名古屋では,ここ数日,涼しいを通り越して「寒い」日になっている。私は,今日,自分が風邪の症状が出ていることに気付いている。昨日の夜から,寝ていても寒さで目が覚め,布団をもう一枚載せたが,これだとちょっと暑い。
こんな事を繰り返していたら,とうとう風邪の症状になった。「寒い」を連発して,とうとう石油ストーブの試運転までした。久しぶりのストーブからは,灯油のニオイと共に,ホコリが焦げたニオイがしてきた。
急激な変化は,困るな。明日は,もっと寒いと言うんだから・・・。
2008年9月27日土曜日
ラグビーの試合を見に行った。
自分のクラスの生徒が出場するというので,「ラグビー」の試合を見に行った。急に寒くなり,見ている方も,途中で長袖を着たり,風の強さに絶えかねて木の横に行ったりと,寒さ対策をしながらの観戦だった。
結果は,大差で勝利し,また,見に行ったことに感謝もしてもらった。ちょっと前は,自分のクラスの生徒の試合は,必ず見に行っていたなと思い出した。
結果は,大差で勝利し,また,見に行ったことに感謝もしてもらった。ちょっと前は,自分のクラスの生徒の試合は,必ず見に行っていたなと思い出した。
動く!
毎日のように問題が起こる中,「ある動き」があった。それは,教頭だった。今までも,いろんな場面での協力はあったが,目に見えるような物は今回が初めてに思える。
これは,とても大事なことで,「動く」という事は,私たち,目の前の問題に対処しているだけの毎日を送っている者には,ある意味,「方向性」が見えてくる。その「方向性」が,1つになってくるのを期待している。
今までにも,1校を除けば,5校が大変な学校だった。その中で,立ち直っていく学校は,校長・教頭の「動き」から「方向性」が見え,それに職員がまとまっていくことで,立ち直っていく。そういう経験をしてきた私にとって,今回の教頭の行動は,その1つだと思える。それだけ,バラバラした状態の学校をまとめるのに,「行動する人物」が必要であるということだと思う。
過去にも,思い出すと,何人かの「動く教頭」を見てきた。どの人も,やはり,学校運営にたけた人だったように思う。今は,校長になった人もいるが,この人たちの下で働きたいなと今でも思う。大げさに言うと,やはり職責をどう考えているかにあるように思う。「学校運営」をどうしていくのかと同時に,教職員をどう動かしていくのかも大事で,そのための方法も考えないといけない。
ちょっとかも知れないが,ずっと後退していた感じが,立ち止まり,少し前に進んだような気がする。
これは,とても大事なことで,「動く」という事は,私たち,目の前の問題に対処しているだけの毎日を送っている者には,ある意味,「方向性」が見えてくる。その「方向性」が,1つになってくるのを期待している。
今までにも,1校を除けば,5校が大変な学校だった。その中で,立ち直っていく学校は,校長・教頭の「動き」から「方向性」が見え,それに職員がまとまっていくことで,立ち直っていく。そういう経験をしてきた私にとって,今回の教頭の行動は,その1つだと思える。それだけ,バラバラした状態の学校をまとめるのに,「行動する人物」が必要であるということだと思う。
過去にも,思い出すと,何人かの「動く教頭」を見てきた。どの人も,やはり,学校運営にたけた人だったように思う。今は,校長になった人もいるが,この人たちの下で働きたいなと今でも思う。大げさに言うと,やはり職責をどう考えているかにあるように思う。「学校運営」をどうしていくのかと同時に,教職員をどう動かしていくのかも大事で,そのための方法も考えないといけない。
ちょっとかも知れないが,ずっと後退していた感じが,立ち止まり,少し前に進んだような気がする。
2008年9月25日木曜日
悔しい!
こうなるであろうという予想が立つ。その通りになるのに,何の手だても高じることができない悔しさ。常に後手に回ってしまっている現実。今日は,そんな思いがする。最前線で頑張っている同僚。それが,報われることはあるんだろうか。
結果論になるが,予想に対して,どう対応をしていくのかが見えない不安。やっぱりこうなるよなというあきらめの気持ち。組織が,どんどん力を失っていく前触れ。焦燥感。
今,何ができるのかを考える余裕もない。しかし,最前線で,頑張っている人がいる。生徒と相対している人がいる。体力勝負をしている人もいる。それをフォローできない自分がいる。今までなら,できたことがなぜ今,できないんだろう。と考えると,やはり,組織としての指揮・監督がうまく機能していない現実があるんじゃないか。そう思って,組織を見直す必要がないだろうか。
状況把握の遅れ,それが今日の状態を生んでしまった。さかのぼれば,去年からスタートしている。しかし,その時の対応に,何か問題はなかったか。それが,わからない私は,どこで,どういう「ずれ」が生じたのかがわからない。問題点も聞かされていない。
子ども達と反目している状態。これを作った原因。何がそうさせてしまったのか。地域・学校・保護者の協力を感じない自分がいる。この状態で,授業がまともにできない状態で,なぜ,放置され続けたのか。疑問は多い。緊急の保護者会も必要な状態だと感じる。
真面目に頑張っている子がほとんど。その授業が妨害され,中には,暴力を受け,扉は蹴破られ,それでもけなげに学校に来ている。学校教育法の出席停止って,どういう場合に使うの?子ども達の安全・教職員の安全より,「前例がない」が優先するの?おかしくないかな。
結果論になるが,予想に対して,どう対応をしていくのかが見えない不安。やっぱりこうなるよなというあきらめの気持ち。組織が,どんどん力を失っていく前触れ。焦燥感。
今,何ができるのかを考える余裕もない。しかし,最前線で,頑張っている人がいる。生徒と相対している人がいる。体力勝負をしている人もいる。それをフォローできない自分がいる。今までなら,できたことがなぜ今,できないんだろう。と考えると,やはり,組織としての指揮・監督がうまく機能していない現実があるんじゃないか。そう思って,組織を見直す必要がないだろうか。
状況把握の遅れ,それが今日の状態を生んでしまった。さかのぼれば,去年からスタートしている。しかし,その時の対応に,何か問題はなかったか。それが,わからない私は,どこで,どういう「ずれ」が生じたのかがわからない。問題点も聞かされていない。
子ども達と反目している状態。これを作った原因。何がそうさせてしまったのか。地域・学校・保護者の協力を感じない自分がいる。この状態で,授業がまともにできない状態で,なぜ,放置され続けたのか。疑問は多い。緊急の保護者会も必要な状態だと感じる。
真面目に頑張っている子がほとんど。その授業が妨害され,中には,暴力を受け,扉は蹴破られ,それでもけなげに学校に来ている。学校教育法の出席停止って,どういう場合に使うの?子ども達の安全・教職員の安全より,「前例がない」が優先するの?おかしくないかな。
2008年9月23日火曜日
王監督引退!<リーダーの条件>
今日,ソフトバンクホークスの王貞治監督が引退会見を開いた。体調を崩してからは,そうとう辛い毎日だったに違いない。
私は,王監督の会見で,さすが「リーダー」だと思う名言を聞いた。
「監督は,参謀ではない。常に最前線にいるべき」
という内容だったと思う。
リーダーの資質を考えるとき,この言葉は,常に考えるべき一つだと感じた。最前線にいられない状態になったとき,それは,リーダーとしての資格を失うんだという事でもある。参謀ではいけないんだ。参謀は,リーダーになってはいけないし,参謀にもなれない人は,リーダーの資格がない。
まさに,私が,リーダーになれない原因だと思っている。ただ,以前一緒に働いた教頭に「僕は,名参謀になりたい」と言ったことがある。校長や教頭というリーダーと一緒に参謀として学校を作っていこうと常に考えていた。
その目標が達せられたときもあるが,とても少ない。私の力不足も当然あるが,参謀としての力量不足だと思われているんだろう。
今,リーダーは,王監督の言葉を,今一度,読んでほしいな。
私は,王監督の会見で,さすが「リーダー」だと思う名言を聞いた。
「監督は,参謀ではない。常に最前線にいるべき」
という内容だったと思う。
リーダーの資質を考えるとき,この言葉は,常に考えるべき一つだと感じた。最前線にいられない状態になったとき,それは,リーダーとしての資格を失うんだという事でもある。参謀ではいけないんだ。参謀は,リーダーになってはいけないし,参謀にもなれない人は,リーダーの資格がない。
まさに,私が,リーダーになれない原因だと思っている。ただ,以前一緒に働いた教頭に「僕は,名参謀になりたい」と言ったことがある。校長や教頭というリーダーと一緒に参謀として学校を作っていこうと常に考えていた。
その目標が達せられたときもあるが,とても少ない。私の力不足も当然あるが,参謀としての力量不足だと思われているんだろう。
今,リーダーは,王監督の言葉を,今一度,読んでほしいな。
お彼岸!
今日は,家族で「墓参り」に出かけた。なかなか家族全員がそろわなくなっていたが,今日は,全員で2カ所出かけた。
子ども達の健康,私たちの健康を見守ってもらいたいと願った。私も妻も早くに両親を亡くしたため,子ども達は,「おじいちゃん,おばあちゃん」と言う間もなく育った。もし,生きていたら,今の私に何を言うかを聞きたかったなと思う。
特に,今年は,私にとって,今までになく,調子が悪い。調子が悪いと心も弱くなる。そんなとき,いてくれたらなと思うのである。
私も歳を重ねるごとに,自分の両親の思いは,どうだったのかを考えるときがある。特に,父は,私が6歳で病死しているので,小さな子を残して何を感じ,何を言い残したのかと聞きたくもなる。母は,67歳で亡くなったが,まだ,私自身自分の子どもが小さくて,親のことまで考えられなかった。
今,子ども達も大きくなり,親として何を残していくのかを考えるようになった。
子ども達の健康,私たちの健康を見守ってもらいたいと願った。私も妻も早くに両親を亡くしたため,子ども達は,「おじいちゃん,おばあちゃん」と言う間もなく育った。もし,生きていたら,今の私に何を言うかを聞きたかったなと思う。
特に,今年は,私にとって,今までになく,調子が悪い。調子が悪いと心も弱くなる。そんなとき,いてくれたらなと思うのである。
私も歳を重ねるごとに,自分の両親の思いは,どうだったのかを考えるときがある。特に,父は,私が6歳で病死しているので,小さな子を残して何を感じ,何を言い残したのかと聞きたくもなる。母は,67歳で亡くなったが,まだ,私自身自分の子どもが小さくて,親のことまで考えられなかった。
今,子ども達も大きくなり,親として何を残していくのかを考えるようになった。
2008年9月21日日曜日
今日は,法事だったが・・・
今日は,祖母の法事だったが,朝より体調がすぐれず,結局欠席となった。最近は,休みの日に横になることが多くなってしまい,自分のペースを取り戻せない。法事に欠席したのは,今回が初めてだが,致し方ない状況であった。
2008年9月20日土曜日
台風一過!
名古屋は,今朝から,晴天。近所の小学校から,音楽が流れている。どうも,今日は,運動会のようだ。昨日の雨で運動場は大丈夫だったのかなと心配だが,子ども達の元気な歓声が,我が家にも届いてくる。
また,近所の田んぼも稲穂が実り,もう稲刈りのシーズンになった。日に日に秋らしくなっていくんだろう。今年,転任した学校が,大変で気の休まることがない生活をしていて,こういう休みに,ふと考えると,毎日が,何となく過ぎていることに気が付く。
まだ,やることがあるんだろうな。でも,疲れてしまって・・・。定年というものが近づいてきている。寂しい気もするが,早く来てほしい気もする。
今日は一日,小学校から聞こえてくる子ども達の声で,元気をもらおうと思っている。
また,近所の田んぼも稲穂が実り,もう稲刈りのシーズンになった。日に日に秋らしくなっていくんだろう。今年,転任した学校が,大変で気の休まることがない生活をしていて,こういう休みに,ふと考えると,毎日が,何となく過ぎていることに気が付く。
まだ,やることがあるんだろうな。でも,疲れてしまって・・・。定年というものが近づいてきている。寂しい気もするが,早く来てほしい気もする。
今日は一日,小学校から聞こえてくる子ども達の声で,元気をもらおうと思っている。
2008年9月16日火曜日
この道は,いつか来た道。
今,まさしく私は,そう思う。私が新卒1年目。まだ,学校にも慣れていない頃,その学校は,大荒れをした。その時と,今,全く同じ道をたどっている。昭和50年代半ばから後半にかけてである。しかし,その道を,行く羽目になっている自分が悔しい。
当時,校内暴力吹き荒れる時,対教師暴力,器物破損,授業妨害,授業エスケープ,威嚇等々,数週間で行き着くところがあるのかと思うくらいの荒れだった。もう,何をしても何ともならない状況だった。私は,ただただ,先輩の先生の後をついて行くことしかできなかった。しかし,それが,その後の自分の教員生活を変えたのかも知れない。それは,今後の見通しのようなものが見えてくるのである。
だから,今も,その思いを引きずっているのかも知れない。しかし,やはり,全く同じ道を,今,私は歩くことになっている。あの時代,あの経験をしている教師は,多いはずだ。こうなるだろうという予想ができるのに,対策ができない。あの頃は,こんな事をしたという思い出がよみがえる。その提案をした人たちが,校長や教育委員会にいる。
その人たちは,もっと,当時の事を語ってほしい。経験のない人たちに・・・。授業も大事だが,その授業が成立しないのでは,良い授業どころではない。 毅然とした態度は,簡単にできることではない。余程の覚悟を持って行うことだと思う。
焦る自分を押さえることに苦労している毎日である。
当時,校内暴力吹き荒れる時,対教師暴力,器物破損,授業妨害,授業エスケープ,威嚇等々,数週間で行き着くところがあるのかと思うくらいの荒れだった。もう,何をしても何ともならない状況だった。私は,ただただ,先輩の先生の後をついて行くことしかできなかった。しかし,それが,その後の自分の教員生活を変えたのかも知れない。それは,今後の見通しのようなものが見えてくるのである。
だから,今も,その思いを引きずっているのかも知れない。しかし,やはり,全く同じ道を,今,私は歩くことになっている。あの時代,あの経験をしている教師は,多いはずだ。こうなるだろうという予想ができるのに,対策ができない。あの頃は,こんな事をしたという思い出がよみがえる。その提案をした人たちが,校長や教育委員会にいる。
その人たちは,もっと,当時の事を語ってほしい。経験のない人たちに・・・。授業も大事だが,その授業が成立しないのでは,良い授業どころではない。 毅然とした態度は,簡単にできることではない。余程の覚悟を持って行うことだと思う。
焦る自分を押さえることに苦労している毎日である。
2008年9月14日日曜日
ANAのシステムトラブルと生徒指導
今日,早朝より,ANAのコンピュータシステムの不具合から,搭乗手続きや荷物の預かり業務に支障をきたした。多くの人への影響が出た。
コンピュータが,ブラックボックス化し,何がどうなっているのかがわからない。それは,あまりに複雑である。この件を聞いて,私は,私たちの生徒指導にも言えるなと思った。
「これが起きれば,これ」「あれがおきれば,あれ」というようにシステム化したがる人がいる。その一人が私かも知れない。普段通り,普通に進んでいけばよいが,予想外の事が起きたとき,誰もその修正方法を知らない。したがって,専門家に依頼して,修正を依頼しなければならない。
日頃から,バックアップを取り,予想外の出来事に対応できるようにしておけばよいのだが,そうでないために,後手後手の指導になる。その間,そうとうの時間が経ってしまう。
学校の生徒指導のシステムの点検整備は,誰がどのように行うのかが明確でないような気がする。専門家がいない。また,専門家から伝授されていることもない。個人の力に任せてしまっている。それが,余計に修正の邪魔になることがある。
プログラムなら,アルゴリズムをしっかり見直す。生徒指導も同じような見直しをしていくべきなのかも知れない。どこかに,問題があって,今がある。それを,多くの学校で共有化していくことが,専門家を増やすことになるような気がする。それができるのは,教育委員会しかない。
コンピュータが,ブラックボックス化し,何がどうなっているのかがわからない。それは,あまりに複雑である。この件を聞いて,私は,私たちの生徒指導にも言えるなと思った。
「これが起きれば,これ」「あれがおきれば,あれ」というようにシステム化したがる人がいる。その一人が私かも知れない。普段通り,普通に進んでいけばよいが,予想外の事が起きたとき,誰もその修正方法を知らない。したがって,専門家に依頼して,修正を依頼しなければならない。
日頃から,バックアップを取り,予想外の出来事に対応できるようにしておけばよいのだが,そうでないために,後手後手の指導になる。その間,そうとうの時間が経ってしまう。
学校の生徒指導のシステムの点検整備は,誰がどのように行うのかが明確でないような気がする。専門家がいない。また,専門家から伝授されていることもない。個人の力に任せてしまっている。それが,余計に修正の邪魔になることがある。
プログラムなら,アルゴリズムをしっかり見直す。生徒指導も同じような見直しをしていくべきなのかも知れない。どこかに,問題があって,今がある。それを,多くの学校で共有化していくことが,専門家を増やすことになるような気がする。それができるのは,教育委員会しかない。
2008年9月13日土曜日
卒業生からのメール
先ほど,卒業生からメールが届いた。私の体調を心配してと同時に,自分の近況報告もあった。今,若者に何が起き始めているのかを少し感じたメールだった。
今は,就職も以前に比べて,難しくはなくなってきている。しかし,その勤務状態は,人を人とも思わない体制になってきている。価格競争が,人の心をなくさせている。そんな気がした。懸命に働いても,その給料は,生活できるギリギリ。結婚をして,生活をするためには,より給料の多い職業を探すしかない。
少子高齢化の中で,若者が,将来に希望を持てなくなってきているのは事実のようだ。これは,政治家が悪いとか国が悪いというのではなく,国民一人ひとりが自分(会社)中心にしか物事を考えないからではないかと思う。
大企業が中小企業に限界に近い要求をし,中小企業は,命を削るように仕事をする。そんな社会になっている。これは,大企業だけが悪いとは言えず,安いから買う。高いから買わないという国民が作り上げてしまった。
昔を考えればわかるが,高いか安いかではなく,近所の店で買うことで,価格は二の次だった。価格競争が,今のようにはなっていなかった。
今と昔のどっちが良いと言うだけでなく,このまま行けば,必ずや,弱い立場の人たちは,人間らしい生活ができなくなる日がやってくると思ってしまった。
今は,就職も以前に比べて,難しくはなくなってきている。しかし,その勤務状態は,人を人とも思わない体制になってきている。価格競争が,人の心をなくさせている。そんな気がした。懸命に働いても,その給料は,生活できるギリギリ。結婚をして,生活をするためには,より給料の多い職業を探すしかない。
少子高齢化の中で,若者が,将来に希望を持てなくなってきているのは事実のようだ。これは,政治家が悪いとか国が悪いというのではなく,国民一人ひとりが自分(会社)中心にしか物事を考えないからではないかと思う。
大企業が中小企業に限界に近い要求をし,中小企業は,命を削るように仕事をする。そんな社会になっている。これは,大企業だけが悪いとは言えず,安いから買う。高いから買わないという国民が作り上げてしまった。
昔を考えればわかるが,高いか安いかではなく,近所の店で買うことで,価格は二の次だった。価格競争が,今のようにはなっていなかった。
今と昔のどっちが良いと言うだけでなく,このまま行けば,必ずや,弱い立場の人たちは,人間らしい生活ができなくなる日がやってくると思ってしまった。
腰がおかしい・・・
今朝,起きようとしたら,腰に激痛が走った。何でだろうと思って,すぐに原因がわかった。そう言えば,暴れる生徒を制止しているときに,あっちへこっちへ振り回された。その時に,体がそうとう上半身と下半身が逆の方向にねじられた。
これが原因だ。間違いないと思った。何とか起きあがって,食事を取ったが,今日は,夕方まで,ベッドで寝ていた。少しは,薬などをぬったせいもあって,痛みは少なくなったが,まだまだ,動かすと痛い状態である。
これって,公務災害になるんだよな。私の勤務校では,大けがをしないと病院にも行けと言われないので,あとで出てきた症状だったら,そんなの知らないという感じだろうな。ある先生が,首をねじられたが,今でなくても後日出ることだってある。だから,対教師暴力は,病院での診察が必要だと思っている。これって,私には,常識なんだけど・・・。また,今までの多くの学校では,常識だったんだけど・・・。
これが原因だ。間違いないと思った。何とか起きあがって,食事を取ったが,今日は,夕方まで,ベッドで寝ていた。少しは,薬などをぬったせいもあって,痛みは少なくなったが,まだまだ,動かすと痛い状態である。
これって,公務災害になるんだよな。私の勤務校では,大けがをしないと病院にも行けと言われないので,あとで出てきた症状だったら,そんなの知らないという感じだろうな。ある先生が,首をねじられたが,今でなくても後日出ることだってある。だから,対教師暴力は,病院での診察が必要だと思っている。これって,私には,常識なんだけど・・・。また,今までの多くの学校では,常識だったんだけど・・・。
2008年9月11日木曜日
今日もまた,先生が殴られた。
今日も,教師が殴られた。私は,すぐに教頭に報告をした。しかし,学校は,何もなかったかのように普通の一日が終わった。私は,これが納得できない,先生が殴られているにもかかわらず,会議もなく,連絡もなく。たぶん,知らない人の方が多いだろう。
昨日も書いたが,「どうなっているんだろう」という思いは,日に日に強くなっていく。先生が殴られたのに,会議すらない学校ってあるんだろうか。普通なら「緊急会議」が開かれて,しかるべき指導方針が出て,保護者を来校させるなどの助言がなされ,それに私たちは従う。当然,殴られた先生は,病院に行く。これが当たり前だと思うが・・・。
これは,経験の問題ではなく,危機管理の問題だと思っている。危機管理は,誰がどのように行うのか。私としては答えがほしい。
私は,問題行動への対処で,一番最初に起きたときに初動の指導方針が出せず,後手に回り,事が多く起きて,手に負えなくなった。ある意味校内暴力の末期状態を示していると感じている。ここまで来ると,もう,どういう方向にいってしまうかは,経験者ならわかる。
今言えることは,とくかく「悔しい」という思いである。
昨日も書いたが,「どうなっているんだろう」という思いは,日に日に強くなっていく。先生が殴られたのに,会議すらない学校ってあるんだろうか。普通なら「緊急会議」が開かれて,しかるべき指導方針が出て,保護者を来校させるなどの助言がなされ,それに私たちは従う。当然,殴られた先生は,病院に行く。これが当たり前だと思うが・・・。
これは,経験の問題ではなく,危機管理の問題だと思っている。危機管理は,誰がどのように行うのか。私としては答えがほしい。
私は,問題行動への対処で,一番最初に起きたときに初動の指導方針が出せず,後手に回り,事が多く起きて,手に負えなくなった。ある意味校内暴力の末期状態を示していると感じている。ここまで来ると,もう,どういう方向にいってしまうかは,経験者ならわかる。
今言えることは,とくかく「悔しい」という思いである。
2008年9月10日水曜日
陣頭指揮!
陣頭指揮・・・長たる人が直接現場に出て指揮すること。
緊急事態や重要な案件の時によく出てくる言葉である。私は,今,自分の学校は「緊急事態」だと判断している。でも「陣頭指揮」と言うよりは,学年裁量での指導が続いている。このような状態でも陣頭指揮がなされないとすれば,やはり,学校への指導助言を行う教育委員会がその指揮をするようにお願いをしないといけないんだろうか。でも,誰が?お願いするのかな?
緊急事態だと感じること
・他の学年の授業に侵入し,止めようとする先生に暴言をはく
・他の学年の授業中に大きな声を出しながら歩いたり,走ったりする
・授業中に廊下に出ようとする生徒を止めようとすると突き飛ばす
・ガラスなどを割る
・全く関係ない生徒を思いっきり蹴る(目の前でやってもやってないと言い切る)
・生徒の制服に落書きをして,しらを切り通す
・教師を蹴る
・授業中に何度も出入りをし,授業を妨害する
・自転車を校庭で乗り回す
・ドアなどの公共物を破壊する
これが,毎日起きていても「緊急事態」では,ないんですよね。私は,そう思えないんですが・・・。一部の保護者からは,厳しい指摘を受けつつ,改善されていかない学校に不信感を持ってしまう保護者もいる。授業がまともにできない学校。そんな学校に子どもを通わさなければならない。去年は,越境問題も騒がれた。それでも越境がダメだと言い続ける以上,まともに授業ができる学校でなければ保護者は納得できないだろう。
以前,名古屋市のある中学校で,職員室が閉鎖されていたり,生徒の勝手放題になっているという記事があり,教育委員会は,対応をし始めたという。と言うことは,我が校も,教育委員会に対応をゆだねる時期なんだろうか。
以前一緒に勤めていた人で今は退職しているんだが,教育委員会への対応に詳しい人がいた。こういう時は,専門家に聞くのが一番かも知れない。もう,長く会っていないが,ちょっと相談をしてみようかと思っている。
緊急事態や重要な案件の時によく出てくる言葉である。私は,今,自分の学校は「緊急事態」だと判断している。でも「陣頭指揮」と言うよりは,学年裁量での指導が続いている。このような状態でも陣頭指揮がなされないとすれば,やはり,学校への指導助言を行う教育委員会がその指揮をするようにお願いをしないといけないんだろうか。でも,誰が?お願いするのかな?
緊急事態だと感じること
・他の学年の授業に侵入し,止めようとする先生に暴言をはく
・他の学年の授業中に大きな声を出しながら歩いたり,走ったりする
・授業中に廊下に出ようとする生徒を止めようとすると突き飛ばす
・ガラスなどを割る
・全く関係ない生徒を思いっきり蹴る(目の前でやってもやってないと言い切る)
・生徒の制服に落書きをして,しらを切り通す
・教師を蹴る
・授業中に何度も出入りをし,授業を妨害する
・自転車を校庭で乗り回す
・ドアなどの公共物を破壊する
これが,毎日起きていても「緊急事態」では,ないんですよね。私は,そう思えないんですが・・・。一部の保護者からは,厳しい指摘を受けつつ,改善されていかない学校に不信感を持ってしまう保護者もいる。授業がまともにできない学校。そんな学校に子どもを通わさなければならない。去年は,越境問題も騒がれた。それでも越境がダメだと言い続ける以上,まともに授業ができる学校でなければ保護者は納得できないだろう。
以前,名古屋市のある中学校で,職員室が閉鎖されていたり,生徒の勝手放題になっているという記事があり,教育委員会は,対応をし始めたという。と言うことは,我が校も,教育委員会に対応をゆだねる時期なんだろうか。
以前一緒に勤めていた人で今は退職しているんだが,教育委員会への対応に詳しい人がいた。こういう時は,専門家に聞くのが一番かも知れない。もう,長く会っていないが,ちょっと相談をしてみようかと思っている。
不思議だ!対教師暴力への対応!
今でも,教師に対する暴言・暴力は毎日のように起きている。しかし,ごくごく普通の毎日が過ぎていく。ケガをした教師自らが,自分の車を運転して,自分で医者に電話して,自分一人で診察を受けに行く。私が今まで経験した学校ではなかったことである。
以前の勤務校で,数度の対教師暴力が起きたとき,本人は「いいです」と言っていたときも,「ケガをしているんだから病院に連れて行くのは当たり前だ。」と言った校長がいた。私は,これが当然だと思っていたので,今,とても不思議な気持ちである。
また,当然のように教頭が付き添っていった。被害届云々ではなく,管理職とは,教員の生命・健康も管理する役割をもっているんだから・・・。
また,「生徒に手を出すな,体罰はいけない」と言う以上,もし,生徒が手を出したら毅然とした態度を取るべきだと言った校長は,まさに,その通りの行動をした。私は,ものすごい「信頼感」を持ったのを覚えている。親を叱った校長である。
私たちは,今,懸命な毎日を送っている。朝8時15分から午後4時過ぎまで,イスに座れない毎日を送っている。仲間には,昼食も午後4時過ぎに食べている人もいる。管理職は,一日でも良いから,私たちと一緒に一日をおくってほしいものだ。
職員室のイスに座っている場合じゃない状態になっているという危機感を感じていないのかも知れない。だからこそ,一日一緒に行動してみると良い。
今年は,自分の体調を崩して,迷惑をかけたこともあって,昔なら即行動に移した自分だが,思い切って行動できていない。歯がゆい思いをしている・・・。
以前の勤務校で,数度の対教師暴力が起きたとき,本人は「いいです」と言っていたときも,「ケガをしているんだから病院に連れて行くのは当たり前だ。」と言った校長がいた。私は,これが当然だと思っていたので,今,とても不思議な気持ちである。
また,当然のように教頭が付き添っていった。被害届云々ではなく,管理職とは,教員の生命・健康も管理する役割をもっているんだから・・・。
また,「生徒に手を出すな,体罰はいけない」と言う以上,もし,生徒が手を出したら毅然とした態度を取るべきだと言った校長は,まさに,その通りの行動をした。私は,ものすごい「信頼感」を持ったのを覚えている。親を叱った校長である。
私たちは,今,懸命な毎日を送っている。朝8時15分から午後4時過ぎまで,イスに座れない毎日を送っている。仲間には,昼食も午後4時過ぎに食べている人もいる。管理職は,一日でも良いから,私たちと一緒に一日をおくってほしいものだ。
職員室のイスに座っている場合じゃない状態になっているという危機感を感じていないのかも知れない。だからこそ,一日一緒に行動してみると良い。
今年は,自分の体調を崩して,迷惑をかけたこともあって,昔なら即行動に移した自分だが,思い切って行動できていない。歯がゆい思いをしている・・・。
2008年9月3日水曜日
責任!をあやふやにしたくない。
私は,今年,転任と同時に中学校3年生の担任になった。こういう事は,過去にも経験はある。ただ,今回大きく違ったのは,生徒の実態も知らされず,今までの指導方針も聞かされず,初めての出校日にいきなり,有無を言わさず「さあやってください」という状態であったことだ。今までの経験では,信じられない事だ。
体を壊してしまうほど大変だったからかも知れないが,これは,絶対に許せないと今でも,思い出すだけで怒り以上のものを感じてしまう。言葉が悪いが「恨み」に近い感情は,いまだに消えない。
過去には,1年生からスタートできたこともある。その時には,1年生からやらせてもらえる事に感謝し,3年後を見越して,ある意味「責任」を持って目標を常に立て,取り組んできた。途中で,うまくいかなくて何度も悩み苦しんだり,他学年からの叱責も受けたこともあった。でも,自分の「責任」をあやふやにはしなかった。自分の目標は,常に決めていた。だから,時には,新しく加わった人との摩擦もあった。しかし,確固たる目標は揺るぐことはなかった。
今,自分は,この「責任」という言葉を考えるとき,1年生からどう育ててきたのだろう。2年生では,どう修正してきたのだろう。という事がわからない。ただただ,目の前で起こることに対処するのみである。
また,この「責任」というのは,人事を組む側にも言える。なぜ,今年は,こうしたのか。私にはわからない。中学校3年生で,5クラスの内,3クラスが新担任という状態は,正常な状態なのか。本当にそう考えたとしたら,ここまでの「責任」は,どこへ行ったのか。良いと思ってくんだ人事で,もし,失敗があるとすれば,「責任」を取るのが当然の事なんだと思う。今,私が疑問に思うことである。
今までの私が知っている例なら,転任してくる人たちは,よくわからないから,現有メンバーで組み上げ,せいぜい1クラスくらいを転任してきた人に任せるくらいではないだろうか。問題の少ない学校は,そうでなくともいいのだが・・・。
うがった考え方をすれば,「新しく転任してきた人は何も知らないからやらせとけ」と言われても仕方がない状況に思える。子どもを叱るときでも,1年から見てきた人とは全く違う。まして,問題を抱えている生徒であればなおさらである。それがわかっていないはずがない。
ならば,もっと,やることがあったんだと私は思う。一つ前の学校でも,3年生からのスタートだった。この時は,きちんとした説明を受けたし,担任についても相談がきちんとあった。私は,これが当然と考えている。だって,子どもを育てていくんだから・・・。
中には,無責任な人がいて,何ともならない生徒を「何も知らない人の方がお互い良いから」なんて言う人がいる。これは,まさしく,今まで育ててきた人たちの逃げでしかない。「責任」を感じていない一言である。
体を壊してしまうほど大変だったからかも知れないが,これは,絶対に許せないと今でも,思い出すだけで怒り以上のものを感じてしまう。言葉が悪いが「恨み」に近い感情は,いまだに消えない。
過去には,1年生からスタートできたこともある。その時には,1年生からやらせてもらえる事に感謝し,3年後を見越して,ある意味「責任」を持って目標を常に立て,取り組んできた。途中で,うまくいかなくて何度も悩み苦しんだり,他学年からの叱責も受けたこともあった。でも,自分の「責任」をあやふやにはしなかった。自分の目標は,常に決めていた。だから,時には,新しく加わった人との摩擦もあった。しかし,確固たる目標は揺るぐことはなかった。
今,自分は,この「責任」という言葉を考えるとき,1年生からどう育ててきたのだろう。2年生では,どう修正してきたのだろう。という事がわからない。ただただ,目の前で起こることに対処するのみである。
また,この「責任」というのは,人事を組む側にも言える。なぜ,今年は,こうしたのか。私にはわからない。中学校3年生で,5クラスの内,3クラスが新担任という状態は,正常な状態なのか。本当にそう考えたとしたら,ここまでの「責任」は,どこへ行ったのか。良いと思ってくんだ人事で,もし,失敗があるとすれば,「責任」を取るのが当然の事なんだと思う。今,私が疑問に思うことである。
今までの私が知っている例なら,転任してくる人たちは,よくわからないから,現有メンバーで組み上げ,せいぜい1クラスくらいを転任してきた人に任せるくらいではないだろうか。問題の少ない学校は,そうでなくともいいのだが・・・。
うがった考え方をすれば,「新しく転任してきた人は何も知らないからやらせとけ」と言われても仕方がない状況に思える。子どもを叱るときでも,1年から見てきた人とは全く違う。まして,問題を抱えている生徒であればなおさらである。それがわかっていないはずがない。
ならば,もっと,やることがあったんだと私は思う。一つ前の学校でも,3年生からのスタートだった。この時は,きちんとした説明を受けたし,担任についても相談がきちんとあった。私は,これが当然と考えている。だって,子どもを育てていくんだから・・・。
中には,無責任な人がいて,何ともならない生徒を「何も知らない人の方がお互い良いから」なんて言う人がいる。これは,まさしく,今まで育ててきた人たちの逃げでしかない。「責任」を感じていない一言である。
文科省 教員増を断念!を聞いて。
さて,この話題,実情を書くことで少しは,考えて頂けるとありがたい。
今,私の勤務校は,1学年5クラス。非常勤講師を除けば,担任+学年所属2人。そこで,学校は,授業中に抜け出す生徒がいるため,廊下の両端に2人。ということは,朝の学活から帰りの学活まで,職員室すら行けない。また,トイレに行くときも,お互い連絡し合って行かなくてはいけない。こんな状況の学校があるんだよな。時には,昼食も食べられない。
1人でも多くほしい。これが,願いだ。この体制ができないと,どうなるかと言えば,授業をやっている先生が,問題行動をしている生徒を指導しなければならない。と言うことは,授業は,自習となる。私も1学期だけで5回も自習にした。
これで,学校だけで大丈夫ですと胸を張って言えるだろうか。「塾で頑張ってもらえませんか」と言わないといけなくなるんじゃないか。東京のどこかの区のように,学校で塾を開くか,授業後に残って,授業をするかをしないといけない。
学力低下が問題とか言う部分もある。しかし,授業が,勝手な行動をする一部の生徒によって,きちんとできていない学校があるという事実。
こういう学校だと,何とか隠そうとするんだよな。私は,包み隠さず学区の保護者に伝えるべきだという考えを持っているが,そうしてくれた校長は,1人しかいない。
やはり後に大物校長と言われた。
ほとんどの校長は,定年まで大過なく過ごしたいと思っているのか,全く,行動に移さない。
保護者は,一度,自分の学校の授業中を見に行くと良い。結構,先生達も頑張ってやっていることを理解してもらえるような気がする。だって,席に着けと言っただけで胸ぐらをつかんで殴りかかってくるんだよ。こういう状況で先に殴って良いなら,殴っているだろう。しかし,「絶対に手を出さないで」と言われている私たちは,どうするんでしょうか。その答えもなく,ただただ,絶えろと言うことかな。
今,私の勤務校は,1学年5クラス。非常勤講師を除けば,担任+学年所属2人。そこで,学校は,授業中に抜け出す生徒がいるため,廊下の両端に2人。ということは,朝の学活から帰りの学活まで,職員室すら行けない。また,トイレに行くときも,お互い連絡し合って行かなくてはいけない。こんな状況の学校があるんだよな。時には,昼食も食べられない。
1人でも多くほしい。これが,願いだ。この体制ができないと,どうなるかと言えば,授業をやっている先生が,問題行動をしている生徒を指導しなければならない。と言うことは,授業は,自習となる。私も1学期だけで5回も自習にした。
これで,学校だけで大丈夫ですと胸を張って言えるだろうか。「塾で頑張ってもらえませんか」と言わないといけなくなるんじゃないか。東京のどこかの区のように,学校で塾を開くか,授業後に残って,授業をするかをしないといけない。
学力低下が問題とか言う部分もある。しかし,授業が,勝手な行動をする一部の生徒によって,きちんとできていない学校があるという事実。
こういう学校だと,何とか隠そうとするんだよな。私は,包み隠さず学区の保護者に伝えるべきだという考えを持っているが,そうしてくれた校長は,1人しかいない。
やはり後に大物校長と言われた。
ほとんどの校長は,定年まで大過なく過ごしたいと思っているのか,全く,行動に移さない。
保護者は,一度,自分の学校の授業中を見に行くと良い。結構,先生達も頑張ってやっていることを理解してもらえるような気がする。だって,席に着けと言っただけで胸ぐらをつかんで殴りかかってくるんだよ。こういう状況で先に殴って良いなら,殴っているだろう。しかし,「絶対に手を出さないで」と言われている私たちは,どうするんでしょうか。その答えもなく,ただただ,絶えろと言うことかな。
2008年9月2日火曜日
危機管理
どんな会社にもあるだろう生徒指導を含めた「危機管理」について,学校は,どうなっているかを考えるとき,他から聞く事との違いに唖然とする。
最もひどいのは,「危機管理マニュアルがない」というものである。今まで勤めてきた学校には,ほとんど存在していたし,それに従って,指示命令系統がはっきりしていた。だから,事件・事故が起きたときは,より迅速な対応だったと思う。
しかし,最近,すべての学校に存在しているのかという疑問を持つようになった。あるいは,存在していても全くその内容を無視した命令・指示がされている可能性がある。
今まで,マニュアル作りをしたことがある自分にとって,危機管理を誰が,どう行動するのかさえはっきりしない現実があるとすれば,いったい何のために作ってきたのか。
全く違った形で例を挙げれば,数日前の集中豪雨と同じで,避難勧告は出ていても伝わらない。伝える方法が明示されていないか,担当者の勝手な判断がある。私は,学校も同じだなと思いながら,ニュースを見ていた。名古屋市は,松原市長が,このことについてのコメントを出していた。じゃあ,学校の危機管理がうまくいかなかったら,誰が正そうとするんだろう。とても不思議に思う事である。
1つ言えることは,学校が組織的な動きをしていないと言うことでもある。どうしてそうなっているのか。考えていくべき事でもある。
最もひどいのは,「危機管理マニュアルがない」というものである。今まで勤めてきた学校には,ほとんど存在していたし,それに従って,指示命令系統がはっきりしていた。だから,事件・事故が起きたときは,より迅速な対応だったと思う。
しかし,最近,すべての学校に存在しているのかという疑問を持つようになった。あるいは,存在していても全くその内容を無視した命令・指示がされている可能性がある。
今まで,マニュアル作りをしたことがある自分にとって,危機管理を誰が,どう行動するのかさえはっきりしない現実があるとすれば,いったい何のために作ってきたのか。
全く違った形で例を挙げれば,数日前の集中豪雨と同じで,避難勧告は出ていても伝わらない。伝える方法が明示されていないか,担当者の勝手な判断がある。私は,学校も同じだなと思いながら,ニュースを見ていた。名古屋市は,松原市長が,このことについてのコメントを出していた。じゃあ,学校の危機管理がうまくいかなかったら,誰が正そうとするんだろう。とても不思議に思う事である。
1つ言えることは,学校が組織的な動きをしていないと言うことでもある。どうしてそうなっているのか。考えていくべき事でもある。
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