,学校は,立ち直りに向けて舵を切り始めたような気がする。困難な道であることは,分かり切っている。ただ,去年全く感じなかった「前に進んでいる」という感覚は,間違いない。
この時期に変わらなければ,当分の間,この学校は変われないだろう。ある意味,ここ数年が正念場といえよう。
2009年4月22日水曜日
2009年4月14日火曜日
このままでは,いけない!
やはりというか,今年こそ!良い学校にと言う思う気持ちを断ちきるかのような出来事が続く。昨日も今日も・・・。
ただ,去年とは,少しだが変化しているような気がする。はっきり意見を言う人が増えた。それに対応せざるを得ないのか,管理職も動きが少しだけ変わった。今までだと,対教師暴力が起きても,私たちに報告されるのは,大きなケガをした場合に限られていた。しかし,今年は,対教師暴力に関して,逐一報告されるようになった。これは,学校が変わる第一歩になるような気がする。
しかし,相変わらず,私からすると,まだまだ対応に不手際があると見えてしまう。徐々に変わっていくことを期待している。
今年も,転任してきた人たちに,大変な学年が任されている。去年,私が感じたのと同じ思いをしていることだろう。まずは,ここに大きな問題がある。問題が多くなったら,それを知らない転任してきた人に持っていくという悪循環。
私たち教師にも「責任」を持って学年を持ち上がるという強い気持ちが必要である。しかし,今,そうなっていない現実。校長・教頭は,教師を育てていくという気持ちが必要ではないだろうか。そうしないと,いつまで経っても,他の学校から転任してくる先生に頼るしかない。
私が,去年,2学期以降,どんなに体調が悪いときも,学校を休まずに行ったのは,この「責任」以外何者でもない。すべての教師にこういう気持ちを持ってほしい。そうしないと,いつも大変な思いをする教師は同じと言うことになってしまう。
今,学校は変わろうとしているんだろう。変わらなくてはいけない。そのためには,何をすべきかを全員で考えたいものだ。余談だが,今年大学を出て来た若い教師が4人。これが多いのか少ないのかはわからない。ただ,今,大変な状況の中で,対応ができるかと言えば,難しいと言わざるを得ない。これは,教育委員会の問題だろうな。こんな大変な学校に,新卒を多く配置する人事には,私は,納得できない気持ちがある。
ただ,去年とは,少しだが変化しているような気がする。はっきり意見を言う人が増えた。それに対応せざるを得ないのか,管理職も動きが少しだけ変わった。今までだと,対教師暴力が起きても,私たちに報告されるのは,大きなケガをした場合に限られていた。しかし,今年は,対教師暴力に関して,逐一報告されるようになった。これは,学校が変わる第一歩になるような気がする。
しかし,相変わらず,私からすると,まだまだ対応に不手際があると見えてしまう。徐々に変わっていくことを期待している。
今年も,転任してきた人たちに,大変な学年が任されている。去年,私が感じたのと同じ思いをしていることだろう。まずは,ここに大きな問題がある。問題が多くなったら,それを知らない転任してきた人に持っていくという悪循環。
私たち教師にも「責任」を持って学年を持ち上がるという強い気持ちが必要である。しかし,今,そうなっていない現実。校長・教頭は,教師を育てていくという気持ちが必要ではないだろうか。そうしないと,いつまで経っても,他の学校から転任してくる先生に頼るしかない。
私が,去年,2学期以降,どんなに体調が悪いときも,学校を休まずに行ったのは,この「責任」以外何者でもない。すべての教師にこういう気持ちを持ってほしい。そうしないと,いつも大変な思いをする教師は同じと言うことになってしまう。
今,学校は変わろうとしているんだろう。変わらなくてはいけない。そのためには,何をすべきかを全員で考えたいものだ。余談だが,今年大学を出て来た若い教師が4人。これが多いのか少ないのかはわからない。ただ,今,大変な状況の中で,対応ができるかと言えば,難しいと言わざるを得ない。これは,教育委員会の問題だろうな。こんな大変な学校に,新卒を多く配置する人事には,私は,納得できない気持ちがある。
2009年4月12日日曜日
繰り返し!
新年度早々,全く去年と同じ事が繰り返されている。「なぜ?」と思う私。立て直しを考え,進めていく年にするんじゃなかったのか・・・。
このままだと,また,去年と同じだ。だから,いろんな部分を変えてきたんじゃなかったのか。教師集団の思いと「ずれ」が出てきたように思う。明らかに教師集団は,変わってきた。「何とかしていこう」という気運が高まっている。でも,何かが「変わっていない」ように思う。
多くの人の意見を聞くのは必要だと思う。ただ,瞬時に判断し,指示をするのには,人の意見を聞いている時間はない。だから,指示を出す人は,日頃から,自分を磨き,実態を把握し,常に「臨戦態勢」でいなければ,今の学校は前に進めない。
最近,思うことは,ここに「経験」という大事な事が必要に思う。若い,教頭・校長が増えた。これが悪いとは思わないが,校内暴力吹き荒れる頃,教師をやっていた年代は,すでに,50代半ばを過ぎている。もし,この時期に,大変な学校に勤めていないと,全く,対応の仕方すらわからないのではないだろうか。
幸か不幸か,私は,新卒時から,校内暴力吹き荒れる学校に勤め,そこから立て続けに4校が,まさしく大変な学校に勤めた。一番ひどかったのは,最初の頃だが,それでも,2校目以降も大変な状況だった。そんな「経験」が,今の自分を作っているように思う。「こういう場合は,こうしていこう」と思う。しかし,もし,自分にこの「経験」がなかったら,そうは思わないだろう。
だから,今,こういう経験をした教頭・校長は,若い教頭・校長に,アドバイスができる時間を作らないといけないと思う。もし,このまま行けば,また,約20年前から始まった数年間の「校内暴力」吹き荒れる学校になってしまう。
教育委員会も,その時代に立て直しに奔走した多くの教師がいる。こういう人たちを,各学校に配置するくらいの英断を下さないと,一部の学校が,立て直し方すら考えられない状況になってしまうだろう。今の教頭・校長の中にも,そういう人たちがいる。ぜひ,大変な学校に配置を考えてほしい。うがった考え方かもしれないが,なぜか,そういう「力」のある人たちが,そういう学校に行っていないように思う・・・。
このままだと,また,去年と同じだ。だから,いろんな部分を変えてきたんじゃなかったのか。教師集団の思いと「ずれ」が出てきたように思う。明らかに教師集団は,変わってきた。「何とかしていこう」という気運が高まっている。でも,何かが「変わっていない」ように思う。
多くの人の意見を聞くのは必要だと思う。ただ,瞬時に判断し,指示をするのには,人の意見を聞いている時間はない。だから,指示を出す人は,日頃から,自分を磨き,実態を把握し,常に「臨戦態勢」でいなければ,今の学校は前に進めない。
最近,思うことは,ここに「経験」という大事な事が必要に思う。若い,教頭・校長が増えた。これが悪いとは思わないが,校内暴力吹き荒れる頃,教師をやっていた年代は,すでに,50代半ばを過ぎている。もし,この時期に,大変な学校に勤めていないと,全く,対応の仕方すらわからないのではないだろうか。
幸か不幸か,私は,新卒時から,校内暴力吹き荒れる学校に勤め,そこから立て続けに4校が,まさしく大変な学校に勤めた。一番ひどかったのは,最初の頃だが,それでも,2校目以降も大変な状況だった。そんな「経験」が,今の自分を作っているように思う。「こういう場合は,こうしていこう」と思う。しかし,もし,自分にこの「経験」がなかったら,そうは思わないだろう。
だから,今,こういう経験をした教頭・校長は,若い教頭・校長に,アドバイスができる時間を作らないといけないと思う。もし,このまま行けば,また,約20年前から始まった数年間の「校内暴力」吹き荒れる学校になってしまう。
教育委員会も,その時代に立て直しに奔走した多くの教師がいる。こういう人たちを,各学校に配置するくらいの英断を下さないと,一部の学校が,立て直し方すら考えられない状況になってしまうだろう。今の教頭・校長の中にも,そういう人たちがいる。ぜひ,大変な学校に配置を考えてほしい。うがった考え方かもしれないが,なぜか,そういう「力」のある人たちが,そういう学校に行っていないように思う・・・。
2009年4月5日日曜日
新年度スタート!
明日,始業式があり,いよいよ新年度がスタートする。今,思えば,1年前,始業式で見た光景は,今までには見たことがないほど,ひどいものだった。しかも,一番ひどかったクラスの担任になるとは,思ってもみなかった。
あの日から,私は,すべてのことが戦いとなった。それは,生徒との戦い,自分との戦いもあった。自分との戦いに負けそうになって,学校を休むこともあった。この1年は,自分自身で経験した中で,最悪の1年と言っても良い。それは,仕事だけではなく,すべてに言えた。
今年は,どんな1年になるだろうか。まずは,体調が悪くならないことが一番ではないかと思っている。そのためには,日頃から,健康に注意しておく必要がある。そうしないとかえって,迷惑をかけることになってしまう。そして,できることを一生懸命やっていこうと思う。
人のせいにしてはいけないと思いつつ,どうしても,いまだに納得できない事がいっぱいの昨年度だった。人間不信というか,人を信用して良いのだろうかとさえ思う事もあった。今まで,基本的に学校のため,校長のため,あるいは,教頭のためという漠然とした目標を持って,自分なりの頑張りをしてきた。認めてもらおうとか,そういうのではなく,自分のやる気の源だった。
しかし,去年だけは,そう思えない何かを抱えてしまった。それが,学校にいるすべての人に対して,不信感という感情になってしまった。そのために,自分の力が出てこないのを感じた。人を信じられないと言うことは,これほど,辛いことなのかという経験もした。
新年度,もう一度,自分らしい1年を送りたいと思っている。
あの日から,私は,すべてのことが戦いとなった。それは,生徒との戦い,自分との戦いもあった。自分との戦いに負けそうになって,学校を休むこともあった。この1年は,自分自身で経験した中で,最悪の1年と言っても良い。それは,仕事だけではなく,すべてに言えた。
今年は,どんな1年になるだろうか。まずは,体調が悪くならないことが一番ではないかと思っている。そのためには,日頃から,健康に注意しておく必要がある。そうしないとかえって,迷惑をかけることになってしまう。そして,できることを一生懸命やっていこうと思う。
人のせいにしてはいけないと思いつつ,どうしても,いまだに納得できない事がいっぱいの昨年度だった。人間不信というか,人を信用して良いのだろうかとさえ思う事もあった。今まで,基本的に学校のため,校長のため,あるいは,教頭のためという漠然とした目標を持って,自分なりの頑張りをしてきた。認めてもらおうとか,そういうのではなく,自分のやる気の源だった。
しかし,去年だけは,そう思えない何かを抱えてしまった。それが,学校にいるすべての人に対して,不信感という感情になってしまった。そのために,自分の力が出てこないのを感じた。人を信じられないと言うことは,これほど,辛いことなのかという経験もした。
新年度,もう一度,自分らしい1年を送りたいと思っている。
2009年4月4日土曜日
学校を良くしたい!
教員になって随分経つが,常に「学校を良くしたい!」と思ってやってきた。その思いを強くしたのは,「今日は,研究会があるので・・・」と,まだ,生徒指導で頑張っている先生方がいるのに出かける人がいたときである。しかも,自分のクラスだった。1度くらいなら,私も仕方がないと思ったが,何度もあると,「この人は,軸足はどこにあるんだろう」と違和感を持った。この人は,今,校長である。
それ以来,基本的に,学校で何かあれば,優先順位は,常に学校に置いた。しかし,それと同時に,研究会に行ける日は少なくなった。それだけ毎日,大変な学校に勤務していた。
今は,時代が変わり,学校優先でも許される研究会が増えたと思うが,私の若い頃は,ある校長は「学校と研究会とどっちが大事だと思ってるんだ!」と私に言った。この言葉で,私は,いったい研究会は,何のためのものなのかと考え,一切の会に出ることをやめた。
私も,今,若ければ,また違う教員人生もあったのかも知れないが,当時は,明らかに優先順位が違っていた。
今も,「学校を良くしたい!」という思いは,変わっていない。だから,頑張っている人たちと手を携えてやっていきたい。私は,ぜひ,そういう教師もいることを知ってもらいたいと思っている。私なんかは,まだまだで,私の知っている教師の中には,頭が下がるくらい学校のために頑張っている人がいる。以前ほどではないが,「学校に軸足」を置いていない人もいる。
私は,教育委員会の人たちに,この見極めをしっかりしてほしいと思う。「学校をよくしよう」と頑張っていた人から順に管理職にしてもらいたい。そうすれば,学校は,必ず「良い方向」に向くと思う。上の人の機嫌をうかがうだけの人は,管理職になることが目標になっていて,自分の所属している組織を優先して,「学校のこと」を考えてくれないように思うのは,うがった考えだろうか。
それ以来,基本的に,学校で何かあれば,優先順位は,常に学校に置いた。しかし,それと同時に,研究会に行ける日は少なくなった。それだけ毎日,大変な学校に勤務していた。
今は,時代が変わり,学校優先でも許される研究会が増えたと思うが,私の若い頃は,ある校長は「学校と研究会とどっちが大事だと思ってるんだ!」と私に言った。この言葉で,私は,いったい研究会は,何のためのものなのかと考え,一切の会に出ることをやめた。
私も,今,若ければ,また違う教員人生もあったのかも知れないが,当時は,明らかに優先順位が違っていた。
今も,「学校を良くしたい!」という思いは,変わっていない。だから,頑張っている人たちと手を携えてやっていきたい。私は,ぜひ,そういう教師もいることを知ってもらいたいと思っている。私なんかは,まだまだで,私の知っている教師の中には,頭が下がるくらい学校のために頑張っている人がいる。以前ほどではないが,「学校に軸足」を置いていない人もいる。
私は,教育委員会の人たちに,この見極めをしっかりしてほしいと思う。「学校をよくしよう」と頑張っていた人から順に管理職にしてもらいたい。そうすれば,学校は,必ず「良い方向」に向くと思う。上の人の機嫌をうかがうだけの人は,管理職になることが目標になっていて,自分の所属している組織を優先して,「学校のこと」を考えてくれないように思うのは,うがった考えだろうか。
人事の大変さ・・・。
今,学校では,新年度の構成が発表される。過去の経験でも,この発表の場で,混乱をすることもあった。それは,「わがまま」と言えるような言い分もある。
それを考えて人事を組む方から考えると,それはそれは,大変なことだろうと推測できる。1人のわがままを聞けば,「この人もあの人も」となってしまう。だから,情報を漏らさずに,発表当日を迎え,ここで混乱する。以前いた学校では,「職務命令」という言葉で一件落着した。
私は,その人の学校への貢献度を見て考えれば良いんだと思う。もし,いい加減なわがままだったら,それは,間違っていると言うべきかもしれない。また,極論で言えば,教師を辞めるという選択も考えないと,学校は成り立っていかない。特定の人の「優しさ」だけで,やりきれる時代ではない。
その1つの指針が「持ち上がり原則」なんだろうと思う。こんな原則はないと言う人もいるが,同じ仕事を同じ給料でやるとすれば,何か原則を設けて,それにはずれる人は,それなりに自分を磨いたり,他の仕事を多くやるなどしないと,いつも同じ人にしわ寄せが行く。
私は,少なくとも,この原則からはずれたことはない。はずれたとすれば,連続で3年生,3年の次が2年生という事だ。だから,今年は,1年生。去年,体調を悪くしながらも3年生で頑張ったのは,自分のノルマは果たさないといけないと思うからである。それを認めてもらえたのか,今年は,私にとってありがたい人事となった。
ただ,過去にも,病気になってしまった人もいた。こういう状況まで,頑張ってきた人は,仕方がないだろう。十分な療養をしてほしい。でも,文句ばかり言い続けて,自分のわがままを通す人がいるとしたら,ペナルティがないと,いつも辛い立場ばかりの人は,全く救われない。頑張っている人を,もっと,頑張りがいのある気持ちにさせてほしい。
私の知っている人にも,そういう人は多い。教頭や校長になって,その頑張りが報われる人は良い。そうでない人の方が多いと感じるのは,なぜだろう。こういう人を教育委員会は,認める術を持っていないのかも知れない。
まさか,教頭・校長になれない教師は,ダメな奴らだとは思っていないと信じたいのだが・・・。
それを考えて人事を組む方から考えると,それはそれは,大変なことだろうと推測できる。1人のわがままを聞けば,「この人もあの人も」となってしまう。だから,情報を漏らさずに,発表当日を迎え,ここで混乱する。以前いた学校では,「職務命令」という言葉で一件落着した。
私は,その人の学校への貢献度を見て考えれば良いんだと思う。もし,いい加減なわがままだったら,それは,間違っていると言うべきかもしれない。また,極論で言えば,教師を辞めるという選択も考えないと,学校は成り立っていかない。特定の人の「優しさ」だけで,やりきれる時代ではない。
その1つの指針が「持ち上がり原則」なんだろうと思う。こんな原則はないと言う人もいるが,同じ仕事を同じ給料でやるとすれば,何か原則を設けて,それにはずれる人は,それなりに自分を磨いたり,他の仕事を多くやるなどしないと,いつも同じ人にしわ寄せが行く。
私は,少なくとも,この原則からはずれたことはない。はずれたとすれば,連続で3年生,3年の次が2年生という事だ。だから,今年は,1年生。去年,体調を悪くしながらも3年生で頑張ったのは,自分のノルマは果たさないといけないと思うからである。それを認めてもらえたのか,今年は,私にとってありがたい人事となった。
ただ,過去にも,病気になってしまった人もいた。こういう状況まで,頑張ってきた人は,仕方がないだろう。十分な療養をしてほしい。でも,文句ばかり言い続けて,自分のわがままを通す人がいるとしたら,ペナルティがないと,いつも辛い立場ばかりの人は,全く救われない。頑張っている人を,もっと,頑張りがいのある気持ちにさせてほしい。
私の知っている人にも,そういう人は多い。教頭や校長になって,その頑張りが報われる人は良い。そうでない人の方が多いと感じるのは,なぜだろう。こういう人を教育委員会は,認める術を持っていないのかも知れない。
まさか,教頭・校長になれない教師は,ダメな奴らだとは思っていないと信じたいのだが・・・。
2009年4月2日木曜日
去年と同じ事にならないと良いが・・・。
去年,私の入った学年は,その学校にいるにも関わらず,持ち上がらなかった人が数人いて,そのため,新しく転任してきた3人が入ることになった。そして,大変な1年だった。実は,今年,それが,ある学年で起きている。本来持ち上がるであろう数人がそうしなかった。結果として,新しく転任してきた人たちがその学年に入ったのである。理由はわからない。それがベストだと考えての事だろうが,私には,今まで経験のない大規模な変更に思える。
何も「持ち上がり原則」というつもりはないが,こう毎年,持ち上がらない状態は,はたしてどうなんだろうかと思う。ある私立学校などは,「責任を持って卒業させるために『持ち上がり原則』」を売りに生徒を集めている。そういう事で責任を果たしていこうとしている。
私は,何度も持ち上がり原則にしてほしいと思いながら,連続して3年生だったり,3年生の次に2年生だったりと,1年生からスタートさせてもらえないこともあった。だから,1年生からスタートできる先生達がうらやましいと思っている。3年間,面倒を見た子の成長は,本当に頼もしい。たとえ,途中で大変なことがあっても・・・。
去年,体調を崩した私は,休みはあったものの,卒業式まで意地もあって頑張った。それを,途中で持ち上がらなかった人たちは,どういう感想を持っていたんだろうか。
やはり,私は,結果としてどこかにしわ寄せが行くような学年構成は,よくないと思う。病気になってしまうような状況は別として,もし,自分がやらなければ,他の人の迷惑になってしまうと言う気持ちは,なくさないようにしていきたい。
何も「持ち上がり原則」というつもりはないが,こう毎年,持ち上がらない状態は,はたしてどうなんだろうかと思う。ある私立学校などは,「責任を持って卒業させるために『持ち上がり原則』」を売りに生徒を集めている。そういう事で責任を果たしていこうとしている。
私は,何度も持ち上がり原則にしてほしいと思いながら,連続して3年生だったり,3年生の次に2年生だったりと,1年生からスタートさせてもらえないこともあった。だから,1年生からスタートできる先生達がうらやましいと思っている。3年間,面倒を見た子の成長は,本当に頼もしい。たとえ,途中で大変なことがあっても・・・。
去年,体調を崩した私は,休みはあったものの,卒業式まで意地もあって頑張った。それを,途中で持ち上がらなかった人たちは,どういう感想を持っていたんだろうか。
やはり,私は,結果としてどこかにしわ寄せが行くような学年構成は,よくないと思う。病気になってしまうような状況は別として,もし,自分がやらなければ,他の人の迷惑になってしまうと言う気持ちは,なくさないようにしていきたい。
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