2011年9月15日木曜日

九九は小学校の責任で・・・

 年々「九九」ができない中学生が増えている。多いときは、クラスで5人いたりする。これは、過去にはなかったことだ。小学校には事情もあるのかも知れない。残しての指導ができないとか、他の生徒の前でやらせられないとか・・・。
 ただ、中学校になって、残して指導したり、放課中に指導したりで、九九ができるようになる。嫌な言い方をすれば、小学校の先生の怠慢ということではないか。

 中学校に入学した段階で、既に学習意欲が全くない状況を作っている小学校。責任とってよ!

子どもが廊下で遊んでいるのに「良い授業?」

 授業中に廊下で、生徒が勝手に遊んでいる。それを注意もしない(できない)。授業はどんどん進んでいく。「その子たちがいないから授業が成立し、しかもわかる授業ができる。」

 さて、私は、これには違和感がある。学校の先生は、授業が一番なんだが、これでは・・・。学校中の先生がこうなら仕方がない。何か他の方法を考える。でも、ほとんどの先生は整然と授業ができているとすると、この先生の指導は間違っていると思うが、どうも違うと思う先生もいるらしい。

 私の息子が小学生の時、土曜日の授業参観に行って驚いた。教室から勝手に出て行ってしまう。しかも低学年でない。たぶん大変なんだろう。「学級崩壊」というのか。しかし、教務主任も教室にいた。どうしても我慢できなくなって、授業後に教務主任に「これはダメでしょう」という話をしたことがある。しかし、「仕方がないんです」と言う。こういう人が教務主任で良いの?

 また、今私の学校でも小学校時に「学級崩壊」の状態だった子がいる。しかし、今、私たちはそれを許さない。なぜ、小学校は許してしまうのか。これは、個性なんてもんじゃない。「先生、授業中、後ろでずっとトランプをしていたよ」「授業中、みんなでお菓子を食べていたよ」「先生を何度も殴ったよ」と言う状態。これを中学校で本来の学校にしていく苦労はわかってもらえるだろうか。

 何か、どこかに間違いがあるように思えてならない。

歴史は繰り返す2

 前回の続きだが、今、あの当時に活躍した人たちは、校長や教頭になっていて、自分たちが前線に立つことは少ない。しかも、活躍した人の多くは、「無謀?」な頑張りをした人で、それを今の若い人にやれとは言えない立場だ。

 前にも書いたが、どうしても指導が「外見」に流れ、それがトラブルの元になったりする。この労力を子どもたちとの時間に使ったら・・・。ものすごく疲れるし、時間もかかるけど、自然に服装が良くなったり、言えばできるようになったりする。そこに気づきたい。あの当時のやんちゃな子たちの多くは、社会人として頑張っている。ダメじゃないんだ。でも、これは経験しないとわからない。若い先生たちには伝えないとわからないんだ。

 ただ、どうしようもないこともある。そこは、関係機関と連携をし、よりよい方向を見つけていくべきだろう。その線引きがどうもできていない。言うことを聞かない子がすべてダメだと思ってしまう風潮がある。危険な気がする。

 先生の中には、個性があって、強面に人はそのような指導。優しい人は優しい指導であってもよい。何でもかんでも厳しくしてやりきれる人が減ってきた今、自分の個性で、しっかり指導力をつけていかないと・・・。私は、怒るときも多いが、たぶん、それ以上に子どもと一緒に話をしている時間が長いだろう。以前、とんでもない学校で、「しようがないな、先生が言うから聞くわ」という事を何度も言われた。これが日頃の生活指導のたまものかな。

 また、若い教師に「授業研究」ばかりを優先する今の研修。違和感がある。私たちの時は、研修より、授業後の子どもたちとの会話が優先だった。確かに、授業は大切だが、授業を成立させる事はもっと大事じゃないだろうか。「研究」を一生懸命やっている人の授業が成立していない場面を見ると、いったい何のための「研修」なんだと思う。そして、こういう人の中には、管理職になってしまう人もいる。どこか間違ってないかな。

2011年9月12日月曜日

歴史は繰り返す?

 ここ数年、また、中学校内での問題行動が増えてきているように思う。新聞でも多くが報道されるようになった。私が教員になった頃、名古屋市全体で問題行動が多発し、「荒れる中学」と言われた。

 さて、当時を知っている教員も減り、また、同じ事が繰り返されようとしている。学校では、指導が形にとらわれ、子どもたちの内面を考えることがないがしろにされつつあるように思う。いわゆる「管理教育」と言われ、その問題点も多く指摘され、改善が進んだはずだった。しかし、教師も若くなり、また、時代が戻ったように思えてならない。

 私の新卒時は、警察が中学校に入ってくると言う悲惨な状態からのスタートだった。そこで学んだことがある。それは、「人間関係」だ。しかし、今「トラブルになることをあえてしていく時代」になった。そんな言い方したら・・・。学校の先生がそれだけ偉いのかと思える言動もある。私も反省しきりだが、最近、あの当時に戻った感じがする。教育委員会の人たちも、感じているんじゃないだろうか。

 だとしたら、対応できることもあるんじゃないか。それを知っているのは「50代以上の教員」である。彼らの知恵を借りるのはどうだろう。「あの道はいつか通った道」そんな毎日を送っている。