2009年6月30日火曜日

なぜ,「こそこそ」するんだろう!○○主事来校

 どうも,教育委員会の○○主事とやらが学校に来たらしい。ところが,何か秘密にしたいのか,こそこそしている。○○主事が「こそこそ」しているのではなく,校長・教頭がである。関係ある職員にヒソヒソ。言われた教師は,校長室に入っていく。

 私は,何でこんな嫌な感じで学校を訪問するのか。堂々と訪問すれば良いじゃないかと思う。私の若い頃は,ちゃんと全職員の前で挨拶し,思うことを話していたし,授業も見ていった。少ない時間でも,学校の雰囲気を感じられるだろう。そういう力のある人が○○主事になるはずだ。
 今の私の学校なら,来た以上授業を見ていかなければ,実態なんかわかるはずもない。堂々と見ていけば良いじゃないか。なぜ,「見ていってください」と言わないの?

 何か,他に理由があるんだろうか。しかし,多くの問題を抱えている学校だからこそ,○○主事の出番ではないか。それを,コソコソして・・・。こういう姿を見ると,やっぱり学校の事を考えていないんじゃないかという疑念がわいてくる。学校訪問は,教育委員会から出張で来ているはずだし,隠す意味がわからない。

 また,それを見ている教師の思いを考えたことはないんだろうな。人のひそひそ話,どう思いますか。

2009年6月25日木曜日

何となく「不公平感」

 今日,ある先生と話していた。「私は,こんな学校初めてです」と言う。年齢的には,私と変わらない。と言うことは,今までこういう「大変な学校」を経験していないとなる。

 じゃあ,私は,どうかと言えば,6校中5校までが,今と同じか少しくらい良い学校だった。これは,あまりに「不公平」ではないかと思う。落ち着いた学校に勤務する人は,いつも落ち着いている学校で,大変な学校に勤務する人は,いつも大変で・・・。給料は同じ。せめて,交互くらいにしてほしいものだ。

 毎年発表される人事異動を見ても,「この人良いな」と思う人の方が多い。だから,教師の中で,ある一定の人が,いつも大変な学校に行かされていることになる。まあ,変な話だが,次に出世を約束されているような人は,それでも良いだろう。しかし,私のように,いつも,いつも,自分の出来ることを精一杯やっている人間には,全く次へは生きてこない。だから,前から,「使い捨て教師」だと思うようになってしまった。

 どこが大変で,どこが落ち着いているのかは,教育委員会は知っている。当然,過去の勤務校も知っている。ならば,せめて「不公平感」が少しでもなくなるような工夫をするか,給料をアップすべきだと思う。勤務時間内に一度もイスに座れない状況が毎日続く学校ならば,それに見合った待遇を考えてもらいたいものだ。

 まあ,こう書いても何も変わらないことはわかっているが,残り少ない教員生活で,こういう状態で退職していくんだなと思うと,いったい自分の教員生活とは,何だったのか。研究なんてできるはずのない学校。<嘘をつけばできるだろうが・・・>毎日,生徒指導で勤務時間なんか関係なく働いた時間。最後くらいは,落ち着いた学校で,今までできなかったことをやりたいと申し出た転任希望。結果は,見事に裏切られた。これは,校長の責任なのか,教育委員会の責任なのか。

2009年6月7日日曜日

危機管理!

 学校で起きる多くの事は,それほどの危機管理を考えなくても済むことが多い。しかし,そうでないときの危機管理は,十分に考えておく必要があると思う。

 学校には,校長・教頭・教務主任・校務主任(ない場合もある)が四役として,学校の危機管理をすることになる。これを「個人の力」にだけ頼って良いだろうかという疑問がある。それぞれが,十分危機管理能力を有していればいいが,その中にそうでない人がいれば,それを補佐する必要が出てくる。
 そのために,学校は,常に状況判断をし,指示を出す人を作っておかないといけない。私は,以前から,こういう事を言ってきた。しかし,この危機管理を全員が理解し,その方法をマスターしているとは思えない。

 校長を補佐し,教頭を補佐し,教務主任を補佐する立場の教員が必要だという事は,常々感じていることだ。危機が起きたとき,ものすごく多くの事が一気に押し寄せてくる。これに一人で対応できるはずもない。だから,これは,この人。あれはこの人。というように対応をしなければならないのである。

 いつ起きるかわからない危機対応に,今すぐにでも対応できる組織でありたいものだ。

 さて,そういう思いで,京都教育大学の学生による事件の学校側の対応は,どうだったか。しばらくして,詳しくわかると思うが,大学の対応も教育委員会の対応も,危機管理能力を十分に持っていたとは思えない状況である。特に,この事件に関係した学生の親(教育委員会幹部)は,全く危機管理能力がないと言われても仕方がない状況である。そんな人が,教育委員会幹部である,京都教育委員会は,私からすれば,恥ずかしいと言わざるを得ない。

2009年6月6日土曜日

とうとう起きてしまった・・・。

 大きな事が起きてしまった。一言で言えば,大混乱。しかし,今回の事での反省点は,ものすごく多い。特に教員の動きは,2人担任制のマイナス面を露呈した。私は,学年主任の理解もあり,自由に動けたため,関係機関とのパイプ役ができた。しかし,私1人だった。
 そして,たまたま,講師の方が3人,手伝ってくれることで,問題を最小限に抑えることができた。しかし,ほとんどの教師が教室に行ってしまったのでは,教室以外の生徒,関係機関の対応,保護者への対応は,誰がするのか・・・。

 今回は,何度か,指導室の方の指示を受けることもあった。これはこれで,とても適切な指示であったと思う。この方達の助けがなかったら,もっともっと混乱をしたものと思う。確かに,混乱をしていた。ただ,過去にもこういう経験がある私からすれば,とても合格点をつけることはできない。
 1つの事だけを考えていたのでは,物事は進まない。同時に複数のことを考え,指示を出すことが大切だと思う。

 またまた今回も,教務主任は,初期段階で,的確な指示や指導をしたと思う。ただ,指示系統を1つにする必要はあるが,とても1人で対応できる状況でないとき,それに対応できる職員を責任者として任せる必要があったと思う。私について言えば,指導室の人からの指示で動けたことは,とても動きやすかった。変な言い方だが,教育委員会の人への思いが,少しは変わったような気がする。
 前任校の教頭は,大きな問題が起きたときの対応は,素晴らしかった。今は,校長として,頑張っているものと思うが,ぜひ,こういう経験を,経験のない管理職に具体的に伝えてもらいたいと思う。

 いずれにしても,今,学校は,大変な状況にあることは間違いない。今回のことをよく考え,教育委員会も巻き込んで,学校再生を果たしたい。

2009年6月4日木曜日

学校を動かすには・・・。

 今,学校は,良い方向に向いているように思う。それは,リーダー達の行動である。まだまだ,先は長いが,今日も,校長自ら廊下で指導にあたっていた。こういう姿は,他の教員へも良い影響を与える。できれば,教頭もこういう姿勢を見せれば,もっと,前に進むようにも思う。

 我が校の授業中に廊下は,一部の生徒の勝手な行動のオンパレードになっている。もう,こうなってどれくらい経つだろうか。これは,既に1年生の時から始まっていた。初期段階での指導に何らかの問題があったのかも知れない。また,リーダー達の認識がずれていたのかも知れない。現状把握の遅れが,今を作っているように思う。
 確かに昨年度の3年生は,大変な学年だった。しかし,他の学年は大丈夫だと思っていたのかも知れない。

 ところで,1年から持ち上がった人が多い今の3年生は,まあまあ落ち着いている。1年から持ち上がった人が少ない2年生は,大変になっている。また,去年の3年も半分以上の担任が入れ替わっていた。
 これは,大変だから,かえたという言い方もあるが,持ち上がるんだという強い意志と目標が教師側にあったかどうか。今の学校を見ていると,持ち上がるという事が難しい状況にある。苦労する教員がいつも同じで,そうでない教師との差が歴然としてくる。こういうやり方をすると,1年生からの立て直しが難しい。1年生で学級崩壊し,2年生で新メンバーで立て直そうとし,それでもダメなときは,新しく赴任してきたメンバーに任せる。こんな他力本願では,たまらない。

 教師は,責任を果たさないといけない。それができないのなら,自ら辞めないといけないんだろうな。厳しいけれど,そういう思いでやらないとね。子ども達との相性もあるとしても,2年連続で,同じような学年になったとしたら,私なら,とても責任を感じる。いつまでも,「生徒が悪いから仕方がない」という雰囲気では,いけなんだと思う。

2009年6月3日水曜日

魔法のフライパン!

 以前,テレビでも紹介された「魔法のフライパン」<錦見鋳造>が,やっと届いた。注文したときは,2年待ちと言うことだったが,約半年早く届いた。それでも1年半である。

 何がすごいかは,鉄でありながら,こげがつきにくいという。持ってみると,予想よりも思い感じだ。ただ,子どもの頃は,鉄のフライパンしか家になかったので,たぶん,当時は,これくらいの物を使っていたんだろう。
 知っての通り,こびりつかないフライパンは,熱の伝導に問題があると聞く。鉄は,はるかに熱の伝導性が良い。したがって,おいしい料理になる。

 まだ,使ってはいないが,長い間,待っただけのことがあると良いなと思う。

2009年6月2日火曜日

気付いているかな?

 今,大変な学年の主任は,毎日誰よりも早く,校門に立ち,生徒を指導している。しかし,その学年の先生は,彼一人である。このことに気が付いているんだろうか。少し,疑問である。

 こういう事は,実は良くある。授業中も一番多く廊下で指導をしている。それに比べると,他の職員の数は少ない。皆いろんな理由があって,できないのかも知れない。しかし,朝の校門指導は,全員ができるのではないだろうか。また,下校指導についても全く同じである。

 前にも書いたが,頑張っている職員がいて,それを手助けする職員がいて,学年が成り立っていくように思う。大変なのは,去年十分に経験したからわかるつもりだが,もう少し,頑張らないといけないかも知れない。

 今,誰もが大変な状況の中,毎日を過ごしている。これ以上を要求すると,体が壊れてしまうかも知れない。現に,去年,私は,間違いなく体を壊した。その時の疲労感は,今までに経験したことがないくらいの事だった。それでも,できることは,やったつもりである。

 今,私たちは,頑張っているこの主任を見習って,手助けをしなければ,この主任の体力も限界になってしまう。とても危惧している。今の状況の中で,たった一人でできるわけがない。

2009年6月1日月曜日

皆大変!だけど・・・。

 今,1つの学年が,去年の私たちが経験した大変な状況にある。手伝える部分はそうしていきたいと思っている。しかし,私自身の人間としての問題かも知れないが,その学年の生徒の指導をし,職員室へ戻ってくると,数人で当該学年の教師が談笑しているのをみ見ると,あまりいい気がしない。

 去年は,こういう状態で,私たち学年の職員は,全員が帰るまで,席に座れなかった。また,授業中も廊下に張り付いていた。それが,体を壊す結果にもなったのだが,自分の学年の職員がまずは,頑張らないといけないと思って頑張った。
 だから,今の状況が,どうも納得ができていない。

 帰りに門で,生徒が帰るまで指導をしている。それが終わって,門を閉めて職員室に戻ると,座っている職員。おいおい,まだ,自分たちの学年の子が,門にたまっているぞ・・・。そんな毎日である。

 ただ,今は,校長も,生徒指導に当たり始めた。とても助かる。今日も,懸命に生徒を指導していた。こういう姿を見ると,やる気が出る。これを見て,当該学年は「申し訳ない」と思わないといけない。校長が指導しているのに,自分たちは,職員室で談笑していたんではいけない。

 我が校には,素晴らしい教務主任がいる。彼を見て,私は,自分を奮い立たせるのだが,なかなか助けられるところまではいかないのが申し訳ない。私たちは,こういう人を見て,少しでも学校を良くしていこうと団結したい。その基本は,自分の学年は,自分たちで,まずは頑張る事だろう。
 1年生から,面倒を見てきた教師は,責任があるというのは,前にも書いた。ただ,我が校のように,せっかく1年からスタートしても持ち上がらない状態では,いつも,途中できた人たちに負担がかかる。ここは,給料をもらっている教師として,頑張らないと,給料泥棒になってしまう。