現在勤務している学校で思うことは,若い世代の教師が多いこと。ただ,ここで,「育てられていない」と感じる。誰が,それを怠ってきたのか・・・。
私が,教師になった頃は,多くの先輩教師から,いろんな事を教えてもらった。当然,4年目くらいからは,先頭に立ってやる仕事も多くあった。だから,30歳も超えれば,一人前の教師として,自信を持って人の前に立って,学校を引っ張ってきたと自負している。
しかし,今,30歳を超えた教師達を見ると,多くの教師は,人を引っ張っていると感じる人は非常に少ない。これは,この教師達の先輩達が,「教師として育てる」事を怠った結果だと思う。今,自分は,すでに50歳を超え,自分の感覚から言えば,30代40代の教師達の手伝いをしながら,アドバイスができる立場だと思っている。いつまでも,私のような年代が全面に立てば,若い世代の教師は,育つはずがない。
今,学校の若い教師は,優秀だ。誤解を受ける言葉だが,私たちの若い頃は,ユニークな教師がいた。しかし,そこから学ぶものがあった。個性である。しかし,今,どこを見ても同じように見える。自分の年齢もあるだろうが,教育委員会の採用・採用されてからの研修・現場での育て方のいずれかに問題点があると思う。
指示待ち人間が増えた。人を引っ張る力を持った人が減った。いや,育てなかった。例は違うが,担任を持つと,クラスのリーダーを育てていく。しかし,今の学校には,リーダーを育てる力がない。研究をすることが一番だと思っていないだろうか。研究論文を懸命に書く若い教師を見て,私は,順番が違うと思う。まずは,子ども達の指導が先じゃないか。論文をああだこうだと集まってやっている時間があるなら,子ども達と一緒に行動してほしい。
これは,彼らが悪いんじゃなくて,そうさせている先輩教師の問題である。研究に逃げるなと言いたい。ただ,これを書かないと出世はしないけど・・・。
でも,両立させて出世している人もいる。私は,こういう人は認めている。ただ,多く見積もっても,今までであった上司で,両立した人は,半分くらいしかいない。
今書いていて思い出すのは,2人の校長である。その日,研究会があった。しかし,学校で問題が起きた。私が今でも尊敬している校長は,「研究会より学校」と,電話で欠席を連絡してくれた。もう一人は,全く逆で「研究会に行け」と言った。指導の当事者だったにも関わらずである。案の定,後者の校長の時の学校は,まさに荒れ放題であった。たぶん,自分がそういう生き方をしてきたんだろう。
しかし,前者の校長は,校長会でも役職がある立派な校長だった。「自分の学校」をどうするのかをしっかり考えて決断するのが校長なんだと思う。
2009年2月27日金曜日
「立て直し!」には,計画が必要だ!
荒れた学校の建て直しは,1年でスムースにいく場合もあるが,多くの場合,難しい。しかし,焦る教師集団は,すぐに答えを出そうとする。それが,「見た目」である。子ども達の「心の中」を見ずに,型にはめようと懸命になる。これは,成功することもあるが,めったにない。
我が校は,今,その焦りの中にある。それは,以前は,落ち着いていたという思いだろう。だから,できるはずだと・・・。しかし,子ども達や保護者が変わっていることに気付こうとしていない。
数年かけた計画が必要な状況にも関わらず,強引に事を進めるには,それだけの教師集団の体力が必要だが,残念ながら我が校には,その力はない。
だから,子ども達は,今「なぜ,今年から厳しくなったのか。」そして,「去年何も言わなかったのに,今年はいうのか」という教師集団に対する不信感が渦巻いている。しかも,ごく普通の生徒でもそういう状態である。「言えない集団」が,他の教師に言わせるような状況に陥っている。それに気付いていない。
去年の負の遺産をそのままにして,今年だけはという気持ちはあるだろうが,もはや,2年生で崩壊している学年に対して行うのは,無理がある。
百歩譲ってできるとすれば,腕力のある教師集団しかない。今,半分以上が女性の先生なのに,力で押さえ込むことは,難しい。また,数人の腕力のある教師集団があったとしても,正当防衛でも手を出すなと言う方針がある以上,全く不可能な事である。絵に描いた餅とは,まさに,我が校の状況である。非常に,残念というか,悲しい。
我が校は,今,その焦りの中にある。それは,以前は,落ち着いていたという思いだろう。だから,できるはずだと・・・。しかし,子ども達や保護者が変わっていることに気付こうとしていない。
数年かけた計画が必要な状況にも関わらず,強引に事を進めるには,それだけの教師集団の体力が必要だが,残念ながら我が校には,その力はない。
だから,子ども達は,今「なぜ,今年から厳しくなったのか。」そして,「去年何も言わなかったのに,今年はいうのか」という教師集団に対する不信感が渦巻いている。しかも,ごく普通の生徒でもそういう状態である。「言えない集団」が,他の教師に言わせるような状況に陥っている。それに気付いていない。
去年の負の遺産をそのままにして,今年だけはという気持ちはあるだろうが,もはや,2年生で崩壊している学年に対して行うのは,無理がある。
百歩譲ってできるとすれば,腕力のある教師集団しかない。今,半分以上が女性の先生なのに,力で押さえ込むことは,難しい。また,数人の腕力のある教師集団があったとしても,正当防衛でも手を出すなと言う方針がある以上,全く不可能な事である。絵に描いた餅とは,まさに,我が校の状況である。非常に,残念というか,悲しい。
2009年2月26日木曜日
実態とのずれ!
生徒の実態を把握できていない例として,いまだに思い出すことがある。それは,荒れた学校で花壇を作り,花を植えた。そして「こういう物を見れば,彼らも心が変化する」と言った。翌日,花壇の花は,すべて折られて無惨な姿となっていた。
私は,この考え方は,間違っていないと思う。しかし,すでに,この感覚をなくした状態の子ども達であるという「実態把握」ができていなかったのである。その時,私たち周りの教師は,こうなると予想した。人の上に立つリーダーは,実態を把握し,何が良いのかを見る,先見性を必要としているんだと思う。それがないから,対処療法のような指導になり,組織として機能しないんじゃないかと思う。
私は,この考え方は,間違っていないと思う。しかし,すでに,この感覚をなくした状態の子ども達であるという「実態把握」ができていなかったのである。その時,私たち周りの教師は,こうなると予想した。人の上に立つリーダーは,実態を把握し,何が良いのかを見る,先見性を必要としているんだと思う。それがないから,対処療法のような指導になり,組織として機能しないんじゃないかと思う。
今日も大変だった!
授業中に廊下を走り回る生徒。注意する教師にくってかかる生徒。挙げ句の果てに,注意に腹を立ててガラスを割る生徒。
びっくりする人もいるかも知れないが,これが,私の勤めている学校の日常である。これは,中学校の1年から3年まで,多かれ少なかれ起きている。こんな学校に,義務教育だからと言って通わせる親は,どう思うだろうか。
しかし,以前にも書いたように,毎日,本当に,何もなかったように過ぎている。私のクラスの子は,「本当に,困りますよね」という。私も「悪いな。こんな学校で・・・」と言う。ただ,「先生は,頑張っているから・・・」と言い返してくれるたので,本当に嬉しかった。
いつも書くが,どこに問題があるのか。あまりに「形」「見た目」にとらわれすぎている生徒指導。まずやるべき事は,何かがずれている集団。それに気付いているのか,気付かないふりをしているのか。はたまた,今のやり方が正しいと思っているのか。私には,わからない。だって,リーダーの意思表示がない。
私も30年近く勤務し,いろんなやり方を経験した。今,思っていることが100%正しいとは思っていない。どんなやり方が良いのかを探している。しかし,1年経った今も,その答えが出せない。それは,今までの経験からはずれているのだろう。今の学校より,大変な学校にも勤務したことは多い。警察が校内にまで入ってきたこともある。
しかし,今の学校の問題点だろうという部分はあるのだが,それに賛同する人はいない。と言うか,聞かれることもない。もともと極論を持っている私だから,敬遠されているとは思うが・・・。
今,懐かしく思い出すのは,本当に荒れた状態の学校から,立て直しをしていった先輩達。あの仲間達で立て直していった。いつもそれについての話をしあった。今は,ほとんどが,校長となっている。たぶん,その学校は,私が今,思っているようなことはないだろう。もっと,こういう経験を,全く経験をしたことがない校長や,矢面に立ったことのない校長にアドバイスをしてあげてほしい。ひょっとして,困っているのかも知れないから・・・。
びっくりする人もいるかも知れないが,これが,私の勤めている学校の日常である。これは,中学校の1年から3年まで,多かれ少なかれ起きている。こんな学校に,義務教育だからと言って通わせる親は,どう思うだろうか。
しかし,以前にも書いたように,毎日,本当に,何もなかったように過ぎている。私のクラスの子は,「本当に,困りますよね」という。私も「悪いな。こんな学校で・・・」と言う。ただ,「先生は,頑張っているから・・・」と言い返してくれるたので,本当に嬉しかった。
いつも書くが,どこに問題があるのか。あまりに「形」「見た目」にとらわれすぎている生徒指導。まずやるべき事は,何かがずれている集団。それに気付いているのか,気付かないふりをしているのか。はたまた,今のやり方が正しいと思っているのか。私には,わからない。だって,リーダーの意思表示がない。
私も30年近く勤務し,いろんなやり方を経験した。今,思っていることが100%正しいとは思っていない。どんなやり方が良いのかを探している。しかし,1年経った今も,その答えが出せない。それは,今までの経験からはずれているのだろう。今の学校より,大変な学校にも勤務したことは多い。警察が校内にまで入ってきたこともある。
しかし,今の学校の問題点だろうという部分はあるのだが,それに賛同する人はいない。と言うか,聞かれることもない。もともと極論を持っている私だから,敬遠されているとは思うが・・・。
今,懐かしく思い出すのは,本当に荒れた状態の学校から,立て直しをしていった先輩達。あの仲間達で立て直していった。いつもそれについての話をしあった。今は,ほとんどが,校長となっている。たぶん,その学校は,私が今,思っているようなことはないだろう。もっと,こういう経験を,全く経験をしたことがない校長や,矢面に立ったことのない校長にアドバイスをしてあげてほしい。ひょっとして,困っているのかも知れないから・・・。
2009年2月25日水曜日
なぜ?全く理解できない!
今日,ある先生が生徒から暴力をふるわれた。殴られたんである。しかし,学校は,全くいつもと変わらない。何事もなかったかのように過ぎている。なぜ?
私は,ある先生から聞くまで,こういう事が起きたことさえ知らない。たぶん,その先生が教えてくれなかったら,全く知らずにいただろう。
私は,こういう事が何回も起きていて,今年一年,納得できる対応を一度も見ていない。と言っても私が考える対応ではあるが・・・。
「問題には毅然として対応しましょう」と言う。言葉で言うことは,誰でも言える。これを実行するのは難しい。しかし,毅然として対応というのは,対教師暴力に毅然として対応していくことではないのかと思う。だから,文章に書いた「基本方針」は,嫌いだ。できないことを書き綴って意味があるんだろうか。それを毎回読んで意味があるんだろうか。
この学校に来て,体を壊した。あまりにひどい組織だと感じた。と言うか,組織として機能していないとも思った。私は学校を考えたとき,まずは,「情報の共有」が一番だと思っている。それは,決して全員を集めてと言う意味ではない。例えば,主任会でも良い。そこから,今の状況を全員が理解できるようにすればいい。
最近,反省会があったが,今の自分の体調から,元々「有言実行」を信条に生きてきた私は,黙っているしかなかったが,今年一年の総括をすべきではなかったのか。何が彼らをあのような状況にしてしまったのか。私たちには,何が足りなかったのか。校長からの言明はなかった。
ご苦労さんと,それぞれの人が頑張っていてもダメなときがある。それが,今なんだと言うこと。組織的に動かないといけない状況だという把握はされないんだろうか。それぞれの教員の持っている良い部分をどう使って,子ども達を指導していくのか。全く見えない。
先生個人の力だけで動かせる学校ではないんです。組織の力で動かさないといけないんです。駒がない以上ある駒で戦うしかないんです。
リーダーが逃げているなと感じるのは,以前にも書いたように,荒れた学年を3年生で新たに転任してきた教員に任せたこと。5分の3が新担任。こんな事をすると言うことは,その個人の力に頼ろうとしたんじゃないのか。百歩譲ってそれだったとしたら,その職員の意見を聞いたかと言うことである。今まで通りのやり方を強いて,「頑張ってください」では,何ができると言うんだろう。
たぶん,来年度も同じ事の繰り返しだなと思う。変えようという意志が伝わってこない。今の学校は,私を含めて総入れ替えが必要なくらい,組織としての機能を失っている。こういう学校に自分の子どもを通わせたくはない。
今年,何人の先生が殴られたんだろう。何回殴られたんだろう。小さな事も含めたら,毎日1回という状況である。1つだけ書いておくが,以前勤めていた学校の校長・教頭は,生徒が手を出したとき,自ら保護者に話をし,厳しく指導した。同じ子が,何度も暴力をふるっているという事実もある。それでも,当事者指導なのか。私には疑問である。今年,対教師暴力で,私は,何度保護者と話をしただろう。でも,そこには,私一人の時もあった。
私は,ある先生から聞くまで,こういう事が起きたことさえ知らない。たぶん,その先生が教えてくれなかったら,全く知らずにいただろう。
私は,こういう事が何回も起きていて,今年一年,納得できる対応を一度も見ていない。と言っても私が考える対応ではあるが・・・。
「問題には毅然として対応しましょう」と言う。言葉で言うことは,誰でも言える。これを実行するのは難しい。しかし,毅然として対応というのは,対教師暴力に毅然として対応していくことではないのかと思う。だから,文章に書いた「基本方針」は,嫌いだ。できないことを書き綴って意味があるんだろうか。それを毎回読んで意味があるんだろうか。
この学校に来て,体を壊した。あまりにひどい組織だと感じた。と言うか,組織として機能していないとも思った。私は学校を考えたとき,まずは,「情報の共有」が一番だと思っている。それは,決して全員を集めてと言う意味ではない。例えば,主任会でも良い。そこから,今の状況を全員が理解できるようにすればいい。
最近,反省会があったが,今の自分の体調から,元々「有言実行」を信条に生きてきた私は,黙っているしかなかったが,今年一年の総括をすべきではなかったのか。何が彼らをあのような状況にしてしまったのか。私たちには,何が足りなかったのか。校長からの言明はなかった。
ご苦労さんと,それぞれの人が頑張っていてもダメなときがある。それが,今なんだと言うこと。組織的に動かないといけない状況だという把握はされないんだろうか。それぞれの教員の持っている良い部分をどう使って,子ども達を指導していくのか。全く見えない。
先生個人の力だけで動かせる学校ではないんです。組織の力で動かさないといけないんです。駒がない以上ある駒で戦うしかないんです。
リーダーが逃げているなと感じるのは,以前にも書いたように,荒れた学年を3年生で新たに転任してきた教員に任せたこと。5分の3が新担任。こんな事をすると言うことは,その個人の力に頼ろうとしたんじゃないのか。百歩譲ってそれだったとしたら,その職員の意見を聞いたかと言うことである。今まで通りのやり方を強いて,「頑張ってください」では,何ができると言うんだろう。
たぶん,来年度も同じ事の繰り返しだなと思う。変えようという意志が伝わってこない。今の学校は,私を含めて総入れ替えが必要なくらい,組織としての機能を失っている。こういう学校に自分の子どもを通わせたくはない。
今年,何人の先生が殴られたんだろう。何回殴られたんだろう。小さな事も含めたら,毎日1回という状況である。1つだけ書いておくが,以前勤めていた学校の校長・教頭は,生徒が手を出したとき,自ら保護者に話をし,厳しく指導した。同じ子が,何度も暴力をふるっているという事実もある。それでも,当事者指導なのか。私には疑問である。今年,対教師暴力で,私は,何度保護者と話をしただろう。でも,そこには,私一人の時もあった。
2009年2月14日土曜日
2009年2月11日水曜日
今年も,「メジロ」がやってきた。
ここ数年,我が家の小さな庭に「メジロ」が数羽やってきていた。今日,朝,何気なく見ると,今年も「メジロ」が庭に来ていた。
植えてある「梅の木」が目当てなんだろうか。もうすぐ咲きそうな状態だが,まだ,つぼみの状態である。それを確認しに来ているんだろうか。
いずれにしても,毎年,こうやって,来てくれることは,何となく,嬉しくなる。今年は,いい年になってほしいなと切に思う。
植えてある「梅の木」が目当てなんだろうか。もうすぐ咲きそうな状態だが,まだ,つぼみの状態である。それを確認しに来ているんだろうか。
いずれにしても,毎年,こうやって,来てくれることは,何となく,嬉しくなる。今年は,いい年になってほしいなと切に思う。
2009年2月6日金曜日
私が校長不信になった理由!
私は,このブログでも校長に批判的なことを書くが,私が校長不信になったのには理由がある。それは,今でも忘れないが,今で言う「モンスターペアレント」がいて,私と話し合いをした。そこで,「校長を出せ!」と言って聞かない状況になってきた。
それを伝えたら,今まで,出張黒板には,何も書いていなかったのに,突然「事務連絡」という理由で,学校から出て行った。本当だったかどうかまでは確かめなかったが,こういう事が一度や二度ではなく,数え切れないほどだった。
また,ある校長は,今で言う個人情報について,何度言ってもわかってくれず,自分で対応するのではなく,教頭を使って「まあ,まあ,良いじゃないか」という事を伝えてきた。正しいことを言っているのに「まあ,まあ」はない。常に核心部分で逃げるのは,先ほど書いた校長と同じである。
まだまだある。学年人事の時,多くの人に「嘘」を言って,納得させた。それは,すぐにばれた。その場さえ過ぎればいいと言うようないい加減な発想だった。30年近い教員生活で,始業式に担任発表ができないという異常事態が起きた。
書ききれないほどあるが,私が校長不信になった理由のいくつかを書いてみた。
それを伝えたら,今まで,出張黒板には,何も書いていなかったのに,突然「事務連絡」という理由で,学校から出て行った。本当だったかどうかまでは確かめなかったが,こういう事が一度や二度ではなく,数え切れないほどだった。
また,ある校長は,今で言う個人情報について,何度言ってもわかってくれず,自分で対応するのではなく,教頭を使って「まあ,まあ,良いじゃないか」という事を伝えてきた。正しいことを言っているのに「まあ,まあ」はない。常に核心部分で逃げるのは,先ほど書いた校長と同じである。
まだまだある。学年人事の時,多くの人に「嘘」を言って,納得させた。それは,すぐにばれた。その場さえ過ぎればいいと言うようないい加減な発想だった。30年近い教員生活で,始業式に担任発表ができないという異常事態が起きた。
書ききれないほどあるが,私が校長不信になった理由のいくつかを書いてみた。
ダメ教師と言われて・・・
自分としては,頑張っているつもりだが,「何もしない教師」と言われ,落ち込んでいる。それを聞いていた校長からも,何の声かけもない。肯定したわけだ。
4月に転任し,どれだけの苦痛を味わって,今日まで来たか。朝,教室に入らない。注意をすればくってかかってくる。つかみ合いになる。こんな毎日の中,とうとう体調を崩した。しかし,教頭から,再三の電話で,迷惑をかけられないと,最小限(数週間)の休みで復帰した。
言葉では,「ゆっくり,休みながら・・・」と言いながら,どれだけのフォローをしてくれたか。どんなに体調が良くない日でも,無理に無理を重ねて仕事をした。身近にいる先生から「大丈夫?」と何度も声をかけられた。しかし,管理職からの言葉は,ないにひとしかった。まあ,「ダメ教師」という事だろう。
今,自分のクラスの手のかかる子の状態を知っているだろうか。4月,教室に入らなかった状態はなく,注意にくってかかってくることもなく,私が行けば,言うことも聞くようになっている状態。それすら,把握していない校長・教頭。こんな悲しいことはない。何のために,体調の悪いのを押してまで,頑張ってきた1年だったのか。今は,休職すべきだったと思っている。
家に帰って,すぐに横になる毎日。学校では,特に生徒の前では,体調の悪い姿を見せないように死にものぐるいで頑張ったのだが・・・。 何度,皆から見えない部屋で,倒れていたか。 ほとほと嫌になった。
自分を評価しない学校に勤務しても楽しくない。ただ,子ども達は,わかってくれるはずだともう少し頑張ろうと思う。その後は,評価してくれる人のもとで働こう。今までは,評価してくれた人の方が多かったのだから・・・。これほど,評価されない悲しさを感じた年はなかった。子どもでも大人でも,評価されないというのは,悲しい。
4月からは,自らの方法で指導はできない。この学校の指導に従うことになる。我が道を歩いてきた私には,辛いが,そういう評価なら仕方がない。
4月に転任し,どれだけの苦痛を味わって,今日まで来たか。朝,教室に入らない。注意をすればくってかかってくる。つかみ合いになる。こんな毎日の中,とうとう体調を崩した。しかし,教頭から,再三の電話で,迷惑をかけられないと,最小限(数週間)の休みで復帰した。
言葉では,「ゆっくり,休みながら・・・」と言いながら,どれだけのフォローをしてくれたか。どんなに体調が良くない日でも,無理に無理を重ねて仕事をした。身近にいる先生から「大丈夫?」と何度も声をかけられた。しかし,管理職からの言葉は,ないにひとしかった。まあ,「ダメ教師」という事だろう。
今,自分のクラスの手のかかる子の状態を知っているだろうか。4月,教室に入らなかった状態はなく,注意にくってかかってくることもなく,私が行けば,言うことも聞くようになっている状態。それすら,把握していない校長・教頭。こんな悲しいことはない。何のために,体調の悪いのを押してまで,頑張ってきた1年だったのか。今は,休職すべきだったと思っている。
家に帰って,すぐに横になる毎日。学校では,特に生徒の前では,体調の悪い姿を見せないように死にものぐるいで頑張ったのだが・・・。 何度,皆から見えない部屋で,倒れていたか。 ほとほと嫌になった。
自分を評価しない学校に勤務しても楽しくない。ただ,子ども達は,わかってくれるはずだともう少し頑張ろうと思う。その後は,評価してくれる人のもとで働こう。今までは,評価してくれた人の方が多かったのだから・・・。これほど,評価されない悲しさを感じた年はなかった。子どもでも大人でも,評価されないというのは,悲しい。
4月からは,自らの方法で指導はできない。この学校の指導に従うことになる。我が道を歩いてきた私には,辛いが,そういう評価なら仕方がない。
2009年2月5日木曜日
なぜ,指導をしないんだろうか?
ある会議で,発言内容が「?」という部分があった。そこには,校長もいたが,その発言に対して注意もしなかった。
私たちが若い頃は,もし,こういう場面があると,校長か教頭から指導を受けた。私は,特に教頭から指導を受けた。今思えば,とてもありがたい助言であったと思う。また,歳を重ねるに連れて,あからさまな指導と言うことは少なくなったが,私の発言に「問題あり」と判断した校長や教頭は,すぐに読んで私の真意やその影響についての話をされた。
去年までは,そうだった。特に去年まで勤めていた学校の教頭は,そういう能力にたけていた。ある意味,尊敬に値するリーダーだった。私の方が年上になるため,相当気を使っていたとは思うが,私は,十分な指導を受けたと理解している。さかのぼれば,どの学校にもそういう人がいた。
思い出せば,初任校では,教頭。「おまえ,辞めろ」とまで言われた。2校目は,校長,「自分の考えだけが正しいと思うな。もっと,周りを見ろ。自分の思うようにやるには,思うように動く仲間を作れ!」と言われた。3校目は,「先を見すぎ,今をもっと考えるべきだ。」と言われた。4校目は,教頭が行動で示した。保護者を叱りつける行動でね。5校目は,さっき書いた,去年までいた学校の教頭だった。
こうして書いてみると,意外に幸せだったのかも知れない。必ず,その学校で,自分の事を考えていてくれた管理職がいた。
今の若い教師達は,こんな思いをしているだろうか。私は,不安である。今日は,それを強く感じたのである。「声の大きい人,強引な人」が大手を振って進んでいくことを阻止できない状況では,先は暗い。
また,今日,とんでもないことを聞いた。教師と生徒がトラブルになったとき,間近にいて,それを制止しなかった管理職がいたというのだ。多くの,特に女性の先生方は,その姿に唖然としたと聞いた。もし,意図的に止めなかったとしたら,もはや,「人」としての問題になってくる。または,自分は,目の前で何が起きても「偉い」んだから,見ているだけで良い。そうなんだろうか?
学校管理者として,生徒を守るのは当然だ。それと同じくらい教師を守る責任があるんじゃないだろうか。前にも書いたが,もう20年以上前,若くして亡くなった当時教頭がいた。校内暴力吹き荒れる時代,「私は,職員を守る義務もあるんです。」と新聞にコメントした。この言葉に,私たちは,どれだけ勇気づけられたか。これぞ,学校管理者だと思った。こういう人のもとで働きたい。20年以上経った今でもその名前をはっきり覚えている。一緒に働いたこともないひとであったのに・・・。「☆田 ☆一」という人だったな。
私たちが若い頃は,もし,こういう場面があると,校長か教頭から指導を受けた。私は,特に教頭から指導を受けた。今思えば,とてもありがたい助言であったと思う。また,歳を重ねるに連れて,あからさまな指導と言うことは少なくなったが,私の発言に「問題あり」と判断した校長や教頭は,すぐに読んで私の真意やその影響についての話をされた。
去年までは,そうだった。特に去年まで勤めていた学校の教頭は,そういう能力にたけていた。ある意味,尊敬に値するリーダーだった。私の方が年上になるため,相当気を使っていたとは思うが,私は,十分な指導を受けたと理解している。さかのぼれば,どの学校にもそういう人がいた。
思い出せば,初任校では,教頭。「おまえ,辞めろ」とまで言われた。2校目は,校長,「自分の考えだけが正しいと思うな。もっと,周りを見ろ。自分の思うようにやるには,思うように動く仲間を作れ!」と言われた。3校目は,「先を見すぎ,今をもっと考えるべきだ。」と言われた。4校目は,教頭が行動で示した。保護者を叱りつける行動でね。5校目は,さっき書いた,去年までいた学校の教頭だった。
こうして書いてみると,意外に幸せだったのかも知れない。必ず,その学校で,自分の事を考えていてくれた管理職がいた。
今の若い教師達は,こんな思いをしているだろうか。私は,不安である。今日は,それを強く感じたのである。「声の大きい人,強引な人」が大手を振って進んでいくことを阻止できない状況では,先は暗い。
また,今日,とんでもないことを聞いた。教師と生徒がトラブルになったとき,間近にいて,それを制止しなかった管理職がいたというのだ。多くの,特に女性の先生方は,その姿に唖然としたと聞いた。もし,意図的に止めなかったとしたら,もはや,「人」としての問題になってくる。または,自分は,目の前で何が起きても「偉い」んだから,見ているだけで良い。そうなんだろうか?
学校管理者として,生徒を守るのは当然だ。それと同じくらい教師を守る責任があるんじゃないだろうか。前にも書いたが,もう20年以上前,若くして亡くなった当時教頭がいた。校内暴力吹き荒れる時代,「私は,職員を守る義務もあるんです。」と新聞にコメントした。この言葉に,私たちは,どれだけ勇気づけられたか。これぞ,学校管理者だと思った。こういう人のもとで働きたい。20年以上経った今でもその名前をはっきり覚えている。一緒に働いたこともないひとであったのに・・・。「☆田 ☆一」という人だったな。
2009年2月4日水曜日
職員の和!
子ども達を指導するとき,同じ気持ち,同じ目線で指導できると良いなと思う。しかし,現実は,「あの人の指導がどうの」「この人の指導は甘い」等々。
結果として,子ども達は,その雰囲気を察知する。職員が一致団結していれば,例え,問題が起きても最小限の指導ですむ。しかし,その逆だと,自信がない教師は,決断を出ずに話をし,自信を持っている教師は,自分のペースで指導をする。そこに大きな落とし穴がある。
それは,その場は解決したかのように思えるが,この微妙なずれが,後になって,恐ろしく大きな差となる。子ども達は,その差をうまくついてきて,教師達を戸惑わせる。
だから,職員の人事というのは,とても大事なことである。私も過去,とんでもない人事を経験し,また,前代未聞の結果を生んだ経験がある。もし,人事が難しいなら,「職員の和」が,つながっていくように教師達を指導助言するのが,仕事の人が誰なのか。その責務が明確になっていない学校は,生徒が荒れたときに,真っ先にそのほころびが出てくる。
「あの人は,できる人だ」「あの人はできない」だけしか考えていない人事。これでは,誰でもできる。学校として,何が良いのかを考えた人事が必要である。口悪く言えば,「あいつにやらせればいい」という考え。私は,この考えには,猛反対をする。誰が範を見せるかである。それを見せずして,無理な要求は,全く理解できない。
こういう人は,一度,ワタミの社長に指導を受けてくると,少しは,今私が書いたことがわかるかも知れないかな。
結果として,子ども達は,その雰囲気を察知する。職員が一致団結していれば,例え,問題が起きても最小限の指導ですむ。しかし,その逆だと,自信がない教師は,決断を出ずに話をし,自信を持っている教師は,自分のペースで指導をする。そこに大きな落とし穴がある。
それは,その場は解決したかのように思えるが,この微妙なずれが,後になって,恐ろしく大きな差となる。子ども達は,その差をうまくついてきて,教師達を戸惑わせる。
だから,職員の人事というのは,とても大事なことである。私も過去,とんでもない人事を経験し,また,前代未聞の結果を生んだ経験がある。もし,人事が難しいなら,「職員の和」が,つながっていくように教師達を指導助言するのが,仕事の人が誰なのか。その責務が明確になっていない学校は,生徒が荒れたときに,真っ先にそのほころびが出てくる。
「あの人は,できる人だ」「あの人はできない」だけしか考えていない人事。これでは,誰でもできる。学校として,何が良いのかを考えた人事が必要である。口悪く言えば,「あいつにやらせればいい」という考え。私は,この考えには,猛反対をする。誰が範を見せるかである。それを見せずして,無理な要求は,全く理解できない。
こういう人は,一度,ワタミの社長に指導を受けてくると,少しは,今私が書いたことがわかるかも知れないかな。
2009年2月2日月曜日
人間関係の崩れ方・・・
今,私は,教師と生徒の「人間関係の崩れ方」について考えている。中学校の場合,1年生から,教師と生徒との関係ができていくのであるが,それがうまくいかなくなるには,それなりの理由があるのかも知れない。
なぜ,ここまで,人間関係が崩れてしまったのかという理由探しは,やるべきだろうか。今年転任してきた私には過去2年間はわからない。ただ,崩れていると感じる場面に多く出くわす。子どもという視点で見ると,子どもは失敗をする。それを二度としないようにする。これは,当たり前である。
しかし,三度目に同じ過ちをしたときにどう対応するのか。私は,まだまだ若い頃,強く注意した生徒と人間関係が作れなくなったことがある。それは,「何で,同じ事を何度もするんだ。いい加減にしろ。」という思いだけで指導したからだろう。先輩の先生に「子どもは裏切るものだよ。あきらめてどうする。」と言われたのを覚えている。
確かに何度も何度も裏切られると,本当に嫌になる。ただ,相手は,自分の生徒である。少しでも改善させてあげることが,私たちの仕事なのかも知れない。これは,教師の人間性にもよる。
何をどうしていけばよいのか。人間関係が崩れた生徒との関係をどう再構築していくのか。難しいが,取り組んでいかなければならない。若い世代の教師達に,これをわかれといっても難しいだろうな。私もそうであったから・・・。
相手の生徒が「極悪非道」でない限り・・・。
なぜ,ここまで,人間関係が崩れてしまったのかという理由探しは,やるべきだろうか。今年転任してきた私には過去2年間はわからない。ただ,崩れていると感じる場面に多く出くわす。子どもという視点で見ると,子どもは失敗をする。それを二度としないようにする。これは,当たり前である。
しかし,三度目に同じ過ちをしたときにどう対応するのか。私は,まだまだ若い頃,強く注意した生徒と人間関係が作れなくなったことがある。それは,「何で,同じ事を何度もするんだ。いい加減にしろ。」という思いだけで指導したからだろう。先輩の先生に「子どもは裏切るものだよ。あきらめてどうする。」と言われたのを覚えている。
確かに何度も何度も裏切られると,本当に嫌になる。ただ,相手は,自分の生徒である。少しでも改善させてあげることが,私たちの仕事なのかも知れない。これは,教師の人間性にもよる。
何をどうしていけばよいのか。人間関係が崩れた生徒との関係をどう再構築していくのか。難しいが,取り組んでいかなければならない。若い世代の教師達に,これをわかれといっても難しいだろうな。私もそうであったから・・・。
相手の生徒が「極悪非道」でない限り・・・。
2009年2月1日日曜日
上が変われば,学校は変わる!
30年近い教員生活で感じたのは,「上が変われば,学校は変わる!」と言うことである。これは,校長自身が他の人になるという意味もあるが,そうではなくて,校長が「やる気」になって,必死に頑張れば変わるという意味でもある。
今まで,いろんな校長を見てきた。人を見る目があるとは言い切れないが,私が,今でも尊敬している人が校長時代の学校は,必ず「良い方向」に向かっていった。しかし,「なんだ,この校長は!」という人の時には,残念ながら,どんどん悪い方向に向かっていった。
この差は大きい。その人の「力量」にも関わる事だ。しかし,校長として赴任して,どういう学校にしたいかが語れない。あるいは,どこかの本に載っているようなことしか言えない人では,話にならない。私が尊敬している人は,とにかく,私たちと同じ目線になって,生徒と向き合った。その学校は,今は,また「問題を多く抱えた学校の1つ」になっているが,その校長が赴任して3年間で,信じられないほど「問題が少ない学校」になった。
しかし,その人が,転任してからまた元に戻ってしまった。現実的に言えば,校長によって学校は変わってしまうと言うことだ。当然,私たち教師の責任がないとは言わない。でも,教師がさほど変わっていないのに,荒れた学校になってしまったのは,「流れ」が変わったからである。それは,とても小さな事から始まる。今までは,「こうだった」という部分に対して「違う」という指導が入る。やることやることに「違う」と言われてしまう。組織としての機能不全に陥ってしまった。
教育委員会は,本当にもっと,「リーダーとしての資質」や「リーダーとしての役割」を指導してもらいたい。ただ,厳しい言い方をすると,教育委員会にいた人で,疑問に感じる人がいたのもある。まあ,たまたま私と合わなかったのかも知れないのだが・・・。
今まで,いろんな校長を見てきた。人を見る目があるとは言い切れないが,私が,今でも尊敬している人が校長時代の学校は,必ず「良い方向」に向かっていった。しかし,「なんだ,この校長は!」という人の時には,残念ながら,どんどん悪い方向に向かっていった。
この差は大きい。その人の「力量」にも関わる事だ。しかし,校長として赴任して,どういう学校にしたいかが語れない。あるいは,どこかの本に載っているようなことしか言えない人では,話にならない。私が尊敬している人は,とにかく,私たちと同じ目線になって,生徒と向き合った。その学校は,今は,また「問題を多く抱えた学校の1つ」になっているが,その校長が赴任して3年間で,信じられないほど「問題が少ない学校」になった。
しかし,その人が,転任してからまた元に戻ってしまった。現実的に言えば,校長によって学校は変わってしまうと言うことだ。当然,私たち教師の責任がないとは言わない。でも,教師がさほど変わっていないのに,荒れた学校になってしまったのは,「流れ」が変わったからである。それは,とても小さな事から始まる。今までは,「こうだった」という部分に対して「違う」という指導が入る。やることやることに「違う」と言われてしまう。組織としての機能不全に陥ってしまった。
教育委員会は,本当にもっと,「リーダーとしての資質」や「リーダーとしての役割」を指導してもらいたい。ただ,厳しい言い方をすると,教育委員会にいた人で,疑問に感じる人がいたのもある。まあ,たまたま私と合わなかったのかも知れないのだが・・・。
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