「保護者会」に来いと言うなら「託児所」を用意しろ!という私からすると無理難題を言う保護者がいる。「託児所」がないなら行かない!
最近,こういう「?」と思う要求をする保護者が一部だが出てきた。「権利意識」というんだろうか。しかし,無理なことは無理だ。私たち公務員に対してなら「何を言っても」「どんな言葉遣い」でも良いと思うのか,明らかに暴言に近いこともある。
そういうことがあって,子ども達を見ると,「大人を大人とも思わない子ども達」がいる。自分たちと大人が全く同じだと思うから,言葉遣いも信じられない言葉となる。この言い方「どこかで聞いたな!」と思うと,電話を思い出す。
私は,常々「大人の教育」が必要な時代になったと思う。本当にひどい大人がいる。それが保護者となれば,その子ども達がかわいそうである。もっと,違う人生が送れたはずなのに,この「親」のせいで,こういう生き方になってしまった・・・。ちょっと前,「モンスターペアレント」という言葉が報道されたが,一時期減ったが,報道が少なくなったのか増えつつある。
しかし,多くの保護者は,頑張っている。これも常々思うことに「正直者が馬鹿を見る」世の中ではいけない。生活保護を受けているのに外車に乗っていたり・・・。ないお金を一生懸命貯めて,高校に行かせようと寝る時間も惜しんで働いている保護者。この差を考えないといけないんじゃないだろうか。
「ずるい大人」が大手を振って歩いている。真面目に頑張っている人が減っていったら日本はどうなるんだ。政権交代があった。今,このチャンスに「正直者が馬鹿を見る」世の中からの脱却を切に願う。
2009年12月6日日曜日
東海テレビ!
実は,今日「東海テレビ」の「スタイルプラス」という番組のプレゼントに応募をした。夕方,東海テレビから「当選されました」と電話があった。その担当者の言葉遣いに感心した。とにかく,丁寧で,しかも適切で,思わず「わざわざ丁寧にありがとうございました」と自分の口から言葉が出た。
これは,社員教育なのか,それとも「この人」の人柄なのか・・・。私は,仕事柄,子ども達をどんな大人にしていこうかを考える。今日は,この人と話して,「こういう言葉遣いができる人」になってほしいなと思ったのである。そうそう,プレゼントは,「湯たんぽ」のようだ。数日後に届くようだ。
今,学校は,本当に「子ども達をどういう大人に育てていこうか」という事を考えているだろうか。なぜか,徐々に「勉強だけの塾」のような学校になっていないだろうか。保護者も「勉強が1番」としか考えられない人が増えてはいないだろうか。私は,多くの卒業生を見ていて思うことは,第1に考えるのは,「どういう人間」になるかだと思っている。早く,それに私たちも保護者も気付かないといけないと思う。勉強が苦手だった子達の多くは,今,ちゃんとした親になり,自慢じゃないが,自分のクラスだった子達は,「人として」立派に頑張っていると信じている。
やはり,学校は,「人を育てる」事が大切だと,再認識していくべきだろう。今日の東海テレビの担当者のような人を育てていくことが,第1目標であってほしい。
教育の再生とか言うが,今,大人達が考えないといけないこと,それは何かを考えよう。夜遅くまで,寝る時間を割いて,塾に行くことが良いんだろうか。それより,人のためになることをし,人との関わり方を学んだ方が,人間として成長するんじゃないかなあ。学校で,授業も受けずに廊下を徘徊している子達の何人かは「塾」に行って勉強をしている。これって,どうなんだろう。
これは,社員教育なのか,それとも「この人」の人柄なのか・・・。私は,仕事柄,子ども達をどんな大人にしていこうかを考える。今日は,この人と話して,「こういう言葉遣いができる人」になってほしいなと思ったのである。そうそう,プレゼントは,「湯たんぽ」のようだ。数日後に届くようだ。
今,学校は,本当に「子ども達をどういう大人に育てていこうか」という事を考えているだろうか。なぜか,徐々に「勉強だけの塾」のような学校になっていないだろうか。保護者も「勉強が1番」としか考えられない人が増えてはいないだろうか。私は,多くの卒業生を見ていて思うことは,第1に考えるのは,「どういう人間」になるかだと思っている。早く,それに私たちも保護者も気付かないといけないと思う。勉強が苦手だった子達の多くは,今,ちゃんとした親になり,自慢じゃないが,自分のクラスだった子達は,「人として」立派に頑張っていると信じている。
やはり,学校は,「人を育てる」事が大切だと,再認識していくべきだろう。今日の東海テレビの担当者のような人を育てていくことが,第1目標であってほしい。
教育の再生とか言うが,今,大人達が考えないといけないこと,それは何かを考えよう。夜遅くまで,寝る時間を割いて,塾に行くことが良いんだろうか。それより,人のためになることをし,人との関わり方を学んだ方が,人間として成長するんじゃないかなあ。学校で,授業も受けずに廊下を徘徊している子達の何人かは「塾」に行って勉強をしている。これって,どうなんだろう。
2009年12月3日木曜日
正規採用者より「講師」!
学校には,採用試験に失敗をして,講師として活躍している人たちがいる。しかし,採用試験に合格して採用された人より,仕事がしっかりできる講師がいる。私からすると,「なぜ,この人が不合格で,この人が合格したんだろう」と思うこともあった。
確かに,短い時間での面接で人柄を見抜くのは難しい。しかし,中には,一瞬でそれがわかる場合がある。こうなると,何か別の力が働いたんじゃないかと疑ってみたくなる。今,一次試験では,点数主義なんだろう。しかし,面接はそうでもない。となれば,1年間,講師として活躍した人が採用試験に不合格となった理由がわからない。
行き着くところ,「人」なんだと思う。その「人」を見抜く力を持った人が採用試験の試験官なんだろうか。しかも,講師として十分すぎる活躍をしている人は,その学校の長が,推薦できる制度も必要だと思う。だって,「人」を見抜けない採用試験になっているから・・・。
だいぶ前に,ちょっと話しただけで,「?」と思う人が採用された。授業もできないし,子どもとの関係も作れない。前にも書いたことがあるが,こういう人の採用試験の面接官達が,自分の「目」が誤っていた事を検証する場が必要ではないだろうか。それだけの責任を持てる人が面接官であるべきだし,万が一,誤りがあれば検証していかないと,いつもでも同じ事が繰り返されてしまうだろう。
そうでないと,何か裏にあるんじゃないかという「疑念」がでてきてしまう。堂々と胸を張って採用試験の結果を発表できると良いなと思う。
確かに,短い時間での面接で人柄を見抜くのは難しい。しかし,中には,一瞬でそれがわかる場合がある。こうなると,何か別の力が働いたんじゃないかと疑ってみたくなる。今,一次試験では,点数主義なんだろう。しかし,面接はそうでもない。となれば,1年間,講師として活躍した人が採用試験に不合格となった理由がわからない。
行き着くところ,「人」なんだと思う。その「人」を見抜く力を持った人が採用試験の試験官なんだろうか。しかも,講師として十分すぎる活躍をしている人は,その学校の長が,推薦できる制度も必要だと思う。だって,「人」を見抜けない採用試験になっているから・・・。
だいぶ前に,ちょっと話しただけで,「?」と思う人が採用された。授業もできないし,子どもとの関係も作れない。前にも書いたことがあるが,こういう人の採用試験の面接官達が,自分の「目」が誤っていた事を検証する場が必要ではないだろうか。それだけの責任を持てる人が面接官であるべきだし,万が一,誤りがあれば検証していかないと,いつもでも同じ事が繰り返されてしまうだろう。
そうでないと,何か裏にあるんじゃないかという「疑念」がでてきてしまう。堂々と胸を張って採用試験の結果を発表できると良いなと思う。
2009年12月1日火曜日
窓をベニヤ板で封鎖!
特別教室の窓ガラスが何度も割られている。しかも,木製の窓枠まで折れるほどの力で割られた。とうとう,ガラスを替えるのではなく,窓自体をベニヤ板で封鎖することとなった。今,授業中に何人もの生徒が抜け出し,器物破損をしたり,防火扉を閉めたり,喫煙をしたり・・・。学校が教育という場であることを忘れさせるような出来事に無力感を持って毎日を送っている。
今思い出すと,こういう事をしたのは,もう30年ほど前である。昨日,小中校生の「暴力事件増加」という記事が目に入り,それを読むと,70年代から80年代にかけて「荒れる学校」が報道されて以来という。確かに,当時は,教員に成り立てで,これが現実なんだと驚いた。
しかし,今また,同じような状況になってきた。1つ思うことは,あの時代を過ごしたのが,今中高生を持つ親になっているということ。学校に対する思いで言えば,教師に対して良い思いがない世代なのかも知れない。一部とはいえ,そういう生活をした中学生がいたのは事実である。
ただ,兆候は,前から出ていて,また,当時の経験がある年代も50を過ぎ,対応が後手に回ってしまうこともあるように思う。残念なのは,当時を知る人たちが管理職になっているはずなのだが,その対応に疑問があったりする。また,今の管理職の中には,若い人も多く,「荒れる学校」を経験していない人が増えた。結果として,どう対応して良いのかわからないというのが現実ではないだろうか。
それでいて,経験者に耳を傾けるという姿勢ではないとなると,ますます学校は,疲弊する。また,それをフォローできる体制が教育委員会にあるのかも疑問である。
私のこういう思いや疑問を,自分の周りの人たちと話すことが多い。意見が言える人は,自分自身がそういう「荒れた学校」を経験した人である。ものすごく嫌みを言えば,「あの時,逃げ回っていた人が偉くなっているんだよ」と聞くと,もう言う言葉がなくなる。
学区外通学を認めない教育委員会は,明らかに,教育環境に学校間格差がある現実があるにもかかわらず,学区内の学校へ通えと言えるだろうか。言うなら,どの学区でも,せめて,授業が成立してる必要がある。それができてない以上,私は,学区内の学校に行けと言う前に,学校を学校らしくするのが先だろう。
現実にそうでない学校があることは把握している。しかし,その対応は学校任せ。言い方は悪いが,自分たちの保身か何かわからないが,報告書だけはしっかり出させる。荒れた学校が報告書を出して立てなおるなら何も言わない。しかし,出すのは,何のためだろうと思うことの方が多い。マスコミや議会や議員に追求されたときのためじゃないだろうか。その報告書を元に,現場に対して,どういう方法を取ればいいかを指示するなら意味のある報告なんだが・・・。
今思い出すと,こういう事をしたのは,もう30年ほど前である。昨日,小中校生の「暴力事件増加」という記事が目に入り,それを読むと,70年代から80年代にかけて「荒れる学校」が報道されて以来という。確かに,当時は,教員に成り立てで,これが現実なんだと驚いた。
しかし,今また,同じような状況になってきた。1つ思うことは,あの時代を過ごしたのが,今中高生を持つ親になっているということ。学校に対する思いで言えば,教師に対して良い思いがない世代なのかも知れない。一部とはいえ,そういう生活をした中学生がいたのは事実である。
ただ,兆候は,前から出ていて,また,当時の経験がある年代も50を過ぎ,対応が後手に回ってしまうこともあるように思う。残念なのは,当時を知る人たちが管理職になっているはずなのだが,その対応に疑問があったりする。また,今の管理職の中には,若い人も多く,「荒れる学校」を経験していない人が増えた。結果として,どう対応して良いのかわからないというのが現実ではないだろうか。
それでいて,経験者に耳を傾けるという姿勢ではないとなると,ますます学校は,疲弊する。また,それをフォローできる体制が教育委員会にあるのかも疑問である。
私のこういう思いや疑問を,自分の周りの人たちと話すことが多い。意見が言える人は,自分自身がそういう「荒れた学校」を経験した人である。ものすごく嫌みを言えば,「あの時,逃げ回っていた人が偉くなっているんだよ」と聞くと,もう言う言葉がなくなる。
学区外通学を認めない教育委員会は,明らかに,教育環境に学校間格差がある現実があるにもかかわらず,学区内の学校へ通えと言えるだろうか。言うなら,どの学区でも,せめて,授業が成立してる必要がある。それができてない以上,私は,学区内の学校に行けと言う前に,学校を学校らしくするのが先だろう。
現実にそうでない学校があることは把握している。しかし,その対応は学校任せ。言い方は悪いが,自分たちの保身か何かわからないが,報告書だけはしっかり出させる。荒れた学校が報告書を出して立てなおるなら何も言わない。しかし,出すのは,何のためだろうと思うことの方が多い。マスコミや議会や議員に追求されたときのためじゃないだろうか。その報告書を元に,現場に対して,どういう方法を取ればいいかを指示するなら意味のある報告なんだが・・・。
2009年11月26日木曜日
県教委が教諭ら4人懲戒処分に!
愛知県内の教諭が処分を受けた。当然の処分だろうが,名古屋市でも同様の処分があった。特に,わいせつ行為での処分は,名古屋市も愛知県も共通している。
私は,確かに問題を起こした教諭を毎日の行動で,事件の予想は難しいだろうと思う。ただ,過去に,その可能性を指摘した事も見聞きしたし,実際の行動から心配であると言うこともあった。しかし,それ以上の事はなかった。
後になって,「やっぱり」と言うことはあったように思う。意を決して校長に報告をした人もいた。しかし,何の行動もなかった。結果として,嫌な思いをした人たちはいる。
「~らしい」と言うことで,その教諭を処分はできない。しかし,実際に具体的なことが起きたのなら,例え些細な事でも,教育委員会に報告し,その支持の元,その教諭の指導をすべきだったと思うことはある。こういう積み重ねが必要で,隠ぺいしているような対応はすべきでないと思う。それは,被害にあった人の事を考えると強く言うべきだろう。
ただ,被害にあった人の事を考えて,あえて公表しないこともあるんだろう。でも,公表するしないではなく,「可能性」を考えたときに,教育委員会の果たす役割は大きい。今まで,本当に,真摯に対応してきたと胸を張って言えるだろうか。表に出る前の知らぬ間に,依願退職なんて事は,なかったんだろうか。
私は,確かに問題を起こした教諭を毎日の行動で,事件の予想は難しいだろうと思う。ただ,過去に,その可能性を指摘した事も見聞きしたし,実際の行動から心配であると言うこともあった。しかし,それ以上の事はなかった。
後になって,「やっぱり」と言うことはあったように思う。意を決して校長に報告をした人もいた。しかし,何の行動もなかった。結果として,嫌な思いをした人たちはいる。
「~らしい」と言うことで,その教諭を処分はできない。しかし,実際に具体的なことが起きたのなら,例え些細な事でも,教育委員会に報告し,その支持の元,その教諭の指導をすべきだったと思うことはある。こういう積み重ねが必要で,隠ぺいしているような対応はすべきでないと思う。それは,被害にあった人の事を考えると強く言うべきだろう。
ただ,被害にあった人の事を考えて,あえて公表しないこともあるんだろう。でも,公表するしないではなく,「可能性」を考えたときに,教育委員会の果たす役割は大きい。今まで,本当に,真摯に対応してきたと胸を張って言えるだろうか。表に出る前の知らぬ間に,依願退職なんて事は,なかったんだろうか。
サーバーダウン!
勤務先の「サーバー」が壊れた。2時間目,「先生,ネットワークが繋がらないけど・・・」という話を聞き,いろいろと調べてみると,「サーバー」の電源が切れていた。ひょっとして誰かが切ったのかと入れ直しても電源は入らない。
こうなると,学校のネットワークは機能しなくなる。当然,インターネットは,繋がらないが,問題は,各PCからの印刷ができない状態となった。そこで,私は,とりあえず,サーバーを利用しない,学校内だけのLANを動くように設定し,インターネット以外の機能は回復した。しかし,これに30分はかかり,忙しい中で,大変であった。
さて,こういう問題が起きて,対応方法は,ネットワークに関する知識がある人がいるかいないかで大きな違いが出る。私は,かねてから,学校に最低1人の確保をすべきと主張しているが,いまだに,個人の力に頼っている状態である。どれだけPCの台数を増やしても,問題が起きたときの解決ができないとなれば,業者に頼ることになる。当然,コストも増える。だから,教員にそういう知識があれば,解決できると思っている。
今回も,当日は修理不能で,サーバーの復帰に1日半かかっている。たまたま,私の少しの知識で校内だけは利用できたが,そうでなかったらと思うと,テスト前でもあり,混乱したと思われる。また,データ管理も勤務先は,ネットワークを利用し,アクセス制限をし,外部からの侵入に対応している。あちこちにデータが分散し,紛失のないように考えている。また,データの一括管理とバックアップ体制も整えてある。万が一,1台のHDが破損しても,常にもう1台がバックアップを自動的に取る設定にしてある。
しかし,そのネットワークに不備が起きたとき,素早く切り替えができる人材は必要だろう。こういう知識をもった人材の育成や,現在持っている人たちへのサポートをする方法が望まれる。今言われているような無駄なお金を使わないためにも・・・。
こうなると,学校のネットワークは機能しなくなる。当然,インターネットは,繋がらないが,問題は,各PCからの印刷ができない状態となった。そこで,私は,とりあえず,サーバーを利用しない,学校内だけのLANを動くように設定し,インターネット以外の機能は回復した。しかし,これに30分はかかり,忙しい中で,大変であった。
さて,こういう問題が起きて,対応方法は,ネットワークに関する知識がある人がいるかいないかで大きな違いが出る。私は,かねてから,学校に最低1人の確保をすべきと主張しているが,いまだに,個人の力に頼っている状態である。どれだけPCの台数を増やしても,問題が起きたときの解決ができないとなれば,業者に頼ることになる。当然,コストも増える。だから,教員にそういう知識があれば,解決できると思っている。
今回も,当日は修理不能で,サーバーの復帰に1日半かかっている。たまたま,私の少しの知識で校内だけは利用できたが,そうでなかったらと思うと,テスト前でもあり,混乱したと思われる。また,データ管理も勤務先は,ネットワークを利用し,アクセス制限をし,外部からの侵入に対応している。あちこちにデータが分散し,紛失のないように考えている。また,データの一括管理とバックアップ体制も整えてある。万が一,1台のHDが破損しても,常にもう1台がバックアップを自動的に取る設定にしてある。
しかし,そのネットワークに不備が起きたとき,素早く切り替えができる人材は必要だろう。こういう知識をもった人材の育成や,現在持っている人たちへのサポートをする方法が望まれる。今言われているような無駄なお金を使わないためにも・・・。
2009年11月25日水曜日
指の名前を知らない中学生!
テストで,指の名前を使う問題を出したのだが,テスト中に各教室をまわって質問を聞いた。しかし,驚きの事実があった。
「先生,この指って,何て言いますか?」と自分の指を指して聞いた。私は,まさか,指の名前を知らない中学生がいるとはと思いながらいると,同じ質問をする子が次々と出て,5人を超えた。次のクラスへ行っても,その次のクラスに行っても同じ質問が続いた。
中学生になって,自分の5本の指の名前が言えない子がこんなにいるというのは,どうなんだろう。数学の方程式ができるのも大切なことだが,それ以前に大切なことがあるんじゃないだろうか。今の学校教育は,何を教えているんだろう。また,家庭では,子どもに何を教えなければならないんだろう。
私が教員になった頃は,こういう事は少なかった。やはり,子ども達の教育に関して,間違った方向に向かっているような気がする。それは,保護者の思い,子どもを育てていく姿勢にあらわれているように思う。今,もう一度,子どもの成長に必要なことは何かを問いたい。
そして,私たちは,学校と共に,家庭での「教育」の必要性を訴えていかないと,いつか,常識と思っていることが常識でなくなる。
名古屋市長がいろいろ,問題提起をしているが,この子どもに関する問題,ぜひ,取り上げて,学校のみならず,家庭教育を考えるきっかけにしてもらいたい。
河村名古屋市長,「クラスに1割強も,自分の指の名前を言えない子がいるのは,いかんがね。」と。
「先生,この指って,何て言いますか?」と自分の指を指して聞いた。私は,まさか,指の名前を知らない中学生がいるとはと思いながらいると,同じ質問をする子が次々と出て,5人を超えた。次のクラスへ行っても,その次のクラスに行っても同じ質問が続いた。
中学生になって,自分の5本の指の名前が言えない子がこんなにいるというのは,どうなんだろう。数学の方程式ができるのも大切なことだが,それ以前に大切なことがあるんじゃないだろうか。今の学校教育は,何を教えているんだろう。また,家庭では,子どもに何を教えなければならないんだろう。
私が教員になった頃は,こういう事は少なかった。やはり,子ども達の教育に関して,間違った方向に向かっているような気がする。それは,保護者の思い,子どもを育てていく姿勢にあらわれているように思う。今,もう一度,子どもの成長に必要なことは何かを問いたい。
そして,私たちは,学校と共に,家庭での「教育」の必要性を訴えていかないと,いつか,常識と思っていることが常識でなくなる。
名古屋市長がいろいろ,問題提起をしているが,この子どもに関する問題,ぜひ,取り上げて,学校のみならず,家庭教育を考えるきっかけにしてもらいたい。
河村名古屋市長,「クラスに1割強も,自分の指の名前を言えない子がいるのは,いかんがね。」と。
2009年11月24日火曜日
教育委員会に報告していなかった?
沖縄の中学生の事件でも「いじめを認識しながら教育委員会に報告していなかった」という報道がなされている。現場にいるものとしては,報告することには,問題がないと思うが,報告して次どうなるかを考えてみると,何とも形式的に思えてならない。
想像だが,報告すると,教育委員会は,詳しく報告しろと言うことで,文書にするだろう。そして,「適切な指導をするように」と言うだろう。ここからは,報告の意味が曖昧に思える。要するに,何か問題が起きたときに「報告があれば良くて,ないとダメ」という風潮だから,教育委員会は,報告を求めるだけになっているような気になる。
報告しやすくするには,報告に対して,しっかりと学校に主体的に関わり,校長を補佐し,指導にあたれば,それなりに効果はあるかも知れないが,報告だけを求めているとすれば,「報告したって,報告書作りだけだ。」と思えば,自ずと報告するのをためらってしまうのではないだろうか。報告は,何のために行うかの目的が違っているように思える。第1は,問題解決のためだが,ややもすると,マスコミや保護者対応になっていないだろうか。
教育委員会改革の第一歩は,教育委員会が,何のために存在しているかという事から始めないといけないと思う。
想像だが,報告すると,教育委員会は,詳しく報告しろと言うことで,文書にするだろう。そして,「適切な指導をするように」と言うだろう。ここからは,報告の意味が曖昧に思える。要するに,何か問題が起きたときに「報告があれば良くて,ないとダメ」という風潮だから,教育委員会は,報告を求めるだけになっているような気になる。
報告しやすくするには,報告に対して,しっかりと学校に主体的に関わり,校長を補佐し,指導にあたれば,それなりに効果はあるかも知れないが,報告だけを求めているとすれば,「報告したって,報告書作りだけだ。」と思えば,自ずと報告するのをためらってしまうのではないだろうか。報告は,何のために行うかの目的が違っているように思える。第1は,問題解決のためだが,ややもすると,マスコミや保護者対応になっていないだろうか。
教育委員会改革の第一歩は,教育委員会が,何のために存在しているかという事から始めないといけないと思う。
2009年11月21日土曜日
「沖縄中学2年生・集団暴行死事件」に思うこと
弱い立場の子を集団でからかったり暴力をふるうこと,残念ながら,どこの中学校にも存在すると考えて良い。今回のような事態にまで発展してしまうことも増えてきているように思える。
特に,加害者側の子への指導が「ほぼ不可能」と言うこともある。保護者も指導に協力でない場合は,学校での指導は,限界を超える。たぶん,世間一般的な考えでは,「学校の先生,何とかしろよ!」という思いが強いだろうが,やってもやっても解決しないことがあることを知ってもらいたい。
例として,力の弱い子に「1発殴ってみろ」と脅す。その子は,恐くて,ものすごく弱い力で相手をたたく。こうやって,まず先に手を出させたことにして,後は,もうやり放題で大けがをするくらい殴る。加害者はどちらなんだという話になり,問題を抱えている子の保護者は,「相手が殴ったから仕方がない」という姿勢。ある時,これと同じような事で,最初に手は出したが,それは,脅されて手を出したというか,出さないと仕方がない状況で,出した子が大けがをし,警察に被害届を出した。
しかし,警察は,「相手が先にに手を出した・・・」という事実でしか話をせず,私たちの話を聞こうともせず,「けんか両成敗」という処理をした。この事が,弱い子には,耐えられなかった。「誰も助けてくれない。警察ですら助けてくれない。」としか思えなかった。
今の時代,学校で解決できず,警察でも解決できず,泣き寝入りをする事がある。これで良いわけがない。今回の沖縄の事も,私の想像は,今書いたような状況ではなかったのかと思う。捜査権のない学校に,期待するのは,もう無理なんだろうか。それを可能にする方法はないんだろうか。そうしないと,今までにも起きた「いじめ」「暴力」による死は,なくならないと言える。
30年ほど前は,警察は,指導に熱心だった。今回のような事件でも,どっちが強い立場かをすぐに認識した。しかし,今,そう感じられなくなったのは,「人権に配慮」という姿勢が前面に出てきてからに思える。本来,全員にある「人権」が,弱い立場の人たちだけの「人権」をないがしろにするような時代になってきているのではないか。誰の人権を守るのか,私は,とても疑問に思っている。
今でも忘れない警察官の言葉がある。「先生,相手は,弁護士をつけているんで・・・・」というもの。これって,おかしくないかな。弁護士がつくのが悪いことではない。しかし,弁護士がついたことで,捜査や処分が一方的になったとしたら,法治国家は崩壊するんじゃないだろうか。
あえて言う。学校ガンバレ!警察ガンバレ!そして,教育委員会ガンバレ!そうしないと,今回のような事件は,残念ながら,必ずまた起きる。
特に,加害者側の子への指導が「ほぼ不可能」と言うこともある。保護者も指導に協力でない場合は,学校での指導は,限界を超える。たぶん,世間一般的な考えでは,「学校の先生,何とかしろよ!」という思いが強いだろうが,やってもやっても解決しないことがあることを知ってもらいたい。
例として,力の弱い子に「1発殴ってみろ」と脅す。その子は,恐くて,ものすごく弱い力で相手をたたく。こうやって,まず先に手を出させたことにして,後は,もうやり放題で大けがをするくらい殴る。加害者はどちらなんだという話になり,問題を抱えている子の保護者は,「相手が殴ったから仕方がない」という姿勢。ある時,これと同じような事で,最初に手は出したが,それは,脅されて手を出したというか,出さないと仕方がない状況で,出した子が大けがをし,警察に被害届を出した。
しかし,警察は,「相手が先にに手を出した・・・」という事実でしか話をせず,私たちの話を聞こうともせず,「けんか両成敗」という処理をした。この事が,弱い子には,耐えられなかった。「誰も助けてくれない。警察ですら助けてくれない。」としか思えなかった。
今の時代,学校で解決できず,警察でも解決できず,泣き寝入りをする事がある。これで良いわけがない。今回の沖縄の事も,私の想像は,今書いたような状況ではなかったのかと思う。捜査権のない学校に,期待するのは,もう無理なんだろうか。それを可能にする方法はないんだろうか。そうしないと,今までにも起きた「いじめ」「暴力」による死は,なくならないと言える。
30年ほど前は,警察は,指導に熱心だった。今回のような事件でも,どっちが強い立場かをすぐに認識した。しかし,今,そう感じられなくなったのは,「人権に配慮」という姿勢が前面に出てきてからに思える。本来,全員にある「人権」が,弱い立場の人たちだけの「人権」をないがしろにするような時代になってきているのではないか。誰の人権を守るのか,私は,とても疑問に思っている。
今でも忘れない警察官の言葉がある。「先生,相手は,弁護士をつけているんで・・・・」というもの。これって,おかしくないかな。弁護士がつくのが悪いことではない。しかし,弁護士がついたことで,捜査や処分が一方的になったとしたら,法治国家は崩壊するんじゃないだろうか。
あえて言う。学校ガンバレ!警察ガンバレ!そして,教育委員会ガンバレ!そうしないと,今回のような事件は,残念ながら,必ずまた起きる。
2009年11月17日火曜日
整形手術をしなければ良かったのに?
今日,生徒が「先生,整形して捕まった人,整形しなければ捕まらなかったのにね・・・」と言うので,「でも,悪いことをしたんだから,捕まらないといけないでしょ」と言うと,「僕は,もっと,逃げていてほしかったな。別に捕まらなくても良いじゃない。その方が面白いよ!」と言う。
私は,こんな考えの子がいるんだと思うと共に,よく聞くと,こういうコメントが書いてあるインターネットでのページを見たという。周りにいた子も,「そうだよね。逃げていてほしいよね」等と言う。まあ,一人が言ったことに意味もなく同調する場合は多いが,私は,こういう思いの子が増えているんじゃないかと思える。
ばれなければ何をやっても言い。証拠さえなければ,認めない。こういう場面が増えている。学校は,警察ではないから,限界がある。昔は,「規範意識」をほとんどの子ども達は持っていた。それは,親から引き継がれていた。しかし,今,そうでない親も多くなり,子どもと同じ考えの保護者もいる。以前,ある件で,相手が警察に届けたが,結局は,しらをきりとおした。当然,加害者とされた親は,猛烈に被害者に食ってかかると共に,警察へも猛抗議をした。そんな時代である。
学校の「荒れ」が,問題になる。保護者からの要望も多い。しかし,学校でやりづらくなっている現実をもっと,私たちは,表に出していく必要があるように思う。中学生の中には,「自分がやった」としても絶対にやっていないと言い切る子がいるんだということ。ある中学生は,ある先生が「私が見た」と言ったにも関わらず,「どういう目をしているんだ。その目のどこに証拠があるんだ。目をくり抜いて見せてみろ。」とまで言った。
今の中学校の中には,常識を越えたことが起きている。しかも,それは,ごく少数の話ではない。
私は,こんな考えの子がいるんだと思うと共に,よく聞くと,こういうコメントが書いてあるインターネットでのページを見たという。周りにいた子も,「そうだよね。逃げていてほしいよね」等と言う。まあ,一人が言ったことに意味もなく同調する場合は多いが,私は,こういう思いの子が増えているんじゃないかと思える。
ばれなければ何をやっても言い。証拠さえなければ,認めない。こういう場面が増えている。学校は,警察ではないから,限界がある。昔は,「規範意識」をほとんどの子ども達は持っていた。それは,親から引き継がれていた。しかし,今,そうでない親も多くなり,子どもと同じ考えの保護者もいる。以前,ある件で,相手が警察に届けたが,結局は,しらをきりとおした。当然,加害者とされた親は,猛烈に被害者に食ってかかると共に,警察へも猛抗議をした。そんな時代である。
学校の「荒れ」が,問題になる。保護者からの要望も多い。しかし,学校でやりづらくなっている現実をもっと,私たちは,表に出していく必要があるように思う。中学生の中には,「自分がやった」としても絶対にやっていないと言い切る子がいるんだということ。ある中学生は,ある先生が「私が見た」と言ったにも関わらず,「どういう目をしているんだ。その目のどこに証拠があるんだ。目をくり抜いて見せてみろ。」とまで言った。
今の中学校の中には,常識を越えたことが起きている。しかも,それは,ごく少数の話ではない。
2009年11月16日月曜日
授業の成立!
学校が荒れる。まずは,授業が成立しなくなる。勝手に立ち歩いたり,大きな声で関係ないことを話したり,教科書すら持ってこなかったり・・・。
今日,ある生徒が,「先生,どの教科が一番静かだと思う?」と聞くので,「どうして?」と聞き返すと,「うるさくて先生の声が聞こえない。」と言う。「えっ」と私は言った。すると「1位は,○○でしょう。2位は,先生,3位以降は全部うるさい。」と言った。まあ,私を入れてくれたのは,目の前にいることもあったと思うが・・・。
私は,彼らの言うのがどの程度かはわからない。しかし,授業が成立していないと感じている子がいるというのは事実のようだ。授業が上手だとか,研究熱心だとか,そういう問題ではなくて,「授業中は,静かに先生の言うことを聞かせる」という事ができていないのだろうか。
私は,今の学校に赴任して,とにかく,授業が成立しない状態であることを知った。文句を言わせてもらえば,2年生までの学級担任や教科担任は,責任を感じてほしいと思った。
しかし,今また,同じ事が起きようとしているように思えてきた。授業が成立しなくなって,その先生をはずしていく。1年生で成立できない状態にしてしまっては,先は暗い。
結局,3年生になって,全く子ども達の事を知らない転任者に担任をやらせる。たまったものじゃない。案の定,去年,私は,体調を崩したのである。持ち上がらなかった人たちは,私を見て,何を感じたのか聞いてみたいものだ。前にも書いたが,私は,去年の事を絶対に許さない。また,この転任を決定した前任校の校長や教育委員会を一生許さないだろう。 この学校の状況を知って,50過ぎの私を転任させ,突然中学3年生の担任にしたんだから・・・。しかも,学年で一番大変だというクラスの担任にしたんだから・・・。この学年を2年まで受け持ってきた私より若い人たちが持ち上がらなかったんだから・・・。 しかも,健康診断でも経過観察という状態で,持病をもっていたのに・・・。もう,病気にするための人事と言っても不思議のない事だったんだ。
まだ,私が30代の頃,今のような学校にいたときは,どんなに大変でも逃げることは許されなかった。どんなに辛くても持ち上がってきた。ただし,それは,若いからできたことかも知れない。荒れた学校は,体力勝負の部分も多いのである。私をこの学校に転任させた大きな間違いは,私の年齢を考えていなかったことだろう。転任先が決まったとき,ある人が「先生ならやれるね」と言った。このことばは,私が,30代から40代なら素直に聞けただろう。
さて,私は,この「授業の成立」は,出かけていって話を聞いて,研修を受けても全員ができることではないことを身をもって体験している。当然,その先生の人柄もあるだろう。それが大きいかも知れない。では,その人柄をどう生かしていくかを考えた方が良いように思う。そこに,アドバイスをしていくことこそ,重要に思う。私たちの若い頃は,現場優先で,先輩の先生達に教えられた。しかし,今見ていると,授業研究を主として考えすぎていないだろうか。まずは,子どもを把握し,授業を成立させることから始めた方が良いんじゃないかな。
最後に,嫌みに感じるかも知れないが,今,私の授業は成立している。ただし,フルパワーである。土日は,体が動かないほどの疲れである。ところで,健康上の理由意外で3年連続1年生という人事には,私は納得できない。だって,その代わりに誰かがやらないといけないのだから・・・。これって,もう力量不足という判断になるんじゃないだろうか。もし,私がそうだったら,即座に退職する。
ついでに勢いで書いてしまうが,よく自分の子どもが中学3年で,自分も中学3年だと困るという理由で,3年をはずす学校がある。しかし,私は,一度もこういう配慮をしてもらったことがない。私の2人の子どもが,ちょうど中学3年の時,自分も中学3年の担任だった。当然,入学式も卒業式も出たことはない。また,保護者会も重なって,何と,子どもだけでお願いしたこともある。こういう事って,伝わらないことなんだろう。迷惑をかけないように頑張ってきた。だからこそ,ここ数年の私に対する処遇に,怒りを感じてしまっている。
ひと言で言えば「ここまで,頑張ってきてのに,最後は殺す気なの?」と。
別の見方だが,子ども達がおかしい。本当におかしい。それは,保護者の感覚の変化に伴っているような気がする。また,もう一つ,小学校で「学級崩壊」と言われる状況で中学校に入学する子が増えた。席を立っていても注意すらできない小学校があるという事実。こんな状況をどう打開していくか,考えるべきじゃないかな。当然,私たち教員の質の問題も大きいとは思うが・・・。
今日,ある生徒が,「先生,どの教科が一番静かだと思う?」と聞くので,「どうして?」と聞き返すと,「うるさくて先生の声が聞こえない。」と言う。「えっ」と私は言った。すると「1位は,○○でしょう。2位は,先生,3位以降は全部うるさい。」と言った。まあ,私を入れてくれたのは,目の前にいることもあったと思うが・・・。
私は,彼らの言うのがどの程度かはわからない。しかし,授業が成立していないと感じている子がいるというのは事実のようだ。授業が上手だとか,研究熱心だとか,そういう問題ではなくて,「授業中は,静かに先生の言うことを聞かせる」という事ができていないのだろうか。
私は,今の学校に赴任して,とにかく,授業が成立しない状態であることを知った。文句を言わせてもらえば,2年生までの学級担任や教科担任は,責任を感じてほしいと思った。
しかし,今また,同じ事が起きようとしているように思えてきた。授業が成立しなくなって,その先生をはずしていく。1年生で成立できない状態にしてしまっては,先は暗い。
結局,3年生になって,全く子ども達の事を知らない転任者に担任をやらせる。たまったものじゃない。案の定,去年,私は,体調を崩したのである。持ち上がらなかった人たちは,私を見て,何を感じたのか聞いてみたいものだ。前にも書いたが,私は,去年の事を絶対に許さない。また,この転任を決定した前任校の校長や教育委員会を一生許さないだろう。 この学校の状況を知って,50過ぎの私を転任させ,突然中学3年生の担任にしたんだから・・・。しかも,学年で一番大変だというクラスの担任にしたんだから・・・。この学年を2年まで受け持ってきた私より若い人たちが持ち上がらなかったんだから・・・。 しかも,健康診断でも経過観察という状態で,持病をもっていたのに・・・。もう,病気にするための人事と言っても不思議のない事だったんだ。
まだ,私が30代の頃,今のような学校にいたときは,どんなに大変でも逃げることは許されなかった。どんなに辛くても持ち上がってきた。ただし,それは,若いからできたことかも知れない。荒れた学校は,体力勝負の部分も多いのである。私をこの学校に転任させた大きな間違いは,私の年齢を考えていなかったことだろう。転任先が決まったとき,ある人が「先生ならやれるね」と言った。このことばは,私が,30代から40代なら素直に聞けただろう。
さて,私は,この「授業の成立」は,出かけていって話を聞いて,研修を受けても全員ができることではないことを身をもって体験している。当然,その先生の人柄もあるだろう。それが大きいかも知れない。では,その人柄をどう生かしていくかを考えた方が良いように思う。そこに,アドバイスをしていくことこそ,重要に思う。私たちの若い頃は,現場優先で,先輩の先生達に教えられた。しかし,今見ていると,授業研究を主として考えすぎていないだろうか。まずは,子どもを把握し,授業を成立させることから始めた方が良いんじゃないかな。
最後に,嫌みに感じるかも知れないが,今,私の授業は成立している。ただし,フルパワーである。土日は,体が動かないほどの疲れである。ところで,健康上の理由意外で3年連続1年生という人事には,私は納得できない。だって,その代わりに誰かがやらないといけないのだから・・・。これって,もう力量不足という判断になるんじゃないだろうか。もし,私がそうだったら,即座に退職する。
ついでに勢いで書いてしまうが,よく自分の子どもが中学3年で,自分も中学3年だと困るという理由で,3年をはずす学校がある。しかし,私は,一度もこういう配慮をしてもらったことがない。私の2人の子どもが,ちょうど中学3年の時,自分も中学3年の担任だった。当然,入学式も卒業式も出たことはない。また,保護者会も重なって,何と,子どもだけでお願いしたこともある。こういう事って,伝わらないことなんだろう。迷惑をかけないように頑張ってきた。だからこそ,ここ数年の私に対する処遇に,怒りを感じてしまっている。
ひと言で言えば「ここまで,頑張ってきてのに,最後は殺す気なの?」と。
別の見方だが,子ども達がおかしい。本当におかしい。それは,保護者の感覚の変化に伴っているような気がする。また,もう一つ,小学校で「学級崩壊」と言われる状況で中学校に入学する子が増えた。席を立っていても注意すらできない小学校があるという事実。こんな状況をどう打開していくか,考えるべきじゃないかな。当然,私たち教員の質の問題も大きいとは思うが・・・。
2009年11月13日金曜日
授業中に手を振る親,それにこたえる子ども!
授業参観があったのだが,何度も同じ光景を見た。授業中に教室に入ってきた親が,振り向いた子どもに手を振った。当然,授業は進んでいて,教師が説明をしている最中である。どうするのかなと思っていると,子どもは笑顔で手を振った。しかも,ちょっと照れながらではなく,町で出会った時のようである。
小学校低学年ならあるかなと思うが,中学生である。「仲がよい親子」だけで片づけて良いんだろうかと私は思った。私の感覚としては,親は静かに参観し,子どもは,目で反応するくらいが普通だと思う。しかし,徐々に,こういう場面が増えた。と言うより,保護者同士も学校内で出会うと,大きな声を出して,手を振り合っている。何か違和感を感じる。私の年齢からは想像できない事態になっている。
昔なら,授業中に後ろを向くだけでも注意を受けたし,後ろを向いていたら,家に帰ってから親に叱られた物だ。大人への階段を登っている子どもを,下から引っ張っているような感覚になる。親離れ・子離れができなくなってきているような気がする。
小学校低学年ならあるかなと思うが,中学生である。「仲がよい親子」だけで片づけて良いんだろうかと私は思った。私の感覚としては,親は静かに参観し,子どもは,目で反応するくらいが普通だと思う。しかし,徐々に,こういう場面が増えた。と言うより,保護者同士も学校内で出会うと,大きな声を出して,手を振り合っている。何か違和感を感じる。私の年齢からは想像できない事態になっている。
昔なら,授業中に後ろを向くだけでも注意を受けたし,後ろを向いていたら,家に帰ってから親に叱られた物だ。大人への階段を登っている子どもを,下から引っ張っているような感覚になる。親離れ・子離れができなくなってきているような気がする。
2009年11月11日水曜日
不思議なこと!
実は,1週間ほど前から,テレビドアホン(パナソニック製)が,作動時に「異常音(雑音)」がでるようになった。原因の一つは,古いからかなと思ったが,まだ使えそうなので,そのままにしてあった。ただ,何かの発信音を拾っていると考えられる音だった。経験上は,トランスかなと思ったが,見あたる部分では原因はわからなかった。
しかし,今日,宅配便が来て,ドアホンが作動したが,今まで出ていた雑音は全くなくなっていた。何かの発信音がなくなったと言うことだろう。突然出て,突然消えた雑音。これもまた,不思議な事である。
実は,このドアホンは,自分で10年ほど前に取り付けた物で,もう少し,続いたら買い換えも考えただけに,拍子抜けと言った感じである。不幸ばかりが続く私にもたまには,良いことが起きるんだなと,小さな事ではあるが思えた。
しかし,今日,宅配便が来て,ドアホンが作動したが,今まで出ていた雑音は全くなくなっていた。何かの発信音がなくなったと言うことだろう。突然出て,突然消えた雑音。これもまた,不思議な事である。
実は,このドアホンは,自分で10年ほど前に取り付けた物で,もう少し,続いたら買い換えも考えただけに,拍子抜けと言った感じである。不幸ばかりが続く私にもたまには,良いことが起きるんだなと,小さな事ではあるが思えた。
教育とは!本当に特異な事件か!
イギリス人女性に関する事件で日本人男性が逮捕された。しかも,その状況が,異常とも言える。こういう人物がどうして育ってしまったのか。報道によれば,子どもの頃は,ごく普通だと言う。
私たち,学校に勤める者として,「教育」とは,何だろうと思うことがある。これは,私自身,学校教育の限界を感じているからだと思う。私は,中学校勤務だが,入学式から,教室内を動き回る子ども,弱い立場の子に意地悪をする子。30年前とは,全く違うと感じることも多くなった。
まして,保護者の学校への思いも変わってきた。自分たちの生活が一番で,子どもの事などかまっていられない。いつの頃からか,競争社会に入り,物を安く売る事が求められ,効率優先のために,命を削って働かなければならない大人。子どものことなど次の次。「子育ては学校」という感覚が当然になり,「躾」というのは,ある意味「死語」と言っても言いすぎでない家庭が増えてきた。
また,これも競争の一つといえるが,勉強第一で,学校から帰れば,昔の中学生なら寝ていた時間をはるかに超えて,塾に通わせている。そんな中から,子ども達本来の姿とは違った人格の形成をし始めてはいないだろうか。
今回の事件で,勝手な想像をすれば,本人にかかっていた「ストレス」は,かなりのものではなかったか。それに気付くことなく周りが感じ取れなかったのではないか。みんながそうなんだと言っても,十人十色である。心まで病んでしまう社会は,もう終わりにしたい。確かに特異な事件ではある。しかし,ここのところ,特異な事件が多い。と言うことは,「特異」ではなくなりつつあることを,私たちは,考える時期に来ていると思う。対応は,考えれば出てくるんじゃないだろうか。こういう問題に,真剣に取り組む体制を作るのは,今しかない。今考えないと,加害者になる若者が増え,それと共に被害増えてしまう。
私は,今の中学生を見ていて,今回の事件を「特異な事件」と言い切れない。みんなと一緒はなくて良いんだよ。自分で正しいと思うことを一生懸命やることが大事だよ。勉強の出来で,人は判断されないし,しちゃダメなんだよ。そして,自分以外の人が自分とは違うことも理解しよう。
私たち,学校に勤める者として,「教育」とは,何だろうと思うことがある。これは,私自身,学校教育の限界を感じているからだと思う。私は,中学校勤務だが,入学式から,教室内を動き回る子ども,弱い立場の子に意地悪をする子。30年前とは,全く違うと感じることも多くなった。
まして,保護者の学校への思いも変わってきた。自分たちの生活が一番で,子どもの事などかまっていられない。いつの頃からか,競争社会に入り,物を安く売る事が求められ,効率優先のために,命を削って働かなければならない大人。子どものことなど次の次。「子育ては学校」という感覚が当然になり,「躾」というのは,ある意味「死語」と言っても言いすぎでない家庭が増えてきた。
また,これも競争の一つといえるが,勉強第一で,学校から帰れば,昔の中学生なら寝ていた時間をはるかに超えて,塾に通わせている。そんな中から,子ども達本来の姿とは違った人格の形成をし始めてはいないだろうか。
今回の事件で,勝手な想像をすれば,本人にかかっていた「ストレス」は,かなりのものではなかったか。それに気付くことなく周りが感じ取れなかったのではないか。みんながそうなんだと言っても,十人十色である。心まで病んでしまう社会は,もう終わりにしたい。確かに特異な事件ではある。しかし,ここのところ,特異な事件が多い。と言うことは,「特異」ではなくなりつつあることを,私たちは,考える時期に来ていると思う。対応は,考えれば出てくるんじゃないだろうか。こういう問題に,真剣に取り組む体制を作るのは,今しかない。今考えないと,加害者になる若者が増え,それと共に被害増えてしまう。
私は,今の中学生を見ていて,今回の事件を「特異な事件」と言い切れない。みんなと一緒はなくて良いんだよ。自分で正しいと思うことを一生懸命やることが大事だよ。勉強の出来で,人は判断されないし,しちゃダメなんだよ。そして,自分以外の人が自分とは違うことも理解しよう。
2009年11月10日火曜日
私たちには「正当防衛」は?
注意した生徒が向かってくる。しかも,殴らんばかりの勢いで・・・。また,近づいてきて足を思いっきり蹴り飛ばす。しかし,私たちは,明確に反撃をしない。ただ,しないのではなく,できないという意識がある。
もう随分前だが,学校は,生徒の指導で,「これは許せない!」と言うことには,厳しい指導をして学校の秩序を守った。しかし,「体罰」問題が,大きくクローズアップされ,新規採用者への講習でも何度も語られ,もう,若い教師には,厳しく指導することが間違いだというような風潮にすらなりつつある。
何も「体罰」を100%肯定しているのではない。ここは理解してほしいのだが,弱い立場の子に暴力を振るっている場面で,「言葉で指導」をしていたんじゃ,その子は,殴られっぱなし。先生を殴っても何もないと思っている子は,平気で手を出す。百歩譲って「緊急時でも手を出さない」と言うなら,生徒が暴力を振るったら,警察へ届けて,その警察が,犯罪として扱うくらいの体制がないと,私たちは,殴られても何も言わない,ただのサンドバッグかとさえ思う。
しかし,警察の動きは,残念ながら,私たちの思いとはかけ離れている。「何で,先生達が指導せんのか」「俺たちの言うことは聞くのに・・・」という。これは,当たり前で,警察で同じ事をしたら,どうなるかくらいは知っている。ここに,学校と警察との連携が必要になる。
今までにも,恐喝事件やいじめの事件で,学校と警察の連携の悪さから,大きな事件に発展したことがある。たぶん,教育委員会や警察とでは,話し合いはされているだろう。しかし,現場へは浸透していない部分があるような気がしてならない。
ある仲間が,生徒から殴られたとき,警察から帰ってきてひと言,「たぶん,俺たちの誰かが死んだら真剣に考えてくれるんだろうな」と言った言葉が,いまだに頭に残っている。
いじめが問題になった頃,文科省は「正当防衛にあたる有形力の行使は体罰ではない」というような見解を出している。しかし,校長の中には,それすら知らないという現実も以前経験した。一部の学校の中には,「指導の限界」を感じ,あるいは,超えている状態があることを知ってもらいたい。数年前,名古屋市内の中学校で,職員室が占拠され,校長が殴られるという事があった。もう,記憶から消えつつあるだろうが,「もはや,学校は学校でない」と言っても良い状況を,早く把握し,他からの指摘で動くのではなく,学校に直接携わっている立場の組織から,プランを出していかないと,何度も何度も同じ事を繰り返すことになるんだろう。
今の時代的に言えば,「誰かが責任を取る」と言うことだろう。責任の所在がはっきりしていないので,どうなったのかわからない。学校を指導する立場,当該校を指導する立場の人が,指導できない場合の責任を明確にするだけで,もっと,こういう問題は前に進むと思う。教育委員会内の人たちが,前面に出て,指導をすべきじゃないかと思っている。
話は変わるが,先日の小学生の放火も,新聞の論調は,教育委員会に報告がしてなかったと書いてあった。新聞の論調通り行けば,その小学生に「こういう指導をするように・・・」と言わなければならないことになる。もし,報告したのに,指導方法を打ち合わせていなかったら,その担当者の責任と言うことになるんだろう。とても厳しい言い方をすれば,「校長」にだけ責任を取らせるような姿勢は絶対にあってはならないと思う。校長の指導のもと,毎日積み重ねて尚,うまくいっていない状況にも関わらず,校長の頑張りを否定するようなことではなく,指導する立場にいる人が,責任を持って,学校に乗り込んでくるくらいの人がいてほしいと願う。私は,そういう人が,教育委員会に入って頑張るべきだと常々思っている。
私の周りにも日々生徒向き合い,アイデアを出し,指導をしている。そういう人がいるのに・・・。その人が教育委員会に入ったら,学校現場も,助かるだろうなと言う人である。
もう随分前だが,学校は,生徒の指導で,「これは許せない!」と言うことには,厳しい指導をして学校の秩序を守った。しかし,「体罰」問題が,大きくクローズアップされ,新規採用者への講習でも何度も語られ,もう,若い教師には,厳しく指導することが間違いだというような風潮にすらなりつつある。
何も「体罰」を100%肯定しているのではない。ここは理解してほしいのだが,弱い立場の子に暴力を振るっている場面で,「言葉で指導」をしていたんじゃ,その子は,殴られっぱなし。先生を殴っても何もないと思っている子は,平気で手を出す。百歩譲って「緊急時でも手を出さない」と言うなら,生徒が暴力を振るったら,警察へ届けて,その警察が,犯罪として扱うくらいの体制がないと,私たちは,殴られても何も言わない,ただのサンドバッグかとさえ思う。
しかし,警察の動きは,残念ながら,私たちの思いとはかけ離れている。「何で,先生達が指導せんのか」「俺たちの言うことは聞くのに・・・」という。これは,当たり前で,警察で同じ事をしたら,どうなるかくらいは知っている。ここに,学校と警察との連携が必要になる。
今までにも,恐喝事件やいじめの事件で,学校と警察の連携の悪さから,大きな事件に発展したことがある。たぶん,教育委員会や警察とでは,話し合いはされているだろう。しかし,現場へは浸透していない部分があるような気がしてならない。
ある仲間が,生徒から殴られたとき,警察から帰ってきてひと言,「たぶん,俺たちの誰かが死んだら真剣に考えてくれるんだろうな」と言った言葉が,いまだに頭に残っている。
いじめが問題になった頃,文科省は「正当防衛にあたる有形力の行使は体罰ではない」というような見解を出している。しかし,校長の中には,それすら知らないという現実も以前経験した。一部の学校の中には,「指導の限界」を感じ,あるいは,超えている状態があることを知ってもらいたい。数年前,名古屋市内の中学校で,職員室が占拠され,校長が殴られるという事があった。もう,記憶から消えつつあるだろうが,「もはや,学校は学校でない」と言っても良い状況を,早く把握し,他からの指摘で動くのではなく,学校に直接携わっている立場の組織から,プランを出していかないと,何度も何度も同じ事を繰り返すことになるんだろう。
今の時代的に言えば,「誰かが責任を取る」と言うことだろう。責任の所在がはっきりしていないので,どうなったのかわからない。学校を指導する立場,当該校を指導する立場の人が,指導できない場合の責任を明確にするだけで,もっと,こういう問題は前に進むと思う。教育委員会内の人たちが,前面に出て,指導をすべきじゃないかと思っている。
話は変わるが,先日の小学生の放火も,新聞の論調は,教育委員会に報告がしてなかったと書いてあった。新聞の論調通り行けば,その小学生に「こういう指導をするように・・・」と言わなければならないことになる。もし,報告したのに,指導方法を打ち合わせていなかったら,その担当者の責任と言うことになるんだろう。とても厳しい言い方をすれば,「校長」にだけ責任を取らせるような姿勢は絶対にあってはならないと思う。校長の指導のもと,毎日積み重ねて尚,うまくいっていない状況にも関わらず,校長の頑張りを否定するようなことではなく,指導する立場にいる人が,責任を持って,学校に乗り込んでくるくらいの人がいてほしいと願う。私は,そういう人が,教育委員会に入って頑張るべきだと常々思っている。
私の周りにも日々生徒向き合い,アイデアを出し,指導をしている。そういう人がいるのに・・・。その人が教育委員会に入ったら,学校現場も,助かるだろうなと言う人である。
2009年11月8日日曜日
J1川崎,表彰式での愚行に思う!
Jリーグの川崎が表彰式で考えられない行動をし,各方面から批難を受けている。私は,この行動を見て,「やはり・・・」という思いがした。それは,中学校に勤めていて,運動の得意な子達が,「その事だけをやればいい」という考えに変わってしまってきている。
中には,立派な指導者の下,マナーを学んでいる子もいる。しかし,多くが,学校生活すらいい加減にし,運動だけやればいいと言う態度で,将来は,「○○から,特待で入れるから」と全く授業に身が入っていない。確かに,素晴らしい運動能力を持っている。でも,それだけで良いのだろうかと常々感じていた。今回のことは,川崎だけに限らず,常識を学んでこなかった若者の悲劇だろう。教えればできる子達ばかりだったはずだ。指導者の力量や考え方は,やはり,「人を育てていく」というごく当たり前の思いが必要なんだと思う。
以前,野球だったが,推薦が決まり,どうしても勉強に熱が入らなかった生徒に,その高校の監督がわざわざ中学校まで来て,強い口調で指導をした。彼は,人が変わったように頑張った。私は,これぞ,高校野球の監督だと思った。もう引退されているが,この監督さんを通じて,多くの生徒がお世話になった。もう大分前の話だが,携帯電話の所持禁止も徹底していた。彼らの生徒指導もしっかりやていたんだと思う。こういう監督が減ったんだろうか。
また,中学校の部活動の監督でも,まずは,技能より,躾を公言していた人がいた。全国大会にも連れて行く指導者だった。まずは,挨拶や態度,ここからスタートしていた。他校の生徒が練習試合に来ても,態度が悪いと激怒するような熱血漢だった。
しかし,最近,ちょっとしたことで,保護者からのクレームが増え,厳しく指導することに反感を感じる生徒や保護者が増え,「人としての成長」が,ないがしろになってきているのを感じる。だから,今回のような事が,起きることは,もう何年も前から予想できた。
私たち大人は,もっと,子ども達の将来を考えた指導をすべきだろう。学校も,私が教員になったときと比べると,明らかに,勉強にシフトしている。保護者は,勉強が一番としか考えない人が増えた。
以前は,もっと,子ども達とのふれ合いや,保護者会での会話が勉強以外だった。今回の若者の件で,反省すべきは,彼らを育てた私たち教員や部活動・クラブの指導者,そして,保護者ではないだろうか。
中には,立派な指導者の下,マナーを学んでいる子もいる。しかし,多くが,学校生活すらいい加減にし,運動だけやればいいと言う態度で,将来は,「○○から,特待で入れるから」と全く授業に身が入っていない。確かに,素晴らしい運動能力を持っている。でも,それだけで良いのだろうかと常々感じていた。今回のことは,川崎だけに限らず,常識を学んでこなかった若者の悲劇だろう。教えればできる子達ばかりだったはずだ。指導者の力量や考え方は,やはり,「人を育てていく」というごく当たり前の思いが必要なんだと思う。
以前,野球だったが,推薦が決まり,どうしても勉強に熱が入らなかった生徒に,その高校の監督がわざわざ中学校まで来て,強い口調で指導をした。彼は,人が変わったように頑張った。私は,これぞ,高校野球の監督だと思った。もう引退されているが,この監督さんを通じて,多くの生徒がお世話になった。もう大分前の話だが,携帯電話の所持禁止も徹底していた。彼らの生徒指導もしっかりやていたんだと思う。こういう監督が減ったんだろうか。
また,中学校の部活動の監督でも,まずは,技能より,躾を公言していた人がいた。全国大会にも連れて行く指導者だった。まずは,挨拶や態度,ここからスタートしていた。他校の生徒が練習試合に来ても,態度が悪いと激怒するような熱血漢だった。
しかし,最近,ちょっとしたことで,保護者からのクレームが増え,厳しく指導することに反感を感じる生徒や保護者が増え,「人としての成長」が,ないがしろになってきているのを感じる。だから,今回のような事が,起きることは,もう何年も前から予想できた。
私たち大人は,もっと,子ども達の将来を考えた指導をすべきだろう。学校も,私が教員になったときと比べると,明らかに,勉強にシフトしている。保護者は,勉強が一番としか考えない人が増えた。
以前は,もっと,子ども達とのふれ合いや,保護者会での会話が勉強以外だった。今回の若者の件で,反省すべきは,彼らを育てた私たち教員や部活動・クラブの指導者,そして,保護者ではないだろうか。
2009年11月5日木曜日
新規採用者の退職!
試用期間後に正式採用されず辞めた公立学校の新人教員315人のうち、88人はうつなど「精神疾患」による依願退職だったことが4日、2008年度の文部科学省の教員調査で分かった。名古屋市では6人の退職だった。
私は,去年の自分の置かれた環境から考えると,今年,精神的にまいって退職した若者の気持ちがよくわかる。毎日毎日,焦燥感のみの時間が過ぎる。いつしか,自分の心が通常ではない反応をし始める。こんなに辛いことはない。
こういう学校では,まともな教育ができない。学校の教師が余裕を持って,自分の持っている力を発揮できない学校では,子どもがかわいそうだ。そういう環境を作っているのは何か。言うまでもない。それがわかっていて,解決できない学校。そこに通わなければならない子ども達。もう,限界に近いんじゃないだろうか。何か,対策を考える時期に来ているんじゃないか。
まともに授業ができない学校。それが,教師の力量とかではなく,通常では考えられない生徒達の行動だとしたら・・・。
大昔なら,力で押さえ込んだんだろう。しかし,体罰問題として大きくマスコミに報道され,教師達は,問題ある生徒に馬鹿にされ,「殴れるものなら殴ってみろ!」と平気で言われる時代。怖い物なしの無法地帯の学校。こんなの学校じゃない。
辞めていった6人の人は,どんな思いだろう。あの難しい試験に合格し,希望を持って,過ごせると信じていただろうに・・・。
私は,去年の自分の置かれた環境から考えると,今年,精神的にまいって退職した若者の気持ちがよくわかる。毎日毎日,焦燥感のみの時間が過ぎる。いつしか,自分の心が通常ではない反応をし始める。こんなに辛いことはない。
こういう学校では,まともな教育ができない。学校の教師が余裕を持って,自分の持っている力を発揮できない学校では,子どもがかわいそうだ。そういう環境を作っているのは何か。言うまでもない。それがわかっていて,解決できない学校。そこに通わなければならない子ども達。もう,限界に近いんじゃないだろうか。何か,対策を考える時期に来ているんじゃないか。
まともに授業ができない学校。それが,教師の力量とかではなく,通常では考えられない生徒達の行動だとしたら・・・。
大昔なら,力で押さえ込んだんだろう。しかし,体罰問題として大きくマスコミに報道され,教師達は,問題ある生徒に馬鹿にされ,「殴れるものなら殴ってみろ!」と平気で言われる時代。怖い物なしの無法地帯の学校。こんなの学校じゃない。
辞めていった6人の人は,どんな思いだろう。あの難しい試験に合格し,希望を持って,過ごせると信じていただろうに・・・。
2009年11月4日水曜日
小学生が放火!教育委員会の対応は・・・。
名古屋市中川区にある寺が小学生の放火により全焼した事件で,新聞の中に「学校が教育委員会には報告していなかった」というのがあったが,報告する義務があるのに報告をしていなかったという論調である。
ただ,報告して後,教育委員会が学校に対して,その児童に対して「こういう指導をしなさい」という事をするだろうかという疑問を持っている。それは,過去にいろんな事で報告をして,それについての指導を受けたという記憶がないからである。言うなら,統計の数として報告をしているのが現状ではないだろうか。
もし,今後,教育委員会に報告をしていなかった結果,こういう大変な火事が起きたとすれば,今後は,児童生徒の行動で,問題がありそうなことは,すべて報告し,その一つ一つに指導方法や指導経過を記録していくんだろうな。これは,想像を絶するような数になるだろう。
もし,取材に対して教育委員会が,「聞いていなかった」と言うだけの対応だとすれば,まさに,先ほど書いたようにすべて報告をすべきだろう。しかし,「学校長の判断で,報告する場合としない場合がある」と言っていれば,そうならない。どっちなんだろう。
ただ,報告して後,教育委員会が学校に対して,その児童に対して「こういう指導をしなさい」という事をするだろうかという疑問を持っている。それは,過去にいろんな事で報告をして,それについての指導を受けたという記憶がないからである。言うなら,統計の数として報告をしているのが現状ではないだろうか。
もし,今後,教育委員会に報告をしていなかった結果,こういう大変な火事が起きたとすれば,今後は,児童生徒の行動で,問題がありそうなことは,すべて報告し,その一つ一つに指導方法や指導経過を記録していくんだろうな。これは,想像を絶するような数になるだろう。
もし,取材に対して教育委員会が,「聞いていなかった」と言うだけの対応だとすれば,まさに,先ほど書いたようにすべて報告をすべきだろう。しかし,「学校長の判断で,報告する場合としない場合がある」と言っていれば,そうならない。どっちなんだろう。
2009年11月3日火曜日
DVDについて!
最近,DVDレコーダーで地上デジタル放送を録画しようとして,いろんな障害にぶつかった。
1.今までのDVD-Rでは,録画できない。CPRM対応のDVD-Rが必要である。
2.ダビング10があるので,良いのだが,ダビングしたDVD-Rからダビングできない。
3.今まで再生していたDVDレコーダーでは,再生できない。CPRMに対応したプレーヤーが必要。
4.コンピュータの周辺機器のDVDも対応していない機器では読み込めない。
また,DVD-Rに録画してみてみると,以前のアナログ画像と同等であること。HDDに録画した画像は,鮮明でもDVDにすると画像の質が落ちる。もっと,鮮明かなと思っていただけに,少し悲しい。ただ,今後,DVDレコーダーをもう少し,調べないといけないが,DVD-Rでは,ハイビジョンでは録画できないようだ。
ところで,我が家には,まだブルーレイは利用できないが,もう少し待った方が良いのだろうか。なぜなら,今後,もう少し使いやすくなるような気がする。
1.今までのDVD-Rでは,録画できない。CPRM対応のDVD-Rが必要である。
2.ダビング10があるので,良いのだが,ダビングしたDVD-Rからダビングできない。
3.今まで再生していたDVDレコーダーでは,再生できない。CPRMに対応したプレーヤーが必要。
4.コンピュータの周辺機器のDVDも対応していない機器では読み込めない。
また,DVD-Rに録画してみてみると,以前のアナログ画像と同等であること。HDDに録画した画像は,鮮明でもDVDにすると画像の質が落ちる。もっと,鮮明かなと思っていただけに,少し悲しい。ただ,今後,DVDレコーダーをもう少し,調べないといけないが,DVD-Rでは,ハイビジョンでは録画できないようだ。
ところで,我が家には,まだブルーレイは利用できないが,もう少し待った方が良いのだろうか。なぜなら,今後,もう少し使いやすくなるような気がする。
2009年11月1日日曜日
「ちかん」と言われたら,「逃げること!」
昨日も書いたが,名古屋市立の中学校の教務主任が「迷惑防止条例」違反で停職4ヶ月の懲戒処分を受けた。最初は,否定していたと言うから,途中で何がどうなったのかはわからない。しかし,この話題,テレビなどで弁護士が「やってなかったら,逃げることです。」という事を言ったらしい。
これって,ものすごくおかしな話ではないだろうか。理由は,捕まったら,もう否定してもしきれない。やってもないのに,やったことになってしまうと言う。やってもないことをやったことにしてしまうとしたら,法律って何だろうと思ってしまう。ただ,法律の専門家ですら「逃げること」と言うんだから,それほど,難しい問題なんだろう。
ある大学教授が,最高裁で「無罪」判決を受けたというニュースもあったが,何年もかかっている。その間,とんでもなく辛い日々になる。よく家族共々頑張ったと思う。この苦労を考えて,認めた方が早く社会復帰できると言われたら・・・。
でも,どうしても納得できない。以前,わざと,人を陥れたような事件も起きている。今,電車にカメラの設置も検討課題になっているらしい。
もし,私自身が,突然「ちかんです」と言われて,警察に連れて行かれたらと思うと,まずは,否定できず,犯人になってしまうんだろうか。こう考えると,電車にも乗れない。そうならないためにも,えん罪と言われるような事が起きないしくみを考えていかないと・・・。女性専用列車はあるが,こうなると「男性専用列車」が必要になりそうだ。
今回の中学校教諭が,どうこう言うのではなく,本当に,いつふりかかるともわからない現実があることだけは,自覚していないといけない。ただ,こういう行為が頻発していることも事実だ。これは,許せないと言うことは,言うまでもない。
これって,ものすごくおかしな話ではないだろうか。理由は,捕まったら,もう否定してもしきれない。やってもないのに,やったことになってしまうと言う。やってもないことをやったことにしてしまうとしたら,法律って何だろうと思ってしまう。ただ,法律の専門家ですら「逃げること」と言うんだから,それほど,難しい問題なんだろう。
ある大学教授が,最高裁で「無罪」判決を受けたというニュースもあったが,何年もかかっている。その間,とんでもなく辛い日々になる。よく家族共々頑張ったと思う。この苦労を考えて,認めた方が早く社会復帰できると言われたら・・・。
でも,どうしても納得できない。以前,わざと,人を陥れたような事件も起きている。今,電車にカメラの設置も検討課題になっているらしい。
もし,私自身が,突然「ちかんです」と言われて,警察に連れて行かれたらと思うと,まずは,否定できず,犯人になってしまうんだろうか。こう考えると,電車にも乗れない。そうならないためにも,えん罪と言われるような事が起きないしくみを考えていかないと・・・。女性専用列車はあるが,こうなると「男性専用列車」が必要になりそうだ。
今回の中学校教諭が,どうこう言うのではなく,本当に,いつふりかかるともわからない現実があることだけは,自覚していないといけない。ただ,こういう行為が頻発していることも事実だ。これは,許せないと言うことは,言うまでもない。
2009年10月31日土曜日
認めていたんだ!
以前,名古屋市立の中学校の教諭が県の迷惑条例違反で逮捕された事件で,当初は否定していたと書かれてあったが,今日の新聞には,認めたとあった。そして,名古屋市教育委員会は4ヶ月の停職の懲戒処分としたらしい。
ただ,学校名や実名も新聞などで報道され,停職後に学校に戻れるかどうか・・・。しかも,教務主任という立場からすると,復帰したとしても相当大変だろう。過去にも,不祥事を起こして職場を去った人はいた。テレビや新聞に出るのと出ないのとでは,大違いだなとつくづく感じた事件である。どういう場合が報道され,どういう場合が報道されないのかよくわからない。
私は,最初,本人が否定したと言うことで,間違いなのかも知れないし,誤認逮捕と言うこともあるんだろうかと思っていたが,認めたとなると,これは,そうも言えなくなった。こうなると,以前書いたように,こういう人を教務主任にした学校長の責任や,推薦した人たちは,自分に少なからず責任があることを認識してもらいたい。これは,とても厳しいことを書いていることはわかっている。でも,あまりに「?」という人が推薦されたこともあったことから,推薦する人たちは,自分の責任を十分全うできるような面接をすべきだと思う。
また,以前,新規採用の人の中で,話をしてすぐに「あれっ」と感じる人に出会ったが,教員採用試験では,面接があるわけで,これを見抜けなかったとすれば,その面接官の責任もあるように思う。これは,確かに,難しい判断だとは思う。でも,そういう気持ちで面接官として,やってほしいと思うのである。
ただ,学校名や実名も新聞などで報道され,停職後に学校に戻れるかどうか・・・。しかも,教務主任という立場からすると,復帰したとしても相当大変だろう。過去にも,不祥事を起こして職場を去った人はいた。テレビや新聞に出るのと出ないのとでは,大違いだなとつくづく感じた事件である。どういう場合が報道され,どういう場合が報道されないのかよくわからない。
私は,最初,本人が否定したと言うことで,間違いなのかも知れないし,誤認逮捕と言うこともあるんだろうかと思っていたが,認めたとなると,これは,そうも言えなくなった。こうなると,以前書いたように,こういう人を教務主任にした学校長の責任や,推薦した人たちは,自分に少なからず責任があることを認識してもらいたい。これは,とても厳しいことを書いていることはわかっている。でも,あまりに「?」という人が推薦されたこともあったことから,推薦する人たちは,自分の責任を十分全うできるような面接をすべきだと思う。
また,以前,新規採用の人の中で,話をしてすぐに「あれっ」と感じる人に出会ったが,教員採用試験では,面接があるわけで,これを見抜けなかったとすれば,その面接官の責任もあるように思う。これは,確かに,難しい判断だとは思う。でも,そういう気持ちで面接官として,やってほしいと思うのである。
2009年10月28日水曜日
賛否両論!
最近,学校長は,廊下番をしていることが多い。私としては,ありがたいなと思う反面,その姿を見ると,何となく「寂しさ」を感じる。それは,自分たちでできないから校長が登場するわけで,監督自ら試合に出場をしているような状態にも思える。
確かに,現状把握のための巡回は必要だ。ただ,巡回にとどまらず,毎回廊下番となると考えてしまう。去年は,教頭が何度も助けてくれたが,さすがに校長となると,申し訳ないという感情も出てくるのである。
まして,こういう状態で,教員が職員室で座っているとなると,ますます,校長に申し訳ない。自分たちでできることをすべてやってからなら仕方がないのかも知れない。
随分前,若い校長の時は,よく自分で,いろんな指導をしていた人はいたが,最近は見たことがなかったので,ここ数日,目にする光景は,何となくだが違和感がある。もっと,私たちが頑張らないといけないんだろう。
これを是とするか非とするのか。私はよくわからない。1つ言えることは,監督は,状況判断をし,その指導方法を指示するのが良いのだろう。ただ,もう,そんなことを言ってられないという状況と言うことも言える。確かに,今の状況は,普通とは言えない。
毎回思うことは,真面目に頑張っている生徒達に申し訳ないという事である。授業が途中で中断したり,廊下を走り回る生徒の指導で,落ち着かなかったり・・・。それでも,学校の責任なんだろうか。
よく,犯罪なんかで,加害者の人権が被害者よりも守られているという議論がある。今の学校で,傍若無人に勝手なことをしている生徒の学習権と,真面目に授業を受けようとしている生徒の学習権は,同じで良いんだろうか。
確かに,現状把握のための巡回は必要だ。ただ,巡回にとどまらず,毎回廊下番となると考えてしまう。去年は,教頭が何度も助けてくれたが,さすがに校長となると,申し訳ないという感情も出てくるのである。
まして,こういう状態で,教員が職員室で座っているとなると,ますます,校長に申し訳ない。自分たちでできることをすべてやってからなら仕方がないのかも知れない。
随分前,若い校長の時は,よく自分で,いろんな指導をしていた人はいたが,最近は見たことがなかったので,ここ数日,目にする光景は,何となくだが違和感がある。もっと,私たちが頑張らないといけないんだろう。
これを是とするか非とするのか。私はよくわからない。1つ言えることは,監督は,状況判断をし,その指導方法を指示するのが良いのだろう。ただ,もう,そんなことを言ってられないという状況と言うことも言える。確かに,今の状況は,普通とは言えない。
毎回思うことは,真面目に頑張っている生徒達に申し訳ないという事である。授業が途中で中断したり,廊下を走り回る生徒の指導で,落ち着かなかったり・・・。それでも,学校の責任なんだろうか。
よく,犯罪なんかで,加害者の人権が被害者よりも守られているという議論がある。今の学校で,傍若無人に勝手なことをしている生徒の学習権と,真面目に授業を受けようとしている生徒の学習権は,同じで良いんだろうか。
2009年10月25日日曜日
JR西日本と組織!
あの大事故を起こしたJR西日本が,事故調査に関わる人たちに対して,情報収集や自分たちの都合の良い情報を出すような働きかけをしたというニュースが流れている。
しかし,私は,このニュースを聞いたとき,「やはり。そうだったんだ。」という気持ちになった。日本の組織で,こういう事をやることは,ある意味,当然のことのように思っていたからかも知れない。だからこそ,こういう調査をする人やその上に立つ人の人格は大事なんだと思う。
そういう人選ができないのは,選ばれた人たちが,組織のしがらみの中で生きてきて,そのしがらみで出世したりするからできないんだろう。
このことは,私たちすべてに言えるような気がする。だから,今一度立ち止まって,上に立つ人の人選を真剣に考えないと「組織」は,膿んできてしまう。そうじゃないだろうか。その結果,ベストな判断ができず,または,判断が遅れ,手遅れになる。その良い例が,JALではないだろうか。JR西日本と言い,JALと言い,何か共通するものがある。それは,公務員的な立場で進んできた組織だということだ。
「組織」を維持するだけではなく,健全に進めて行くには,相当の覚悟を持った人を組織の長にすべきなんだろう。もう,そういう時期に来ている。私は,そう思う。もし,旧来のやり方で進めたいなら,その人の生き方,人となりをしっかりと見極める必要があるだろう。でも,そんな人が上の立場にいれば良いんだが,そうでなかったら,やはり,外部から迎えるのがベストな選択だと思う。
しかし,私は,このニュースを聞いたとき,「やはり。そうだったんだ。」という気持ちになった。日本の組織で,こういう事をやることは,ある意味,当然のことのように思っていたからかも知れない。だからこそ,こういう調査をする人やその上に立つ人の人格は大事なんだと思う。
そういう人選ができないのは,選ばれた人たちが,組織のしがらみの中で生きてきて,そのしがらみで出世したりするからできないんだろう。
このことは,私たちすべてに言えるような気がする。だから,今一度立ち止まって,上に立つ人の人選を真剣に考えないと「組織」は,膿んできてしまう。そうじゃないだろうか。その結果,ベストな判断ができず,または,判断が遅れ,手遅れになる。その良い例が,JALではないだろうか。JR西日本と言い,JALと言い,何か共通するものがある。それは,公務員的な立場で進んできた組織だということだ。
「組織」を維持するだけではなく,健全に進めて行くには,相当の覚悟を持った人を組織の長にすべきなんだろう。もう,そういう時期に来ている。私は,そう思う。もし,旧来のやり方で進めたいなら,その人の生き方,人となりをしっかりと見極める必要があるだろう。でも,そんな人が上の立場にいれば良いんだが,そうでなかったら,やはり,外部から迎えるのがベストな選択だと思う。
寒さでストーブを出した!
今朝,いつものように起きて,リビングに行き,テレビを見ようとして,今までとは違った「寒さ」を感じた。すぐに,ストーブを出してきた。ただ,灯油がない。朝早くから,灯油をガソリンスタンドに買いに行ってきた。去年は,高い灯油だったが,今日は千円ちょっとでまあまあの値段だった。
石油ファンヒーターは,しまってあって,ホコリもついていたんだろう。最初は,何かが焦げたニオイが部屋中に充満した。まあ,懐かしいニオイでもあった。
季節は確実に秋。そして,冬に向かって行くんだろう。どうも,歳のせいか,寒くなると,どこにも行きたくなくなるし,何もしたくなくなる。また,膝に痛みが出てくる。嫌になってしまう。今週で10月も終わりである。今年も残り2ヶ月となったんだなと思う。
石油ファンヒーターは,しまってあって,ホコリもついていたんだろう。最初は,何かが焦げたニオイが部屋中に充満した。まあ,懐かしいニオイでもあった。
季節は確実に秋。そして,冬に向かって行くんだろう。どうも,歳のせいか,寒くなると,どこにも行きたくなくなるし,何もしたくなくなる。また,膝に痛みが出てくる。嫌になってしまう。今週で10月も終わりである。今年も残り2ヶ月となったんだなと思う。
2009年10月18日日曜日
「加藤和彦」さん,永眠!
中学校時代,フォークソングと言われていた頃,ギターを弾くなんて「不良」と真顔で言う人がいた時代。そんな時に聴いた数々の歌。その中に彼の歌はあった。今,学校に勤めているが,あれだけ「不良」呼ばわりされた曲が,教科書に載っている時代。
しかも,合唱では必ず聴く歌「あの素晴らしい愛をもう一度」は,彼の歌でもあるんだ。その頃,「何でこの歌がいけないのか?」と思っていた自分。世の中とはそう言うものなんだろうと思った。
自分もどんどん歳をとっていき,将来というか,この先の事については不安になることはある。何をすべきなのか。何を目標にすべきか。そんな時期なんだろうか。定年というゴールが遠くにはあるが,見えてきた今,加藤さんの死で,今一度考えてしまった。
しかも,合唱では必ず聴く歌「あの素晴らしい愛をもう一度」は,彼の歌でもあるんだ。その頃,「何でこの歌がいけないのか?」と思っていた自分。世の中とはそう言うものなんだろうと思った。
自分もどんどん歳をとっていき,将来というか,この先の事については不安になることはある。何をすべきなのか。何を目標にすべきか。そんな時期なんだろうか。定年というゴールが遠くにはあるが,見えてきた今,加藤さんの死で,今一度考えてしまった。
2009年10月16日金曜日
教え子からの連絡続く!
ここ数日で,教え子からの連絡が相次いでいる。不思議にも,集中している。その内,2つが店を開店したという内容。1つが結婚をするという連絡。それ以外の数件は,「相談したいことがある」というものだ。
特に,「相談したいこと」は,メールや電話のやり取りで終わったものもあるが,「会って話したい」というものがいくつかあって,明日は2件,明後日は1件である。いつもの土日には,こんなに集中することはないが,今回のように集中したのは初めてである。まだ,来週に持ち越しになった子もいる。
今,こうやって,40代になった教え子,30代になった教え子,そして20代になった教え子,そして,10代の教え子。それぞれが,それぞれの悩みを持っていたり,また,自分の目標を達成した喜びを伝えてくれたり・・・。学校に勤めて良かったと思える瞬間でもある。確かに,悩みの相談は,心痛むことも多いが,卒業して何年も経っているのに「相手」として選んでくれていることには,嬉しい思いがある。
良いことばかりではないが,少しでも良い方向の話ができれば良いなと思う。こういう事ができるようになったのも,携帯電話や電子メールの普及が大きい。もし,なかったら,相手には選ばれていなかったんだろうな。気軽に連絡できる存在。私は,それで良いと思っている。今の若者達は,悩んだときの相談相手が少ないのかも知れない。
特に,「相談したいこと」は,メールや電話のやり取りで終わったものもあるが,「会って話したい」というものがいくつかあって,明日は2件,明後日は1件である。いつもの土日には,こんなに集中することはないが,今回のように集中したのは初めてである。まだ,来週に持ち越しになった子もいる。
今,こうやって,40代になった教え子,30代になった教え子,そして20代になった教え子,そして,10代の教え子。それぞれが,それぞれの悩みを持っていたり,また,自分の目標を達成した喜びを伝えてくれたり・・・。学校に勤めて良かったと思える瞬間でもある。確かに,悩みの相談は,心痛むことも多いが,卒業して何年も経っているのに「相手」として選んでくれていることには,嬉しい思いがある。
良いことばかりではないが,少しでも良い方向の話ができれば良いなと思う。こういう事ができるようになったのも,携帯電話や電子メールの普及が大きい。もし,なかったら,相手には選ばれていなかったんだろうな。気軽に連絡できる存在。私は,それで良いと思っている。今の若者達は,悩んだときの相談相手が少ないのかも知れない。
2009年10月15日木曜日
教え子が「店」を・・・。
今日,1枚の葉書が届いた。裏には,カラフルな写真。それも「海鮮・鉄板焼き」の店である。何で私に来たんだろうかと思った。よくよく見てみると,そこには,教え子の名前が記されていた。
懐かしいと共に,中学校時代の彼を思い出した。本当にいろんな事が思い出される。なぜか,私を慕ってくれて,何度か会ったことはあるが,最後に会ってからもう何年も経っている。彼女を連れて家に来たこともある。
少しだけ思い出を書くと,先生達にいろんな迷惑をかけたこと。そして,両親にも迷惑をかけたこと。ただ,卒業してからは,自分の考えで,自分の出来ることを精一杯やっていた。仲間も優しかった。たぶん,いろんな大変な思いをしただろうが,こうやって,独り立ちをすることを知り,親のように嬉しい。必ず行ってみようと思っている。
また,今日は,別の教え子の結婚式の報告もメールであった。長いことやってるなと我ながら「すごい」なと思った。そして,中学校時代で,その子の人生が決定されないことも実感する。中学校の時にダメな生活をしたからと言って,ダメな人間じゃない。それを実体験として私は感じている。でも,それがわかるのは,私くらいの歳にならないとわからないんだろうなと思う。
ただ,1つ言えることは,人と話ができる子であったこと。これが大事である。ただただ,勝手な事をし放題の子は,やはり,大変な人生を送っている。この違いに私たちは気付く必要があるんだと・・・。
懐かしいと共に,中学校時代の彼を思い出した。本当にいろんな事が思い出される。なぜか,私を慕ってくれて,何度か会ったことはあるが,最後に会ってからもう何年も経っている。彼女を連れて家に来たこともある。
少しだけ思い出を書くと,先生達にいろんな迷惑をかけたこと。そして,両親にも迷惑をかけたこと。ただ,卒業してからは,自分の考えで,自分の出来ることを精一杯やっていた。仲間も優しかった。たぶん,いろんな大変な思いをしただろうが,こうやって,独り立ちをすることを知り,親のように嬉しい。必ず行ってみようと思っている。
また,今日は,別の教え子の結婚式の報告もメールであった。長いことやってるなと我ながら「すごい」なと思った。そして,中学校時代で,その子の人生が決定されないことも実感する。中学校の時にダメな生活をしたからと言って,ダメな人間じゃない。それを実体験として私は感じている。でも,それがわかるのは,私くらいの歳にならないとわからないんだろうなと思う。
ただ,1つ言えることは,人と話ができる子であったこと。これが大事である。ただただ,勝手な事をし放題の子は,やはり,大変な人生を送っている。この違いに私たちは気付く必要があるんだと・・・。
2009年10月10日土曜日
推定無罪!(教師の不祥事)
名古屋市の教員の記事が続いた。いわゆる不祥事に該当する記事である。それに関してだと思うが,全員に対して,チェック表までついた用紙が配られた。公務員としての自覚を持ってやれということだろう。
私は,今回の事で,新聞でしか内容を知らない。この2件の内,1件は本人が否定をしていると書いてあったように思う。しかし,教育委員会がこういう文書を出したというのは認めたんだろうか。もし,認めていないとすると,「推定無罪」の状態ではないだろうか。確かに常識を逸脱した行動を戒める意味ではいいのだが,1人の教師が認めていないのに認めたと思えるような行動は,どうなんだろう。
また,この1人は,中学校の教務主任と記事にあった。だとすれば,皆に注意を喚起すると同時に,事実を認めたとすれば,それを推薦し,任命した教育委員会自身が反省をすべき事態だと思うが,それをしているんだろうか。
前にも書いたことがあるが,事実だろすればという前提で言えば,教務主任に推薦した人たち,すべてが自分の「人を見る目」がなかったと猛反省をしてほしい。
最後になるが,否定しているとすれば,最近言われる「えん罪」の可能性もあるわけで,教育委員会もバックアップしてあげないとしけないだろう。だって,「人物がよい」と認めて教務主任にしたんだから・・・。私たちが自信を持って「教務主任にした人がそんな事をしません」と・・・・。
私は,今回の事で,新聞でしか内容を知らない。この2件の内,1件は本人が否定をしていると書いてあったように思う。しかし,教育委員会がこういう文書を出したというのは認めたんだろうか。もし,認めていないとすると,「推定無罪」の状態ではないだろうか。確かに常識を逸脱した行動を戒める意味ではいいのだが,1人の教師が認めていないのに認めたと思えるような行動は,どうなんだろう。
また,この1人は,中学校の教務主任と記事にあった。だとすれば,皆に注意を喚起すると同時に,事実を認めたとすれば,それを推薦し,任命した教育委員会自身が反省をすべき事態だと思うが,それをしているんだろうか。
前にも書いたことがあるが,事実だろすればという前提で言えば,教務主任に推薦した人たち,すべてが自分の「人を見る目」がなかったと猛反省をしてほしい。
最後になるが,否定しているとすれば,最近言われる「えん罪」の可能性もあるわけで,教育委員会もバックアップしてあげないとしけないだろう。だって,「人物がよい」と認めて教務主任にしたんだから・・・。私たちが自信を持って「教務主任にした人がそんな事をしません」と・・・・。
2009年10月8日木曜日
午後からの授業!
午前中に「暴風警報」が解除され,午後から授業が行われた。ただ,木曜日は午後1時間の時間割のため,長い距離歩いてきた生徒は,1時間で下校ということになった。まあ,仕方がないことではあるが,今日は休みという判断をして,次回5時間の日に,もう1時間やることの方が良かったんじゃないかなと思ってしまった。
特に,1時間近くかかって登校した生徒の事を考えると,先ほどの方法も無謀な考えではないような気がする。
今回の台風18号は,名古屋にとっては,予想よりは被害が少なくほっとしている。しかし,他の地域では,被害も出ているので,自然災害というものに今一度,準備を怠らないという姿勢は必要だと思う。
若い頃は,こういう時は,学校に泊まって巡回したり,学区内を見回ったりしたが,もう自分の出番はなく,若い教師達が頑張ってくれている。万が一,批難をしてきた人がいた場合も対応をする立場に私たちはなる。
特に,1時間近くかかって登校した生徒の事を考えると,先ほどの方法も無謀な考えではないような気がする。
今回の台風18号は,名古屋にとっては,予想よりは被害が少なくほっとしている。しかし,他の地域では,被害も出ているので,自然災害というものに今一度,準備を怠らないという姿勢は必要だと思う。
若い頃は,こういう時は,学校に泊まって巡回したり,学区内を見回ったりしたが,もう自分の出番はなく,若い教師達が頑張ってくれている。万が一,批難をしてきた人がいた場合も対応をする立場に私たちはなる。
予想より南を通過中!
台風18号は,予想より南を通過したため,名古屋に住んでいる我が家では,思ったほど恐怖を感じなくてすんでいる。まだ,通過中と言うことで,時折,すさまじい風や雨を音で感じているが,以前経験したときよりは,ひどくない。
今日は,名古屋市内の中学校は,午前中の休校が決定したが,今後は「暴風警報」がいつ解除されるかによって,午後の授業が決まる。いずれにしても,少し早めに学校に行き,今後の成り行きを見守ろうと思う。
今日は,名古屋市内の中学校は,午前中の休校が決定したが,今後は「暴風警報」がいつ解除されるかによって,午後の授業が決まる。いずれにしても,少し早めに学校に行き,今後の成り行きを見守ろうと思う。
2009年10月7日水曜日
台風18号接近!
伊勢湾台風とコースが似ていると言われている「台風18号」が名古屋に近づいている。このままの予想だと,名古屋には,朝方最接近となる。この時間は,満潮にも重なり,高潮の心配も出ている。
私は,小さくてよく覚えていないが,伊勢湾台風がとても怖い台風だったと言うことは何となく記憶にあるような気がする。昔とは,比較にならないほどの対応はされると思うが,相手は自然,油断禁物だと思っている。
学校も愛知県は,今日中に休校を決めたところもあるという。名古屋は,午前6時の時点で「暴風警報」が出ていた場合に午前中が休校となる。ただ,この時間,なかなか微妙な時間で,登校してしまう生徒もいる。それは,親が早く出勤し,起きたときには,いつもなら学校に行く時間になっていて・・・。という事である。
よく言われるのが,7時に出たらどうするのかと言うことも話題になる。ただ,最近は,メール配送で知らせたり,学校のホームページで知らせたりしている。
何の被害もなく通り過ぎることを願っている。
私は,小さくてよく覚えていないが,伊勢湾台風がとても怖い台風だったと言うことは何となく記憶にあるような気がする。昔とは,比較にならないほどの対応はされると思うが,相手は自然,油断禁物だと思っている。
学校も愛知県は,今日中に休校を決めたところもあるという。名古屋は,午前6時の時点で「暴風警報」が出ていた場合に午前中が休校となる。ただ,この時間,なかなか微妙な時間で,登校してしまう生徒もいる。それは,親が早く出勤し,起きたときには,いつもなら学校に行く時間になっていて・・・。という事である。
よく言われるのが,7時に出たらどうするのかと言うことも話題になる。ただ,最近は,メール配送で知らせたり,学校のホームページで知らせたりしている。
何の被害もなく通り過ぎることを願っている。
2009年10月6日火曜日
流し(シンク)の排水口が詰まってしまった!
今日,家に帰って流し台で洗い物をしていると,徐々に水がたまってくるではないか。確かに数日前から,流れが悪く,洗浄剤でもやらないといけないという話をしていたが,妻は,やっているというので,そのままにしておいた。
しかし,とうとう今日,全く流れなくなっていた。排水口を開けてみると,そこには,管に詰まった「ヘドロ状」の物があった。しかも固くなっている。手でかき出したが,流れない。仕方なく,近所のホームセンターに行き「パイプクリーナー」を4200円で買ってきた。
これを使って数秒,あっという間に水は流れ始めた。しかし,トイレで吸盤のような物で,詰まりをなおした事はあったが,自分の家で,流しの詰まりをなおしたのは生まれて初めてだ。しかも,「パイプクリーナー」という道具があり,その能力はすごかった。
考えてみれば,家を建ててから約20年間に徐々に詰まっていったヘドロは,手強い相手だったし,今後も,詰まりについては,日頃から気をつけておく必要があるなと思ったのである。しかし,もうこの「パイプクリーナー」は使わないだろうな。4200円は,高いのか安いのか。業者を呼んだらいくら位なんだろうかと思った。
でも,水が「すっ」と流れたとき,結構嬉しかった。 私は,近くのホームセンターで10mの物を買ったので高かったが,楽天市場では,5mの物が売っていた。それが,下記の物である。
←5m
←10m
※3mの物もある。
しかし,とうとう今日,全く流れなくなっていた。排水口を開けてみると,そこには,管に詰まった「ヘドロ状」の物があった。しかも固くなっている。手でかき出したが,流れない。仕方なく,近所のホームセンターに行き「パイプクリーナー」を4200円で買ってきた。
これを使って数秒,あっという間に水は流れ始めた。しかし,トイレで吸盤のような物で,詰まりをなおした事はあったが,自分の家で,流しの詰まりをなおしたのは生まれて初めてだ。しかも,「パイプクリーナー」という道具があり,その能力はすごかった。
考えてみれば,家を建ててから約20年間に徐々に詰まっていったヘドロは,手強い相手だったし,今後も,詰まりについては,日頃から気をつけておく必要があるなと思ったのである。しかし,もうこの「パイプクリーナー」は使わないだろうな。4200円は,高いのか安いのか。業者を呼んだらいくら位なんだろうかと思った。
でも,水が「すっ」と流れたとき,結構嬉しかった。 私は,近くのホームセンターで10mの物を買ったので高かったが,楽天市場では,5mの物が売っていた。それが,下記の物である。
※3mの物もある。
2009年10月5日月曜日
新型インフルエンザ!
私の勤務校でも,とうとう「新型インフルエンザ」による「学級閉鎖」になった。金曜日に,数人が「新型インフルエンザ」と診断され,調子の悪い子も何人かいた。ひょっとしてという思いはあったが,土日をはさんだ今日,一気に欠席者が増えた。
やはり,うわさ通り,感染力は,毎年起きる「インフルエンザ」とは違うのかも知れない。しばらく学級閉鎖で,家庭も困ることが多いだろうが,まん延することはもっと困るし,中には,基礎疾患があると「命」にも関わると言うことなので,致し方がないところだろう。
ただ,まだ,休校ではないので,現在学級閉鎖になっていないクラスの今後の様子も心配である。
やはり,うわさ通り,感染力は,毎年起きる「インフルエンザ」とは違うのかも知れない。しばらく学級閉鎖で,家庭も困ることが多いだろうが,まん延することはもっと困るし,中には,基礎疾患があると「命」にも関わると言うことなので,致し方がないところだろう。
ただ,まだ,休校ではないので,現在学級閉鎖になっていないクラスの今後の様子も心配である。
2009年10月4日日曜日
ドクターヘリ!救命救急
今日の午前,「a life」という番組で「ドクターヘリ」の話題が出ていた。何気なく見ていると,あの制服,あの場所。先日私が行った「愛知医科大学病院」の救命救急だった。何度もすれ違った人たちの制服が,あの「青いつなぎ」だったので,まさに,私が見たスタッフだ。私が,いる間には,ドクターへりの出動はなかったが・・・。
私が見た,あの場所で,あそこにいた人たちが,「命」を救うために頑張っているのを見て,日頃の自分と比較し,もっと「人のために頑張れること」がないのかなと思った。また,こういう人を育てていくのも私たちの仕事なんだろうなと思った。
愛知医科大学病院。私の同級生も卒業して,あちこちで医者として頑張っている。私は,初めて見た。その見たのが,救命救急だった。こんな素晴らしい施設や人材を持った大学が身近にあることを改めて知ったのである。
また,私の父は,まだ私が小学校に行く前に病死している。もし,救急救命のような施設に運ばれていたら,今まだ命があったのかも知れないと思う。また,父の死後女手一つで私を育ててくれた母も病状が急変したときに救命救急に行っていたら助かったかも知れないと思えてならない。番組で,女医の人が,最初のバトンという話をし,専門医ではできないことができるとも語っていた。まさに,医者の方々に求められているもののように思った。
私が見た,あの場所で,あそこにいた人たちが,「命」を救うために頑張っているのを見て,日頃の自分と比較し,もっと「人のために頑張れること」がないのかなと思った。また,こういう人を育てていくのも私たちの仕事なんだろうなと思った。
愛知医科大学病院。私の同級生も卒業して,あちこちで医者として頑張っている。私は,初めて見た。その見たのが,救命救急だった。こんな素晴らしい施設や人材を持った大学が身近にあることを改めて知ったのである。
また,私の父は,まだ私が小学校に行く前に病死している。もし,救急救命のような施設に運ばれていたら,今まだ命があったのかも知れないと思う。また,父の死後女手一つで私を育ててくれた母も病状が急変したときに救命救急に行っていたら助かったかも知れないと思えてならない。番組で,女医の人が,最初のバトンという話をし,専門医ではできないことができるとも語っていた。まさに,医者の方々に求められているもののように思った。
2009年10月1日木曜日
救命救急24時?
あるきっかけで「救命救急」に付き添うことになった。救急車には何度か乗った事があるが(生徒のケガや病気で)救命救急は初めてのことだった。
私は,まるで,テレビの「救命救急24時」というドラマの中にいるような錯覚さえ感じた。それは,まさに到着時から,ドラマと同じだったからである。指示を出す医師,それを受けて処置をする医師。そのチームプレイには,感動さえ覚えた。
そこは,愛知医科大学病院である。私と話をした救命救急医の対応も,ドラマのように丁寧でわかりやすかった。また,看護師さんも的確に動いたいたのを覚えている。こういう人たちのおかげで,危ない命も助けられているんだと思うと,嘘でもなく,私は,最後にその建物に向かって頭を下げた。
もし,自分が若かったら,選びたかった職業だなと思う。それは,医師としては無理かも知れないが,この仕事に関わるスタッフでも良い。そんな思いがわいてくる出来事だった。
ありがとうございました。愛知医科大学病院救命救急のスタッフの皆様。
私は,まるで,テレビの「救命救急24時」というドラマの中にいるような錯覚さえ感じた。それは,まさに到着時から,ドラマと同じだったからである。指示を出す医師,それを受けて処置をする医師。そのチームプレイには,感動さえ覚えた。
そこは,愛知医科大学病院である。私と話をした救命救急医の対応も,ドラマのように丁寧でわかりやすかった。また,看護師さんも的確に動いたいたのを覚えている。こういう人たちのおかげで,危ない命も助けられているんだと思うと,嘘でもなく,私は,最後にその建物に向かって頭を下げた。
もし,自分が若かったら,選びたかった職業だなと思う。それは,医師としては無理かも知れないが,この仕事に関わるスタッフでも良い。そんな思いがわいてくる出来事だった。
ありがとうございました。愛知医科大学病院救命救急のスタッフの皆様。
2009年9月27日日曜日
歯磨きで「ガン」減少?
1日2回以上歯を磨く人が口の中や食道のがんになる危険性は、1回の人より3割低いとの研究結果を、愛知県がんセンター研究所がまとめた。全く磨かない人の危険性は、1回の人の1・8倍だった。
約3800人を対象とした疫学調査の結果で、歯磨き習慣と発がんの関連を示す報告は国内初という。横浜市で10月1日から開催される日本癌学会で発表する。
同研究所疫学予防部の松尾恵太郎室長は「口やのどには発がん物質とされるアセトアルデヒドを作る細菌がいる。歯磨きで細菌や発がん物質が洗い流されるので、少なくとも朝と夜に磨けば、がん予防に役立つ」と話している。
同センターを受診した人の中から、口の中やのどなどの頭頸部がんと食道がんの患者計961人と、がんでない2883人に、歯磨きや喫煙、飲酒などの習慣を聞いた。年齢は20~79歳で平均は61歳。
解析した結果、2回以上磨く人は1回の人に比べ、がんになる危険性が約29%低く、全く磨かない人の危険性は2回以上磨く人の2・5倍だった。喫煙や飲酒をする人だけの解析でも同様の結果で、歯磨き習慣がないことが、ほかの危険因子と関係なく、独立したがんの危険因子であることを強く示すものだという。
約3800人を対象とした疫学調査の結果で、歯磨き習慣と発がんの関連を示す報告は国内初という。横浜市で10月1日から開催される日本癌学会で発表する。
同研究所疫学予防部の松尾恵太郎室長は「口やのどには発がん物質とされるアセトアルデヒドを作る細菌がいる。歯磨きで細菌や発がん物質が洗い流されるので、少なくとも朝と夜に磨けば、がん予防に役立つ」と話している。
同センターを受診した人の中から、口の中やのどなどの頭頸部がんと食道がんの患者計961人と、がんでない2883人に、歯磨きや喫煙、飲酒などの習慣を聞いた。年齢は20~79歳で平均は61歳。
解析した結果、2回以上磨く人は1回の人に比べ、がんになる危険性が約29%低く、全く磨かない人の危険性は2回以上磨く人の2・5倍だった。喫煙や飲酒をする人だけの解析でも同様の結果で、歯磨き習慣がないことが、ほかの危険因子と関係なく、独立したがんの危険因子であることを強く示すものだという。
2009年9月24日木曜日
警察って何をするの?
今日,パトカーが近くに来て,中学生がタバコを吸っているのを注意。また,酎ハイを飲んでいる中学生を注意。ところがである。中学生から,警官の名前をもじって馬鹿にした呼び方をされている場面を見て,私は,警察は「犯罪を防ぐために権力を与えられているんじゃないのか」と言うことに不信感を持った。こんなに馬鹿にされていて,その人の言うことを聞くだろうか。何のために,警察は特権を与えられているのか。
また,近くには,明らかに改造をされたバイクが置いてあった。応援を頼んで,押収することだってできる状態だと思ったのは私だけなのだろうか。
未成年がアルコールを注意しても飲み続けている現状を放置?タバコを吸っていてもその場に捨てれば終わり。これで,間違った道に進み始めた子ども達の指導になるんだろうか。私は,この場面を,とても悲しい,しかも警察官の職務とは,いったい何なのかを思い知った。
この場面を見て,何年か前の事を思い出した。警察官に制服姿の中学生がタバコを捨てるように言ってもきかず,とうとう,煙を警察官に吹きかけた。さすがに,むっとしただろうが,しばらくそのままだった。そして,しばらくしたとき,この警察官は,力づくでこの中学生を押さえ込んだ。私は,これが警察官の仕事だなと思った。
言うことを聞く人だけに厳しく注意し,文句を言ったりくってかかってくる人には,優しく指導。これで,法治国家の日本が維持できるだろうか。これを維持するための仕事が警察ではないのだろうか。ある意味,情けない姿の警察官だった。たぶん,私たち教師も,そう見られているときもあるんだろうな。
また,近くには,明らかに改造をされたバイクが置いてあった。応援を頼んで,押収することだってできる状態だと思ったのは私だけなのだろうか。
未成年がアルコールを注意しても飲み続けている現状を放置?タバコを吸っていてもその場に捨てれば終わり。これで,間違った道に進み始めた子ども達の指導になるんだろうか。私は,この場面を,とても悲しい,しかも警察官の職務とは,いったい何なのかを思い知った。
この場面を見て,何年か前の事を思い出した。警察官に制服姿の中学生がタバコを捨てるように言ってもきかず,とうとう,煙を警察官に吹きかけた。さすがに,むっとしただろうが,しばらくそのままだった。そして,しばらくしたとき,この警察官は,力づくでこの中学生を押さえ込んだ。私は,これが警察官の仕事だなと思った。
言うことを聞く人だけに厳しく注意し,文句を言ったりくってかかってくる人には,優しく指導。これで,法治国家の日本が維持できるだろうか。これを維持するための仕事が警察ではないのだろうか。ある意味,情けない姿の警察官だった。たぶん,私たち教師も,そう見られているときもあるんだろうな。
2009年9月23日水曜日
介助犬について・・・
今日の夕方,NHKで「介助犬」についての番組が放送されていた。以前より,名前と大凡のことは,知っていたが,実際の場面を目で見たのは初めてだった。とても,素晴らしい感動する場面もあった。
しかも,それが,愛知県長久手に訓練施設があるというので,より身近に感じたのである。早速ホームページを見て,今まで知らなかったことを知った。また,たとえ少しでも援助できるように寄付をすることにした。決して多くの金額ではないが,気持ちを伝える方法はこれしかないかなと思った。
今,世の中には,いろんな障害を持って生活をしている人たちがいる。私の周りにも少なからずいる。その人達が,一人でもこの介助犬で一人で行動でき,家族への負担が減ることが,いかに重要かもわかる。犬の立場にしたら,大変な事だろうが,ぜひ,人間に協力をしてほしいなと思った。
私は,自由な時間ができたら,こんな人のために動ける事をしてみたいと思っている。
「日本介助犬協会」のページを下記に掲載しておくことにする。
http://www.s-dog.jp/
しかも,それが,愛知県長久手に訓練施設があるというので,より身近に感じたのである。早速ホームページを見て,今まで知らなかったことを知った。また,たとえ少しでも援助できるように寄付をすることにした。決して多くの金額ではないが,気持ちを伝える方法はこれしかないかなと思った。
今,世の中には,いろんな障害を持って生活をしている人たちがいる。私の周りにも少なからずいる。その人達が,一人でもこの介助犬で一人で行動でき,家族への負担が減ることが,いかに重要かもわかる。犬の立場にしたら,大変な事だろうが,ぜひ,人間に協力をしてほしいなと思った。
私は,自由な時間ができたら,こんな人のために動ける事をしてみたいと思っている。
「日本介助犬協会」のページを下記に掲載しておくことにする。
http://www.s-dog.jp/
2009年9月22日火曜日
赤外線通信とやら・・・
PHSを機種変更し,住所録を1つ1つ打っていると,息子が「赤外線使えばいいのに!」と言う。「何だそれ!」と言うと,中に入っている住所録を一瞬にして移せるらしいではないか。
早速教えてもらってやると,本当に「あっ」と言う間に転送された。今まで何をやっていたんだろうと,少し自分に腹が立った。しかし,知らないというのはこういう事だなとも感じた。パソコンの事は,そこそこ知っているつもりでいるが,携帯電話に関しては,ほとんど電話やちょっとしたメールでしか使わないので,1週間に1度も使わない事もある。
また,今回,他にもいろんな事ができることを知ってしまった。これは,ひょっとして,良くないかも知れない。もう,ずっと,携帯を手に持っている。新しいおもちゃを手にした子どもの気分である。
早速教えてもらってやると,本当に「あっ」と言う間に転送された。今まで何をやっていたんだろうと,少し自分に腹が立った。しかし,知らないというのはこういう事だなとも感じた。パソコンの事は,そこそこ知っているつもりでいるが,携帯電話に関しては,ほとんど電話やちょっとしたメールでしか使わないので,1週間に1度も使わない事もある。
また,今回,他にもいろんな事ができることを知ってしまった。これは,ひょっとして,良くないかも知れない。もう,ずっと,携帯を手に持っている。新しいおもちゃを手にした子どもの気分である。
2009年9月21日月曜日
「敬老の日」だが・・・
我が家は,もうずっと「敬老の日」とは,縁がない。子ども達は,私たち夫婦の両親をほとんど覚えていない。下の子が1歳の時に4人全員が他界している。
私はと言うと,大学生の時に,祖父母が亡くなったから,私の子ども達は,おじいちゃん・おばあちゃんという呼び方をしたことがないように思う。核家族化が進み,我が家のように,お年寄りも身近でない家庭は多いような気がする。これが,子ども達にとって,良いのか悪いのか。
結論は,それぞれだろうが,1人も老人が身近でないのは。ちょっと残念。せいぜい,墓参りくらいかな。
私はと言うと,大学生の時に,祖父母が亡くなったから,私の子ども達は,おじいちゃん・おばあちゃんという呼び方をしたことがないように思う。核家族化が進み,我が家のように,お年寄りも身近でない家庭は多いような気がする。これが,子ども達にとって,良いのか悪いのか。
結論は,それぞれだろうが,1人も老人が身近でないのは。ちょっと残念。せいぜい,墓参りくらいかな。
携帯電話(PHS)の機種変更!
10年近く使っていたPHSの機種変更をした。注文した翌日には届くという早さだった。驚いたのは,その機能の多さである。以前のものは,本当に電話とメールの基本機能したなかった。着信音が変えられたり,背景が動くことはなかった。
しかし,一番の驚きは,メールを入力するときの変換の便利さである。「予測変換」というらしいが,一度変換したものが前に来ていて,しかも,一時打てばそれに関連する言葉も出てきた。こんなに楽なことはない。なぜなら,今まで,音読みで一字一字入れていたからである。
まあ,大きさも小さくなり,納得だが,機種変更したとたん,ウィルコムの経営があやしいというニュースが・・・。DDIポケットの最初からの利用者としては残念な結果にならないことを願っている。PHSは,病院でも使われるほど,電波の出力も弱く,人間にとって優しい携帯なんだから・・・。
しかし,一番の驚きは,メールを入力するときの変換の便利さである。「予測変換」というらしいが,一度変換したものが前に来ていて,しかも,一時打てばそれに関連する言葉も出てきた。こんなに楽なことはない。なぜなら,今まで,音読みで一字一字入れていたからである。
まあ,大きさも小さくなり,納得だが,機種変更したとたん,ウィルコムの経営があやしいというニュースが・・・。DDIポケットの最初からの利用者としては残念な結果にならないことを願っている。PHSは,病院でも使われるほど,電波の出力も弱く,人間にとって優しい携帯なんだから・・・。
2009年9月20日日曜日
2009年9月18日金曜日
2009年9月14日月曜日
楽天市場で買った時計が壊れていた!
先週末,時計の調子が悪いので,1つ新しい物を買おうと「楽天市場」の「とある店」で購入をし,昨日届いたのだが,何と,秒針がはずれていた。
確かに,他の店より安いので選んだのだが,壊れているとは・・・。宅配の途中で壊れたのかも知れないが,早速メールを送って,対処方法を聞いた。すると,「着払いで送り返してほしい」というので,先ほど送り返してきた。
よく楽天市場は,利用しているが,製品が壊れていたのは今回が初めてである。運が悪いと言えばそこまでだが,少々残念な気持ちである。手にとって確かめられないからこそ,商品の品質には責任を持った会社であってほしい。
確かに,他の店より安いので選んだのだが,壊れているとは・・・。宅配の途中で壊れたのかも知れないが,早速メールを送って,対処方法を聞いた。すると,「着払いで送り返してほしい」というので,先ほど送り返してきた。
よく楽天市場は,利用しているが,製品が壊れていたのは今回が初めてである。運が悪いと言えばそこまでだが,少々残念な気持ちである。手にとって確かめられないからこそ,商品の品質には責任を持った会社であってほしい。
2009年9月13日日曜日
教員免許更新制廃止に向けて!
民主党の輿石参院議員会長兼代表代行は、甲府市内で記者会見し、今年4月に導入された教員免許更新制度の廃止に向け、来年の通常国会にも教育職員免許法改正案を提出する考えを示した。更新制度は安倍内閣が教育再生の目玉として導入を決めたが、民主党の有力支援団体である日本教職員組合が強く廃止を求めてきた。
私は,免許更新制には,否定的な考えであるが,教師が研修するのは必要と考えている。そのために,教育委員会が中心になって研修を実施している。中にも十分なものが多い。しかし,この免許更新制は,不適格教員の排除を目的としていると思われていて,その中途半端さが目的がはっきりしないと言われている。
不適格教員は実際に存在している。これを排除するのは,免許更新制では不可能なのは実施前からわかっていたことだ。結局,また税金の無駄遣いになったと言わざるを得ない。
私は,免許更新制には,否定的な考えであるが,教師が研修するのは必要と考えている。そのために,教育委員会が中心になって研修を実施している。中にも十分なものが多い。しかし,この免許更新制は,不適格教員の排除を目的としていると思われていて,その中途半端さが目的がはっきりしないと言われている。
不適格教員は実際に存在している。これを排除するのは,免許更新制では不可能なのは実施前からわかっていたことだ。結局,また税金の無駄遣いになったと言わざるを得ない。
2009年9月12日土曜日
川崎病が増加傾向!
主に乳幼児がかかる原因不明の「川崎病」の年間患者の発生率が2007年と08年の2年連続で過去の流行を上回るペースで増大、患者数も増えていることが中村好一・自治医大教授らの全国調査で明らかになった。
川崎病の年間患者発生数は1990年代半ば以降、増え続けており、4年連続で1万人を超えた。中村教授は「日本全国で増えていることは間違いない」と話している。
川崎病は主に4歳以下の乳幼児がかかり、高熱や発疹といった症状が出る。心臓の血管にこぶが残ったり、まれに死亡したりすることもある。原因は分かっていない。
4歳以下の10万人当たりの患者発生率は、07年が215・3、08年が218・6と、過去最大だった82年の196・1を上回った。
心臓に後遺症が出る割合は3・2%と、05~06年の前回調査時の3・8%より減った。しかし後遺症のうち、心臓の冠動脈に大きなこぶができ、血栓ができる恐れのある「巨大冠動脈瘤」の割合は0・25%とほぼ横ばいだった。死亡例は2年間で6人だった。
川崎病の年間患者発生数は1990年代半ば以降、増え続けており、4年連続で1万人を超えた。中村教授は「日本全国で増えていることは間違いない」と話している。
川崎病は主に4歳以下の乳幼児がかかり、高熱や発疹といった症状が出る。心臓の血管にこぶが残ったり、まれに死亡したりすることもある。原因は分かっていない。
4歳以下の10万人当たりの患者発生率は、07年が215・3、08年が218・6と、過去最大だった82年の196・1を上回った。
心臓に後遺症が出る割合は3・2%と、05~06年の前回調査時の3・8%より減った。しかし後遺症のうち、心臓の冠動脈に大きなこぶができ、血栓ができる恐れのある「巨大冠動脈瘤」の割合は0・25%とほぼ横ばいだった。死亡例は2年間で6人だった。
久しぶりの大雨!
今朝,町内の廃品回収場所に行き,新聞や段ボールを出してきた。帰ってくる途中から雨が降り出した。特に,午後は,久しぶりの大雨となった。我が家の「ビオトープ?」らしき場所にも水が増えた。基本的に,自然に任せてあるので,ある意味,水たまりなんだけれど,カエルが住みつき,水草が生え,数匹のヒメダカが生きている。
確かに,ヒメダカは,私が入れたが,入れたっきりエサもやっていない。でも,もう数年生きている。自然というのは素晴らしい。また,カエルも数匹いる。どこから来たのか。我が家の庭に来るには,階段を数段登るか,ブロックを1メートル登ってこなければならない。これも自然のパワーかな。
それと,今日テレビで「蓑虫」が絶滅危惧種という話があったが,我が家には,信じられないほどの蓑虫が生存している。そのため,木々の葉は,なくなってしまっている。でも,自然に任せてある。どうなるんだろう。たとえ,枯れてしまったとしても,その様子を観察したいと思っている。
確かに,ヒメダカは,私が入れたが,入れたっきりエサもやっていない。でも,もう数年生きている。自然というのは素晴らしい。また,カエルも数匹いる。どこから来たのか。我が家の庭に来るには,階段を数段登るか,ブロックを1メートル登ってこなければならない。これも自然のパワーかな。
それと,今日テレビで「蓑虫」が絶滅危惧種という話があったが,我が家には,信じられないほどの蓑虫が生存している。そのため,木々の葉は,なくなってしまっている。でも,自然に任せてある。どうなるんだろう。たとえ,枯れてしまったとしても,その様子を観察したいと思っている。
2009年9月10日木曜日
世の中,人の迷惑を考えない人が・・・
我が家の隣では,夜のなるとこうこうと電灯をつけて芝生刈りをする。光は,当然,居間に届き,その音はテレビの音をも消してしまう。
これが,たまなら良いのだが,2~3日に一度は行われる。そのために,ヘッドフォンまで購入した。たぶん,隣家の人はそんなことは,思いもよらないだろう。なぜなら,猫を飼っていて,その鳴き声が夜中中聞こえてくる家である。自分の家の中で飼っていて,鳴き声が聞こえるなら仕方がないが,猫のための部屋を外に作り,それが我が家の1メートルも離れない場所である。寝る部屋を変えた。
学校に勤めていて思うのだが,どんどん「迷惑をかける子」が増えていているのは,こういう親が増えたことに原因の1つがあるのではないかとさえ思う。「夜,芝刈りしたら近所迷惑だよ」と言える親の子は,それを感じるだろう。しかし,夜中に信じられないほどの光源で芝刈りをしても何も感じない親のもとで育った子は,迷惑という事を感じることはないように思う。
これが,たまなら良いのだが,2~3日に一度は行われる。そのために,ヘッドフォンまで購入した。たぶん,隣家の人はそんなことは,思いもよらないだろう。なぜなら,猫を飼っていて,その鳴き声が夜中中聞こえてくる家である。自分の家の中で飼っていて,鳴き声が聞こえるなら仕方がないが,猫のための部屋を外に作り,それが我が家の1メートルも離れない場所である。寝る部屋を変えた。
学校に勤めていて思うのだが,どんどん「迷惑をかける子」が増えていているのは,こういう親が増えたことに原因の1つがあるのではないかとさえ思う。「夜,芝刈りしたら近所迷惑だよ」と言える親の子は,それを感じるだろう。しかし,夜中に信じられないほどの光源で芝刈りをしても何も感じない親のもとで育った子は,迷惑という事を感じることはないように思う。
2009年9月9日水曜日
寒い!
今日の夕方から吹く風が冷たく感じた。風も強く吹いた事もあって,半そででは,外に長くいられない程だった。家に帰ってから,いつもならすぐに窓を全開にするのだが,今日ばかりは,閉めっぱなしでもよかった。
いよいよ名古屋も秋に突入だろうか。明日の最低気温は,17℃と言うから,寒いだろうな。寝るときも窓を開けっ放しだと風邪をひきそうだ。
さて,相変わらず大変な状況の学校だが,皆の協力もあり,何とか過ごしている。しかし,まだまだ「普通」の学校にはほど遠い。私は,思うのだが,こういう学校は体力勝負の部分も多い。私のような五十過ぎの体には,ずっと立ちっぱなし,生徒との押し合い,追いかけるということを続けていると,もう,限界になる。これが,毎日となれば,体がもたない。
いよいよ名古屋も秋に突入だろうか。明日の最低気温は,17℃と言うから,寒いだろうな。寝るときも窓を開けっ放しだと風邪をひきそうだ。
さて,相変わらず大変な状況の学校だが,皆の協力もあり,何とか過ごしている。しかし,まだまだ「普通」の学校にはほど遠い。私は,思うのだが,こういう学校は体力勝負の部分も多い。私のような五十過ぎの体には,ずっと立ちっぱなし,生徒との押し合い,追いかけるということを続けていると,もう,限界になる。これが,毎日となれば,体がもたない。
2009年9月6日日曜日
朝晩は涼しくなった!
今日も,昼間は暑い日だったが,朝や夕方には「涼しい風」を感じることができる。今年の気候は,異常とも言える夏となったが,早く「秋」を感じるのは,生活をする私たちにとっては,ありがたいことである。
さて,9月に入り,また「新型インフルエンザ」が流行の兆しが見え,文科省からも各家庭にプリントが配られている。人類は,自分たちが住みやすい世界を作ってきたが,まだまだ勝てない敵は多い。特に自然には簡単には勝てない。その1つに病気がある。まだまだ治療方法も見えない病気もあることを,テレビなどを通じて知る度に,何とかならないものかと思うのである。
今年も民法の「24時間テレビ」で,多くの「頑張り屋さん」を見て,私自身も「頑張らないといけない」と思ったのである。「障害は不幸ではない」そう言える彼らは,私にないものを持っている。
さて,9月に入り,また「新型インフルエンザ」が流行の兆しが見え,文科省からも各家庭にプリントが配られている。人類は,自分たちが住みやすい世界を作ってきたが,まだまだ勝てない敵は多い。特に自然には簡単には勝てない。その1つに病気がある。まだまだ治療方法も見えない病気もあることを,テレビなどを通じて知る度に,何とかならないものかと思うのである。
今年も民法の「24時間テレビ」で,多くの「頑張り屋さん」を見て,私自身も「頑張らないといけない」と思ったのである。「障害は不幸ではない」そう言える彼らは,私にないものを持っている。
2009年9月5日土曜日
教員免許更新制!
今年から,同僚も土日や夏季休業を利用して,「教員免許更新」のための講習に出かけている。講習料は,3万円である。この是非は,ともかく,まず,講習の内容が,それぞれの会場で多くの場合,ものすごく違うという事に少々疑問を感じる。
なぜなら,もし,「こういう内容を教員に伝えたい」というものは,決まってなくて,各会場・各講師に任されているとしたら,行った会場によって,学ぶことが全く違ったりする。中学校以上の教科別の免許の場合は,どうなんだろうか。
もし,現職の教員のためというなら,更新制ではなく,もっと違った研修を行うことで,この目的は達成できると思う。各地の教育委員会は,研修を行っている。この研修は,意味があると思うのだが,免許更新講習に対して,教育委員会は,どう思っているんだろう。嫌な言い方をすれば,「教育委員会」の研修は,意味がない。だから,全員に別の形で研修をさせると言うことになるんだろうか。
確かに,問題を持った教師はいるかも知れない。しかし,この免許更新制は,その排除は目的にはない。教師の質を上げるというのなら,教育委員会の研修で良いのではないかと思う。
なぜなら,もし,「こういう内容を教員に伝えたい」というものは,決まってなくて,各会場・各講師に任されているとしたら,行った会場によって,学ぶことが全く違ったりする。中学校以上の教科別の免許の場合は,どうなんだろうか。
もし,現職の教員のためというなら,更新制ではなく,もっと違った研修を行うことで,この目的は達成できると思う。各地の教育委員会は,研修を行っている。この研修は,意味があると思うのだが,免許更新講習に対して,教育委員会は,どう思っているんだろう。嫌な言い方をすれば,「教育委員会」の研修は,意味がない。だから,全員に別の形で研修をさせると言うことになるんだろうか。
確かに,問題を持った教師はいるかも知れない。しかし,この免許更新制は,その排除は目的にはない。教師の質を上げるというのなら,教育委員会の研修で良いのではないかと思う。
2009年9月3日木曜日
アカウントロック!
今日,インターネットバンキングを利用しようと「IDとパスワード」を入力した。しかし,「間違っています」というメッセージ。あれっと思いながら何度かやってみても,ログインできない。
これは困ったと何度も何度もやっていたら,「アカウントをロックしました。コールセンターへ電話をしてください」という赤い文字のメッセージが出た。当然,もうこれ以上は無理となった。
しかし,コールセンターの営業時間は5時までで,電話してもつながらない。自分でも何でログインできないか不思議でならなかった。そこで,よくよく思い出しながら確認をしていると,パスワードを間違えていたことがわかった。最近変更したことを忘れてしまっていた。よく物忘れをするようになったとは感じていたが,最近の事まで忘れていたとは,自分なりにショックだった。
いずれにしても,明日電話するしかない。こういう問題は,すぐに解決できないので,便利だと思っていたインターネットバンキングの不便さを改めて体験したのである。
これは困ったと何度も何度もやっていたら,「アカウントをロックしました。コールセンターへ電話をしてください」という赤い文字のメッセージが出た。当然,もうこれ以上は無理となった。
しかし,コールセンターの営業時間は5時までで,電話してもつながらない。自分でも何でログインできないか不思議でならなかった。そこで,よくよく思い出しながら確認をしていると,パスワードを間違えていたことがわかった。最近変更したことを忘れてしまっていた。よく物忘れをするようになったとは感じていたが,最近の事まで忘れていたとは,自分なりにショックだった。
いずれにしても,明日電話するしかない。こういう問題は,すぐに解決できないので,便利だと思っていたインターネットバンキングの不便さを改めて体験したのである。
2009年9月2日水曜日
同窓会(中学校)の知らせ!
中学時代の同窓会の案内が届いた。しかし,今の自分の体調では,翌日が平日だということを考えると,参加しずらい。理由は,1週間勤務すると,その疲れは,今までに経験したことがないくらい辛いものになる。土曜日なら翌日休めるが,日曜日となると,とても参加できない。
楽しく過ごした仲間達とは会いたいが,今回は断念ということにしようと思う。50歳を過ぎても尚,会おうという仲間達,本当にありがたい仲間達である。
楽しく過ごした仲間達とは会いたいが,今回は断念ということにしようと思う。50歳を過ぎても尚,会おうという仲間達,本当にありがたい仲間達である。
2009年9月1日火曜日
卒業生が来たんだけれど・・・
今日の午後,卒業生が来た。いろいろと迷惑をかけた子達だが,私は,その対応をした。しかし,私以外は誰も話しかけることすらしなかった。結局,私が,一人で帰るまで面倒を見ることになった。
確かに迷惑をかけた子達,話したくないのはわからなくはない。しかし,学校に来ている以上,誰かが対応をしなければならない。にも関わらず,私一人,職員室は静まりかえる。私は,職員室の外に出し,近況報告を聞き,しばらくして門まで送った。
こういう時に,昨年度の空しさを思い出す。突然の3年の担任。しかも,迷惑をかける子達の集団。今までこの学校の教師は・・・。
確かに迷惑をかけた子達,話したくないのはわからなくはない。しかし,学校に来ている以上,誰かが対応をしなければならない。にも関わらず,私一人,職員室は静まりかえる。私は,職員室の外に出し,近況報告を聞き,しばらくして門まで送った。
こういう時に,昨年度の空しさを思い出す。突然の3年の担任。しかも,迷惑をかける子達の集団。今までこの学校の教師は・・・。
電動歯ブラシを買ってみました!
2009年8月25日火曜日
学校の対応に疑問!
昨日の夕方からテレビのニュースで,「学校側がいじめを認めた」というような報道が相次いだ。これは,学校側が何かを隠していたという論調になっている。
あるテレビ局が,その部分を明確に言っていた。それは,校長の会見である。いじめについては「把握していない」という部分である。しかし,教頭の会見では,過去にしろ「いじめ」があったという。どのように相手にとられるかを考えていない会見内容としか思えない。まして,報道は,時として「追求」という立場で事を進めるのである。
ただ,こういう大きな問題があったときは,必ず「教育委員会」の担当者が学校に詰めているはずで,当然,校長とも打ち合わせをしたと考えられるのに,こういう会見をさせたというのは,校長だけでなく,教育委員会の担当者の危機管理能力不足と言わざるを得ない。また,十分な調査もせずに発言させたとしたら,何のために詰めていたのかわからない。もっと違う言い方があったはずだ。
また,私は,この教頭の発言にも疑問がある。テレビによっては,現在も続いていたかのような報道になっている。細切れに会見内容が使われてしまうことは,よくあることで,無防備な発言に思える。言葉をどうつなげるかで,学校側の意図が伝わるのに,言葉を選ぶばかりに,途中で編集しやすくしてしまった感がある。
いずれにしても,中学生が焼身自殺をするという痛ましい・悲しい事で,保護者の思いを考えると,辛い。そういう状況でも,保護者宅へ行って,インタビューを試みていたテレビ局があった。保護者と思われる人が,「何もお答えすることはありません。以上」と言っていた。この「以上」という部分で,私は,「そっとしておいてほしい」という思いを感じたのだが,テレビ局は感じないんだろうか。
あるテレビ局が,その部分を明確に言っていた。それは,校長の会見である。いじめについては「把握していない」という部分である。しかし,教頭の会見では,過去にしろ「いじめ」があったという。どのように相手にとられるかを考えていない会見内容としか思えない。まして,報道は,時として「追求」という立場で事を進めるのである。
ただ,こういう大きな問題があったときは,必ず「教育委員会」の担当者が学校に詰めているはずで,当然,校長とも打ち合わせをしたと考えられるのに,こういう会見をさせたというのは,校長だけでなく,教育委員会の担当者の危機管理能力不足と言わざるを得ない。また,十分な調査もせずに発言させたとしたら,何のために詰めていたのかわからない。もっと違う言い方があったはずだ。
また,私は,この教頭の発言にも疑問がある。テレビによっては,現在も続いていたかのような報道になっている。細切れに会見内容が使われてしまうことは,よくあることで,無防備な発言に思える。言葉をどうつなげるかで,学校側の意図が伝わるのに,言葉を選ぶばかりに,途中で編集しやすくしてしまった感がある。
いずれにしても,中学生が焼身自殺をするという痛ましい・悲しい事で,保護者の思いを考えると,辛い。そういう状況でも,保護者宅へ行って,インタビューを試みていたテレビ局があった。保護者と思われる人が,「何もお答えすることはありません。以上」と言っていた。この「以上」という部分で,私は,「そっとしておいてほしい」という思いを感じたのだが,テレビ局は感じないんだろうか。
2009年8月24日月曜日
悲惨な出来事!
名古屋市内の中学生が,「焼身自殺」をしたという記事を見た。何とも悲しい事である。中学生を教えている身として,何とかならなかったのかと思っている。
まして,記事によれば,自宅から結構距離がある。夜中に歩きながら,自分の最後の場所を探していたんだろうか。その時の気持ちは・・・。と考えると辛い。
テレビや新聞などのメディアが,いろいろと報道をしているようだが,ぜひ,中学生であることを考えての報道にしてもらいたい。今までの経験だと,事件や事故があると,すさまじい報道合戦のようになり,その対応に追われて,本来やるべき事ができないこともある。以前,緊急で電話をしても学校につながらない。理由は,新聞社やテレビ局が,ひっきりなしに電話をしてくるため,私たちの連絡すらできなくなってしまう。結果として,保護者に多大な迷惑をかけることになる。
こういう事を,新聞テレビ局の人たちは,本当に考えてほしい。命より「報道の自由」が優先するとは,私は思えない。
それと,今回は,ほとんどの報道が学校名を伏せていたのに,学校長の会見では,顔も映していた。これでは,どこの学校かは,すぐにわかる。教育委員会は,こういう報道に対して,教育という観点から,もっと,報道機関に「善処」するよう依頼すべきではないか。また,もし,それを無視して報道をしたとすれば,断固教育長が抗議すべきだろう。そうしないと,今後も同じ事が起きる。ただでさえ,インターネットの普及により,情報が瞬時に伝わっていく時代である。慎重にも慎重に対応すべきではなかったかと思う。報道機関が,同じ中学校の生徒宅を訪れてインタビューを試みる場合もある。
以前,私は,あるテレビ局のスタッフと言い合いになったことがある。ある事件で来ていたテレビ局の数名が,放課中に,何の許可もなく路上から校舎方向を映していた。私は,そのとき,子ども達が言ったことを今でもはっきり覚えている。「先生,あれだって,【盗撮】だよね。」「私たちは映りたくないのに,映しているし,着替えをしている部屋までとっているんだから・・・」と。
私が,猛抗議したことは言うまでもない。また,私のとった行動を後で教頭も支持してくれて,テレビ局の担当者に抗議をしてくれた。そういう教頭もいるんだと,私は,少し嬉しかった。こういう姿勢は,管理職には必要な事だろうと私は思う。
まして,記事によれば,自宅から結構距離がある。夜中に歩きながら,自分の最後の場所を探していたんだろうか。その時の気持ちは・・・。と考えると辛い。
テレビや新聞などのメディアが,いろいろと報道をしているようだが,ぜひ,中学生であることを考えての報道にしてもらいたい。今までの経験だと,事件や事故があると,すさまじい報道合戦のようになり,その対応に追われて,本来やるべき事ができないこともある。以前,緊急で電話をしても学校につながらない。理由は,新聞社やテレビ局が,ひっきりなしに電話をしてくるため,私たちの連絡すらできなくなってしまう。結果として,保護者に多大な迷惑をかけることになる。
こういう事を,新聞テレビ局の人たちは,本当に考えてほしい。命より「報道の自由」が優先するとは,私は思えない。
それと,今回は,ほとんどの報道が学校名を伏せていたのに,学校長の会見では,顔も映していた。これでは,どこの学校かは,すぐにわかる。教育委員会は,こういう報道に対して,教育という観点から,もっと,報道機関に「善処」するよう依頼すべきではないか。また,もし,それを無視して報道をしたとすれば,断固教育長が抗議すべきだろう。そうしないと,今後も同じ事が起きる。ただでさえ,インターネットの普及により,情報が瞬時に伝わっていく時代である。慎重にも慎重に対応すべきではなかったかと思う。報道機関が,同じ中学校の生徒宅を訪れてインタビューを試みる場合もある。
以前,私は,あるテレビ局のスタッフと言い合いになったことがある。ある事件で来ていたテレビ局の数名が,放課中に,何の許可もなく路上から校舎方向を映していた。私は,そのとき,子ども達が言ったことを今でもはっきり覚えている。「先生,あれだって,【盗撮】だよね。」「私たちは映りたくないのに,映しているし,着替えをしている部屋までとっているんだから・・・」と。
私が,猛抗議したことは言うまでもない。また,私のとった行動を後で教頭も支持してくれて,テレビ局の担当者に抗議をしてくれた。そういう教頭もいるんだと,私は,少し嬉しかった。こういう姿勢は,管理職には必要な事だろうと私は思う。
2009年8月21日金曜日
2009年8月19日水曜日
選挙権は,いつの時点で・・・
今日,娘と話をしていて,選挙権は「いつの段階で20歳以上か」という話題になった,私は,「公示日」じゃないかと言い,娘は「投票日」だという。
どっちが正解かと調べてみると,娘が正解で「投票日に20歳」が正解となる。いやー知らなかった。
どっちが正解かと調べてみると,娘が正解で「投票日に20歳」が正解となる。いやー知らなかった。
2009年8月17日月曜日
LAN工事?
今日は,職員室内にLANケーブルを設置し,各職員がケーブル接続でネットワークを利用できるようにした。
まずは,ハブをスター型と言われる形態で設置し,それぞれのパソコンにIPアドレスをふっていった。時間としては,午前中かかった。でも,これを業者さんに頼んだら,工事費がとられるんだろう。途中で,部品の納入業者が来て,「先生,さすがですね!」と言った。まあ,お世辞とは思うが,「先生のような人がいると助かりますね」とも言っていた。
最初は,無線LANで楽しようと思っていたが,万が一個人情報の漏洩があってはならないので,有線LANとした。この方がはるかに大変だが・・・。
現在,ネットワーク内にHDを設置し,それをIDをパスワードによって侵入を防いでいる。なかなかこの面倒な事に慣れない人もいて,情報が漏れる恐ろしさが理解されていないのが残念である。ただ,今のような状態になったのも,当然,私が教員になってからだし,すべて独学で学んだことばかりである。まあ,それが講じて,「高等学校 情報」の教員免許までとってしまった。
文科省や教育委員会は,情報環境については,一部,養成してはいるが,個人任せの部分が多い。好きだとか得意な人がいない学校は,それはそれは大変である。もっと,こういう事が得意な人を上手に使っていけば良いのになと思う。私の師匠は,初任校の先輩である。この人は,どんな事でも知っていたし,プログラムも自分で作っていた。
当然,校務に関する事もPCを駆使していた。ところが,この素晴らしい人を教育委員会は,ほって置いたのである。また,研究大会に置いても十分頑張ったが,手柄は,研究会に入っていた人が横取りしたように私には見えた。
個人情報の漏洩であたふたしている事があるが,そうならない根本的な事を考えないといけないと思う。せめて,学校に1人は,詳しい人がいないとね・・・。
まずは,ハブをスター型と言われる形態で設置し,それぞれのパソコンにIPアドレスをふっていった。時間としては,午前中かかった。でも,これを業者さんに頼んだら,工事費がとられるんだろう。途中で,部品の納入業者が来て,「先生,さすがですね!」と言った。まあ,お世辞とは思うが,「先生のような人がいると助かりますね」とも言っていた。
最初は,無線LANで楽しようと思っていたが,万が一個人情報の漏洩があってはならないので,有線LANとした。この方がはるかに大変だが・・・。
現在,ネットワーク内にHDを設置し,それをIDをパスワードによって侵入を防いでいる。なかなかこの面倒な事に慣れない人もいて,情報が漏れる恐ろしさが理解されていないのが残念である。ただ,今のような状態になったのも,当然,私が教員になってからだし,すべて独学で学んだことばかりである。まあ,それが講じて,「高等学校 情報」の教員免許までとってしまった。
文科省や教育委員会は,情報環境については,一部,養成してはいるが,個人任せの部分が多い。好きだとか得意な人がいない学校は,それはそれは大変である。もっと,こういう事が得意な人を上手に使っていけば良いのになと思う。私の師匠は,初任校の先輩である。この人は,どんな事でも知っていたし,プログラムも自分で作っていた。
当然,校務に関する事もPCを駆使していた。ところが,この素晴らしい人を教育委員会は,ほって置いたのである。また,研究大会に置いても十分頑張ったが,手柄は,研究会に入っていた人が横取りしたように私には見えた。
個人情報の漏洩であたふたしている事があるが,そうならない根本的な事を考えないといけないと思う。せめて,学校に1人は,詳しい人がいないとね・・・。
2009年7月27日月曜日
時間厳守って何?<教育委員会主催の研修会>
またもというか,今日教育委員会主催の研修会に参加して,思ったことである。いつも「時間通り」に始まらない。開始時間には,必ず到着するためにいろんな事を考えて早めに到着した私には,「定刻になりましたが,まだ受付を・・・・」という決まり文句は,腹立たしく思う。
子ども達に「時間を守れ」と言っている教師への研修会。遅れた人を気にする必要があるのだろうか。時間を守ってきた人に失礼だろう。それが,教師を指導する立場の人たちがするんだからたまらない。あきれると言った方が良いかも知れない。
確かに,事情はあるだろう。でも,時間厳守でやるべきだろう。教師になって初めて勤めた学校で出会った校長は,いつものように遅れて始まる職員協議会に対して,「時間を守れ!」と言った。また,開始できないような時間設定をするなと教務主任に言った。私は,それ以来,時間通りに始まらないことにものすごい抵抗を感じている。私も100%遅刻をしないとは言わない。でも,遅刻をした人に合わせる必要はないと思っている。
だから,保護者会では,時報と共に始めるくらい徹底している。当然,自分の学年の保護者は,3年生になる頃は,遅刻をするのは,事情がある保護者だけになる。
「時間を守る!」私たちは,子ども達に「社会人になる基本」と言っているじゃないか。
子ども達に「時間を守れ」と言っている教師への研修会。遅れた人を気にする必要があるのだろうか。時間を守ってきた人に失礼だろう。それが,教師を指導する立場の人たちがするんだからたまらない。あきれると言った方が良いかも知れない。
確かに,事情はあるだろう。でも,時間厳守でやるべきだろう。教師になって初めて勤めた学校で出会った校長は,いつものように遅れて始まる職員協議会に対して,「時間を守れ!」と言った。また,開始できないような時間設定をするなと教務主任に言った。私は,それ以来,時間通りに始まらないことにものすごい抵抗を感じている。私も100%遅刻をしないとは言わない。でも,遅刻をした人に合わせる必要はないと思っている。
だから,保護者会では,時報と共に始めるくらい徹底している。当然,自分の学年の保護者は,3年生になる頃は,遅刻をするのは,事情がある保護者だけになる。
「時間を守る!」私たちは,子ども達に「社会人になる基本」と言っているじゃないか。
2009年7月17日金曜日
激動の1学期終わる!
とにかく,大変な1学期だった。学校で「こんな事が起きるんのか?」と言うことがたくさん起きた。一言で言えば,体がいくつあっても足りない状況だ。
同じ仕事をして,同じ給料をもらう。当然のことなんだが,今の学校には,全くあてはまらない。同じ給料では,割に合わない。こういう学校に勤務している人に多少多い給料を出してもいいと私は思う。それほど,ひどい。当然,進んで来たがる人はいない。
いつも,「これが普通じゃない」と言い聞かせながらやっている。ややもすると,こういう事に慣れてしまい。何が起きても反応すらしない。また,起こるべき所で笑いが出る。今,こういう状況になっている。「笑わなければやっていけない」とでも言うのだろう。
校内にお菓子の包みやゴミがあふれ,廊下の窓からは,ほうきやモップが外に投げられ,教室の扉は蹴破られ,電気関係のスイッチは陥没。授業中に多くの生徒が徘徊し,奇声を発する。注意した教師には,くってかかり,挙げ句の果てに暴言どころか,暴力をふるう。徐々に,破壊されていく学校。もう,学校での指導の範疇を超えているんじゃないかと私は思っている。
こういう事実を教育委員会に報告していて,何の指導助言もないとすれば,いったい何のための教育委員会なのか。事務仕事をするのが指導主事の仕事だと勘違いしていないか。
前にも書いたが,教育委員会は,こういう事実を把握しているはずだから,進んで指導に入ればいい。まあ,指導主事では,できないから入らないのか,関係したくないのか。言葉悪く言えば,関わりたくないのか。
20年ほど前に勤務していた学校には,今より大変ではなかったのに,指導主事は,きちんと対応していた。昔の教育委員会は,ある意味立派に役割を果たしていたんだろう。また,立派な指導力を持った指導主事がいた。今,こういう人はいなくなったのか,それとも,そういう人は指導主事になれないのか。勝手な想像で言えば,こういう人は,強引な部分があるし,独自の指導方針を持っている。これは,確かに組織では嫌われる存在だろう。なぜ,20年前は,そういう人が,教育委員会の中に存在できたのか。最近の人選に問題はないのだろうか。
校長・教頭に,リーダーシップにかけると言わざるを得ない人がいる。特に,生徒指導に関して,問題行動に対して全く注意すらできない人がいることに違和感がある。中学校であれば,当然,出くわす状況に対応方法すらわからなくて,リーダーシップがとれるのかな。
今の学校,校長は,自分の出来ることを懸命にやっているし,人を見ようとしている。前の教頭は,大柄の問題を起こした生徒と向き合い,私たちが大変なときは,自分一人で対応していた。
しかし,問題を起こした生徒に何も言えない場面を見ると,ちょっと悲しくなる。あえて書くが,若くても力がある人はいい。以前の学校で,そういう教頭に出会っている。しかし,経験不足を補うだけの能力をもたないといけない。
私の周りにも強いリーダーがいる。しかし,校長・教頭にはなっていない。うがった考え方をすれば,教育委員会は,仲間意識が強すぎて,力ある一匹オオカミ的な人材を排除してきたんじゃないか。だから,教育委員会は,人材不足に陥り,どんどん若い世代を管理職に登用せざるを得ない状況になってしまったんではないだろうか。 たとえ,リーダーシップを持っていなくても・・・。
教育委員会の中にもそういう風潮になっていないか。もっと自信を持って,指導にはいってほしいものである。そうでなければ,ヒラ教師は,体がもたない。
新市長の「河村たかし」さん,私は「この人には校長になってもらいたい」という人がたくさんいます。教育委員会の改革にも手をつけてください。
同じ仕事をして,同じ給料をもらう。当然のことなんだが,今の学校には,全くあてはまらない。同じ給料では,割に合わない。こういう学校に勤務している人に多少多い給料を出してもいいと私は思う。それほど,ひどい。当然,進んで来たがる人はいない。
いつも,「これが普通じゃない」と言い聞かせながらやっている。ややもすると,こういう事に慣れてしまい。何が起きても反応すらしない。また,起こるべき所で笑いが出る。今,こういう状況になっている。「笑わなければやっていけない」とでも言うのだろう。
校内にお菓子の包みやゴミがあふれ,廊下の窓からは,ほうきやモップが外に投げられ,教室の扉は蹴破られ,電気関係のスイッチは陥没。授業中に多くの生徒が徘徊し,奇声を発する。注意した教師には,くってかかり,挙げ句の果てに暴言どころか,暴力をふるう。徐々に,破壊されていく学校。もう,学校での指導の範疇を超えているんじゃないかと私は思っている。
こういう事実を教育委員会に報告していて,何の指導助言もないとすれば,いったい何のための教育委員会なのか。事務仕事をするのが指導主事の仕事だと勘違いしていないか。
前にも書いたが,教育委員会は,こういう事実を把握しているはずだから,進んで指導に入ればいい。まあ,指導主事では,できないから入らないのか,関係したくないのか。言葉悪く言えば,関わりたくないのか。
20年ほど前に勤務していた学校には,今より大変ではなかったのに,指導主事は,きちんと対応していた。昔の教育委員会は,ある意味立派に役割を果たしていたんだろう。また,立派な指導力を持った指導主事がいた。今,こういう人はいなくなったのか,それとも,そういう人は指導主事になれないのか。勝手な想像で言えば,こういう人は,強引な部分があるし,独自の指導方針を持っている。これは,確かに組織では嫌われる存在だろう。なぜ,20年前は,そういう人が,教育委員会の中に存在できたのか。最近の人選に問題はないのだろうか。
校長・教頭に,リーダーシップにかけると言わざるを得ない人がいる。特に,生徒指導に関して,問題行動に対して全く注意すらできない人がいることに違和感がある。中学校であれば,当然,出くわす状況に対応方法すらわからなくて,リーダーシップがとれるのかな。
今の学校,校長は,自分の出来ることを懸命にやっているし,人を見ようとしている。前の教頭は,大柄の問題を起こした生徒と向き合い,私たちが大変なときは,自分一人で対応していた。
しかし,問題を起こした生徒に何も言えない場面を見ると,ちょっと悲しくなる。あえて書くが,若くても力がある人はいい。以前の学校で,そういう教頭に出会っている。しかし,経験不足を補うだけの能力をもたないといけない。
私の周りにも強いリーダーがいる。しかし,校長・教頭にはなっていない。うがった考え方をすれば,教育委員会は,仲間意識が強すぎて,力ある一匹オオカミ的な人材を排除してきたんじゃないか。だから,教育委員会は,人材不足に陥り,どんどん若い世代を管理職に登用せざるを得ない状況になってしまったんではないだろうか。 たとえ,リーダーシップを持っていなくても・・・。
教育委員会の中にもそういう風潮になっていないか。もっと自信を持って,指導にはいってほしいものである。そうでなければ,ヒラ教師は,体がもたない。
新市長の「河村たかし」さん,私は「この人には校長になってもらいたい」という人がたくさんいます。教育委員会の改革にも手をつけてください。
2009年7月15日水曜日
コミュニケーション能力
組織を動かすの必要な能力の中に「コミュニケーション能力」があると思うのだが,こういう力の備わっていない人によく出会う。いつも書くのだが,ちょっと前は,こういう事は感じなかった。
と言うことは,最近,こういう人が増えたと言うことだろう。自分の仲間や部下には,ものが言えても,自分に意見する人とは全く話もできない。自分の言い分を伝えるのに,他の人を使う。こんな人が管理職だったらたまったものではない。
自分の正しいと思う意見を堂々と言えない人がリーダーになれるんだろうか。自分の意志を通すために,他の人に悪者になってもらうようなやり方は,私からすれば,卑怯としか言えない。本当に,悲しい思いがする。そこで,板挟みになる人を見ると,怒りさえ感じる。
人材不足なんだろうか。ただ,私の周りには,リーダーシップを持った人がたくさんいる。なのに,そういう人はなかなかリーダーにはならない。結局,無難な人がなってしまう。これでは,学校が発展していくはずもない。なぜ,リーダーになるべき人がならないかと言えば,リーダーの選考方法に一部問題があると言わざるを得ない。
また,以前から言われているように,降格人事をもっと行って,一度なったらずっとやり続けるのではなく,リーダー性に乏しいと判断された人は,自分にあった仕事に戻ってもらうことが必要だと思う。私は,それに「コミュニケーション能力」を加えてほしい。職員とのコミュニケーションがはかれない人では,話にもならない。
と言うことは,最近,こういう人が増えたと言うことだろう。自分の仲間や部下には,ものが言えても,自分に意見する人とは全く話もできない。自分の言い分を伝えるのに,他の人を使う。こんな人が管理職だったらたまったものではない。
自分の正しいと思う意見を堂々と言えない人がリーダーになれるんだろうか。自分の意志を通すために,他の人に悪者になってもらうようなやり方は,私からすれば,卑怯としか言えない。本当に,悲しい思いがする。そこで,板挟みになる人を見ると,怒りさえ感じる。
人材不足なんだろうか。ただ,私の周りには,リーダーシップを持った人がたくさんいる。なのに,そういう人はなかなかリーダーにはならない。結局,無難な人がなってしまう。これでは,学校が発展していくはずもない。なぜ,リーダーになるべき人がならないかと言えば,リーダーの選考方法に一部問題があると言わざるを得ない。
また,以前から言われているように,降格人事をもっと行って,一度なったらずっとやり続けるのではなく,リーダー性に乏しいと判断された人は,自分にあった仕事に戻ってもらうことが必要だと思う。私は,それに「コミュニケーション能力」を加えてほしい。職員とのコミュニケーションがはかれない人では,話にもならない。
あえて言う!<教頭逮捕について>
まあ,「記者会見」だからと言う部分も否定はできないが,「まじめで・・・」という発言。それは,そうだろう。そういう人が教頭などの管理職になるんだから・・・。
私は,あえて言うが,「それでも,人となりを見ていないといけない」と。まあ,校長が教頭を選んだわけではないので,気の毒と言えば気の毒だ。私は,教育委員会が会見を開くべきだと思う。こういう人を教頭に登用したのは,校長ではなく「教育委員会」なんだ。本質の部分を見抜けなかったのはなぜか。日頃の言動はどうだったか。この人を推薦したのは,誰なのか。どの組織なのか。 厳しいことを書くが,学校では全く役に立たないが,研究会では上層部にいて,評判も良い。学校で,授業はきちんとできないが研究論文は素晴らしい。こういう人を組織として推薦して良いんだろうか。ある映画の一シーンじゃないが「事件は,現場で起きているんだ」という言葉を思い出す。
たった一人とは言え,こういう人が管理職として登用された事実を真摯に受け止め,その人の人となりをどう評価していくかという難しい問題に取り組んでほしい。
前にも書いたが,昔の校長は,もっと教師を見ていた。当然,私たちもよく話をした。しかし,今は,それぞれの教員をきちんと見ているだろうか。プライバシーの問題もあるのかも知れない。でも,教頭になるような人は,もっともっと厳しい目で見ていく必要があるんだと思う。
また,事なかれ主義というか,ある教師に問題があっても,それを隠そう隠そうとするだけで,解決しようと言う意気込みが感じられない。もっと,校長・教頭は,動かないといけないんじゃないかな。また,そういう人が,管理職にふさわしいんだと私は思う。そういう校長にも何度か出会っているんだから・・・。
私は,あえて言うが,「それでも,人となりを見ていないといけない」と。まあ,校長が教頭を選んだわけではないので,気の毒と言えば気の毒だ。私は,教育委員会が会見を開くべきだと思う。こういう人を教頭に登用したのは,校長ではなく「教育委員会」なんだ。本質の部分を見抜けなかったのはなぜか。日頃の言動はどうだったか。この人を推薦したのは,誰なのか。どの組織なのか。 厳しいことを書くが,学校では全く役に立たないが,研究会では上層部にいて,評判も良い。学校で,授業はきちんとできないが研究論文は素晴らしい。こういう人を組織として推薦して良いんだろうか。ある映画の一シーンじゃないが「事件は,現場で起きているんだ」という言葉を思い出す。
たった一人とは言え,こういう人が管理職として登用された事実を真摯に受け止め,その人の人となりをどう評価していくかという難しい問題に取り組んでほしい。
前にも書いたが,昔の校長は,もっと教師を見ていた。当然,私たちもよく話をした。しかし,今は,それぞれの教員をきちんと見ているだろうか。プライバシーの問題もあるのかも知れない。でも,教頭になるような人は,もっともっと厳しい目で見ていく必要があるんだと思う。
また,事なかれ主義というか,ある教師に問題があっても,それを隠そう隠そうとするだけで,解決しようと言う意気込みが感じられない。もっと,校長・教頭は,動かないといけないんじゃないかな。また,そういう人が,管理職にふさわしいんだと私は思う。そういう校長にも何度か出会っているんだから・・・。
2009年7月14日火曜日
校内LANにウィルス!
今日,年のために,校内のPCのウィルススキャンをしたところ「ウィルス」の検出があった。早速,他のPCも同様の事を行った。数台にウィルスの存在が確認された。
早速,LANから隔離し,スタンドアロンで,「ウィルスチェック」をし,すべてのPCのチェックが終わった段階で,LANの接続を行った。ただ,原因の特定はできないので,職員が使っている「USBメモリ等」の記憶媒体をチェックしたところ,数個から「ウィルス」が検出された。それも,ワクチンソフトで修復し,校内のPCの使用を開始した。
この時期は,成績処理などで大変な時期なので,早急に復旧をすることに心がけた。台数も多いので,約2時間程度かかった。
最近よく言われている「USBメモリ」からの感染の可能性が高い。ただ,職員の中には,なかなかこういう問題に理解されない人も多いので,プリントを印刷して全員に配った。
幸い,PCからウィルスが削除できないという事はなく,大事には至らなかった。しかし,今後も注意していきたい。また,職員の中には,こういう問題に対して,関心が低いので,この問題も解決していく必要があるなと思った。
今も,成績関係の仕事をしているが,私の予想を超える間違った使い方をして,データを消失させたり,計算式を消してしまうという事も起きた。例えば,エクセルだと,「わざわざ,保護をかけてある場所を解除して修正してしまう事」もあった。ちょっと知っていいるからと,各自の判断で行ったことが,他へ大きな影響を及ぼしてしまうことを,どう理解してもらうか。結構難しい問題である。
早速,LANから隔離し,スタンドアロンで,「ウィルスチェック」をし,すべてのPCのチェックが終わった段階で,LANの接続を行った。ただ,原因の特定はできないので,職員が使っている「USBメモリ等」の記憶媒体をチェックしたところ,数個から「ウィルス」が検出された。それも,ワクチンソフトで修復し,校内のPCの使用を開始した。
この時期は,成績処理などで大変な時期なので,早急に復旧をすることに心がけた。台数も多いので,約2時間程度かかった。
最近よく言われている「USBメモリ」からの感染の可能性が高い。ただ,職員の中には,なかなかこういう問題に理解されない人も多いので,プリントを印刷して全員に配った。
幸い,PCからウィルスが削除できないという事はなく,大事には至らなかった。しかし,今後も注意していきたい。また,職員の中には,こういう問題に対して,関心が低いので,この問題も解決していく必要があるなと思った。
今も,成績関係の仕事をしているが,私の予想を超える間違った使い方をして,データを消失させたり,計算式を消してしまうという事も起きた。例えば,エクセルだと,「わざわざ,保護をかけてある場所を解除して修正してしまう事」もあった。ちょっと知っていいるからと,各自の判断で行ったことが,他へ大きな影響を及ぼしてしまうことを,どう理解してもらうか。結構難しい問題である。
名古屋市立光城小学校の教頭逮捕!
とんでもない新聞記事が目にとまった。名古屋市立光城小学校の教頭が逮捕されたという。これは,私たち教員にとって,教員の質を考える上で,悲しい出来事だ。
だから,あえて言えば,こういう人を教頭に推薦した人,及び組織,そして教育委員会は,当然責任をとるべきだろう。「わからなかった」では,すまされない,そういう人を見抜けなかった事は,猛省に値する。
その方法は,内部でもいいが,今書いたように,推薦した人たちの責任を問うことだろう。そうすれば,もっと,慎重に推薦を考えるだろう。研究論文がよかったとか,○○の推薦があるからというような方法で選んでいるとすれば,こういう問題は,起きてしまうだろう。その人の勤務状況も把握せず,人柄も見極めることが必要ではないだろうか。たぶん,周りには,「あれっ」というように気付いた人がいるかも知れない。
以前,ある問題で,校長と話したとき,その人についての職場の教師の感覚と全く違っていたことがある。「あの人に困っている」という認識が私たちにはあったが,校長は,全く問題にしていなかった。結果として,その教師は,問題を起こしている。
教育委員会も,こういう感覚だったとしたら・・・。ぜひ,管理職への登用に関しては,現場の教員の意見も入るような事も考えてもらいたい。 最近,管理職の質が私たちの若い頃よりものすごく落ちているように思えるのだが・・・。特に,人柄に関しては,強引ではあるものの学校のことを真剣に考えていて共に議論した人や,授業へのアドバイスをしに来てくれたり・・・。ここ10年,そんな姿を見ることはなくなった。校長室にこもったり,常に事務的な仕事をしていたり・・・。
ただ,中には,すごいなと思う人もいるが,少ないなと感じている。まあ,人材を育ててこなかった教育委員会も考えないとね。研究だけやっていればいいとか,組織に入っていれば出世できると思っている人がいなければいいな。特に,若い世代を見ると,まずは,授業研究が先というような感覚になっている。私たちが若い頃は,まずは,子どもとの関係だったのだが・・・。この若い人たちが,将来管理職になったとき,まずは,子ども達という発想になるか心配である。
話を大げさにしてしまっているが,以前,生活指導が大変な学校にいて,全く指導ができなかった人が出世したとき,何とも言えない腹立たしさを感じた。
名古屋市長の「河村たかし」さん,教育委員会を始め,教育問題にも切り込んでくださいよ。
だから,あえて言えば,こういう人を教頭に推薦した人,及び組織,そして教育委員会は,当然責任をとるべきだろう。「わからなかった」では,すまされない,そういう人を見抜けなかった事は,猛省に値する。
その方法は,内部でもいいが,今書いたように,推薦した人たちの責任を問うことだろう。そうすれば,もっと,慎重に推薦を考えるだろう。研究論文がよかったとか,○○の推薦があるからというような方法で選んでいるとすれば,こういう問題は,起きてしまうだろう。その人の勤務状況も把握せず,人柄も見極めることが必要ではないだろうか。たぶん,周りには,「あれっ」というように気付いた人がいるかも知れない。
以前,ある問題で,校長と話したとき,その人についての職場の教師の感覚と全く違っていたことがある。「あの人に困っている」という認識が私たちにはあったが,校長は,全く問題にしていなかった。結果として,その教師は,問題を起こしている。
教育委員会も,こういう感覚だったとしたら・・・。ぜひ,管理職への登用に関しては,現場の教員の意見も入るような事も考えてもらいたい。 最近,管理職の質が私たちの若い頃よりものすごく落ちているように思えるのだが・・・。特に,人柄に関しては,強引ではあるものの学校のことを真剣に考えていて共に議論した人や,授業へのアドバイスをしに来てくれたり・・・。ここ10年,そんな姿を見ることはなくなった。校長室にこもったり,常に事務的な仕事をしていたり・・・。
ただ,中には,すごいなと思う人もいるが,少ないなと感じている。まあ,人材を育ててこなかった教育委員会も考えないとね。研究だけやっていればいいとか,組織に入っていれば出世できると思っている人がいなければいいな。特に,若い世代を見ると,まずは,授業研究が先というような感覚になっている。私たちが若い頃は,まずは,子どもとの関係だったのだが・・・。この若い人たちが,将来管理職になったとき,まずは,子ども達という発想になるか心配である。
話を大げさにしてしまっているが,以前,生活指導が大変な学校にいて,全く指導ができなかった人が出世したとき,何とも言えない腹立たしさを感じた。
名古屋市長の「河村たかし」さん,教育委員会を始め,教育問題にも切り込んでくださいよ。
2009年7月13日月曜日
去年との違いは?
去年,今の学校に転任し,とんでもない状況を目の当たりにし,すぐに体調を崩した。少し休んだ後は,最後までやりきったという自負がある。
今,実は,同じような状況の学年がある。私が去年経験したのと同じような状況だが,何かが違う。それは,私は,朝8時15分から子ども達が帰る時間まで,一度も職員室で座ることはなかった。と言うより,できなかった。
しかし,当該の学年の先生達は,去年一緒だった一人を除き,去年の私とは違う。朝は,ゆっくりスタート,空き時間は,職員室で談笑。帰りは,教室から職員室へ直行。去年の私とは違うというか,自分もそういう生活をしていたら,体調を崩すまではなかっただろうなと思う。でも,1人の先生は,帰りの会後に,校門で,指導をしている。去年と同じだ。しかし,他の先生は,誰もいない。と言うか,職員室で座っている。
まあ,自分のように体を壊すほどやる必要はないのかも知れない。授業がない時間も職員室で座ってれば,あれだけの辛い思いをしなくてよかったのかも知れない。ただ,たった一人で頑張っている先生を,なぜ見ないんだろう。私には,そういう事ができない。頑張っている先生がいる以上,自分だけ職員室に座っていることはできないんだ。
たった一人で頑張っているのは,教務主任だ。私がダウンしたときより,もっと頑張っている。これだけの人は少ない。みんなで支えないといけないのに・・・。なぜ,座っていられるんだろう。疲れるのは疲れる。でも,交代でもかわってあげないんだろうか。これでは,ますます大変になる。
去年は大変だったが,学年職員全員が,さっき書いたような勤務態勢で,後半は乗り切っていった。少しだが,良い方向に向かった。あれだけやったからだと思う。あれだけやっていない今は,どんどん指導が特定の教員に集まり,崩壊する可能性がある。これを避けるのは,「気づけよ!」と言うことかも知れない。
今,実は,同じような状況の学年がある。私が去年経験したのと同じような状況だが,何かが違う。それは,私は,朝8時15分から子ども達が帰る時間まで,一度も職員室で座ることはなかった。と言うより,できなかった。
しかし,当該の学年の先生達は,去年一緒だった一人を除き,去年の私とは違う。朝は,ゆっくりスタート,空き時間は,職員室で談笑。帰りは,教室から職員室へ直行。去年の私とは違うというか,自分もそういう生活をしていたら,体調を崩すまではなかっただろうなと思う。でも,1人の先生は,帰りの会後に,校門で,指導をしている。去年と同じだ。しかし,他の先生は,誰もいない。と言うか,職員室で座っている。
まあ,自分のように体を壊すほどやる必要はないのかも知れない。授業がない時間も職員室で座ってれば,あれだけの辛い思いをしなくてよかったのかも知れない。ただ,たった一人で頑張っている先生を,なぜ見ないんだろう。私には,そういう事ができない。頑張っている先生がいる以上,自分だけ職員室に座っていることはできないんだ。
たった一人で頑張っているのは,教務主任だ。私がダウンしたときより,もっと頑張っている。これだけの人は少ない。みんなで支えないといけないのに・・・。なぜ,座っていられるんだろう。疲れるのは疲れる。でも,交代でもかわってあげないんだろうか。これでは,ますます大変になる。
去年は大変だったが,学年職員全員が,さっき書いたような勤務態勢で,後半は乗り切っていった。少しだが,良い方向に向かった。あれだけやったからだと思う。あれだけやっていない今は,どんどん指導が特定の教員に集まり,崩壊する可能性がある。これを避けるのは,「気づけよ!」と言うことかも知れない。
2009年7月12日日曜日
アシナガバチの巣を撤去!
最近,我が家で「アシナガバチ」をよく見かけるようになった。昨日は,ひょっとして,巣があるかも知れないと,よく目で追ってみたら,やはり,大きな巣があった。
早速,長い棒を用意し,巣をたたいて落とし,一目散に,家に戻った。ガラス越しに見ていると,巣を失ったハチがすごい勢いで周りを飛んでいる。これは,今近づくと危険だと思った。
しばらくして見ると,落ちた巣にアリの大群がいた。中の幼虫も引っ張り出していた。食物連鎖という言葉を思い出した。ちょっと違うかも知れないが・・・。落ちた巣を全く無視しているハチは,もう落ちたらダメだと知っていたんだろうか。
今朝,見ると,まだ,巣を探すハチが数匹飛んでいる。また,同じ場所に作らないと良いのだが・・・。
早速,長い棒を用意し,巣をたたいて落とし,一目散に,家に戻った。ガラス越しに見ていると,巣を失ったハチがすごい勢いで周りを飛んでいる。これは,今近づくと危険だと思った。
しばらくして見ると,落ちた巣にアリの大群がいた。中の幼虫も引っ張り出していた。食物連鎖という言葉を思い出した。ちょっと違うかも知れないが・・・。落ちた巣を全く無視しているハチは,もう落ちたらダメだと知っていたんだろうか。
今朝,見ると,まだ,巣を探すハチが数匹飛んでいる。また,同じ場所に作らないと良いのだが・・・。
2009年7月11日土曜日
学資保険解約へ!
昨日,加入してる「学資保険」の関係書類が届いた。内容は,最初に契約していた保険会社の倒産により,今後の保障内容が変わるというものだった。
よく見てみると,当初の予定をはるかに下回る金額で,今後続けていくことが有利か不利かを考えた。確かに,私に何かあったときは,有利に働くが,満期で受け取る金額は,私が納めた額をはるかに下回る金額で,今後,その額を貯金した方が良いという結論に達した。
早速,解約の書類を送った。しかし,子どもが生まれてすぐに入った保険の満額は,200万円のはずが,120万円しか出ない。大学資金にと考えていた私には,相当の痛手である。まあ,保険というのは,こういうものだと思わないといけない時代かも知れない。貯金の方が,はるかに有利なことを初めて確認したのである。
よく見てみると,当初の予定をはるかに下回る金額で,今後続けていくことが有利か不利かを考えた。確かに,私に何かあったときは,有利に働くが,満期で受け取る金額は,私が納めた額をはるかに下回る金額で,今後,その額を貯金した方が良いという結論に達した。
早速,解約の書類を送った。しかし,子どもが生まれてすぐに入った保険の満額は,200万円のはずが,120万円しか出ない。大学資金にと考えていた私には,相当の痛手である。まあ,保険というのは,こういうものだと思わないといけない時代かも知れない。貯金の方が,はるかに有利なことを初めて確認したのである。
気配り
最近,校長に何度か呼び止められた。それは,意味があってと言うより,たまたま出会っての事である。ただ,そんなとき,「体調は,どうかな?」とか「この前は,大変だったね」とか「○○の事やってくれてありがとう」と言うものだった。
最近,体調も良くなってきて,少しは,仕事量も増やしている。ただ,これも,認めてもらえるというのは,嬉しいことである。
また,先日は,教務主任が,私の見通しの甘さから起きたことに「自分」の責任のような発言もあり,「気配り」をしてもらっているんだなと思った。
自分でできることを一生懸命にやっている今,学校を一番として考えてきた私だから,もっと,もっと,学校のためになることができたらいいな。ましてや,その事を見ていてくれる人たちがいることは,とても励みになっていることは言うまでもない。
最近,体調も良くなってきて,少しは,仕事量も増やしている。ただ,これも,認めてもらえるというのは,嬉しいことである。
また,先日は,教務主任が,私の見通しの甘さから起きたことに「自分」の責任のような発言もあり,「気配り」をしてもらっているんだなと思った。
自分でできることを一生懸命にやっている今,学校を一番として考えてきた私だから,もっと,もっと,学校のためになることができたらいいな。ましてや,その事を見ていてくれる人たちがいることは,とても励みになっていることは言うまでもない。
2009年6月30日火曜日
なぜ,「こそこそ」するんだろう!○○主事来校
どうも,教育委員会の○○主事とやらが学校に来たらしい。ところが,何か秘密にしたいのか,こそこそしている。○○主事が「こそこそ」しているのではなく,校長・教頭がである。関係ある職員にヒソヒソ。言われた教師は,校長室に入っていく。
私は,何でこんな嫌な感じで学校を訪問するのか。堂々と訪問すれば良いじゃないかと思う。私の若い頃は,ちゃんと全職員の前で挨拶し,思うことを話していたし,授業も見ていった。少ない時間でも,学校の雰囲気を感じられるだろう。そういう力のある人が○○主事になるはずだ。
今の私の学校なら,来た以上授業を見ていかなければ,実態なんかわかるはずもない。堂々と見ていけば良いじゃないか。なぜ,「見ていってください」と言わないの?
何か,他に理由があるんだろうか。しかし,多くの問題を抱えている学校だからこそ,○○主事の出番ではないか。それを,コソコソして・・・。こういう姿を見ると,やっぱり学校の事を考えていないんじゃないかという疑念がわいてくる。学校訪問は,教育委員会から出張で来ているはずだし,隠す意味がわからない。
また,それを見ている教師の思いを考えたことはないんだろうな。人のひそひそ話,どう思いますか。
私は,何でこんな嫌な感じで学校を訪問するのか。堂々と訪問すれば良いじゃないかと思う。私の若い頃は,ちゃんと全職員の前で挨拶し,思うことを話していたし,授業も見ていった。少ない時間でも,学校の雰囲気を感じられるだろう。そういう力のある人が○○主事になるはずだ。
今の私の学校なら,来た以上授業を見ていかなければ,実態なんかわかるはずもない。堂々と見ていけば良いじゃないか。なぜ,「見ていってください」と言わないの?
何か,他に理由があるんだろうか。しかし,多くの問題を抱えている学校だからこそ,○○主事の出番ではないか。それを,コソコソして・・・。こういう姿を見ると,やっぱり学校の事を考えていないんじゃないかという疑念がわいてくる。学校訪問は,教育委員会から出張で来ているはずだし,隠す意味がわからない。
また,それを見ている教師の思いを考えたことはないんだろうな。人のひそひそ話,どう思いますか。
2009年6月25日木曜日
何となく「不公平感」
今日,ある先生と話していた。「私は,こんな学校初めてです」と言う。年齢的には,私と変わらない。と言うことは,今までこういう「大変な学校」を経験していないとなる。
じゃあ,私は,どうかと言えば,6校中5校までが,今と同じか少しくらい良い学校だった。これは,あまりに「不公平」ではないかと思う。落ち着いた学校に勤務する人は,いつも落ち着いている学校で,大変な学校に勤務する人は,いつも大変で・・・。給料は同じ。せめて,交互くらいにしてほしいものだ。
毎年発表される人事異動を見ても,「この人良いな」と思う人の方が多い。だから,教師の中で,ある一定の人が,いつも大変な学校に行かされていることになる。まあ,変な話だが,次に出世を約束されているような人は,それでも良いだろう。しかし,私のように,いつも,いつも,自分の出来ることを精一杯やっている人間には,全く次へは生きてこない。だから,前から,「使い捨て教師」だと思うようになってしまった。
どこが大変で,どこが落ち着いているのかは,教育委員会は知っている。当然,過去の勤務校も知っている。ならば,せめて「不公平感」が少しでもなくなるような工夫をするか,給料をアップすべきだと思う。勤務時間内に一度もイスに座れない状況が毎日続く学校ならば,それに見合った待遇を考えてもらいたいものだ。
まあ,こう書いても何も変わらないことはわかっているが,残り少ない教員生活で,こういう状態で退職していくんだなと思うと,いったい自分の教員生活とは,何だったのか。研究なんてできるはずのない学校。<嘘をつけばできるだろうが・・・>毎日,生徒指導で勤務時間なんか関係なく働いた時間。最後くらいは,落ち着いた学校で,今までできなかったことをやりたいと申し出た転任希望。結果は,見事に裏切られた。これは,校長の責任なのか,教育委員会の責任なのか。
じゃあ,私は,どうかと言えば,6校中5校までが,今と同じか少しくらい良い学校だった。これは,あまりに「不公平」ではないかと思う。落ち着いた学校に勤務する人は,いつも落ち着いている学校で,大変な学校に勤務する人は,いつも大変で・・・。給料は同じ。せめて,交互くらいにしてほしいものだ。
毎年発表される人事異動を見ても,「この人良いな」と思う人の方が多い。だから,教師の中で,ある一定の人が,いつも大変な学校に行かされていることになる。まあ,変な話だが,次に出世を約束されているような人は,それでも良いだろう。しかし,私のように,いつも,いつも,自分の出来ることを精一杯やっている人間には,全く次へは生きてこない。だから,前から,「使い捨て教師」だと思うようになってしまった。
どこが大変で,どこが落ち着いているのかは,教育委員会は知っている。当然,過去の勤務校も知っている。ならば,せめて「不公平感」が少しでもなくなるような工夫をするか,給料をアップすべきだと思う。勤務時間内に一度もイスに座れない状況が毎日続く学校ならば,それに見合った待遇を考えてもらいたいものだ。
まあ,こう書いても何も変わらないことはわかっているが,残り少ない教員生活で,こういう状態で退職していくんだなと思うと,いったい自分の教員生活とは,何だったのか。研究なんてできるはずのない学校。<嘘をつけばできるだろうが・・・>毎日,生徒指導で勤務時間なんか関係なく働いた時間。最後くらいは,落ち着いた学校で,今までできなかったことをやりたいと申し出た転任希望。結果は,見事に裏切られた。これは,校長の責任なのか,教育委員会の責任なのか。
2009年6月7日日曜日
危機管理!
学校で起きる多くの事は,それほどの危機管理を考えなくても済むことが多い。しかし,そうでないときの危機管理は,十分に考えておく必要があると思う。
学校には,校長・教頭・教務主任・校務主任(ない場合もある)が四役として,学校の危機管理をすることになる。これを「個人の力」にだけ頼って良いだろうかという疑問がある。それぞれが,十分危機管理能力を有していればいいが,その中にそうでない人がいれば,それを補佐する必要が出てくる。
そのために,学校は,常に状況判断をし,指示を出す人を作っておかないといけない。私は,以前から,こういう事を言ってきた。しかし,この危機管理を全員が理解し,その方法をマスターしているとは思えない。
校長を補佐し,教頭を補佐し,教務主任を補佐する立場の教員が必要だという事は,常々感じていることだ。危機が起きたとき,ものすごく多くの事が一気に押し寄せてくる。これに一人で対応できるはずもない。だから,これは,この人。あれはこの人。というように対応をしなければならないのである。
いつ起きるかわからない危機対応に,今すぐにでも対応できる組織でありたいものだ。
さて,そういう思いで,京都教育大学の学生による事件の学校側の対応は,どうだったか。しばらくして,詳しくわかると思うが,大学の対応も教育委員会の対応も,危機管理能力を十分に持っていたとは思えない状況である。特に,この事件に関係した学生の親(教育委員会幹部)は,全く危機管理能力がないと言われても仕方がない状況である。そんな人が,教育委員会幹部である,京都教育委員会は,私からすれば,恥ずかしいと言わざるを得ない。
学校には,校長・教頭・教務主任・校務主任(ない場合もある)が四役として,学校の危機管理をすることになる。これを「個人の力」にだけ頼って良いだろうかという疑問がある。それぞれが,十分危機管理能力を有していればいいが,その中にそうでない人がいれば,それを補佐する必要が出てくる。
そのために,学校は,常に状況判断をし,指示を出す人を作っておかないといけない。私は,以前から,こういう事を言ってきた。しかし,この危機管理を全員が理解し,その方法をマスターしているとは思えない。
校長を補佐し,教頭を補佐し,教務主任を補佐する立場の教員が必要だという事は,常々感じていることだ。危機が起きたとき,ものすごく多くの事が一気に押し寄せてくる。これに一人で対応できるはずもない。だから,これは,この人。あれはこの人。というように対応をしなければならないのである。
いつ起きるかわからない危機対応に,今すぐにでも対応できる組織でありたいものだ。
さて,そういう思いで,京都教育大学の学生による事件の学校側の対応は,どうだったか。しばらくして,詳しくわかると思うが,大学の対応も教育委員会の対応も,危機管理能力を十分に持っていたとは思えない状況である。特に,この事件に関係した学生の親(教育委員会幹部)は,全く危機管理能力がないと言われても仕方がない状況である。そんな人が,教育委員会幹部である,京都教育委員会は,私からすれば,恥ずかしいと言わざるを得ない。
2009年6月6日土曜日
とうとう起きてしまった・・・。
大きな事が起きてしまった。一言で言えば,大混乱。しかし,今回の事での反省点は,ものすごく多い。特に教員の動きは,2人担任制のマイナス面を露呈した。私は,学年主任の理解もあり,自由に動けたため,関係機関とのパイプ役ができた。しかし,私1人だった。
そして,たまたま,講師の方が3人,手伝ってくれることで,問題を最小限に抑えることができた。しかし,ほとんどの教師が教室に行ってしまったのでは,教室以外の生徒,関係機関の対応,保護者への対応は,誰がするのか・・・。
今回は,何度か,指導室の方の指示を受けることもあった。これはこれで,とても適切な指示であったと思う。この方達の助けがなかったら,もっともっと混乱をしたものと思う。確かに,混乱をしていた。ただ,過去にもこういう経験がある私からすれば,とても合格点をつけることはできない。
1つの事だけを考えていたのでは,物事は進まない。同時に複数のことを考え,指示を出すことが大切だと思う。
またまた今回も,教務主任は,初期段階で,的確な指示や指導をしたと思う。ただ,指示系統を1つにする必要はあるが,とても1人で対応できる状況でないとき,それに対応できる職員を責任者として任せる必要があったと思う。私について言えば,指導室の人からの指示で動けたことは,とても動きやすかった。変な言い方だが,教育委員会の人への思いが,少しは変わったような気がする。
前任校の教頭は,大きな問題が起きたときの対応は,素晴らしかった。今は,校長として,頑張っているものと思うが,ぜひ,こういう経験を,経験のない管理職に具体的に伝えてもらいたいと思う。
いずれにしても,今,学校は,大変な状況にあることは間違いない。今回のことをよく考え,教育委員会も巻き込んで,学校再生を果たしたい。
そして,たまたま,講師の方が3人,手伝ってくれることで,問題を最小限に抑えることができた。しかし,ほとんどの教師が教室に行ってしまったのでは,教室以外の生徒,関係機関の対応,保護者への対応は,誰がするのか・・・。
今回は,何度か,指導室の方の指示を受けることもあった。これはこれで,とても適切な指示であったと思う。この方達の助けがなかったら,もっともっと混乱をしたものと思う。確かに,混乱をしていた。ただ,過去にもこういう経験がある私からすれば,とても合格点をつけることはできない。
1つの事だけを考えていたのでは,物事は進まない。同時に複数のことを考え,指示を出すことが大切だと思う。
またまた今回も,教務主任は,初期段階で,的確な指示や指導をしたと思う。ただ,指示系統を1つにする必要はあるが,とても1人で対応できる状況でないとき,それに対応できる職員を責任者として任せる必要があったと思う。私について言えば,指導室の人からの指示で動けたことは,とても動きやすかった。変な言い方だが,教育委員会の人への思いが,少しは変わったような気がする。
前任校の教頭は,大きな問題が起きたときの対応は,素晴らしかった。今は,校長として,頑張っているものと思うが,ぜひ,こういう経験を,経験のない管理職に具体的に伝えてもらいたいと思う。
いずれにしても,今,学校は,大変な状況にあることは間違いない。今回のことをよく考え,教育委員会も巻き込んで,学校再生を果たしたい。
2009年6月4日木曜日
学校を動かすには・・・。
今,学校は,良い方向に向いているように思う。それは,リーダー達の行動である。まだまだ,先は長いが,今日も,校長自ら廊下で指導にあたっていた。こういう姿は,他の教員へも良い影響を与える。できれば,教頭もこういう姿勢を見せれば,もっと,前に進むようにも思う。
我が校の授業中に廊下は,一部の生徒の勝手な行動のオンパレードになっている。もう,こうなってどれくらい経つだろうか。これは,既に1年生の時から始まっていた。初期段階での指導に何らかの問題があったのかも知れない。また,リーダー達の認識がずれていたのかも知れない。現状把握の遅れが,今を作っているように思う。
確かに昨年度の3年生は,大変な学年だった。しかし,他の学年は大丈夫だと思っていたのかも知れない。
ところで,1年から持ち上がった人が多い今の3年生は,まあまあ落ち着いている。1年から持ち上がった人が少ない2年生は,大変になっている。また,去年の3年も半分以上の担任が入れ替わっていた。
これは,大変だから,かえたという言い方もあるが,持ち上がるんだという強い意志と目標が教師側にあったかどうか。今の学校を見ていると,持ち上がるという事が難しい状況にある。苦労する教員がいつも同じで,そうでない教師との差が歴然としてくる。こういうやり方をすると,1年生からの立て直しが難しい。1年生で学級崩壊し,2年生で新メンバーで立て直そうとし,それでもダメなときは,新しく赴任してきたメンバーに任せる。こんな他力本願では,たまらない。
教師は,責任を果たさないといけない。それができないのなら,自ら辞めないといけないんだろうな。厳しいけれど,そういう思いでやらないとね。子ども達との相性もあるとしても,2年連続で,同じような学年になったとしたら,私なら,とても責任を感じる。いつまでも,「生徒が悪いから仕方がない」という雰囲気では,いけなんだと思う。
我が校の授業中に廊下は,一部の生徒の勝手な行動のオンパレードになっている。もう,こうなってどれくらい経つだろうか。これは,既に1年生の時から始まっていた。初期段階での指導に何らかの問題があったのかも知れない。また,リーダー達の認識がずれていたのかも知れない。現状把握の遅れが,今を作っているように思う。
確かに昨年度の3年生は,大変な学年だった。しかし,他の学年は大丈夫だと思っていたのかも知れない。
ところで,1年から持ち上がった人が多い今の3年生は,まあまあ落ち着いている。1年から持ち上がった人が少ない2年生は,大変になっている。また,去年の3年も半分以上の担任が入れ替わっていた。
これは,大変だから,かえたという言い方もあるが,持ち上がるんだという強い意志と目標が教師側にあったかどうか。今の学校を見ていると,持ち上がるという事が難しい状況にある。苦労する教員がいつも同じで,そうでない教師との差が歴然としてくる。こういうやり方をすると,1年生からの立て直しが難しい。1年生で学級崩壊し,2年生で新メンバーで立て直そうとし,それでもダメなときは,新しく赴任してきたメンバーに任せる。こんな他力本願では,たまらない。
教師は,責任を果たさないといけない。それができないのなら,自ら辞めないといけないんだろうな。厳しいけれど,そういう思いでやらないとね。子ども達との相性もあるとしても,2年連続で,同じような学年になったとしたら,私なら,とても責任を感じる。いつまでも,「生徒が悪いから仕方がない」という雰囲気では,いけなんだと思う。
2009年6月3日水曜日
魔法のフライパン!
以前,テレビでも紹介された「魔法のフライパン」<錦見鋳造>が,やっと届いた。注文したときは,2年待ちと言うことだったが,約半年早く届いた。それでも1年半である。
何がすごいかは,鉄でありながら,こげがつきにくいという。持ってみると,予想よりも思い感じだ。ただ,子どもの頃は,鉄のフライパンしか家になかったので,たぶん,当時は,これくらいの物を使っていたんだろう。
知っての通り,こびりつかないフライパンは,熱の伝導に問題があると聞く。鉄は,はるかに熱の伝導性が良い。したがって,おいしい料理になる。
まだ,使ってはいないが,長い間,待っただけのことがあると良いなと思う。
何がすごいかは,鉄でありながら,こげがつきにくいという。持ってみると,予想よりも思い感じだ。ただ,子どもの頃は,鉄のフライパンしか家になかったので,たぶん,当時は,これくらいの物を使っていたんだろう。
知っての通り,こびりつかないフライパンは,熱の伝導に問題があると聞く。鉄は,はるかに熱の伝導性が良い。したがって,おいしい料理になる。
まだ,使ってはいないが,長い間,待っただけのことがあると良いなと思う。
2009年6月2日火曜日
気付いているかな?
今,大変な学年の主任は,毎日誰よりも早く,校門に立ち,生徒を指導している。しかし,その学年の先生は,彼一人である。このことに気が付いているんだろうか。少し,疑問である。
こういう事は,実は良くある。授業中も一番多く廊下で指導をしている。それに比べると,他の職員の数は少ない。皆いろんな理由があって,できないのかも知れない。しかし,朝の校門指導は,全員ができるのではないだろうか。また,下校指導についても全く同じである。
前にも書いたが,頑張っている職員がいて,それを手助けする職員がいて,学年が成り立っていくように思う。大変なのは,去年十分に経験したからわかるつもりだが,もう少し,頑張らないといけないかも知れない。
今,誰もが大変な状況の中,毎日を過ごしている。これ以上を要求すると,体が壊れてしまうかも知れない。現に,去年,私は,間違いなく体を壊した。その時の疲労感は,今までに経験したことがないくらいの事だった。それでも,できることは,やったつもりである。
今,私たちは,頑張っているこの主任を見習って,手助けをしなければ,この主任の体力も限界になってしまう。とても危惧している。今の状況の中で,たった一人でできるわけがない。
こういう事は,実は良くある。授業中も一番多く廊下で指導をしている。それに比べると,他の職員の数は少ない。皆いろんな理由があって,できないのかも知れない。しかし,朝の校門指導は,全員ができるのではないだろうか。また,下校指導についても全く同じである。
前にも書いたが,頑張っている職員がいて,それを手助けする職員がいて,学年が成り立っていくように思う。大変なのは,去年十分に経験したからわかるつもりだが,もう少し,頑張らないといけないかも知れない。
今,誰もが大変な状況の中,毎日を過ごしている。これ以上を要求すると,体が壊れてしまうかも知れない。現に,去年,私は,間違いなく体を壊した。その時の疲労感は,今までに経験したことがないくらいの事だった。それでも,できることは,やったつもりである。
今,私たちは,頑張っているこの主任を見習って,手助けをしなければ,この主任の体力も限界になってしまう。とても危惧している。今の状況の中で,たった一人でできるわけがない。
2009年6月1日月曜日
皆大変!だけど・・・。
今,1つの学年が,去年の私たちが経験した大変な状況にある。手伝える部分はそうしていきたいと思っている。しかし,私自身の人間としての問題かも知れないが,その学年の生徒の指導をし,職員室へ戻ってくると,数人で当該学年の教師が談笑しているのをみ見ると,あまりいい気がしない。
去年は,こういう状態で,私たち学年の職員は,全員が帰るまで,席に座れなかった。また,授業中も廊下に張り付いていた。それが,体を壊す結果にもなったのだが,自分の学年の職員がまずは,頑張らないといけないと思って頑張った。
だから,今の状況が,どうも納得ができていない。
帰りに門で,生徒が帰るまで指導をしている。それが終わって,門を閉めて職員室に戻ると,座っている職員。おいおい,まだ,自分たちの学年の子が,門にたまっているぞ・・・。そんな毎日である。
ただ,今は,校長も,生徒指導に当たり始めた。とても助かる。今日も,懸命に生徒を指導していた。こういう姿を見ると,やる気が出る。これを見て,当該学年は「申し訳ない」と思わないといけない。校長が指導しているのに,自分たちは,職員室で談笑していたんではいけない。
我が校には,素晴らしい教務主任がいる。彼を見て,私は,自分を奮い立たせるのだが,なかなか助けられるところまではいかないのが申し訳ない。私たちは,こういう人を見て,少しでも学校を良くしていこうと団結したい。その基本は,自分の学年は,自分たちで,まずは頑張る事だろう。
1年生から,面倒を見てきた教師は,責任があるというのは,前にも書いた。ただ,我が校のように,せっかく1年からスタートしても持ち上がらない状態では,いつも,途中できた人たちに負担がかかる。ここは,給料をもらっている教師として,頑張らないと,給料泥棒になってしまう。
去年は,こういう状態で,私たち学年の職員は,全員が帰るまで,席に座れなかった。また,授業中も廊下に張り付いていた。それが,体を壊す結果にもなったのだが,自分の学年の職員がまずは,頑張らないといけないと思って頑張った。
だから,今の状況が,どうも納得ができていない。
帰りに門で,生徒が帰るまで指導をしている。それが終わって,門を閉めて職員室に戻ると,座っている職員。おいおい,まだ,自分たちの学年の子が,門にたまっているぞ・・・。そんな毎日である。
ただ,今は,校長も,生徒指導に当たり始めた。とても助かる。今日も,懸命に生徒を指導していた。こういう姿を見ると,やる気が出る。これを見て,当該学年は「申し訳ない」と思わないといけない。校長が指導しているのに,自分たちは,職員室で談笑していたんではいけない。
我が校には,素晴らしい教務主任がいる。彼を見て,私は,自分を奮い立たせるのだが,なかなか助けられるところまではいかないのが申し訳ない。私たちは,こういう人を見て,少しでも学校を良くしていこうと団結したい。その基本は,自分の学年は,自分たちで,まずは頑張る事だろう。
1年生から,面倒を見てきた教師は,責任があるというのは,前にも書いた。ただ,我が校のように,せっかく1年からスタートしても持ち上がらない状態では,いつも,途中できた人たちに負担がかかる。ここは,給料をもらっている教師として,頑張らないと,給料泥棒になってしまう。
2009年5月28日木曜日
対教師暴力が起きて・・・
去年,今の学校に赴任してから,数えられないほどの「対教師暴力」が起きた。今年度になってからも変わることはない。これだけ,頻繁に起きていているのはなぜだろう。まあ,私からすると,「毅然とした対応」ができていないということだろう。
ところで,「対教師暴力」が何度も起きていて,不思議に思うことに,「被害を受けた教師」に対して,「大丈夫?」とか「ケガはない?」という状態を見たことがない。生徒指導にばかり目がいき,被害を受けた教師はすべて後回し・・・。
今日も,「対教師暴力」が起きた。しかし,被害を受けた教師は,その場に居続けた。さすがに,私は,「職員室へ戻って・・・」と言った。しばらくして,職員室に行って「事情を聞かれた?」と聞いたが,「いえ,何も聞かれていません」という。これは,おかしな事だと私は思う。
過去にも,いろんな学校で,対教師暴力は,起きたが,今いる学校のような対応は,初めてだ。去年の途中から,変わってきたことは,間違いない。しかし,一大事にも関わらず,座ったままの○○。事情を聞こうともしない。ちょっと前に,似たようなことで,職員と管理職の間で,トラブルになったにも関わらず,また,同じ事が起きている。
「言われたらやる」という姿勢で,学校を建て直せるんだろうか。先日,他校生が来て,タバコを吸って威嚇をしていたが,その様子を見て,何一つ言葉を発しなかった。私は,矢面に立っているのが馬鹿らしくなった。ここに学校を立て直す原点がある。一致団結して,引っ張って行くには,何が必要なのか。これが,わからないとしたら,私は,人の上に立つという仕事は失格だと思う。万が一,わざと対応をしないとしたら,すべて,自分で解決してください。私は見ていますから・・・。
言いたいことは,山ほどあるが,去年,たとえ少しでも休んでしまったので,迷惑をかけた事もあって,強く言うことができない。このもどかしさもあるんだろうな。
ところで,「対教師暴力」が何度も起きていて,不思議に思うことに,「被害を受けた教師」に対して,「大丈夫?」とか「ケガはない?」という状態を見たことがない。生徒指導にばかり目がいき,被害を受けた教師はすべて後回し・・・。
今日も,「対教師暴力」が起きた。しかし,被害を受けた教師は,その場に居続けた。さすがに,私は,「職員室へ戻って・・・」と言った。しばらくして,職員室に行って「事情を聞かれた?」と聞いたが,「いえ,何も聞かれていません」という。これは,おかしな事だと私は思う。
過去にも,いろんな学校で,対教師暴力は,起きたが,今いる学校のような対応は,初めてだ。去年の途中から,変わってきたことは,間違いない。しかし,一大事にも関わらず,座ったままの○○。事情を聞こうともしない。ちょっと前に,似たようなことで,職員と管理職の間で,トラブルになったにも関わらず,また,同じ事が起きている。
「言われたらやる」という姿勢で,学校を建て直せるんだろうか。先日,他校生が来て,タバコを吸って威嚇をしていたが,その様子を見て,何一つ言葉を発しなかった。私は,矢面に立っているのが馬鹿らしくなった。ここに学校を立て直す原点がある。一致団結して,引っ張って行くには,何が必要なのか。これが,わからないとしたら,私は,人の上に立つという仕事は失格だと思う。万が一,わざと対応をしないとしたら,すべて,自分で解決してください。私は見ていますから・・・。
言いたいことは,山ほどあるが,去年,たとえ少しでも休んでしまったので,迷惑をかけた事もあって,強く言うことができない。このもどかしさもあるんだろうな。
2009年5月27日水曜日
去年と比較してみると・・・。
去年,突然入れられた学年。しかも,もう手がつけられないほどの状態でのスタート。とうとう私は,体を壊してしまった。少し休んだものの,迷惑はかけられないと思い,薬を飲んでの1年だった。
さて,今年,他の人が悪く見えるのかも知れないが,職員室で座っている先生がいる。しかも,授業を抜け出して,勝手なことをしている状態なのに・・・。去年は,廊下番,校門番等々。職員室の席に座るのは,午後4時頃になった。
しかし,今年は,そういう状態でない。生徒は,去年よりはるかに悪くなっているのに・・・。先生達は,去年と比べれば,明らかに違う。
今日も,帰り,門に立つのだが,他校生が来たり,自転車で校内に入り込んだり,タバコを吸ったりする状況だが,ここに来る教師は,2~3人。しかも,当該学年の教師はいない。私は,これが,納得できない。去年,どれだけ,自分の学年がひどくても,まずは,自分の学年の先生が頑張った。助けをもらったのは事実だが,まずは,自分たちがやってきた。
しかし,今,そうなっていない。去年の私のように,体調を崩すようになってはいけないと思いながらも,このままだと,自分の学年ではない部分で,私への負担となっている。
「まずは,当該学年の先生,頑張ってください!」と校長が言うべきではないか。言わないのなら,去年の自分が,とても空しく感じる。体調が悪くても悪くても,休まず頑張った私は,いったい何だったのか。やらない方がよかったのか。そこまで,頑張る姿勢を持っても良いような気がしている。
助け合うというのは,同じ条件で助け合うべきではないだろうか。当然,力の差はある。だから,持っている力を出して尚難しいときに助け合うべきだろう。今の状況は,他力本願と言われても仕方がない部分があるんじゃないだろうか。
頑張っている姿を見て,「助けよう」と思うのが,人間なのだから・・・。
さて,今年,他の人が悪く見えるのかも知れないが,職員室で座っている先生がいる。しかも,授業を抜け出して,勝手なことをしている状態なのに・・・。去年は,廊下番,校門番等々。職員室の席に座るのは,午後4時頃になった。
しかし,今年は,そういう状態でない。生徒は,去年よりはるかに悪くなっているのに・・・。先生達は,去年と比べれば,明らかに違う。
今日も,帰り,門に立つのだが,他校生が来たり,自転車で校内に入り込んだり,タバコを吸ったりする状況だが,ここに来る教師は,2~3人。しかも,当該学年の教師はいない。私は,これが,納得できない。去年,どれだけ,自分の学年がひどくても,まずは,自分の学年の先生が頑張った。助けをもらったのは事実だが,まずは,自分たちがやってきた。
しかし,今,そうなっていない。去年の私のように,体調を崩すようになってはいけないと思いながらも,このままだと,自分の学年ではない部分で,私への負担となっている。
「まずは,当該学年の先生,頑張ってください!」と校長が言うべきではないか。言わないのなら,去年の自分が,とても空しく感じる。体調が悪くても悪くても,休まず頑張った私は,いったい何だったのか。やらない方がよかったのか。そこまで,頑張る姿勢を持っても良いような気がしている。
助け合うというのは,同じ条件で助け合うべきではないだろうか。当然,力の差はある。だから,持っている力を出して尚難しいときに助け合うべきだろう。今の状況は,他力本願と言われても仕方がない部分があるんじゃないだろうか。
頑張っている姿を見て,「助けよう」と思うのが,人間なのだから・・・。
2009年5月17日日曜日
新型インフルエンザで「修学旅行は」・・・。
新型インフルエンザが「大阪・神戸」で確認されたことで,この地に「修学旅行」に行く予定の学校は,今,不安である。もうすぐ出発を控えている本校は,このままでは,予定通りに行動できない可能性もある。
以前,オウム真理教の事件の時,修学旅行での活動が制限されて以来の事だ。しかし,今回は,行くことさえ再考の余地があるかのような報道である。教育委員会も,検討に入っているという。子ども達は,班別の分散学習の準備も,つい先日も遅くまで残ってやっていた。かわいそうなことになりそうだ。
何か,少しでも彼らが満足できる「修学旅行」にしたいと心から願っている。
以前,オウム真理教の事件の時,修学旅行での活動が制限されて以来の事だ。しかし,今回は,行くことさえ再考の余地があるかのような報道である。教育委員会も,検討に入っているという。子ども達は,班別の分散学習の準備も,つい先日も遅くまで残ってやっていた。かわいそうなことになりそうだ。
何か,少しでも彼らが満足できる「修学旅行」にしたいと心から願っている。
2009年5月14日木曜日
2009年4月22日水曜日
何かが変わり始めている!
今も,ひどい状況の学校だが,少しずつ「何か」がかわりつつあるように思う。それは,教務主任,新しく赴任した教員の頑張り・・・。「学校を立て直そう!」という共通の思いが繋がってきているように思える。
当然のように,その後ろ盾をしてくれる校長・教頭にも去年とは違う取り組みがあるのを感じ始めている。まあ,「何で,去年からやってくれないんだ!」という思いはあるものの,前に進むことに異論は全くない。
我が校は,本当に教務主任が,すべてのコントロールタワーの役割を担っている。自ら矢面に立って生徒を指導する。なかなか見ないタイプである。誰よりもパワフルで,誰よりも緻密に考えを実践している。だからこそ,校長・教頭は,彼をバックアップしてほしいと願う。
行動しなければ変わらない。それに気付いたように思える今,学校は,立ち直りに向けて舵を切り始めたような気がする。困難な道であることは,分かり切っている。ただ,去年全く感じなかった「前に進んでいる」という感覚は,間違いない。
この時期に変わらなければ,当分の間,この学校は変われないだろう。ある意味,ここ数年が正念場といえよう。
当然のように,その後ろ盾をしてくれる校長・教頭にも去年とは違う取り組みがあるのを感じ始めている。まあ,「何で,去年からやってくれないんだ!」という思いはあるものの,前に進むことに異論は全くない。
我が校は,本当に教務主任が,すべてのコントロールタワーの役割を担っている。自ら矢面に立って生徒を指導する。なかなか見ないタイプである。誰よりもパワフルで,誰よりも緻密に考えを実践している。だからこそ,校長・教頭は,彼をバックアップしてほしいと願う。
行動しなければ変わらない。それに気付いたように思える今,学校は,立ち直りに向けて舵を切り始めたような気がする。困難な道であることは,分かり切っている。ただ,去年全く感じなかった「前に進んでいる」という感覚は,間違いない。
この時期に変わらなければ,当分の間,この学校は変われないだろう。ある意味,ここ数年が正念場といえよう。
2009年4月14日火曜日
このままでは,いけない!
やはりというか,今年こそ!良い学校にと言う思う気持ちを断ちきるかのような出来事が続く。昨日も今日も・・・。
ただ,去年とは,少しだが変化しているような気がする。はっきり意見を言う人が増えた。それに対応せざるを得ないのか,管理職も動きが少しだけ変わった。今までだと,対教師暴力が起きても,私たちに報告されるのは,大きなケガをした場合に限られていた。しかし,今年は,対教師暴力に関して,逐一報告されるようになった。これは,学校が変わる第一歩になるような気がする。
しかし,相変わらず,私からすると,まだまだ対応に不手際があると見えてしまう。徐々に変わっていくことを期待している。
今年も,転任してきた人たちに,大変な学年が任されている。去年,私が感じたのと同じ思いをしていることだろう。まずは,ここに大きな問題がある。問題が多くなったら,それを知らない転任してきた人に持っていくという悪循環。
私たち教師にも「責任」を持って学年を持ち上がるという強い気持ちが必要である。しかし,今,そうなっていない現実。校長・教頭は,教師を育てていくという気持ちが必要ではないだろうか。そうしないと,いつまで経っても,他の学校から転任してくる先生に頼るしかない。
私が,去年,2学期以降,どんなに体調が悪いときも,学校を休まずに行ったのは,この「責任」以外何者でもない。すべての教師にこういう気持ちを持ってほしい。そうしないと,いつも大変な思いをする教師は同じと言うことになってしまう。
今,学校は変わろうとしているんだろう。変わらなくてはいけない。そのためには,何をすべきかを全員で考えたいものだ。余談だが,今年大学を出て来た若い教師が4人。これが多いのか少ないのかはわからない。ただ,今,大変な状況の中で,対応ができるかと言えば,難しいと言わざるを得ない。これは,教育委員会の問題だろうな。こんな大変な学校に,新卒を多く配置する人事には,私は,納得できない気持ちがある。
ただ,去年とは,少しだが変化しているような気がする。はっきり意見を言う人が増えた。それに対応せざるを得ないのか,管理職も動きが少しだけ変わった。今までだと,対教師暴力が起きても,私たちに報告されるのは,大きなケガをした場合に限られていた。しかし,今年は,対教師暴力に関して,逐一報告されるようになった。これは,学校が変わる第一歩になるような気がする。
しかし,相変わらず,私からすると,まだまだ対応に不手際があると見えてしまう。徐々に変わっていくことを期待している。
今年も,転任してきた人たちに,大変な学年が任されている。去年,私が感じたのと同じ思いをしていることだろう。まずは,ここに大きな問題がある。問題が多くなったら,それを知らない転任してきた人に持っていくという悪循環。
私たち教師にも「責任」を持って学年を持ち上がるという強い気持ちが必要である。しかし,今,そうなっていない現実。校長・教頭は,教師を育てていくという気持ちが必要ではないだろうか。そうしないと,いつまで経っても,他の学校から転任してくる先生に頼るしかない。
私が,去年,2学期以降,どんなに体調が悪いときも,学校を休まずに行ったのは,この「責任」以外何者でもない。すべての教師にこういう気持ちを持ってほしい。そうしないと,いつも大変な思いをする教師は同じと言うことになってしまう。
今,学校は変わろうとしているんだろう。変わらなくてはいけない。そのためには,何をすべきかを全員で考えたいものだ。余談だが,今年大学を出て来た若い教師が4人。これが多いのか少ないのかはわからない。ただ,今,大変な状況の中で,対応ができるかと言えば,難しいと言わざるを得ない。これは,教育委員会の問題だろうな。こんな大変な学校に,新卒を多く配置する人事には,私は,納得できない気持ちがある。
2009年4月12日日曜日
繰り返し!
新年度早々,全く去年と同じ事が繰り返されている。「なぜ?」と思う私。立て直しを考え,進めていく年にするんじゃなかったのか・・・。
このままだと,また,去年と同じだ。だから,いろんな部分を変えてきたんじゃなかったのか。教師集団の思いと「ずれ」が出てきたように思う。明らかに教師集団は,変わってきた。「何とかしていこう」という気運が高まっている。でも,何かが「変わっていない」ように思う。
多くの人の意見を聞くのは必要だと思う。ただ,瞬時に判断し,指示をするのには,人の意見を聞いている時間はない。だから,指示を出す人は,日頃から,自分を磨き,実態を把握し,常に「臨戦態勢」でいなければ,今の学校は前に進めない。
最近,思うことは,ここに「経験」という大事な事が必要に思う。若い,教頭・校長が増えた。これが悪いとは思わないが,校内暴力吹き荒れる頃,教師をやっていた年代は,すでに,50代半ばを過ぎている。もし,この時期に,大変な学校に勤めていないと,全く,対応の仕方すらわからないのではないだろうか。
幸か不幸か,私は,新卒時から,校内暴力吹き荒れる学校に勤め,そこから立て続けに4校が,まさしく大変な学校に勤めた。一番ひどかったのは,最初の頃だが,それでも,2校目以降も大変な状況だった。そんな「経験」が,今の自分を作っているように思う。「こういう場合は,こうしていこう」と思う。しかし,もし,自分にこの「経験」がなかったら,そうは思わないだろう。
だから,今,こういう経験をした教頭・校長は,若い教頭・校長に,アドバイスができる時間を作らないといけないと思う。もし,このまま行けば,また,約20年前から始まった数年間の「校内暴力」吹き荒れる学校になってしまう。
教育委員会も,その時代に立て直しに奔走した多くの教師がいる。こういう人たちを,各学校に配置するくらいの英断を下さないと,一部の学校が,立て直し方すら考えられない状況になってしまうだろう。今の教頭・校長の中にも,そういう人たちがいる。ぜひ,大変な学校に配置を考えてほしい。うがった考え方かもしれないが,なぜか,そういう「力」のある人たちが,そういう学校に行っていないように思う・・・。
このままだと,また,去年と同じだ。だから,いろんな部分を変えてきたんじゃなかったのか。教師集団の思いと「ずれ」が出てきたように思う。明らかに教師集団は,変わってきた。「何とかしていこう」という気運が高まっている。でも,何かが「変わっていない」ように思う。
多くの人の意見を聞くのは必要だと思う。ただ,瞬時に判断し,指示をするのには,人の意見を聞いている時間はない。だから,指示を出す人は,日頃から,自分を磨き,実態を把握し,常に「臨戦態勢」でいなければ,今の学校は前に進めない。
最近,思うことは,ここに「経験」という大事な事が必要に思う。若い,教頭・校長が増えた。これが悪いとは思わないが,校内暴力吹き荒れる頃,教師をやっていた年代は,すでに,50代半ばを過ぎている。もし,この時期に,大変な学校に勤めていないと,全く,対応の仕方すらわからないのではないだろうか。
幸か不幸か,私は,新卒時から,校内暴力吹き荒れる学校に勤め,そこから立て続けに4校が,まさしく大変な学校に勤めた。一番ひどかったのは,最初の頃だが,それでも,2校目以降も大変な状況だった。そんな「経験」が,今の自分を作っているように思う。「こういう場合は,こうしていこう」と思う。しかし,もし,自分にこの「経験」がなかったら,そうは思わないだろう。
だから,今,こういう経験をした教頭・校長は,若い教頭・校長に,アドバイスができる時間を作らないといけないと思う。もし,このまま行けば,また,約20年前から始まった数年間の「校内暴力」吹き荒れる学校になってしまう。
教育委員会も,その時代に立て直しに奔走した多くの教師がいる。こういう人たちを,各学校に配置するくらいの英断を下さないと,一部の学校が,立て直し方すら考えられない状況になってしまうだろう。今の教頭・校長の中にも,そういう人たちがいる。ぜひ,大変な学校に配置を考えてほしい。うがった考え方かもしれないが,なぜか,そういう「力」のある人たちが,そういう学校に行っていないように思う・・・。
2009年4月5日日曜日
新年度スタート!
明日,始業式があり,いよいよ新年度がスタートする。今,思えば,1年前,始業式で見た光景は,今までには見たことがないほど,ひどいものだった。しかも,一番ひどかったクラスの担任になるとは,思ってもみなかった。
あの日から,私は,すべてのことが戦いとなった。それは,生徒との戦い,自分との戦いもあった。自分との戦いに負けそうになって,学校を休むこともあった。この1年は,自分自身で経験した中で,最悪の1年と言っても良い。それは,仕事だけではなく,すべてに言えた。
今年は,どんな1年になるだろうか。まずは,体調が悪くならないことが一番ではないかと思っている。そのためには,日頃から,健康に注意しておく必要がある。そうしないとかえって,迷惑をかけることになってしまう。そして,できることを一生懸命やっていこうと思う。
人のせいにしてはいけないと思いつつ,どうしても,いまだに納得できない事がいっぱいの昨年度だった。人間不信というか,人を信用して良いのだろうかとさえ思う事もあった。今まで,基本的に学校のため,校長のため,あるいは,教頭のためという漠然とした目標を持って,自分なりの頑張りをしてきた。認めてもらおうとか,そういうのではなく,自分のやる気の源だった。
しかし,去年だけは,そう思えない何かを抱えてしまった。それが,学校にいるすべての人に対して,不信感という感情になってしまった。そのために,自分の力が出てこないのを感じた。人を信じられないと言うことは,これほど,辛いことなのかという経験もした。
新年度,もう一度,自分らしい1年を送りたいと思っている。
あの日から,私は,すべてのことが戦いとなった。それは,生徒との戦い,自分との戦いもあった。自分との戦いに負けそうになって,学校を休むこともあった。この1年は,自分自身で経験した中で,最悪の1年と言っても良い。それは,仕事だけではなく,すべてに言えた。
今年は,どんな1年になるだろうか。まずは,体調が悪くならないことが一番ではないかと思っている。そのためには,日頃から,健康に注意しておく必要がある。そうしないとかえって,迷惑をかけることになってしまう。そして,できることを一生懸命やっていこうと思う。
人のせいにしてはいけないと思いつつ,どうしても,いまだに納得できない事がいっぱいの昨年度だった。人間不信というか,人を信用して良いのだろうかとさえ思う事もあった。今まで,基本的に学校のため,校長のため,あるいは,教頭のためという漠然とした目標を持って,自分なりの頑張りをしてきた。認めてもらおうとか,そういうのではなく,自分のやる気の源だった。
しかし,去年だけは,そう思えない何かを抱えてしまった。それが,学校にいるすべての人に対して,不信感という感情になってしまった。そのために,自分の力が出てこないのを感じた。人を信じられないと言うことは,これほど,辛いことなのかという経験もした。
新年度,もう一度,自分らしい1年を送りたいと思っている。
2009年4月4日土曜日
学校を良くしたい!
教員になって随分経つが,常に「学校を良くしたい!」と思ってやってきた。その思いを強くしたのは,「今日は,研究会があるので・・・」と,まだ,生徒指導で頑張っている先生方がいるのに出かける人がいたときである。しかも,自分のクラスだった。1度くらいなら,私も仕方がないと思ったが,何度もあると,「この人は,軸足はどこにあるんだろう」と違和感を持った。この人は,今,校長である。
それ以来,基本的に,学校で何かあれば,優先順位は,常に学校に置いた。しかし,それと同時に,研究会に行ける日は少なくなった。それだけ毎日,大変な学校に勤務していた。
今は,時代が変わり,学校優先でも許される研究会が増えたと思うが,私の若い頃は,ある校長は「学校と研究会とどっちが大事だと思ってるんだ!」と私に言った。この言葉で,私は,いったい研究会は,何のためのものなのかと考え,一切の会に出ることをやめた。
私も,今,若ければ,また違う教員人生もあったのかも知れないが,当時は,明らかに優先順位が違っていた。
今も,「学校を良くしたい!」という思いは,変わっていない。だから,頑張っている人たちと手を携えてやっていきたい。私は,ぜひ,そういう教師もいることを知ってもらいたいと思っている。私なんかは,まだまだで,私の知っている教師の中には,頭が下がるくらい学校のために頑張っている人がいる。以前ほどではないが,「学校に軸足」を置いていない人もいる。
私は,教育委員会の人たちに,この見極めをしっかりしてほしいと思う。「学校をよくしよう」と頑張っていた人から順に管理職にしてもらいたい。そうすれば,学校は,必ず「良い方向」に向くと思う。上の人の機嫌をうかがうだけの人は,管理職になることが目標になっていて,自分の所属している組織を優先して,「学校のこと」を考えてくれないように思うのは,うがった考えだろうか。
それ以来,基本的に,学校で何かあれば,優先順位は,常に学校に置いた。しかし,それと同時に,研究会に行ける日は少なくなった。それだけ毎日,大変な学校に勤務していた。
今は,時代が変わり,学校優先でも許される研究会が増えたと思うが,私の若い頃は,ある校長は「学校と研究会とどっちが大事だと思ってるんだ!」と私に言った。この言葉で,私は,いったい研究会は,何のためのものなのかと考え,一切の会に出ることをやめた。
私も,今,若ければ,また違う教員人生もあったのかも知れないが,当時は,明らかに優先順位が違っていた。
今も,「学校を良くしたい!」という思いは,変わっていない。だから,頑張っている人たちと手を携えてやっていきたい。私は,ぜひ,そういう教師もいることを知ってもらいたいと思っている。私なんかは,まだまだで,私の知っている教師の中には,頭が下がるくらい学校のために頑張っている人がいる。以前ほどではないが,「学校に軸足」を置いていない人もいる。
私は,教育委員会の人たちに,この見極めをしっかりしてほしいと思う。「学校をよくしよう」と頑張っていた人から順に管理職にしてもらいたい。そうすれば,学校は,必ず「良い方向」に向くと思う。上の人の機嫌をうかがうだけの人は,管理職になることが目標になっていて,自分の所属している組織を優先して,「学校のこと」を考えてくれないように思うのは,うがった考えだろうか。
人事の大変さ・・・。
今,学校では,新年度の構成が発表される。過去の経験でも,この発表の場で,混乱をすることもあった。それは,「わがまま」と言えるような言い分もある。
それを考えて人事を組む方から考えると,それはそれは,大変なことだろうと推測できる。1人のわがままを聞けば,「この人もあの人も」となってしまう。だから,情報を漏らさずに,発表当日を迎え,ここで混乱する。以前いた学校では,「職務命令」という言葉で一件落着した。
私は,その人の学校への貢献度を見て考えれば良いんだと思う。もし,いい加減なわがままだったら,それは,間違っていると言うべきかもしれない。また,極論で言えば,教師を辞めるという選択も考えないと,学校は成り立っていかない。特定の人の「優しさ」だけで,やりきれる時代ではない。
その1つの指針が「持ち上がり原則」なんだろうと思う。こんな原則はないと言う人もいるが,同じ仕事を同じ給料でやるとすれば,何か原則を設けて,それにはずれる人は,それなりに自分を磨いたり,他の仕事を多くやるなどしないと,いつも同じ人にしわ寄せが行く。
私は,少なくとも,この原則からはずれたことはない。はずれたとすれば,連続で3年生,3年の次が2年生という事だ。だから,今年は,1年生。去年,体調を悪くしながらも3年生で頑張ったのは,自分のノルマは果たさないといけないと思うからである。それを認めてもらえたのか,今年は,私にとってありがたい人事となった。
ただ,過去にも,病気になってしまった人もいた。こういう状況まで,頑張ってきた人は,仕方がないだろう。十分な療養をしてほしい。でも,文句ばかり言い続けて,自分のわがままを通す人がいるとしたら,ペナルティがないと,いつも辛い立場ばかりの人は,全く救われない。頑張っている人を,もっと,頑張りがいのある気持ちにさせてほしい。
私の知っている人にも,そういう人は多い。教頭や校長になって,その頑張りが報われる人は良い。そうでない人の方が多いと感じるのは,なぜだろう。こういう人を教育委員会は,認める術を持っていないのかも知れない。
まさか,教頭・校長になれない教師は,ダメな奴らだとは思っていないと信じたいのだが・・・。
それを考えて人事を組む方から考えると,それはそれは,大変なことだろうと推測できる。1人のわがままを聞けば,「この人もあの人も」となってしまう。だから,情報を漏らさずに,発表当日を迎え,ここで混乱する。以前いた学校では,「職務命令」という言葉で一件落着した。
私は,その人の学校への貢献度を見て考えれば良いんだと思う。もし,いい加減なわがままだったら,それは,間違っていると言うべきかもしれない。また,極論で言えば,教師を辞めるという選択も考えないと,学校は成り立っていかない。特定の人の「優しさ」だけで,やりきれる時代ではない。
その1つの指針が「持ち上がり原則」なんだろうと思う。こんな原則はないと言う人もいるが,同じ仕事を同じ給料でやるとすれば,何か原則を設けて,それにはずれる人は,それなりに自分を磨いたり,他の仕事を多くやるなどしないと,いつも同じ人にしわ寄せが行く。
私は,少なくとも,この原則からはずれたことはない。はずれたとすれば,連続で3年生,3年の次が2年生という事だ。だから,今年は,1年生。去年,体調を悪くしながらも3年生で頑張ったのは,自分のノルマは果たさないといけないと思うからである。それを認めてもらえたのか,今年は,私にとってありがたい人事となった。
ただ,過去にも,病気になってしまった人もいた。こういう状況まで,頑張ってきた人は,仕方がないだろう。十分な療養をしてほしい。でも,文句ばかり言い続けて,自分のわがままを通す人がいるとしたら,ペナルティがないと,いつも辛い立場ばかりの人は,全く救われない。頑張っている人を,もっと,頑張りがいのある気持ちにさせてほしい。
私の知っている人にも,そういう人は多い。教頭や校長になって,その頑張りが報われる人は良い。そうでない人の方が多いと感じるのは,なぜだろう。こういう人を教育委員会は,認める術を持っていないのかも知れない。
まさか,教頭・校長になれない教師は,ダメな奴らだとは思っていないと信じたいのだが・・・。
2009年4月2日木曜日
去年と同じ事にならないと良いが・・・。
去年,私の入った学年は,その学校にいるにも関わらず,持ち上がらなかった人が数人いて,そのため,新しく転任してきた3人が入ることになった。そして,大変な1年だった。実は,今年,それが,ある学年で起きている。本来持ち上がるであろう数人がそうしなかった。結果として,新しく転任してきた人たちがその学年に入ったのである。理由はわからない。それがベストだと考えての事だろうが,私には,今まで経験のない大規模な変更に思える。
何も「持ち上がり原則」というつもりはないが,こう毎年,持ち上がらない状態は,はたしてどうなんだろうかと思う。ある私立学校などは,「責任を持って卒業させるために『持ち上がり原則』」を売りに生徒を集めている。そういう事で責任を果たしていこうとしている。
私は,何度も持ち上がり原則にしてほしいと思いながら,連続して3年生だったり,3年生の次に2年生だったりと,1年生からスタートさせてもらえないこともあった。だから,1年生からスタートできる先生達がうらやましいと思っている。3年間,面倒を見た子の成長は,本当に頼もしい。たとえ,途中で大変なことがあっても・・・。
去年,体調を崩した私は,休みはあったものの,卒業式まで意地もあって頑張った。それを,途中で持ち上がらなかった人たちは,どういう感想を持っていたんだろうか。
やはり,私は,結果としてどこかにしわ寄せが行くような学年構成は,よくないと思う。病気になってしまうような状況は別として,もし,自分がやらなければ,他の人の迷惑になってしまうと言う気持ちは,なくさないようにしていきたい。
何も「持ち上がり原則」というつもりはないが,こう毎年,持ち上がらない状態は,はたしてどうなんだろうかと思う。ある私立学校などは,「責任を持って卒業させるために『持ち上がり原則』」を売りに生徒を集めている。そういう事で責任を果たしていこうとしている。
私は,何度も持ち上がり原則にしてほしいと思いながら,連続して3年生だったり,3年生の次に2年生だったりと,1年生からスタートさせてもらえないこともあった。だから,1年生からスタートできる先生達がうらやましいと思っている。3年間,面倒を見た子の成長は,本当に頼もしい。たとえ,途中で大変なことがあっても・・・。
去年,体調を崩した私は,休みはあったものの,卒業式まで意地もあって頑張った。それを,途中で持ち上がらなかった人たちは,どういう感想を持っていたんだろうか。
やはり,私は,結果としてどこかにしわ寄せが行くような学年構成は,よくないと思う。病気になってしまうような状況は別として,もし,自分がやらなければ,他の人の迷惑になってしまうと言う気持ちは,なくさないようにしていきたい。
2009年4月1日水曜日
2009年3月30日月曜日
本当に「大変」でしたね!
今日で,転任で学校で会うのが最後になる先生が「本当に,先生,大変でしたね。」「最後まで,よく頑張られました。」と声をかけてきた。
そして,今年1年にあったこと,そして,「先生が,どうしてあのクラスを持つようになったか」という事など話をしてくれた。うすうすは,感じていたが,全く自分の考えと同じだった。赴任時に,3年生の事を聞いたとき,全く事実を言わず,隠していた。大変さの1つも言うことはなかった。
そして,3年に配属した。何の連絡もなく,希望もしていない学年だった。 確かに「大変だ」と言えば,「嫌だ」となるだろう。しかし,全く事実を言わず,当日まで,何の連絡もせず・・・。転任者以外の人の言うことは聞いて・・・。何でもかんでも連絡をしろと言っているのではなく,尋常でない状態であるにも関わらず,何も言わないのはいけないんじゃないか。
私の考えは,大変なら大変だと,説得をするのが管理職の仕事じゃないかと思っている。私自身,今までも何度も説得された。持ち上がりでなく,他の学年に配属されたときは,わざわざ家にまで足を運んで説得をした校長もいた。これが,上下なく,「礼を尽くす」という事じゃないだろうか。生徒指導担当が持ち上がらず,5クラス中,2クラスの担任しか持ち上がらない状況。しかも,3年生である。何度も書くが転任してきた3人を3年の担任にする。内1人は,若い常勤の講師さんだった。これで,何も言わずやれと言うのは,私は,今でもおかしいと思っている。
1つ前の学校に転任したときも,当時の教頭が,電話で,事情を話をし,私も最初は断ったが,何度も説得をされ,納得をして3年で,進路主任を引き受けた。この教頭は,女性だったが,はっきりものを言い,学校事情を話し,正直に包み隠さず話をしてくれた。確かに,厳しい人で,私も数度叱られたことがあるが,信頼ができる人だから,素直に話が聞けた。校内人事とは,そういうものではないだろうか。
「本当にひどいよね。今年度,変わってきた3人に担任を持っていくんだものね。しかも,ひどい方から3クラスだから・・・」と言う。「先生が,途中休まれたとき,もうダメだろうな。」と思ったそうだ。「でも,先生が,卒業式まで頑張ってくれたことで,何とか3年生も卒業式でちゃんとできたね。特に,先生のクラスには,何人もいたから,本当に大変でしたね。文化祭も3年生を送る会も先生は,出られなかったですよね。」
この事は,一番クラスの子がわかっていて,文化祭で学年の先生方の発表にも出られなかった私に,数人の女子が「先生,大変だね。一番悪いクラスを持たされちゃったね」と言った。子ども達ですらわかっている事実である。学級の時間に対応でいないときも多かったが,他の子達は,十分に私のことを理解していた。この子達は,ここにはかけないくらい辛辣なことを口にしていた。学校が崩壊していることを感じた。
「何人もの先生が逃げたせいで先生がやらされたんだね。大変だね。」保護者からも,今年から来たと言うことで言いやすかったのか,何度も学校批判・教師批判を聞いた。ここまで放置してきた学校の責任は重いと思う。今まで出会った尊敬できる教頭さんや校長さんなら,どんな対応をしただろう。そういう思いばかりだった。
今日は,こんな話を,今まであまり話をした人ではない人から言われ,何となく,「気にしてくれた人がいたんだ。」とちょっと嬉しくもあった。ただ,「先生,誰も守ってはくれないから,自分で,自分を守ってくださいね。」と言われた。確かに,そう思う自分である。
それを実感したのは,数日体調を崩して休んだときに,「授業をどうする。」「何をさせようか」という電話が続いた時,本当に涙が出た。私は,今まで,体調を崩して休んだ人がいた場合,学校にいるメンバーでやることを考えてやった。この学校は,そうでないんだ。何度も無理して学校に向かった。
私は,去年の人事をスタートに,1年で「人間不信」になったような気がする。誰と言うことは書かないけれど,何人もの人に対して,不信が募っていった。
そして,今年1年にあったこと,そして,「先生が,どうしてあのクラスを持つようになったか」という事など話をしてくれた。うすうすは,感じていたが,全く自分の考えと同じだった。赴任時に,3年生の事を聞いたとき,全く事実を言わず,隠していた。大変さの1つも言うことはなかった。
そして,3年に配属した。何の連絡もなく,希望もしていない学年だった。 確かに「大変だ」と言えば,「嫌だ」となるだろう。しかし,全く事実を言わず,当日まで,何の連絡もせず・・・。転任者以外の人の言うことは聞いて・・・。何でもかんでも連絡をしろと言っているのではなく,尋常でない状態であるにも関わらず,何も言わないのはいけないんじゃないか。
私の考えは,大変なら大変だと,説得をするのが管理職の仕事じゃないかと思っている。私自身,今までも何度も説得された。持ち上がりでなく,他の学年に配属されたときは,わざわざ家にまで足を運んで説得をした校長もいた。これが,上下なく,「礼を尽くす」という事じゃないだろうか。生徒指導担当が持ち上がらず,5クラス中,2クラスの担任しか持ち上がらない状況。しかも,3年生である。何度も書くが転任してきた3人を3年の担任にする。内1人は,若い常勤の講師さんだった。これで,何も言わずやれと言うのは,私は,今でもおかしいと思っている。
1つ前の学校に転任したときも,当時の教頭が,電話で,事情を話をし,私も最初は断ったが,何度も説得をされ,納得をして3年で,進路主任を引き受けた。この教頭は,女性だったが,はっきりものを言い,学校事情を話し,正直に包み隠さず話をしてくれた。確かに,厳しい人で,私も数度叱られたことがあるが,信頼ができる人だから,素直に話が聞けた。校内人事とは,そういうものではないだろうか。
「本当にひどいよね。今年度,変わってきた3人に担任を持っていくんだものね。しかも,ひどい方から3クラスだから・・・」と言う。「先生が,途中休まれたとき,もうダメだろうな。」と思ったそうだ。「でも,先生が,卒業式まで頑張ってくれたことで,何とか3年生も卒業式でちゃんとできたね。特に,先生のクラスには,何人もいたから,本当に大変でしたね。文化祭も3年生を送る会も先生は,出られなかったですよね。」
この事は,一番クラスの子がわかっていて,文化祭で学年の先生方の発表にも出られなかった私に,数人の女子が「先生,大変だね。一番悪いクラスを持たされちゃったね」と言った。子ども達ですらわかっている事実である。学級の時間に対応でいないときも多かったが,他の子達は,十分に私のことを理解していた。この子達は,ここにはかけないくらい辛辣なことを口にしていた。学校が崩壊していることを感じた。
「何人もの先生が逃げたせいで先生がやらされたんだね。大変だね。」保護者からも,今年から来たと言うことで言いやすかったのか,何度も学校批判・教師批判を聞いた。ここまで放置してきた学校の責任は重いと思う。今まで出会った尊敬できる教頭さんや校長さんなら,どんな対応をしただろう。そういう思いばかりだった。
今日は,こんな話を,今まであまり話をした人ではない人から言われ,何となく,「気にしてくれた人がいたんだ。」とちょっと嬉しくもあった。ただ,「先生,誰も守ってはくれないから,自分で,自分を守ってくださいね。」と言われた。確かに,そう思う自分である。
それを実感したのは,数日体調を崩して休んだときに,「授業をどうする。」「何をさせようか」という電話が続いた時,本当に涙が出た。私は,今まで,体調を崩して休んだ人がいた場合,学校にいるメンバーでやることを考えてやった。この学校は,そうでないんだ。何度も無理して学校に向かった。
私は,去年の人事をスタートに,1年で「人間不信」になったような気がする。誰と言うことは書かないけれど,何人もの人に対して,不信が募っていった。
人事異動!
今日の新聞に「人事異動」が掲載された。去年の今頃,私は,何と理不尽な人事だと嘆いていた。今まで,5回の転任で,一度も「希望」を言わなかった私が,生まれて初めて「希望」を出した。しかし,それは,見事にかなわなかった。
と言うより,「そこだけは,やめてください」と言った学校への転任となった。生徒指導が大変な学校ばかり経験し,もうあと1校で退職だと思っている私には,あまりに酷な結果となった。教育委員会は,これまでの頑張りをどう評価し,それに見合う事をしてくれるのか。まあ,そんなこと無理な話だとわかっていても,今年も,新聞を見て,「この人,良いな」と単純に思える人事は多い。
今回,教頭・校長になる人の中には,私が知っている人も多く,とても嬉しく思う人事もあった。共に,苦労をした人が,こうして,リーダーとして頑張ってくれることに,とても期待している。さっき書いた逆で,「教育委員会」も,ちゃんと見ているんだと思う。なぜ,私たちのような,地道に学校で頑張っている人たちに目を向けてくれないんだろうかと思ってしまう。やっぱり,ごく普通の教師は,物扱いなんだろうな。
それにしても,もう何人も休職者が出るなど病気になる人が多い大変な学校に,50歳を過ぎた私に行かせた事は,私の今まで抱いてきた教育委員会という組織に対して,極端に悪い感情を持ったことは間違いない。何で,今まで,大変でも頑張ってきたのに・・・。嫌だというのに,学年主任をやれと言われ,進路主任をやれと言われ,校務主任をやれと言われ,やってきたのか・・・。
教頭や校長になる人たちは,それなりの実績を評価され,出世していく。じゃあ,学校で頑張った人は,何をどう評価されるんだろう。学校に貢献したことが評価されるのは,管理職になることだけではないと思うのは,私だけなのかも知れない。
何か割り切れないものを感じる一日だった。
と言うより,「そこだけは,やめてください」と言った学校への転任となった。生徒指導が大変な学校ばかり経験し,もうあと1校で退職だと思っている私には,あまりに酷な結果となった。教育委員会は,これまでの頑張りをどう評価し,それに見合う事をしてくれるのか。まあ,そんなこと無理な話だとわかっていても,今年も,新聞を見て,「この人,良いな」と単純に思える人事は多い。
今回,教頭・校長になる人の中には,私が知っている人も多く,とても嬉しく思う人事もあった。共に,苦労をした人が,こうして,リーダーとして頑張ってくれることに,とても期待している。さっき書いた逆で,「教育委員会」も,ちゃんと見ているんだと思う。なぜ,私たちのような,地道に学校で頑張っている人たちに目を向けてくれないんだろうかと思ってしまう。やっぱり,ごく普通の教師は,物扱いなんだろうな。
それにしても,もう何人も休職者が出るなど病気になる人が多い大変な学校に,50歳を過ぎた私に行かせた事は,私の今まで抱いてきた教育委員会という組織に対して,極端に悪い感情を持ったことは間違いない。何で,今まで,大変でも頑張ってきたのに・・・。嫌だというのに,学年主任をやれと言われ,進路主任をやれと言われ,校務主任をやれと言われ,やってきたのか・・・。
教頭や校長になる人たちは,それなりの実績を評価され,出世していく。じゃあ,学校で頑張った人は,何をどう評価されるんだろう。学校に貢献したことが評価されるのは,管理職になることだけではないと思うのは,私だけなのかも知れない。
何か割り切れないものを感じる一日だった。
2009年3月21日土曜日
立て直しの記録(3)
保護者を指導できる人
今まで勤めた学校で,保護者に「指導」ができる教頭が2人いた。1人は,保護者を集めて,あることで指導をした最後に登場し,私たちよりはるかに強い口調で,子ども達の非を話した。そして,保護者に対して,厳しい話をした。
当然というか,今は,ある中学校で校長として指導力を発揮していると思う。
もう1人は,問題行動と言うより,いろんな事が学校で起きるのだが,私自身も経験したことのないような事が起きたとき,一緒に自宅へ行った。そこで,保護者の言い分で,私が「違うな」と思う部分には,すかさず「それは,違いますね」と即座に言ってくれた。明らかに,私が言うのと,教頭が言うのでは,受け取る側の気持ちは違う。
多くの管理職が逃げてしまうような場面でも,進んで自ら保護者対応をした教頭。若くして校長になったが,私は,当然の事と思っている。こういう人は,若くても,どんどんリーダーとして,その指導力を発揮してもらいたい。
しかし,まだまだ,そうなっていない人も多い。にも関わらず,私から見ると,逃げているかのような対応をした人が,校長や教頭になったりすると,どういう人が,校長や教頭になれるんだろう?と思ってしまう。これが,学校を立て直すのを遅らせてはいないだろうか。そんな気がする。今書いた2人なら,私の勤めている学校では,どういう指示が出るんだろうか。ぜひ,その指示を聞きたいと思う。
今まで勤めた学校で,保護者に「指導」ができる教頭が2人いた。1人は,保護者を集めて,あることで指導をした最後に登場し,私たちよりはるかに強い口調で,子ども達の非を話した。そして,保護者に対して,厳しい話をした。
当然というか,今は,ある中学校で校長として指導力を発揮していると思う。
もう1人は,問題行動と言うより,いろんな事が学校で起きるのだが,私自身も経験したことのないような事が起きたとき,一緒に自宅へ行った。そこで,保護者の言い分で,私が「違うな」と思う部分には,すかさず「それは,違いますね」と即座に言ってくれた。明らかに,私が言うのと,教頭が言うのでは,受け取る側の気持ちは違う。
多くの管理職が逃げてしまうような場面でも,進んで自ら保護者対応をした教頭。若くして校長になったが,私は,当然の事と思っている。こういう人は,若くても,どんどんリーダーとして,その指導力を発揮してもらいたい。
しかし,まだまだ,そうなっていない人も多い。にも関わらず,私から見ると,逃げているかのような対応をした人が,校長や教頭になったりすると,どういう人が,校長や教頭になれるんだろう?と思ってしまう。これが,学校を立て直すのを遅らせてはいないだろうか。そんな気がする。今書いた2人なら,私の勤めている学校では,どういう指示が出るんだろうか。ぜひ,その指示を聞きたいと思う。
立て直しの記録(2)
学校には,「生徒指導主事」という人がいる。一般的に生徒の問題行動などの対処をリーダー的な立場で行う。
この「生徒指導主事」で,印象に残っているのは,4校目の「生徒指導主事」である。まあ,体格も良かったが,その指導力は,誰よりもすぐれていた。私は,年齢も若いこの「生徒指導主事」を尊敬し,すべてにわたりバックアップをした。
彼が,自分の学年ではなく,全学年で,生活指導の方針を徹底させ,学年によって違ってしまいがちな指導を学校として「同一歩調」といえる指導を行った。
また,この学校では,生徒指導主事と各学年の学年主任・生活担当との関係もよく,まさに,チームとして動いていた。私の出番は,なかったが,ものすごく勉強した。
この時に,一緒に生徒指導主事を支えた一人は,現在ある中学校で,教務主任をしている。いずれ,教頭・校長となってくれると思うが,この学校では,今書いた生徒指導主事と学年の生活担当は,学校立て直しになくてはならない存在だったと思う。
こういう人材を,学校運営者が,適材適所に配置し,その力を発揮することで,学校を立て直した例だと思う。
この「生徒指導主事」で,印象に残っているのは,4校目の「生徒指導主事」である。まあ,体格も良かったが,その指導力は,誰よりもすぐれていた。私は,年齢も若いこの「生徒指導主事」を尊敬し,すべてにわたりバックアップをした。
彼が,自分の学年ではなく,全学年で,生活指導の方針を徹底させ,学年によって違ってしまいがちな指導を学校として「同一歩調」といえる指導を行った。
また,この学校では,生徒指導主事と各学年の学年主任・生活担当との関係もよく,まさに,チームとして動いていた。私の出番は,なかったが,ものすごく勉強した。
この時に,一緒に生徒指導主事を支えた一人は,現在ある中学校で,教務主任をしている。いずれ,教頭・校長となってくれると思うが,この学校では,今書いた生徒指導主事と学年の生活担当は,学校立て直しになくてはならない存在だったと思う。
こういう人材を,学校運営者が,適材適所に配置し,その力を発揮することで,学校を立て直した例だと思う。
立て直しの記録(1)
今までにも書いてきたように,今までの6校中5校が,いわゆる「荒れた学校」での勤務だ。その中で,立て直しを目指した学校がいくつかあった。その1つの学校の建て直しの道筋を少しだけ,書こうと思った。理由は,現在勤務している学校の「目指す姿」が,自分でも見えてこないからである。
その学校に赴任したとき,学校は荒れ放題,授業中に生徒が,あちこちにいる。廊下を徘徊したり,勝手に外に出て,食べ物を買ってきて食べていたり,注意をする教師にくってかかったり,わざと,教師の前でたばこを吸ってみたり・・・。書き出せばきりがないほどの状態だった。
そこで,ある先輩教師が「学校を立て直していきたい」と言うところから,スタートした。連日,授業後に話し合いをした。学校でも当然だが,学校外で数人が集まって,食事を共にしながら話した。そこには,必ず,当時の校長も同席した。校長自身も「自分のいる間に立て直したい」と訴えた。
そこで,まず,校長は,自ら「問題ある生徒」と接する時間を増やしてもらい,私たちは,数年かかってでも立て直すには何をしていくべきかを考えた。まず,校長は,早速実践していった。しばらくして,校長室で何人もの生徒を集め,話をしたり,勉強を教え始めるなど,私から見ても頭の下がる思いだった。
このことで,私たちは,多少時間的に余裕ができた。そこで,他の普通に頑張っている生徒に授業をする中で,学校を立て直したいと言うことを,訴えた。それに,多くの生徒は,賛同していると受け取れた。
私たちがしたことで,まずは,「上級生の悪い部分を見せない」という事を徹底することにした。朝会でも実践した。極端に言えば,できないと判断したら,取りやめるか,学年ごとの朝会とした。校長は,極端な場合,3回同じ話をすることもあった。とにかく,一緒に行動する行事などは,本当に体を張って,行動した。
校長と共に「立て直し」を誓った数人が,2桁に増え,ますます,「立て直し」の機運が高まっていった。そして,とんでもなかった3年生を卒業させ,いよいよ1年生からの「立て直し」を始めた。当初から,多くの目標を掲げ,先輩教師をリーダーに,教師は,徐々に立て直すんだという行動に出て行った。
当然,すぐに良くなることはなかった。3年計画のつもりで始めた。紆余曲折はあったが,立て直しを誓ったこの学年は,大きなトラブルはなく,行事などもできる状態になった。残念ながら,ここで,校長の転任という事があり,また,私たちは,戸惑いを隠せなかった。次に赴任した校長は,私たちの思いとは違って,自らが進んで,生徒に接する事はなかった。校長室から,出てくるのは,朝の打ち合わせと職員協議会のときぐらいという人だった。
しかし,ここで,次に教務主任となってきた教師が,私たちの意をくみ,この実践を引き継いでくれた。リーダー的な先輩と教務主任を中心に,私たちは,次へのステップを踏み始めた。そして,この3年間で,学校は,見事に立ち直りを見せた。朝会は,全学年でできるようになり,行事も,多少のトラブルでできるようになり,卒業式も平穏の内に終えた。
ここまでに,「立て直そう」と心に誓った教師達も転任が始まり,まず,1番のリーダーが去ることになり,次に私がその大役をやることとなった。ただ,私に残された年数も2年となっていた。そこで,次への引き継ぎを2年間で,新しく来たメンバーに伝えていくことになった。
しかし,私が転任して3~4年後,また,この学校は,元の状態まで戻ってしまったと聞いた。私の予想だが,リーダー不在と,教師集団の組織力が落ちてしまったのではないか。落ち着いてくると,教師集団も油断をするのではないか。そんな思いをした。
この学校での,立て直しのキーマンは,生徒指導を共にやってもらえた校長(当時)と,教務主任(当時)。そして,先輩教師だろう。この人たちがいなかったら,立て直しは不可能だったに違いない。3人とも私の尊敬する人たちである。
現在,当時の先輩教師は,ある中学校で教頭になり,この時の教務主任は,教育委員会にいる。本当に,体を張って学校を立て直した人たちが,教頭・校長になってもらいたい。また,「立て直し」をするんだという意気込みを持った人を教頭・校長にしてもらいたい。それだけではダメだ。研究も大切だと言うかも知れない。ならば,問題を抱えた学校の管理職には,せめて,そういう経験のある人材を派遣すべきだと思う。
その学校に赴任したとき,学校は荒れ放題,授業中に生徒が,あちこちにいる。廊下を徘徊したり,勝手に外に出て,食べ物を買ってきて食べていたり,注意をする教師にくってかかったり,わざと,教師の前でたばこを吸ってみたり・・・。書き出せばきりがないほどの状態だった。
そこで,ある先輩教師が「学校を立て直していきたい」と言うところから,スタートした。連日,授業後に話し合いをした。学校でも当然だが,学校外で数人が集まって,食事を共にしながら話した。そこには,必ず,当時の校長も同席した。校長自身も「自分のいる間に立て直したい」と訴えた。
そこで,まず,校長は,自ら「問題ある生徒」と接する時間を増やしてもらい,私たちは,数年かかってでも立て直すには何をしていくべきかを考えた。まず,校長は,早速実践していった。しばらくして,校長室で何人もの生徒を集め,話をしたり,勉強を教え始めるなど,私から見ても頭の下がる思いだった。
このことで,私たちは,多少時間的に余裕ができた。そこで,他の普通に頑張っている生徒に授業をする中で,学校を立て直したいと言うことを,訴えた。それに,多くの生徒は,賛同していると受け取れた。
私たちがしたことで,まずは,「上級生の悪い部分を見せない」という事を徹底することにした。朝会でも実践した。極端に言えば,できないと判断したら,取りやめるか,学年ごとの朝会とした。校長は,極端な場合,3回同じ話をすることもあった。とにかく,一緒に行動する行事などは,本当に体を張って,行動した。
校長と共に「立て直し」を誓った数人が,2桁に増え,ますます,「立て直し」の機運が高まっていった。そして,とんでもなかった3年生を卒業させ,いよいよ1年生からの「立て直し」を始めた。当初から,多くの目標を掲げ,先輩教師をリーダーに,教師は,徐々に立て直すんだという行動に出て行った。
当然,すぐに良くなることはなかった。3年計画のつもりで始めた。紆余曲折はあったが,立て直しを誓ったこの学年は,大きなトラブルはなく,行事などもできる状態になった。残念ながら,ここで,校長の転任という事があり,また,私たちは,戸惑いを隠せなかった。次に赴任した校長は,私たちの思いとは違って,自らが進んで,生徒に接する事はなかった。校長室から,出てくるのは,朝の打ち合わせと職員協議会のときぐらいという人だった。
しかし,ここで,次に教務主任となってきた教師が,私たちの意をくみ,この実践を引き継いでくれた。リーダー的な先輩と教務主任を中心に,私たちは,次へのステップを踏み始めた。そして,この3年間で,学校は,見事に立ち直りを見せた。朝会は,全学年でできるようになり,行事も,多少のトラブルでできるようになり,卒業式も平穏の内に終えた。
ここまでに,「立て直そう」と心に誓った教師達も転任が始まり,まず,1番のリーダーが去ることになり,次に私がその大役をやることとなった。ただ,私に残された年数も2年となっていた。そこで,次への引き継ぎを2年間で,新しく来たメンバーに伝えていくことになった。
しかし,私が転任して3~4年後,また,この学校は,元の状態まで戻ってしまったと聞いた。私の予想だが,リーダー不在と,教師集団の組織力が落ちてしまったのではないか。落ち着いてくると,教師集団も油断をするのではないか。そんな思いをした。
この学校での,立て直しのキーマンは,生徒指導を共にやってもらえた校長(当時)と,教務主任(当時)。そして,先輩教師だろう。この人たちがいなかったら,立て直しは不可能だったに違いない。3人とも私の尊敬する人たちである。
現在,当時の先輩教師は,ある中学校で教頭になり,この時の教務主任は,教育委員会にいる。本当に,体を張って学校を立て直した人たちが,教頭・校長になってもらいたい。また,「立て直し」をするんだという意気込みを持った人を教頭・校長にしてもらいたい。それだけではダメだ。研究も大切だと言うかも知れない。ならば,問題を抱えた学校の管理職には,せめて,そういう経験のある人材を派遣すべきだと思う。
2009年3月19日木曜日
結論を持って,出向く!
私は,学年主任をやると,多くの問題に対して,「自分の考え・意見」を持って,教務主任・教頭・校長に指示を仰ぐことが多かった。基本的には,教務主任に話し,納得してもらって教頭や校長の指示を受ける場合が多いが,教務主任が,ふがいないときは,教頭に直接言いに行くこともあった。
こういう場合は,さっきも書いたが,自分の考えを持っていた。
さて,今日,蛍光灯がはずされ,校舎外に投げられ,ある先生の自動車に当たり,粉々に割れた。また,校舎内の電灯などのスイッチは,ほとんど陥没させられている。とんでもないと思うことが,毎日のように起きる学校になっている。ここで,思ったことを,自分の見聞きした範囲で書くと,決断までの時間。妥当かどうか。進言する人の判断。妥当かどうか。
ここに登場した人,この人の判断で学校は動いていく。さすがだが,逆に言えば,この人がいなかったら,何も決定できないのかも知れない。決定権が,誰にあるのか。
今日も,私なら,こうしてこうするという考えを持っていたし,結論から言えば,そうなった。しかし,そこまでにかかった時間は,私から言えば,異常にに長いと言わざるを得ない。誰も自信を持って,行動を起こせない雰囲気なんだろう。
また,時と場合によるが,良くこういう場合に多くの人を集めて合議することがある。全くナンセンスで,遅々として事がすすまない。「自分の考え」を持って校長・教頭に進言することが大事だと思う。これが,できる人が,今,我が校には1人しかしない。と私は思っている。
今書いたのは,私たち側からの問題対応だが,校長・教頭という学校管理者側から考えると,こういう場合にどういう姿勢でどういう判断をするのかという事が,日頃から私たちに理解できるような事をしていないと,意見を持って行きようもない。時間の無駄になってしまうこともある。
この両者の,意思疎通と判断が,学校を立て直すんだろうと思う。今,我が校は,立ち直るかどうかの選択を迫られているように思える。しかし,残念ながら,両者とも,私の目から見ると,一部を除き,先の見えない闇の中を進んでいるように思う。
しかし,これだけ,いろんな事が起き,当然,報告もしているだろうから教育委員会も知っているだろうに,何のアドバイスもしないのは・・・。一度,見に来られれば,状況を一瞬で把握できるはずだ。そこで,教育委員会として学校を指導するか,校長を指導すべき状況だろう。本当に,保護者はよく我慢している。それを良いことに放置しているとすれば,職務怠慢と言わざるを得ない。
ただ,若い頃,荒れた学校で,ある先生が「生徒指導担当の指導主事をよんで,見本を見せてもらおう」という事を言い,指導主事が来たことがあったが,残念ながら,結果は,予想したとおり,全く意味のないものだった。「おっさん,あっち行け。邪魔だ」と言われていたな。そして,その先生は,そういう人が指導主事をやっていることが問題だと言っていたことを思い出した。ただ,たった1日,しかも短い時間で彼らの指導ができるはずもないのだが・・・。それを知っていても,とても寂しい気持ちになった。
もし今後,大きな事件が起きたとき,私は,そういう立場にある人の責任は重いと思っている。だって,知ってて放置したことになるから・・・。この状態が続けば,次にどうなっていくのかは,経験者ならわかることである。だから,人の上に立つ人たちは,逃げてはいけないんだろうと思う。それが,できるから人の上に立っているんじゃないだろうか。
こういう場合は,さっきも書いたが,自分の考えを持っていた。
さて,今日,蛍光灯がはずされ,校舎外に投げられ,ある先生の自動車に当たり,粉々に割れた。また,校舎内の電灯などのスイッチは,ほとんど陥没させられている。とんでもないと思うことが,毎日のように起きる学校になっている。ここで,思ったことを,自分の見聞きした範囲で書くと,決断までの時間。妥当かどうか。進言する人の判断。妥当かどうか。
ここに登場した人,この人の判断で学校は動いていく。さすがだが,逆に言えば,この人がいなかったら,何も決定できないのかも知れない。決定権が,誰にあるのか。
今日も,私なら,こうしてこうするという考えを持っていたし,結論から言えば,そうなった。しかし,そこまでにかかった時間は,私から言えば,異常にに長いと言わざるを得ない。誰も自信を持って,行動を起こせない雰囲気なんだろう。
また,時と場合によるが,良くこういう場合に多くの人を集めて合議することがある。全くナンセンスで,遅々として事がすすまない。「自分の考え」を持って校長・教頭に進言することが大事だと思う。これが,できる人が,今,我が校には1人しかしない。と私は思っている。
今書いたのは,私たち側からの問題対応だが,校長・教頭という学校管理者側から考えると,こういう場合にどういう姿勢でどういう判断をするのかという事が,日頃から私たちに理解できるような事をしていないと,意見を持って行きようもない。時間の無駄になってしまうこともある。
この両者の,意思疎通と判断が,学校を立て直すんだろうと思う。今,我が校は,立ち直るかどうかの選択を迫られているように思える。しかし,残念ながら,両者とも,私の目から見ると,一部を除き,先の見えない闇の中を進んでいるように思う。
しかし,これだけ,いろんな事が起き,当然,報告もしているだろうから教育委員会も知っているだろうに,何のアドバイスもしないのは・・・。一度,見に来られれば,状況を一瞬で把握できるはずだ。そこで,教育委員会として学校を指導するか,校長を指導すべき状況だろう。本当に,保護者はよく我慢している。それを良いことに放置しているとすれば,職務怠慢と言わざるを得ない。
ただ,若い頃,荒れた学校で,ある先生が「生徒指導担当の指導主事をよんで,見本を見せてもらおう」という事を言い,指導主事が来たことがあったが,残念ながら,結果は,予想したとおり,全く意味のないものだった。「おっさん,あっち行け。邪魔だ」と言われていたな。そして,その先生は,そういう人が指導主事をやっていることが問題だと言っていたことを思い出した。ただ,たった1日,しかも短い時間で彼らの指導ができるはずもないのだが・・・。それを知っていても,とても寂しい気持ちになった。
もし今後,大きな事件が起きたとき,私は,そういう立場にある人の責任は重いと思っている。だって,知ってて放置したことになるから・・・。この状態が続けば,次にどうなっていくのかは,経験者ならわかることである。だから,人の上に立つ人たちは,逃げてはいけないんだろうと思う。それが,できるから人の上に立っているんじゃないだろうか。
2009年3月18日水曜日
唖然!
月曜日と火曜日,とうとう休んでしまった。とても仕事ができる状態ではなかった。今日は,何とか学校に行き,予定通りの仕事をしてきた。
さて,今の学校でいろいろ感じることはある。しかし,「郷に入っては郷に従え」ということで,自分も以前の学校で,転任してきた人が,今までのやり方を無視して,やり始めて,子ども達が戸惑ってしまった経験から,1年目は,とにかく黙って言うことを聞いていこうとした。
しかし,今日,学校では,授業中にも関わらず,授業を抜け出して,他のクラスが調理実習をしている教室に入り込み,しかも,作った物を食べ始めた。その数は,数人のレベルではない。さすがに,これは,おかしい。しかし,その後,この指導がどのようにされたのだろうか。全く不明。聞くと,厳しい指導はされていないと聞いた。この学年,1年生なんだ。信じられないけど,本当の話である。
そろそろ1年経つから,自分の思いも言っていこうとは思うが,1年生には,1年生の指導がある。何を目標に,しかも,3年後の姿を見越して・・・。途中で変更も出てくるが,1年生でやるべき事は,たくさんある。正直,私は,4月末の段階で,これは「いけない」と思い,ある先生に話した。1年生でやるべき事がなされていなかったからである。今,これをやっておかないと,先に進めないと感じた。それが,現実になってきた。
この学校の問題点は,問題点を見つけられないことと,結果として,今起きている事象の先を予想する力がないことだと思う。それをすべき人がいないこと。また,それを指導できる人もいないこと。4月からは,思ったことを言わせてもうが,有言実行の私からすると,体調が心配だ。「あいつ,言うだけ」という事にならないように,体調を元に戻したい。
ただ,このことは,今年の自分のクラスでは実践した。先を見て,先を見て,子ども達を指導してきた。大変な事はいっぱいだったが,最後は,予想よりは,はるかに楽な終わり方になった。全員が,こういう見方ができれば,学校は変わる。また,全員じゃなくても各学年に2~3人いればできる。
今書いたことを一気に進める方法がある。それは,学校のリーダーが先頭に立つことである。これがあれば鬼に金棒である。常に不安な気持ちで,先の見通しもなく指導しているのは,その場しのぎの指導になりやすい。残念だが,今の私の勤務している学校の現状である。
ここに私の最大の疑問がある。なぜ,こういう状態を続けていくのかと言うこと。たぶん,現状把握ができないんだろうな。できれば,対応策は出てくる。たとえ,行動が失敗に終わっても,前に進んでいくという気持ちを教師集団が持ったとき,大きな力になる。それを発揮させられないのは,なぜか。
これには,多くの答えがあると思うが,私が経験したのは,校長・教頭や先頭に立てる教師のリーダーシップだった。残念ながら,他の方法は,経験がない。リーダーシップを発揮できる人材,いると思うが,その人を「やる気」にさせる力を持っていないように思える。
リーダとして当たり前の事,次の言葉かな。
さて,今の学校でいろいろ感じることはある。しかし,「郷に入っては郷に従え」ということで,自分も以前の学校で,転任してきた人が,今までのやり方を無視して,やり始めて,子ども達が戸惑ってしまった経験から,1年目は,とにかく黙って言うことを聞いていこうとした。
しかし,今日,学校では,授業中にも関わらず,授業を抜け出して,他のクラスが調理実習をしている教室に入り込み,しかも,作った物を食べ始めた。その数は,数人のレベルではない。さすがに,これは,おかしい。しかし,その後,この指導がどのようにされたのだろうか。全く不明。聞くと,厳しい指導はされていないと聞いた。この学年,1年生なんだ。信じられないけど,本当の話である。
そろそろ1年経つから,自分の思いも言っていこうとは思うが,1年生には,1年生の指導がある。何を目標に,しかも,3年後の姿を見越して・・・。途中で変更も出てくるが,1年生でやるべき事は,たくさんある。正直,私は,4月末の段階で,これは「いけない」と思い,ある先生に話した。1年生でやるべき事がなされていなかったからである。今,これをやっておかないと,先に進めないと感じた。それが,現実になってきた。
この学校の問題点は,問題点を見つけられないことと,結果として,今起きている事象の先を予想する力がないことだと思う。それをすべき人がいないこと。また,それを指導できる人もいないこと。4月からは,思ったことを言わせてもうが,有言実行の私からすると,体調が心配だ。「あいつ,言うだけ」という事にならないように,体調を元に戻したい。
ただ,このことは,今年の自分のクラスでは実践した。先を見て,先を見て,子ども達を指導してきた。大変な事はいっぱいだったが,最後は,予想よりは,はるかに楽な終わり方になった。全員が,こういう見方ができれば,学校は変わる。また,全員じゃなくても各学年に2~3人いればできる。
今書いたことを一気に進める方法がある。それは,学校のリーダーが先頭に立つことである。これがあれば鬼に金棒である。常に不安な気持ちで,先の見通しもなく指導しているのは,その場しのぎの指導になりやすい。残念だが,今の私の勤務している学校の現状である。
ここに私の最大の疑問がある。なぜ,こういう状態を続けていくのかと言うこと。たぶん,現状把握ができないんだろうな。できれば,対応策は出てくる。たとえ,行動が失敗に終わっても,前に進んでいくという気持ちを教師集団が持ったとき,大きな力になる。それを発揮させられないのは,なぜか。
これには,多くの答えがあると思うが,私が経験したのは,校長・教頭や先頭に立てる教師のリーダーシップだった。残念ながら,他の方法は,経験がない。リーダーシップを発揮できる人材,いると思うが,その人を「やる気」にさせる力を持っていないように思える。
リーダとして当たり前の事,次の言葉かな。
[やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ]
2009年3月13日金曜日
それでも休めない!
今日,朝起きると,体がだるい。関節にも痛みがあった。ひょっとして熱が出たかなと思って,測ると37度8分ある。これは,一度医者に行ってから,学校に行こうと決めた。卒業式前から,ずっと,微熱が続いていた。でも,休まず学校に行っていた。しかし,さすがに,今日は,すぐに,行けそうな感じはしなかった。
もう,3年生を卒業させて休んでも良い状況ではあるが,1・2年生の授業もあったし,まして,来年度のクラス編制の話し合いもあった。泣きたい気持ちだが,仕方がない,薬を飲んで頑張ろうということにした。
3時間目には間に合って,授業をした。ここから昼をはさんで4時間連続の授業は,いくら薬が効いているとはいえ,とにかく辛かった。授業後は,クラス編制の話し合いがあるため,勤務時間終了時間では帰れない。こんな事は,わかっているが,体調の悪いときほど,辛いことはない。
途中,教頭から,「早めに帰って・・・」という言葉ももらったが,月曜日には必要である以上,やらざるを得ない。たぶん,私を見ていた人は,私がどれだけ辛い思いでやっていたのかを知らないだろう。自分の性格というか,こう言うときは,無理をして頑張って,人に辛いところを見せないようにしてしまう。
言い方を変えれば,いつもより,頑張る。だから,家に帰ってからは,もう横になることしかできない。今日は,帰りの車の中で,何度も眠りそうになった。本当に危ないと感じたし,そこまでする意味は何だろうと考えてしまった。
特に,この仕事が私の仕事であるという確実な理由があればあきらめもするが,学年主任でも学年の生活担当でもない。しかも,今年から赴任したばかりの新参者なのである。もっと,他に人がいるのに,自分がやらなければならない理由がない。
今,自分の過ごしてきた教員生活を振り返って,前にも書いたが,何で,自分は仕事が多くなるのか。まあ,多いことは良いとして,なんで,大変な学校ばかりに行かされるのか。今,本当に,自分はこのまま死んでしまうんじゃないかと思うときがある。今日も,勤務時間を超過しての仕事だった。記録をとってもらった。今週は,5日に内,4日間が超過勤務だった。
もう,3年生を卒業させて休んでも良い状況ではあるが,1・2年生の授業もあったし,まして,来年度のクラス編制の話し合いもあった。泣きたい気持ちだが,仕方がない,薬を飲んで頑張ろうということにした。
3時間目には間に合って,授業をした。ここから昼をはさんで4時間連続の授業は,いくら薬が効いているとはいえ,とにかく辛かった。授業後は,クラス編制の話し合いがあるため,勤務時間終了時間では帰れない。こんな事は,わかっているが,体調の悪いときほど,辛いことはない。
途中,教頭から,「早めに帰って・・・」という言葉ももらったが,月曜日には必要である以上,やらざるを得ない。たぶん,私を見ていた人は,私がどれだけ辛い思いでやっていたのかを知らないだろう。自分の性格というか,こう言うときは,無理をして頑張って,人に辛いところを見せないようにしてしまう。
言い方を変えれば,いつもより,頑張る。だから,家に帰ってからは,もう横になることしかできない。今日は,帰りの車の中で,何度も眠りそうになった。本当に危ないと感じたし,そこまでする意味は何だろうと考えてしまった。
特に,この仕事が私の仕事であるという確実な理由があればあきらめもするが,学年主任でも学年の生活担当でもない。しかも,今年から赴任したばかりの新参者なのである。もっと,他に人がいるのに,自分がやらなければならない理由がない。
今,自分の過ごしてきた教員生活を振り返って,前にも書いたが,何で,自分は仕事が多くなるのか。まあ,多いことは良いとして,なんで,大変な学校ばかりに行かされるのか。今,本当に,自分はこのまま死んでしまうんじゃないかと思うときがある。今日も,勤務時間を超過しての仕事だった。記録をとってもらった。今週は,5日に内,4日間が超過勤務だった。
2009年3月9日月曜日
気配りができない?「措置要求」しかないのか!
今日,小学校との打ち合わせに行った。中学校の場合は,たいてい3年生の職員が行く。当然,私も3年生の一員だが,なぜ「私」なのかということが言いたい。卒業式前から,風邪をひき,無理に無理を重ねて当日を乗り切った。もっと言うなら,その前から,体調が万全でないことは,校長も教頭も知っている。
でも,私が行くことになる。前にも書いたように,私を生身の人間として見てくれていない証拠である。他にも職員はいる。しかし,頼みに来るのは教務主任。出張黒板には,私の名前もあるし,許可を出すのも校長であるわけだから,知らないはずもない。
当然,授業後,勤務時間はとっくに過ぎても終わるわけもない。体調が悪いと言っているのに「超過勤務」をさせて,何を考えているんだろう。私が,常々言っている「私は,物じゃない」という事。病気になって,倒れて入院したら,やっと「別の人に・・・」となるんだろう。そんな職場。そんな管理職である。言い方は悪いかも知れないが,やってられない。
こういう人たちだから,新しく赴任した職員を,大変な学年で,大変な学級の担任にしても「それが仕事だ」という考えなんだろう。じゃあ言わせてもらおう。校長・教頭は,自分の仕事をしているのか。私から言えば,私と同じように,病気になり,入院直前になるまで,力一杯働いているのかどうか。胸を張って,言える状態かどうか。
今日も,怒りながらの一日が終わった。ある先生が,人事委員会に「措置要求」を出してみたら?と言った。今日もそうだが,今までの仕事が終わった時刻や診断書を出したことなどをまとめておくといいよ。とアドバイスを受けた。終了時間の証明は,してくれるとも言ってくれた。よくわからないので,また聞いてみるが,そういう制度があるらしい。見本まで見せてもらった。
今まで,勤務時間がどうのこうのなんて言ったことがない。夜遅くまで仕事をしてきた。でも,今年は,体調を崩して,辛い毎日だった。こういう時こそ,「気配り」がある職場だったらよかったなと思う。自分が逆で健康の時は,調子の悪い先生に「僕がかわりにやっとくから,先に帰って良いよ」と言った。それが,仲間だと思う。今,私の勤めている学校には,仲間はいない。
言葉で,「体を大事にしてください。無理をしないように」と言われても,仕事を作っておいて,それはないだろうと思う。
でも,私が行くことになる。前にも書いたように,私を生身の人間として見てくれていない証拠である。他にも職員はいる。しかし,頼みに来るのは教務主任。出張黒板には,私の名前もあるし,許可を出すのも校長であるわけだから,知らないはずもない。
当然,授業後,勤務時間はとっくに過ぎても終わるわけもない。体調が悪いと言っているのに「超過勤務」をさせて,何を考えているんだろう。私が,常々言っている「私は,物じゃない」という事。病気になって,倒れて入院したら,やっと「別の人に・・・」となるんだろう。そんな職場。そんな管理職である。言い方は悪いかも知れないが,やってられない。
こういう人たちだから,新しく赴任した職員を,大変な学年で,大変な学級の担任にしても「それが仕事だ」という考えなんだろう。じゃあ言わせてもらおう。校長・教頭は,自分の仕事をしているのか。私から言えば,私と同じように,病気になり,入院直前になるまで,力一杯働いているのかどうか。胸を張って,言える状態かどうか。
今日も,怒りながらの一日が終わった。ある先生が,人事委員会に「措置要求」を出してみたら?と言った。今日もそうだが,今までの仕事が終わった時刻や診断書を出したことなどをまとめておくといいよ。とアドバイスを受けた。終了時間の証明は,してくれるとも言ってくれた。よくわからないので,また聞いてみるが,そういう制度があるらしい。見本まで見せてもらった。
今まで,勤務時間がどうのこうのなんて言ったことがない。夜遅くまで仕事をしてきた。でも,今年は,体調を崩して,辛い毎日だった。こういう時こそ,「気配り」がある職場だったらよかったなと思う。自分が逆で健康の時は,調子の悪い先生に「僕がかわりにやっとくから,先に帰って良いよ」と言った。それが,仲間だと思う。今,私の勤めている学校には,仲間はいない。
言葉で,「体を大事にしてください。無理をしないように」と言われても,仕事を作っておいて,それはないだろうと思う。
2009年3月8日日曜日
長生きしたくない?
たまたま,生徒と話をしていて,私の年齢の話から,「長生きはしたくないね」と言う子がいて,それにその場にいたほとんどの子が「そうだね」と言う。
本音なのかどうかは計り知れないが,今,若者達は,「長生きしたくない」と思っているんじゃないかと思えてならない。これは,今の高齢社会を見聞きし,自分の将来に大きな不安を持っている証拠ではないだろうか。
子ども達に「明るい素晴らしい未来があるんだ」と教えるべき私ですら,「長生きはしたくない」と思ってしまう。将来に不安がある。その不安を解消するには,お金が一番だと思わせる社会になってきてはいないか。
人間は,一人ではなく,多くの人たちと共に支えながら生きているという部分がなくなりつつあるような気がする。しかし,今,子ども達は,一人だという孤独感にさいなまれている。だから,携帯やそれを利用したサイトへ走っていく。寂しいんだと言うこともあるが,よくはわからないが「不安」なんだろう。
これをどう,解消し,将来に目標を持てるかを私たち大人が考えていくべきだろう。ただ,大人が,自分の事しか考えない社会。自分だけが良ければよいという社会。その親に育てられた子ども達。こんな事繰り返していたら,本当に,皆孤独になってしまう。
「ゆとり」がダメだと,来年度から教育課程もかわる。どんなに言葉で書いたって,実社会とのずれが大きければ,中学生くらいになれば,そんなことは,すぐに見破る。「ゆとり」は,必要だ。だけど,学力だけが人間に必要なことではないはず。子ども達が,志を持って生きていくことが大切。でも,多くの大人は,「学力低下」がいけないと,学力が何にも増して一番だと言う。それに,押されるように文科省も同調する。「それは違う」となぜ言えないのだろうか。
このままでは,子ども達は,どんどん孤独を味わい,仲間との語らいを忘れ,勉強ができなければダメ人間だと評価されると感じる。こんな事で良いわけがない。
今年,卒業させた子ども達,とても大変な子ども達だったが,1年つき合って思ったことは,私たち教師を含めた周りの大人達が悪くしてしまったのではないかと思う。そういう思いを持って,子ども達を育てていくべきである。この不景気で,親は子どもの事ばかり考えていられなくなる。寂しさを訴えられない子ども達は,どんどん増えていくだろう。
本音なのかどうかは計り知れないが,今,若者達は,「長生きしたくない」と思っているんじゃないかと思えてならない。これは,今の高齢社会を見聞きし,自分の将来に大きな不安を持っている証拠ではないだろうか。
子ども達に「明るい素晴らしい未来があるんだ」と教えるべき私ですら,「長生きはしたくない」と思ってしまう。将来に不安がある。その不安を解消するには,お金が一番だと思わせる社会になってきてはいないか。
人間は,一人ではなく,多くの人たちと共に支えながら生きているという部分がなくなりつつあるような気がする。しかし,今,子ども達は,一人だという孤独感にさいなまれている。だから,携帯やそれを利用したサイトへ走っていく。寂しいんだと言うこともあるが,よくはわからないが「不安」なんだろう。
これをどう,解消し,将来に目標を持てるかを私たち大人が考えていくべきだろう。ただ,大人が,自分の事しか考えない社会。自分だけが良ければよいという社会。その親に育てられた子ども達。こんな事繰り返していたら,本当に,皆孤独になってしまう。
「ゆとり」がダメだと,来年度から教育課程もかわる。どんなに言葉で書いたって,実社会とのずれが大きければ,中学生くらいになれば,そんなことは,すぐに見破る。「ゆとり」は,必要だ。だけど,学力だけが人間に必要なことではないはず。子ども達が,志を持って生きていくことが大切。でも,多くの大人は,「学力低下」がいけないと,学力が何にも増して一番だと言う。それに,押されるように文科省も同調する。「それは違う」となぜ言えないのだろうか。
このままでは,子ども達は,どんどん孤独を味わい,仲間との語らいを忘れ,勉強ができなければダメ人間だと評価されると感じる。こんな事で良いわけがない。
今年,卒業させた子ども達,とても大変な子ども達だったが,1年つき合って思ったことは,私たち教師を含めた周りの大人達が悪くしてしまったのではないかと思う。そういう思いを持って,子ども達を育てていくべきである。この不景気で,親は子どもの事ばかり考えていられなくなる。寂しさを訴えられない子ども達は,どんどん増えていくだろう。
2009年3月7日土曜日
パソコンにブルー画面が・・・
パソコンが使用中に「ブルー画面」が出て,見ると「STOP~」という状態で止まってしまう。いろいろと今日は試した。まずは,マザーボードの交換,しかし,改善されず。次に,ハードディスクの交換,しかし,改善されず。次にメモリの交換,やっと症状がでなくなった。
どうも,メモリに原因があったようだ。5~6年目の出来事だった。しかし,ここまでに5時間を要した。疲れた。
パソコンの異常は,なかなか見当がつかず苦労する。そういう意味では,この程度で良かったのかも知れない。
どうも,メモリに原因があったようだ。5~6年目の出来事だった。しかし,ここまでに5時間を要した。疲れた。
パソコンの異常は,なかなか見当がつかず苦労する。そういう意味では,この程度で良かったのかも知れない。
一夜明けてこみ上げてきたもの!
壮絶な卒業式が終わり,朝起きてこみ上げてきたものは,「怒り」である。特に,校外に出てから,彼らの動向をずっと,見届けていたのは,私一人。皆,腫れ物をさわるような対応。若い先生は,何をしているんだ。と言うこと。
以前にもこういう経験は何度もした。しかし,そこには,自分も若かったし,常に若い教師が前面にいた。なぜ,今年度たった1年のつき合いの,しかも,50歳を過ぎた私が,彼らの面倒を一人で見なければならないのか。ここに,この学年を持ってきた学校の問題が隠されているんだろうな。
何度も書いてしまうが,とにかく,今は「怒り」。特に,こういう状況を作った人たちすべてへの「怒り」である。傘もさせずに,ずぶ濡れの私に,誰が気付き,誰が声をかけたか。誰もいない。だって,見ていないんだから・・・。と言うか,見ないようにしているのかも知れない。
以前いた学校でも,大変なことは多くあった。ただ,卒業式に3年職員をはじめ,生徒指導で頑張った教員一人ひとりにねぎらいの言葉をかけてくれた校長がいた。私の基準が,ここにあるから,怒りを感じるのかも知れない。ただ,言えることは,この校長の時,学校は,立ち直っていった。これは,事実としてある。ここがチームワークが必要な集団をまとめる基本線ではないだろうか。ただ,この校長は評判としては,あまり良くないと聞いたことがある。逆に,評判が良いと聞いている校長の中に,私は絶対に許せないと思っている人がいる。この評価の落差は,どこを見て判断しているかだろうな。
私は,今年1年,とにかく意地でやってきた。卒業式までは,なるべく文句も言わず,できることをやろうと頑張ったつもりだ。しかし,それが終わった今,「怒り」以外の感情はない。人それぞれの頑張りを見られない,見つけられないリーダー。これでは,学校が変わるわけないと思った。
また,同僚についても,少なからず,言いたいことはある。私と同じ「思い」を持って仕事をしてくれる人が,あと数人いたら,立て直してみせると言えるが,今の様子では,それは,かなり難しい。4月から,新しく赴任する人たちに期待している。
少し,自慢話になるが,1校目は,とにかく大変なスタートだった。でも,5~6年上の先輩達に教えられながら,学校が立ち直った。2校目は,初日からパトカーが常駐する学校だった。史上最悪の学年といわれた学年に入れられた。でも,そこには,立て直そうとする強い意志を持った校長と,仲間がいた。一番長くいた学校だが,学校をかわる頃には,信じられないと言えるほどの立ち直りを見せた。3校目も,対教師暴力から始まるような学校だった。ここでは,数年で立ち直りを見せたが,残念ながら,上の方の人事で,私と同じ教科の教務主任が赴任し,必要のない人間になり,翌年転任した。4校目は,悪いながらも,すでに体制ができている学校で,ここでは,大変助けられた。体力的にも辛くなり始めていたこともあるが,若い先生達の足手まといにはならなかったと思う。ここでは,保護者を叱りつける素晴らしい教頭(現 校長)にも出会えた。5校目は,初めて経験する,世間一般で言う問題行動ではなく,子どもの心の問題と保護者への対応で,苦労をした。ただ,ここでは,素晴らしい教頭(現 校長)に出会えた。リーダーとは,かくあるべきだというのを絵に描いたような教頭だった。もう少し,この学校にいようと思ったが,そろそろこの教頭もかわる時期であったし,教務主任が変わり,私の「思い」とは,全く違っていて,「このままいては,邪魔になるな」と思って転任した。
そして,6校目の今である。ある先生が「先生,大変じゃない学校がなかったじゃないですか」と言った。でも5校目では,少し,余裕もあった。その人の言うとおり,他の5校は,すべて,大変な学校だ。だいぶ前に書いたと思うが,なぜ,私は,そういう学校ばかりに行かされるのか。もういい加減に,年相応の仕事ができる学校に転任させてほしい。私の感じ行動したことを,若い世代に伝えられる学校に行かせてほしいと切に願うのである。<まあ,無理だな!校長に楯突くから・・・・>
以前にもこういう経験は何度もした。しかし,そこには,自分も若かったし,常に若い教師が前面にいた。なぜ,今年度たった1年のつき合いの,しかも,50歳を過ぎた私が,彼らの面倒を一人で見なければならないのか。ここに,この学年を持ってきた学校の問題が隠されているんだろうな。
何度も書いてしまうが,とにかく,今は「怒り」。特に,こういう状況を作った人たちすべてへの「怒り」である。傘もさせずに,ずぶ濡れの私に,誰が気付き,誰が声をかけたか。誰もいない。だって,見ていないんだから・・・。と言うか,見ないようにしているのかも知れない。
以前いた学校でも,大変なことは多くあった。ただ,卒業式に3年職員をはじめ,生徒指導で頑張った教員一人ひとりにねぎらいの言葉をかけてくれた校長がいた。私の基準が,ここにあるから,怒りを感じるのかも知れない。ただ,言えることは,この校長の時,学校は,立ち直っていった。これは,事実としてある。ここがチームワークが必要な集団をまとめる基本線ではないだろうか。ただ,この校長は評判としては,あまり良くないと聞いたことがある。逆に,評判が良いと聞いている校長の中に,私は絶対に許せないと思っている人がいる。この評価の落差は,どこを見て判断しているかだろうな。
私は,今年1年,とにかく意地でやってきた。卒業式までは,なるべく文句も言わず,できることをやろうと頑張ったつもりだ。しかし,それが終わった今,「怒り」以外の感情はない。人それぞれの頑張りを見られない,見つけられないリーダー。これでは,学校が変わるわけないと思った。
また,同僚についても,少なからず,言いたいことはある。私と同じ「思い」を持って仕事をしてくれる人が,あと数人いたら,立て直してみせると言えるが,今の様子では,それは,かなり難しい。4月から,新しく赴任する人たちに期待している。
少し,自慢話になるが,1校目は,とにかく大変なスタートだった。でも,5~6年上の先輩達に教えられながら,学校が立ち直った。2校目は,初日からパトカーが常駐する学校だった。史上最悪の学年といわれた学年に入れられた。でも,そこには,立て直そうとする強い意志を持った校長と,仲間がいた。一番長くいた学校だが,学校をかわる頃には,信じられないと言えるほどの立ち直りを見せた。3校目も,対教師暴力から始まるような学校だった。ここでは,数年で立ち直りを見せたが,残念ながら,上の方の人事で,私と同じ教科の教務主任が赴任し,必要のない人間になり,翌年転任した。4校目は,悪いながらも,すでに体制ができている学校で,ここでは,大変助けられた。体力的にも辛くなり始めていたこともあるが,若い先生達の足手まといにはならなかったと思う。ここでは,保護者を叱りつける素晴らしい教頭(現 校長)にも出会えた。5校目は,初めて経験する,世間一般で言う問題行動ではなく,子どもの心の問題と保護者への対応で,苦労をした。ただ,ここでは,素晴らしい教頭(現 校長)に出会えた。リーダーとは,かくあるべきだというのを絵に描いたような教頭だった。もう少し,この学校にいようと思ったが,そろそろこの教頭もかわる時期であったし,教務主任が変わり,私の「思い」とは,全く違っていて,「このままいては,邪魔になるな」と思って転任した。
そして,6校目の今である。ある先生が「先生,大変じゃない学校がなかったじゃないですか」と言った。でも5校目では,少し,余裕もあった。その人の言うとおり,他の5校は,すべて,大変な学校だ。だいぶ前に書いたと思うが,なぜ,私は,そういう学校ばかりに行かされるのか。もういい加減に,年相応の仕事ができる学校に転任させてほしい。私の感じ行動したことを,若い世代に伝えられる学校に行かせてほしいと切に願うのである。<まあ,無理だな!校長に楯突くから・・・・>
2009年3月6日金曜日
先生だからできた!
今日の昼,学校で食事をしながら,ある先生が「先生だから,○○の指導ができた。去年のことを考えると信じられないほど良くなった。」と言われた。もし,本当にそうだったら,嬉しい。続けて,「あれだけ学校批判をしていた保護者に協力をしてもらえたなんて,これも信じられない。去年は,電話しても全く聞く耳を持たなかった。」と。
さて,この評価は,嬉しいのだが,誰がどこまで認めているかという事で言えば,知らない人の方が多いだろうな。私が,休日でも連絡を取ったり,家に何度も足を運んだり・・・。最初は,門前払い状態だったのが,家の中に入れてもらえるようになり,私からではなく,相手の保護者から私に電話がかかるようになってきた。
こんな努力?は,知る人はいないだろう。でも,認めてもらおうとは思わないが,特に若い先生達には,「こういう方法もある」と言うことは,知ってほしいなと言う気持ちはある。ただ,全く,出世にも結びつかないし,管理職が認めて褒めてくれることもない。そんな時間あるなら,研究会などの組織の会合に出ていた方が自分のためかも知れない。
それでも教師だから,やるんだと思っている人は,ぜひ,頑張ってほしい。子どもが変わり,保護者が変わる。ある意味,こういう醍醐味も教師にはあるんだ。世の中には,こんな教師もいるんだということを知ってもられると嬉しいな。
さて,この評価は,嬉しいのだが,誰がどこまで認めているかという事で言えば,知らない人の方が多いだろうな。私が,休日でも連絡を取ったり,家に何度も足を運んだり・・・。最初は,門前払い状態だったのが,家の中に入れてもらえるようになり,私からではなく,相手の保護者から私に電話がかかるようになってきた。
こんな努力?は,知る人はいないだろう。でも,認めてもらおうとは思わないが,特に若い先生達には,「こういう方法もある」と言うことは,知ってほしいなと言う気持ちはある。ただ,全く,出世にも結びつかないし,管理職が認めて褒めてくれることもない。そんな時間あるなら,研究会などの組織の会合に出ていた方が自分のためかも知れない。
それでも教師だから,やるんだと思っている人は,ぜひ,頑張ってほしい。子どもが変わり,保護者が変わる。ある意味,こういう醍醐味も教師にはあるんだ。世の中には,こんな教師もいるんだということを知ってもられると嬉しいな。
戦いの痕!
先ほど,早めに風呂に入った。よく見ると,あちこちに「あざ」がある。この数日間で,生徒達との小競り合いでついたケガの痕である。
本当に,卒業式の練習に入ってから,毎日のように争いが起きた。突っかかってくる生徒。止める私。当然,生徒の手が出る・足が出る。それをよけた結果が「あざ」となっている。
確かに,卒業式は,予想よりは,良かった。しかし,私たち教師の「心の傷」と「体の傷」は,いまだ癒やされることはないだろう。また,癒しの言葉もかけられなかった。今まで,私が3年生をやったときは,必ず,3年生全職員に対して,「ご苦労様」という言葉があった。今回初めて,何の言葉もない,終わり方だった。まあ,仕事だからやるのが当然というのもわかる。だけど,この学校のひどさは,誰が見ても異常といえる。先生達の限界を超えている状況なんだから,一言かけて当然と私は思う。
ところで,去年,私が1年から育てた子ども達が巣立ったとき,確かに大変なことが多かった学年ではあったが最後は,本当に感謝の心を持って卒業した。その式の後,教頭から「本当にご苦労さん。いい学年経営を見せてもらったよ」と言われた。これほど嬉しいことはなかった。
私は,この教頭に,「私が育てる3年間を見てほしい。だから,卒業させるまでは転勤しないでよ」と言ったのを覚えている。彼は,その約束通り,私の育てた子ども達の卒業式を見て,先ほどの言葉をかけてくれた。本当に,「苦労が報われた」と思った。途中,絶対に主任は嫌だというのを,彼の何とかやってほしいという願いを聞き入れての学年だった。だからこそ,彼は,こういう言葉をかけてくれたんだと思う。尊敬している教頭(現 校長)だ。
人をやる気にさせ,自分で無理に頼んだ人には,それに報いるような言動ができる。どれだけ助けられたかわからない。若くして校長になったが,私は,当然のことだと思っている。そういう資質を持っている人である。世の中の校長が,すべて,こういう人だったら,学校は,良い方向にかわるだろうし,働いている教職員も「やる気」が出るだろうな。
無いものねだりじゃないと思う。こういう人は,何人もいる。でも,?と思う人が校長になったりするのを聞くと,校長になる資質とは,いったい何だろうと思う。答えは,ある意味簡単で,「学校を良くするために全身全霊を傾けられる人」と言うことだろう。リーダーとしての自覚を持って,自分の目標をしっかり持って,邁進する人。これが,条件かな。
本当に,卒業式の練習に入ってから,毎日のように争いが起きた。突っかかってくる生徒。止める私。当然,生徒の手が出る・足が出る。それをよけた結果が「あざ」となっている。
確かに,卒業式は,予想よりは,良かった。しかし,私たち教師の「心の傷」と「体の傷」は,いまだ癒やされることはないだろう。また,癒しの言葉もかけられなかった。今まで,私が3年生をやったときは,必ず,3年生全職員に対して,「ご苦労様」という言葉があった。今回初めて,何の言葉もない,終わり方だった。まあ,仕事だからやるのが当然というのもわかる。だけど,この学校のひどさは,誰が見ても異常といえる。先生達の限界を超えている状況なんだから,一言かけて当然と私は思う。
ところで,去年,私が1年から育てた子ども達が巣立ったとき,確かに大変なことが多かった学年ではあったが最後は,本当に感謝の心を持って卒業した。その式の後,教頭から「本当にご苦労さん。いい学年経営を見せてもらったよ」と言われた。これほど嬉しいことはなかった。
私は,この教頭に,「私が育てる3年間を見てほしい。だから,卒業させるまでは転勤しないでよ」と言ったのを覚えている。彼は,その約束通り,私の育てた子ども達の卒業式を見て,先ほどの言葉をかけてくれた。本当に,「苦労が報われた」と思った。途中,絶対に主任は嫌だというのを,彼の何とかやってほしいという願いを聞き入れての学年だった。だからこそ,彼は,こういう言葉をかけてくれたんだと思う。尊敬している教頭(現 校長)だ。
人をやる気にさせ,自分で無理に頼んだ人には,それに報いるような言動ができる。どれだけ助けられたかわからない。若くして校長になったが,私は,当然のことだと思っている。そういう資質を持っている人である。世の中の校長が,すべて,こういう人だったら,学校は,良い方向にかわるだろうし,働いている教職員も「やる気」が出るだろうな。
無いものねだりじゃないと思う。こういう人は,何人もいる。でも,?と思う人が校長になったりするのを聞くと,校長になる資質とは,いったい何だろうと思う。答えは,ある意味簡単で,「学校を良くするために全身全霊を傾けられる人」と言うことだろう。リーダーとしての自覚を持って,自分の目標をしっかり持って,邁進する人。これが,条件かな。
終わった!卒業式!
今日の卒業式は,予想をしていたよりは,うまくいった。それは,保護者が協力してくれたこと,職員全員で対応したことなど,今後の学校運営に役立つ多くのことが,実践されたことによるだろう。
校外では,多くの警察官が配置され,彼らも羽目を外しすぎることはなかった。ありがたいなと思った。ただ,何年ぶりだろう・・・。こんなに多くの警察官を目にしたのは・・・。また,警察車両・パトカーは,1台や2台ではなかった。ある意味,本当に大変な学年であったことは確かである。
私のクラスで言えば,とにかく保護者が頑張ってくれた。去年まで,反学校というくらいの状態だったそうだが,今年は,協力的だった。ここにも,私たちの反省点があるんだと思う。なぜ,保護者との良い関係が作れなかったか。同じように,生徒と教師の良い関係が作れなかったのか。
こうやって,大げさではなく「死にそうな一年」が終わったが,本当に,やらなければならないことが見えてきたようにも思う。それにどれだけ気付いた教師がいるか。あるいは,管理職は気付いて来年度にいかせるかが,この学校の立ち直りに大きな影響を与えるだろう。
いずれにしても,私は,終わった後の校長の言葉に「もっと,次につながる言葉があってよかった」と思っている。今,おぼろげながら,何をすればよいのかが見えた時だからこそ,言うべきではなかったのか。それは,今日が終わりではなく,始まりの日だから・・・。残念である。ひょっとして,今日が終わればいいと言うような考えだったとすれば,こんな寂しいことはない。学校を引っ張る力というのは,本当に大事なことだと改めて感じた1年でもあった。来年度は,誰が,引っ張ってくれるんだろうか。
校外では,多くの警察官が配置され,彼らも羽目を外しすぎることはなかった。ありがたいなと思った。ただ,何年ぶりだろう・・・。こんなに多くの警察官を目にしたのは・・・。また,警察車両・パトカーは,1台や2台ではなかった。ある意味,本当に大変な学年であったことは確かである。
私のクラスで言えば,とにかく保護者が頑張ってくれた。去年まで,反学校というくらいの状態だったそうだが,今年は,協力的だった。ここにも,私たちの反省点があるんだと思う。なぜ,保護者との良い関係が作れなかったか。同じように,生徒と教師の良い関係が作れなかったのか。
こうやって,大げさではなく「死にそうな一年」が終わったが,本当に,やらなければならないことが見えてきたようにも思う。それにどれだけ気付いた教師がいるか。あるいは,管理職は気付いて来年度にいかせるかが,この学校の立ち直りに大きな影響を与えるだろう。
いずれにしても,私は,終わった後の校長の言葉に「もっと,次につながる言葉があってよかった」と思っている。今,おぼろげながら,何をすればよいのかが見えた時だからこそ,言うべきではなかったのか。それは,今日が終わりではなく,始まりの日だから・・・。残念である。ひょっとして,今日が終わればいいと言うような考えだったとすれば,こんな寂しいことはない。学校を引っ張る力というのは,本当に大事なことだと改めて感じた1年でもあった。来年度は,誰が,引っ張ってくれるんだろうか。
2009年3月5日木曜日
公務員の犯罪告発義務!
ちょっと,公務員の犯罪告発について調べてみた。
・公務員と告発
法第239条第1項では「何人でも犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」とし、第2項では「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」としている。
ここで、「その職務を行うことにより」とは、必ずしもその犯罪事実の発見そのものが職務内容である必要はなく、「職務の執行に際し」と広く解するのが通説となっている。したがって、公務員が通勤途上等、私人と同じ立場で発見した犯罪事実については、第2項の対象となるものではない。
・告発義務
公務員が職務執行に際し犯罪事実を発見した場合は、必ず告発しなければならないものでしょうかについては,説は分かれており、第239条第2項の規定を訓示規定とするものもありますが、通説はこれを義務規定としている。
しかしながら、この通説においても、告発するか否かについて職務上正当と考えられる程度の裁量まで許さないとするものではないというのが一般的な考え方となっている。
ここで問題となるのが、職務上正当か否かの判断だが、この点については「例えば、公立中学校の生活指導担当の教諭が、喫煙をしている生徒を見つけたが、いまだ生活指導の余地ありとして、教育上の見地から告発をしないことは、事情によっては『職務上正当』と認められるであろう。これに対し、本来捜査機関によって判断されるべき事由、例えば、被疑者の再犯のおそれ、改悛の情の有無等を判断して、これによって告発するか否かを決めたり、その他自己の職務と関係のない事由によってこれを判断したりすることは、許されない」ものと解されている。
・告発の要件
告発人の名義 告発は、だれでも、また口頭によってもこれを行うことができるが(法第241条)、上記のとおり告発には訴追を求める意思表示を必要とするものと解されることに加え、告発するか否かについて職務上の判断をする余地があると解されることから、「公務員として告発するについては、当該事案につき決定権限を有する者がこれに関与するのが一般的であって、地方公共団体の場合にあっては、一般に所属長(課長・所長等)以上の名義で告発するのが適当であると思われる」とされている。
・公務員と告発
法第239条第1項では「何人でも犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」とし、第2項では「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」としている。
ここで、「その職務を行うことにより」とは、必ずしもその犯罪事実の発見そのものが職務内容である必要はなく、「職務の執行に際し」と広く解するのが通説となっている。したがって、公務員が通勤途上等、私人と同じ立場で発見した犯罪事実については、第2項の対象となるものではない。
・告発義務
公務員が職務執行に際し犯罪事実を発見した場合は、必ず告発しなければならないものでしょうかについては,説は分かれており、第239条第2項の規定を訓示規定とするものもありますが、通説はこれを義務規定としている。
しかしながら、この通説においても、告発するか否かについて職務上正当と考えられる程度の裁量まで許さないとするものではないというのが一般的な考え方となっている。
ここで問題となるのが、職務上正当か否かの判断だが、この点については「例えば、公立中学校の生活指導担当の教諭が、喫煙をしている生徒を見つけたが、いまだ生活指導の余地ありとして、教育上の見地から告発をしないことは、事情によっては『職務上正当』と認められるであろう。これに対し、本来捜査機関によって判断されるべき事由、例えば、被疑者の再犯のおそれ、改悛の情の有無等を判断して、これによって告発するか否かを決めたり、その他自己の職務と関係のない事由によってこれを判断したりすることは、許されない」ものと解されている。
・告発の要件
告発人の名義 告発は、だれでも、また口頭によってもこれを行うことができるが(法第241条)、上記のとおり告発には訴追を求める意思表示を必要とするものと解されることに加え、告発するか否かについて職務上の判断をする余地があると解されることから、「公務員として告発するについては、当該事案につき決定権限を有する者がこれに関与するのが一般的であって、地方公共団体の場合にあっては、一般に所属長(課長・所長等)以上の名義で告発するのが適当であると思われる」とされている。
ちょっと変じゃない?
今,生徒指導のトップは,2年生まで今の3年生を受け持っていた人。当然,1年から2年と持ち上がったから,3年生にいて当然。しかし,現実は,そうではない。
そして,今の3年に対して,「これをしてください。」「あれをしてください。」と言う。自分が出来なかったことを,私たちに「やれ」という。こういう状態では,なかなか素直に聞けない部分もある。「じゃあ,去年まで2年も見てきたんだから,自分で言えば・・・」と思ってしまう。
まあ,こういう人事を組んだ人の責任なんだろうが,どう考えても「変」な人事である。これが,今の荒れた学年を作ってきたんだろうと推測できる。なぜ,彼を3年にしなかったのか。それをわかるようにしなければならないと私は思う。もし,生徒指導主事にするなら,当然,3年生でやってもらうべきじゃないか。そうでなかったらおかしいと思うのは,私だけじゃないだろう。
今まで,許されていたわけではないが,やっていたことが,突然「今年はダメ」と言われれば,問題を抱えている生徒の反発があるに決まっている。その矢面に立つくらいの覚悟を持って行っているのだろうか。「言うは易く行うは難し」である。やるのは,今年度かわってきた私たち。生徒指導の細かなニュアンスもわからない私たち。
とにかく,「おかしいよ。この学校!」と私は,思っている。加えて言えば,昨年度,前任校で私が1年から受け持った学年では3年になったとき,産休に入る人がいて,新たに担任が必要になった。だから,私は,途中からの担任,そして,学年主任・進路主任を掛け持ちでやった。
当然,問題を持っている生徒を新しくお願いする人には申し訳ないと,今まで持ち上がってきたメンバーで面倒を見た。当然,私も担任を飛び越してでも指導をした。だって,自分の学年だからね。「責任」を持ってやっているからね。こういう事をしてきた私には,今の学校が,異常に思えてならないし,その説明も明確に受けたこともない。
できなくなったから,じゃあ他の人にお願いというような,そういうのは,許されない。給料をもらっているんだから・・・。もし,許されることがあるとすれば,病気など,どうしようもない理由の時だろう。言葉が悪いが,「尻ぬぐいを,なぜしなければならないのか」と言うことである。
こういう無責任な事をされて,病気寸前になった私に対して,誰がその責任をとってくれるのか。 だから,前に書いたように,この学校に転任させた校長と,今の学校の校長は,絶対に許すことはない。理由は,はっきりしている。前任校の校長は,私のことを現在の学校に「無責任な報告した」し,今の校長は,もう50を過ぎている私を,その学校の一番大変な学年で,しかも,一番大変なクラス担任にした。
今までも,こういう事をされてきたが,今回だけは,納得することなく強引に,本人の了解なく行ったことに腹立たしさを持っている。今までは,大変な学年に入ったときも,きちんと説明をされ,納得して引き受けた。どんなに頑張ってきても,やはり,こういう扱いをされる。ほとほと嫌になる。定年まで少しになってもこういう扱い。最後ぐらい,「人間として扱って!」と言いたい。頑張っている人を評価しない教育委員会も大嫌いになった。
最近,思うことがある。それは,「これは言ってはいけないことだな」と思って黙って胸にしまってきたことがたくさんある。それは,その当事者や関係者に配慮してのことである。しかし,こういう仕打ちを受けた以上,公にして,私がされて感じたのと同じくらい辛い思いをしてもらわないといけない人がいるなという事。そこまで考えている。それだけひどい1年だった。
ただ,公務員の守秘義務について,勉強も必要だろう。時間ができたら,知人の弁護士に相談してみたい。
そして,今の3年に対して,「これをしてください。」「あれをしてください。」と言う。自分が出来なかったことを,私たちに「やれ」という。こういう状態では,なかなか素直に聞けない部分もある。「じゃあ,去年まで2年も見てきたんだから,自分で言えば・・・」と思ってしまう。
まあ,こういう人事を組んだ人の責任なんだろうが,どう考えても「変」な人事である。これが,今の荒れた学年を作ってきたんだろうと推測できる。なぜ,彼を3年にしなかったのか。それをわかるようにしなければならないと私は思う。もし,生徒指導主事にするなら,当然,3年生でやってもらうべきじゃないか。そうでなかったらおかしいと思うのは,私だけじゃないだろう。
今まで,許されていたわけではないが,やっていたことが,突然「今年はダメ」と言われれば,問題を抱えている生徒の反発があるに決まっている。その矢面に立つくらいの覚悟を持って行っているのだろうか。「言うは易く行うは難し」である。やるのは,今年度かわってきた私たち。生徒指導の細かなニュアンスもわからない私たち。
とにかく,「おかしいよ。この学校!」と私は,思っている。加えて言えば,昨年度,前任校で私が1年から受け持った学年では3年になったとき,産休に入る人がいて,新たに担任が必要になった。だから,私は,途中からの担任,そして,学年主任・進路主任を掛け持ちでやった。
当然,問題を持っている生徒を新しくお願いする人には申し訳ないと,今まで持ち上がってきたメンバーで面倒を見た。当然,私も担任を飛び越してでも指導をした。だって,自分の学年だからね。「責任」を持ってやっているからね。こういう事をしてきた私には,今の学校が,異常に思えてならないし,その説明も明確に受けたこともない。
できなくなったから,じゃあ他の人にお願いというような,そういうのは,許されない。給料をもらっているんだから・・・。もし,許されることがあるとすれば,病気など,どうしようもない理由の時だろう。言葉が悪いが,「尻ぬぐいを,なぜしなければならないのか」と言うことである。
こういう無責任な事をされて,病気寸前になった私に対して,誰がその責任をとってくれるのか。 だから,前に書いたように,この学校に転任させた校長と,今の学校の校長は,絶対に許すことはない。理由は,はっきりしている。前任校の校長は,私のことを現在の学校に「無責任な報告した」し,今の校長は,もう50を過ぎている私を,その学校の一番大変な学年で,しかも,一番大変なクラス担任にした。
今までも,こういう事をされてきたが,今回だけは,納得することなく強引に,本人の了解なく行ったことに腹立たしさを持っている。今までは,大変な学年に入ったときも,きちんと説明をされ,納得して引き受けた。どんなに頑張ってきても,やはり,こういう扱いをされる。ほとほと嫌になる。定年まで少しになってもこういう扱い。最後ぐらい,「人間として扱って!」と言いたい。頑張っている人を評価しない教育委員会も大嫌いになった。
最近,思うことがある。それは,「これは言ってはいけないことだな」と思って黙って胸にしまってきたことがたくさんある。それは,その当事者や関係者に配慮してのことである。しかし,こういう仕打ちを受けた以上,公にして,私がされて感じたのと同じくらい辛い思いをしてもらわないといけない人がいるなという事。そこまで考えている。それだけひどい1年だった。
ただ,公務員の守秘義務について,勉強も必要だろう。時間ができたら,知人の弁護士に相談してみたい。
とんでもない卒業式練習!
明日の卒業式の練習があった。しかし,途中,一人の生徒が注意に従わず,数人の教師と乱闘状態になった。私も途中からその場に行き,体育館から外に出した。私は,微熱があり,ふらふらしていたが,やらざるを得なかった。
大半の生徒が頑張っているのに,この状態は,かわいそうでならない。もっと,保護者は怒るべきだろう。頑張っている先生にじゃなく,この状態を放置しているとしか思えない学校管理者に・・・。
そして,外に出てからも暴れ回る生徒。注意をした教師を何度も殴ろうとする状態。途中で,私も突き飛ばされ,足にケガをした。どれくらいの時間経っただろうか。私は,この生徒が少し落ち着いたところで,この状態に乗して外に出てきた,自分のクラスの生徒への指導に入った。
そこにいた校長は,いったい何をし,何を言ったのか。私には,全く理解できない。それでも,私たちは,手を出さず,やられっぱなしなんだ。明日が思いやられる。何度も同じ事を書くが,これは,昨日の打ち合わせでも起こることは予想されていた。なぜ,校長は,すぐに保護者を呼び,指導しないのか。「こんな状況では,他の生徒の迷惑になり困る」と自分で言えないのか。すでに,担任は,数え切れないほど保護者に言っているんだ。そういう姿勢を見せる時期は,すでにはるか前のことである。
昨日も書いたが,こういう状況を教育委員会は,把握しているか。していないだろうな。または,していても「学校のことは校長が・・・」と言うだろうな。校長は,かわいそうな立場だが,自分でなりたいと思ってなった以上,それなりの事はすべきである。嫌だったら,降格もできるんだから・・・。
正直,その場で,警察に逮捕されてもおかしくない状況。でも,それをしない判断。今の3年を悪くした判断じゃないか。これくらいやっても大丈夫とね。ひょっとして,子ども達じゃなく,学校が悪かったんじゃないかとさえ思える。
大半の生徒が頑張っているのに,この状態は,かわいそうでならない。もっと,保護者は怒るべきだろう。頑張っている先生にじゃなく,この状態を放置しているとしか思えない学校管理者に・・・。
そして,外に出てからも暴れ回る生徒。注意をした教師を何度も殴ろうとする状態。途中で,私も突き飛ばされ,足にケガをした。どれくらいの時間経っただろうか。私は,この生徒が少し落ち着いたところで,この状態に乗して外に出てきた,自分のクラスの生徒への指導に入った。
そこにいた校長は,いったい何をし,何を言ったのか。私には,全く理解できない。それでも,私たちは,手を出さず,やられっぱなしなんだ。明日が思いやられる。何度も同じ事を書くが,これは,昨日の打ち合わせでも起こることは予想されていた。なぜ,校長は,すぐに保護者を呼び,指導しないのか。「こんな状況では,他の生徒の迷惑になり困る」と自分で言えないのか。すでに,担任は,数え切れないほど保護者に言っているんだ。そういう姿勢を見せる時期は,すでにはるか前のことである。
昨日も書いたが,こういう状況を教育委員会は,把握しているか。していないだろうな。または,していても「学校のことは校長が・・・」と言うだろうな。校長は,かわいそうな立場だが,自分でなりたいと思ってなった以上,それなりの事はすべきである。嫌だったら,降格もできるんだから・・・。
正直,その場で,警察に逮捕されてもおかしくない状況。でも,それをしない判断。今の3年を悪くした判断じゃないか。これくらいやっても大丈夫とね。ひょっとして,子ども達じゃなく,学校が悪かったんじゃないかとさえ思える。
2009年3月4日水曜日
なぜ,教育委員会は,指導に来ないのか?
今日も,2人の先生が生徒によって「ケガ」をさせられた。当然,病院に行って,診断書も取ったと思う。もう,今年一年で何度目なんだろうか。
今回は,ちょっと違った考え方を書くが,こういうケガは,「公務災害」となるはず。これだけ毎日のように「公務災害」が頻発しているのに,その指導・監督をすべき「教育委員会」は,いったい何をしたんだろうか。ここに書いてあるのは,ほんの一部で,毎日のように,アザになるようなケガは誰かがしている毎日である。これを,すべて公務災害として届け出ているんだろうか。
もし,届け出ているにも関わらず,教育委員会が,何の対応もしないとしたら,労働基準監督署から指導があってしかるべきだと思う。あくまで,学校という場での話なので,一般的な企業とは違うのかも知れない。もし,同じなら,教育委員会の職務怠慢と言える。
職員の安全は,他の仕事のように考えられないのか。私は,とても疑問である。何度も対教師暴力や器物破損を繰り返す生徒がいて,文科省が「出席停止」に言及しているにもかかわらず,名古屋市教育委員会は,対応策を示さない。これは,あくまで,我が校の校長が,教育委員会に報告しているという前提だから,何も報告をしていなかったら,教育委員会は,知らないことになる。
法律に詳しくないが,毎日「公務災害」がある職場があるのに放置している現状は,明らかにおかしいと私は思う。それでいて,正当防衛でも生徒に手を出すなと言う校長。いったい,私たちは,自分の体を何で守るんだろうか。鎧甲で,学校生活をすれば良いんだろうな。
以前,信じられない状態の学校が,新聞に載って,やっと教育委員会が動いたという記事があったが,この時のように,報道されれば,教育委員会は,重い腰をあげるんだろうな。と言うことは,こういう現実を新聞などで取り上げてもらうことが一番なんだろうか。でも,そうしないと動かないとしたら,何と悲しいご都合主義の組織なんだろう。テレビカメラでも持って,一日学校を取材したら,学区の人を中心に信じられない光景を目にすることになるだろう。
今日は,昨日,38度の熱が出て,解熱剤を飲んでの1日だった。それでも休めない状況の学校なんだ。多くの教員が病気をおして頑張っている。皮肉を書くが,生徒がいない応接室で,何やら仕事をやっている人には,わからないだろう。一度,生徒の暴走を自分の手で止めてみてほしいものだ。私は,そういう校長に出会ったことがあるんだから・・・。
今日も数人の仲間から,管理職への注文が相次いだ。それだけ,信頼されることをしていないと皆は感じている。では,どうするか。自分でわからないなら,教育委員会に生徒指導担当の指導主事がいうんだから,具体的に聞けばいい。
今日のことで言えば,もう何度も繰り返しているんだから,校長が自ら保護者を呼んで,話をする段階だと思っている。なぜ,担任や学年の生活担当なんだろう。教師にケガを負わせていて,それが一度や二度でないのに,校長がやらずに誰がやるんだ?
前にも書いたが,そういう教頭・校長はいたんだ。そういう人の元でも問題は起こる。でも,職員は団結して自分の力を発揮しようとする。それが,学校運営と言うんだと私は思う。
今回は,ちょっと違った考え方を書くが,こういうケガは,「公務災害」となるはず。これだけ毎日のように「公務災害」が頻発しているのに,その指導・監督をすべき「教育委員会」は,いったい何をしたんだろうか。ここに書いてあるのは,ほんの一部で,毎日のように,アザになるようなケガは誰かがしている毎日である。これを,すべて公務災害として届け出ているんだろうか。
もし,届け出ているにも関わらず,教育委員会が,何の対応もしないとしたら,労働基準監督署から指導があってしかるべきだと思う。あくまで,学校という場での話なので,一般的な企業とは違うのかも知れない。もし,同じなら,教育委員会の職務怠慢と言える。
職員の安全は,他の仕事のように考えられないのか。私は,とても疑問である。何度も対教師暴力や器物破損を繰り返す生徒がいて,文科省が「出席停止」に言及しているにもかかわらず,名古屋市教育委員会は,対応策を示さない。これは,あくまで,我が校の校長が,教育委員会に報告しているという前提だから,何も報告をしていなかったら,教育委員会は,知らないことになる。
法律に詳しくないが,毎日「公務災害」がある職場があるのに放置している現状は,明らかにおかしいと私は思う。それでいて,正当防衛でも生徒に手を出すなと言う校長。いったい,私たちは,自分の体を何で守るんだろうか。鎧甲で,学校生活をすれば良いんだろうな。
以前,信じられない状態の学校が,新聞に載って,やっと教育委員会が動いたという記事があったが,この時のように,報道されれば,教育委員会は,重い腰をあげるんだろうな。と言うことは,こういう現実を新聞などで取り上げてもらうことが一番なんだろうか。でも,そうしないと動かないとしたら,何と悲しいご都合主義の組織なんだろう。テレビカメラでも持って,一日学校を取材したら,学区の人を中心に信じられない光景を目にすることになるだろう。
今日は,昨日,38度の熱が出て,解熱剤を飲んでの1日だった。それでも休めない状況の学校なんだ。多くの教員が病気をおして頑張っている。皮肉を書くが,生徒がいない応接室で,何やら仕事をやっている人には,わからないだろう。一度,生徒の暴走を自分の手で止めてみてほしいものだ。私は,そういう校長に出会ったことがあるんだから・・・。
今日も数人の仲間から,管理職への注文が相次いだ。それだけ,信頼されることをしていないと皆は感じている。では,どうするか。自分でわからないなら,教育委員会に生徒指導担当の指導主事がいうんだから,具体的に聞けばいい。
今日のことで言えば,もう何度も繰り返しているんだから,校長が自ら保護者を呼んで,話をする段階だと思っている。なぜ,担任や学年の生活担当なんだろう。教師にケガを負わせていて,それが一度や二度でないのに,校長がやらずに誰がやるんだ?
前にも書いたが,そういう教頭・校長はいたんだ。そういう人の元でも問題は起こる。でも,職員は団結して自分の力を発揮しようとする。それが,学校運営と言うんだと私は思う。
2009年3月2日月曜日
3年生を送る会にも参加できなかった!
今日,下級生による「送る会」が行われた。当然というか,服装違反の我がクラスの生徒は,入場禁止。その面倒を会場外で見ることになった。約3時間,傍若無人な行動をたった一人の私が対応するわけで,それは,想像を絶する辛さであった。
当然,会場内は,平穏に行われたらしい。私は,文化祭・送る会,両方とも会場には入っていない。去年までのツケを誰が払っているのか。これで,うまくいったね。成功だね。という感覚にはならない。あのような状態にした,今まで関わってきた教師達は,何を感じたんだろうか。今年から来た私に押しつけておいて,何を思っているのか聞いてみたいものだ。
ところで,当事者である3年生が入場できない「送る会」。私たちの反省は・・・。それを許可した校長の反省は・・・。当然,ルールを守れない子供たちが悪い。でも,今まで,そういう指導をしてこなかったのは,誰なのか。考えさせられた。
今回の指導方法を否定しているのではない。こういう指導を徹底すると,こういう問題が出てくる。だから,こうしていこうと言うところまで,考えてほしいのである。それを監督指示するのは,誰なのか。私が最近書いているように「組織として機能」していない点ではないだろうか。
また,私以外の3年生職員の出し物もあったが,当然,私はそこにはいなかった。自分のクラスの子は,それをどう思っただろうか。
当然,会場内は,平穏に行われたらしい。私は,文化祭・送る会,両方とも会場には入っていない。去年までのツケを誰が払っているのか。これで,うまくいったね。成功だね。という感覚にはならない。あのような状態にした,今まで関わってきた教師達は,何を感じたんだろうか。今年から来た私に押しつけておいて,何を思っているのか聞いてみたいものだ。
ところで,当事者である3年生が入場できない「送る会」。私たちの反省は・・・。それを許可した校長の反省は・・・。当然,ルールを守れない子供たちが悪い。でも,今まで,そういう指導をしてこなかったのは,誰なのか。考えさせられた。
今回の指導方法を否定しているのではない。こういう指導を徹底すると,こういう問題が出てくる。だから,こうしていこうと言うところまで,考えてほしいのである。それを監督指示するのは,誰なのか。私が最近書いているように「組織として機能」していない点ではないだろうか。
また,私以外の3年生職員の出し物もあったが,当然,私はそこにはいなかった。自分のクラスの子は,それをどう思っただろうか。
2009年3月1日日曜日
押しつけられた1年!
今週末には,卒業式である。しかし,この1年,体を壊すほどの状況であった。ただ,4月,新しく赴任してきた2人(私ともう一人)は,始業式で「はめられた」と感じた。
5クラスの中,一番落ち着かず,整列もしない2クラスが私たちに与えられたクラスだったのである。日に日にその「大変さ」は,想像を絶することになる。年齢的に体力不足の私は,体調を崩すことになった。
しかし,転任してずぐに3年担任。これは,今までも経験した。ただ,とんでもない状態の学年で,しかも,誰もが敬遠をするクラスを持たされたことはなかった。後になって知ったことは,私を愕然とさせた。それは,2年生まで,生徒指導を担当していた教師が,この学年にいなかったこと。また,一昨年のスタートでは,学級が決まらないという状況で,誰も持ちたくないと,時間が過ぎたという。
私は,あえて言うが,結果として,知らない2人に押しつけた学校。それが,今の私の勤務校。しかも,何のねぎらいもない学校。前にも書いたが,事前に知らせれば,断られると思ったのか,発表当日まで,内密にしていた学校。しかし,知っていた人もいた。そんな学校。誰が信用するだろうか。
また,こういうクラスを任せると言うことは,当然前任校からの情報が伝わっていたことになる。前任校の校長も絶対に許すことはないだろう。
今年1年,頑張ってきて,言いたいことは,去年の4月の体に戻してくれと言うことである。50を過ぎた体力不足の,体育会系でない私に一番の問題クラスを押しつけたこと。この責任は,誰が取ってくれるか。当然のこととして,1年生から,面倒を見てきた職員に責任を取ってもらうんじゃないのか。私は,1年から持った学年は,どんなに大変でもやり遂げてきた。逃げた人たちは,猛省し,校長・教頭は,自分達の考えた理不尽な人事について,総括し,その答えを示してもらいたいと思っている。
そうじゃなかったら,同じ給料をもらってやってられない。前にも書いたが,この1年で,私は,校長・教頭を信頼しないという思いを強くした。どれだけ辛い1年だったかは,私の体重が,10キロ減ったことでわかってもらえるだろう。
きつい言い方だが,50を過ぎても,まだまだ人間ができていない私は,今年度の人事に関わった人たちを絶対に許さない。今の学校より大変な学校に勤務したときでも,こんな感情を持ったことはなかった。それだけ,今の学校は,組織として動いていない。個人の力だけで,しかも,自分じゃなくて,人のふんどしで相撲をとろうとしている集団になってしまっている。
企業だったら,責任を取らせられる。良いよな,学校は・・・。だから,ダメなんだと思う。こういう人事をしても責任取らなくて良いんだから・・・。教育委員会は,こういう現実を,ぜひ知って,リーダーの育成に力を入れてほしい。少なくとも,私は,それができる校長・教頭や教育委員会に所属している人を多く知っている。全面に出て,所管の学校全部を良くしていくために,力を使ってほしいと切に望んでいる。
5クラスの中,一番落ち着かず,整列もしない2クラスが私たちに与えられたクラスだったのである。日に日にその「大変さ」は,想像を絶することになる。年齢的に体力不足の私は,体調を崩すことになった。
しかし,転任してずぐに3年担任。これは,今までも経験した。ただ,とんでもない状態の学年で,しかも,誰もが敬遠をするクラスを持たされたことはなかった。後になって知ったことは,私を愕然とさせた。それは,2年生まで,生徒指導を担当していた教師が,この学年にいなかったこと。また,一昨年のスタートでは,学級が決まらないという状況で,誰も持ちたくないと,時間が過ぎたという。
私は,あえて言うが,結果として,知らない2人に押しつけた学校。それが,今の私の勤務校。しかも,何のねぎらいもない学校。前にも書いたが,事前に知らせれば,断られると思ったのか,発表当日まで,内密にしていた学校。しかし,知っていた人もいた。そんな学校。誰が信用するだろうか。
また,こういうクラスを任せると言うことは,当然前任校からの情報が伝わっていたことになる。前任校の校長も絶対に許すことはないだろう。
今年1年,頑張ってきて,言いたいことは,去年の4月の体に戻してくれと言うことである。50を過ぎた体力不足の,体育会系でない私に一番の問題クラスを押しつけたこと。この責任は,誰が取ってくれるか。当然のこととして,1年生から,面倒を見てきた職員に責任を取ってもらうんじゃないのか。私は,1年から持った学年は,どんなに大変でもやり遂げてきた。逃げた人たちは,猛省し,校長・教頭は,自分達の考えた理不尽な人事について,総括し,その答えを示してもらいたいと思っている。
そうじゃなかったら,同じ給料をもらってやってられない。前にも書いたが,この1年で,私は,校長・教頭を信頼しないという思いを強くした。どれだけ辛い1年だったかは,私の体重が,10キロ減ったことでわかってもらえるだろう。
きつい言い方だが,50を過ぎても,まだまだ人間ができていない私は,今年度の人事に関わった人たちを絶対に許さない。今の学校より大変な学校に勤務したときでも,こんな感情を持ったことはなかった。それだけ,今の学校は,組織として動いていない。個人の力だけで,しかも,自分じゃなくて,人のふんどしで相撲をとろうとしている集団になってしまっている。
企業だったら,責任を取らせられる。良いよな,学校は・・・。だから,ダメなんだと思う。こういう人事をしても責任取らなくて良いんだから・・・。教育委員会は,こういう現実を,ぜひ知って,リーダーの育成に力を入れてほしい。少なくとも,私は,それができる校長・教頭や教育委員会に所属している人を多く知っている。全面に出て,所管の学校全部を良くしていくために,力を使ってほしいと切に望んでいる。
2009年2月28日土曜日
育てていない!
現在勤務している学校で思うことは,若い世代の教師が多いこと。ただ,ここで,「育てられていない」と感じる。誰が,それを怠ってきたのか・・・。
私が,教師になった頃は,多くの先輩教師から,いろんな事を教えてもらった。当然,4年目くらいからは,先頭に立ってやる仕事も多くあった。だから,30歳も超えれば,一人前の教師として,自信を持って人の前に立って,学校を引っ張ってきたと自負している。
しかし,今,30歳を超えた教師達を見ると,多くの教師は,人を引っ張っていると感じる人は非常に少ない。これは,この教師達の先輩達が,「教師として育てる」事を怠った結果だと思う。今,自分は,すでに50歳を超え,自分の感覚から言えば,30代40代の教師達の手伝いをしながら,アドバイスができる立場だと思っている。いつまでも,私のような年代が全面に立てば,若い世代の教師は,育つはずがない。
今,学校の若い教師は,優秀だ。誤解を受ける言葉だが,私たちの若い頃は,ユニークな教師がいた。しかし,そこから学ぶものがあった。個性である。しかし,今,どこを見ても同じように見える。自分の年齢もあるだろうが,教育委員会の採用・採用されてからの研修・現場での育て方のいずれかに問題点があると思う。
指示待ち人間が増えた。人を引っ張る力を持った人が減った。いや,育てなかった。例は違うが,担任を持つと,クラスのリーダーを育てていく。しかし,今の学校には,リーダーを育てる力がない。研究をすることが一番だと思っていないだろうか。研究論文を懸命に書く若い教師を見て,私は,順番が違うと思う。まずは,子ども達の指導が先じゃないか。論文をああだこうだと集まってやっている時間があるなら,子ども達と一緒に行動してほしい。
これは,彼らが悪いんじゃなくて,そうさせている先輩教師の問題である。研究に逃げるなと言いたい。ただ,これを書かないと出世はしないけど・・・。
でも,両立させて出世している人もいる。私は,こういう人は認めている。ただ,多く見積もっても,今までであった上司で,両立した人は,半分くらいしかいない。
今書いていて思い出すのは,2人の校長である。その日,研究会があった。しかし,学校で問題が起きた。私が今でも尊敬している校長は,「研究会より学校」と,電話で欠席を連絡してくれた。もう一人は,全く逆で「研究会に行け」と言った。指導の当事者だったにも関わらずである。案の定,後者の校長の時の学校は,まさに荒れ放題であった。たぶん,自分がそういう生き方をしてきたんだろう。
しかし,前者の校長は,校長会でも役職がある立派な校長だった。「自分の学校」をどうするのかをしっかり考えて決断するのが校長なんだと思う。
私が,教師になった頃は,多くの先輩教師から,いろんな事を教えてもらった。当然,4年目くらいからは,先頭に立ってやる仕事も多くあった。だから,30歳も超えれば,一人前の教師として,自信を持って人の前に立って,学校を引っ張ってきたと自負している。
しかし,今,30歳を超えた教師達を見ると,多くの教師は,人を引っ張っていると感じる人は非常に少ない。これは,この教師達の先輩達が,「教師として育てる」事を怠った結果だと思う。今,自分は,すでに50歳を超え,自分の感覚から言えば,30代40代の教師達の手伝いをしながら,アドバイスができる立場だと思っている。いつまでも,私のような年代が全面に立てば,若い世代の教師は,育つはずがない。
今,学校の若い教師は,優秀だ。誤解を受ける言葉だが,私たちの若い頃は,ユニークな教師がいた。しかし,そこから学ぶものがあった。個性である。しかし,今,どこを見ても同じように見える。自分の年齢もあるだろうが,教育委員会の採用・採用されてからの研修・現場での育て方のいずれかに問題点があると思う。
指示待ち人間が増えた。人を引っ張る力を持った人が減った。いや,育てなかった。例は違うが,担任を持つと,クラスのリーダーを育てていく。しかし,今の学校には,リーダーを育てる力がない。研究をすることが一番だと思っていないだろうか。研究論文を懸命に書く若い教師を見て,私は,順番が違うと思う。まずは,子ども達の指導が先じゃないか。論文をああだこうだと集まってやっている時間があるなら,子ども達と一緒に行動してほしい。
これは,彼らが悪いんじゃなくて,そうさせている先輩教師の問題である。研究に逃げるなと言いたい。ただ,これを書かないと出世はしないけど・・・。
でも,両立させて出世している人もいる。私は,こういう人は認めている。ただ,多く見積もっても,今までであった上司で,両立した人は,半分くらいしかいない。
今書いていて思い出すのは,2人の校長である。その日,研究会があった。しかし,学校で問題が起きた。私が今でも尊敬している校長は,「研究会より学校」と,電話で欠席を連絡してくれた。もう一人は,全く逆で「研究会に行け」と言った。指導の当事者だったにも関わらずである。案の定,後者の校長の時の学校は,まさに荒れ放題であった。たぶん,自分がそういう生き方をしてきたんだろう。
しかし,前者の校長は,校長会でも役職がある立派な校長だった。「自分の学校」をどうするのかをしっかり考えて決断するのが校長なんだと思う。
2009年2月27日金曜日
「立て直し!」には,計画が必要だ!
荒れた学校の建て直しは,1年でスムースにいく場合もあるが,多くの場合,難しい。しかし,焦る教師集団は,すぐに答えを出そうとする。それが,「見た目」である。子ども達の「心の中」を見ずに,型にはめようと懸命になる。これは,成功することもあるが,めったにない。
我が校は,今,その焦りの中にある。それは,以前は,落ち着いていたという思いだろう。だから,できるはずだと・・・。しかし,子ども達や保護者が変わっていることに気付こうとしていない。
数年かけた計画が必要な状況にも関わらず,強引に事を進めるには,それだけの教師集団の体力が必要だが,残念ながら我が校には,その力はない。
だから,子ども達は,今「なぜ,今年から厳しくなったのか。」そして,「去年何も言わなかったのに,今年はいうのか」という教師集団に対する不信感が渦巻いている。しかも,ごく普通の生徒でもそういう状態である。「言えない集団」が,他の教師に言わせるような状況に陥っている。それに気付いていない。
去年の負の遺産をそのままにして,今年だけはという気持ちはあるだろうが,もはや,2年生で崩壊している学年に対して行うのは,無理がある。
百歩譲ってできるとすれば,腕力のある教師集団しかない。今,半分以上が女性の先生なのに,力で押さえ込むことは,難しい。また,数人の腕力のある教師集団があったとしても,正当防衛でも手を出すなと言う方針がある以上,全く不可能な事である。絵に描いた餅とは,まさに,我が校の状況である。非常に,残念というか,悲しい。
我が校は,今,その焦りの中にある。それは,以前は,落ち着いていたという思いだろう。だから,できるはずだと・・・。しかし,子ども達や保護者が変わっていることに気付こうとしていない。
数年かけた計画が必要な状況にも関わらず,強引に事を進めるには,それだけの教師集団の体力が必要だが,残念ながら我が校には,その力はない。
だから,子ども達は,今「なぜ,今年から厳しくなったのか。」そして,「去年何も言わなかったのに,今年はいうのか」という教師集団に対する不信感が渦巻いている。しかも,ごく普通の生徒でもそういう状態である。「言えない集団」が,他の教師に言わせるような状況に陥っている。それに気付いていない。
去年の負の遺産をそのままにして,今年だけはという気持ちはあるだろうが,もはや,2年生で崩壊している学年に対して行うのは,無理がある。
百歩譲ってできるとすれば,腕力のある教師集団しかない。今,半分以上が女性の先生なのに,力で押さえ込むことは,難しい。また,数人の腕力のある教師集団があったとしても,正当防衛でも手を出すなと言う方針がある以上,全く不可能な事である。絵に描いた餅とは,まさに,我が校の状況である。非常に,残念というか,悲しい。
2009年2月26日木曜日
実態とのずれ!
生徒の実態を把握できていない例として,いまだに思い出すことがある。それは,荒れた学校で花壇を作り,花を植えた。そして「こういう物を見れば,彼らも心が変化する」と言った。翌日,花壇の花は,すべて折られて無惨な姿となっていた。
私は,この考え方は,間違っていないと思う。しかし,すでに,この感覚をなくした状態の子ども達であるという「実態把握」ができていなかったのである。その時,私たち周りの教師は,こうなると予想した。人の上に立つリーダーは,実態を把握し,何が良いのかを見る,先見性を必要としているんだと思う。それがないから,対処療法のような指導になり,組織として機能しないんじゃないかと思う。
私は,この考え方は,間違っていないと思う。しかし,すでに,この感覚をなくした状態の子ども達であるという「実態把握」ができていなかったのである。その時,私たち周りの教師は,こうなると予想した。人の上に立つリーダーは,実態を把握し,何が良いのかを見る,先見性を必要としているんだと思う。それがないから,対処療法のような指導になり,組織として機能しないんじゃないかと思う。
今日も大変だった!
授業中に廊下を走り回る生徒。注意する教師にくってかかる生徒。挙げ句の果てに,注意に腹を立ててガラスを割る生徒。
びっくりする人もいるかも知れないが,これが,私の勤めている学校の日常である。これは,中学校の1年から3年まで,多かれ少なかれ起きている。こんな学校に,義務教育だからと言って通わせる親は,どう思うだろうか。
しかし,以前にも書いたように,毎日,本当に,何もなかったように過ぎている。私のクラスの子は,「本当に,困りますよね」という。私も「悪いな。こんな学校で・・・」と言う。ただ,「先生は,頑張っているから・・・」と言い返してくれるたので,本当に嬉しかった。
いつも書くが,どこに問題があるのか。あまりに「形」「見た目」にとらわれすぎている生徒指導。まずやるべき事は,何かがずれている集団。それに気付いているのか,気付かないふりをしているのか。はたまた,今のやり方が正しいと思っているのか。私には,わからない。だって,リーダーの意思表示がない。
私も30年近く勤務し,いろんなやり方を経験した。今,思っていることが100%正しいとは思っていない。どんなやり方が良いのかを探している。しかし,1年経った今も,その答えが出せない。それは,今までの経験からはずれているのだろう。今の学校より,大変な学校にも勤務したことは多い。警察が校内にまで入ってきたこともある。
しかし,今の学校の問題点だろうという部分はあるのだが,それに賛同する人はいない。と言うか,聞かれることもない。もともと極論を持っている私だから,敬遠されているとは思うが・・・。
今,懐かしく思い出すのは,本当に荒れた状態の学校から,立て直しをしていった先輩達。あの仲間達で立て直していった。いつもそれについての話をしあった。今は,ほとんどが,校長となっている。たぶん,その学校は,私が今,思っているようなことはないだろう。もっと,こういう経験を,全く経験をしたことがない校長や,矢面に立ったことのない校長にアドバイスをしてあげてほしい。ひょっとして,困っているのかも知れないから・・・。
びっくりする人もいるかも知れないが,これが,私の勤めている学校の日常である。これは,中学校の1年から3年まで,多かれ少なかれ起きている。こんな学校に,義務教育だからと言って通わせる親は,どう思うだろうか。
しかし,以前にも書いたように,毎日,本当に,何もなかったように過ぎている。私のクラスの子は,「本当に,困りますよね」という。私も「悪いな。こんな学校で・・・」と言う。ただ,「先生は,頑張っているから・・・」と言い返してくれるたので,本当に嬉しかった。
いつも書くが,どこに問題があるのか。あまりに「形」「見た目」にとらわれすぎている生徒指導。まずやるべき事は,何かがずれている集団。それに気付いているのか,気付かないふりをしているのか。はたまた,今のやり方が正しいと思っているのか。私には,わからない。だって,リーダーの意思表示がない。
私も30年近く勤務し,いろんなやり方を経験した。今,思っていることが100%正しいとは思っていない。どんなやり方が良いのかを探している。しかし,1年経った今も,その答えが出せない。それは,今までの経験からはずれているのだろう。今の学校より,大変な学校にも勤務したことは多い。警察が校内にまで入ってきたこともある。
しかし,今の学校の問題点だろうという部分はあるのだが,それに賛同する人はいない。と言うか,聞かれることもない。もともと極論を持っている私だから,敬遠されているとは思うが・・・。
今,懐かしく思い出すのは,本当に荒れた状態の学校から,立て直しをしていった先輩達。あの仲間達で立て直していった。いつもそれについての話をしあった。今は,ほとんどが,校長となっている。たぶん,その学校は,私が今,思っているようなことはないだろう。もっと,こういう経験を,全く経験をしたことがない校長や,矢面に立ったことのない校長にアドバイスをしてあげてほしい。ひょっとして,困っているのかも知れないから・・・。
2009年2月25日水曜日
なぜ?全く理解できない!
今日,ある先生が生徒から暴力をふるわれた。殴られたんである。しかし,学校は,全くいつもと変わらない。何事もなかったかのように過ぎている。なぜ?
私は,ある先生から聞くまで,こういう事が起きたことさえ知らない。たぶん,その先生が教えてくれなかったら,全く知らずにいただろう。
私は,こういう事が何回も起きていて,今年一年,納得できる対応を一度も見ていない。と言っても私が考える対応ではあるが・・・。
「問題には毅然として対応しましょう」と言う。言葉で言うことは,誰でも言える。これを実行するのは難しい。しかし,毅然として対応というのは,対教師暴力に毅然として対応していくことではないのかと思う。だから,文章に書いた「基本方針」は,嫌いだ。できないことを書き綴って意味があるんだろうか。それを毎回読んで意味があるんだろうか。
この学校に来て,体を壊した。あまりにひどい組織だと感じた。と言うか,組織として機能していないとも思った。私は学校を考えたとき,まずは,「情報の共有」が一番だと思っている。それは,決して全員を集めてと言う意味ではない。例えば,主任会でも良い。そこから,今の状況を全員が理解できるようにすればいい。
最近,反省会があったが,今の自分の体調から,元々「有言実行」を信条に生きてきた私は,黙っているしかなかったが,今年一年の総括をすべきではなかったのか。何が彼らをあのような状況にしてしまったのか。私たちには,何が足りなかったのか。校長からの言明はなかった。
ご苦労さんと,それぞれの人が頑張っていてもダメなときがある。それが,今なんだと言うこと。組織的に動かないといけない状況だという把握はされないんだろうか。それぞれの教員の持っている良い部分をどう使って,子ども達を指導していくのか。全く見えない。
先生個人の力だけで動かせる学校ではないんです。組織の力で動かさないといけないんです。駒がない以上ある駒で戦うしかないんです。
リーダーが逃げているなと感じるのは,以前にも書いたように,荒れた学年を3年生で新たに転任してきた教員に任せたこと。5分の3が新担任。こんな事をすると言うことは,その個人の力に頼ろうとしたんじゃないのか。百歩譲ってそれだったとしたら,その職員の意見を聞いたかと言うことである。今まで通りのやり方を強いて,「頑張ってください」では,何ができると言うんだろう。
たぶん,来年度も同じ事の繰り返しだなと思う。変えようという意志が伝わってこない。今の学校は,私を含めて総入れ替えが必要なくらい,組織としての機能を失っている。こういう学校に自分の子どもを通わせたくはない。
今年,何人の先生が殴られたんだろう。何回殴られたんだろう。小さな事も含めたら,毎日1回という状況である。1つだけ書いておくが,以前勤めていた学校の校長・教頭は,生徒が手を出したとき,自ら保護者に話をし,厳しく指導した。同じ子が,何度も暴力をふるっているという事実もある。それでも,当事者指導なのか。私には疑問である。今年,対教師暴力で,私は,何度保護者と話をしただろう。でも,そこには,私一人の時もあった。
私は,ある先生から聞くまで,こういう事が起きたことさえ知らない。たぶん,その先生が教えてくれなかったら,全く知らずにいただろう。
私は,こういう事が何回も起きていて,今年一年,納得できる対応を一度も見ていない。と言っても私が考える対応ではあるが・・・。
「問題には毅然として対応しましょう」と言う。言葉で言うことは,誰でも言える。これを実行するのは難しい。しかし,毅然として対応というのは,対教師暴力に毅然として対応していくことではないのかと思う。だから,文章に書いた「基本方針」は,嫌いだ。できないことを書き綴って意味があるんだろうか。それを毎回読んで意味があるんだろうか。
この学校に来て,体を壊した。あまりにひどい組織だと感じた。と言うか,組織として機能していないとも思った。私は学校を考えたとき,まずは,「情報の共有」が一番だと思っている。それは,決して全員を集めてと言う意味ではない。例えば,主任会でも良い。そこから,今の状況を全員が理解できるようにすればいい。
最近,反省会があったが,今の自分の体調から,元々「有言実行」を信条に生きてきた私は,黙っているしかなかったが,今年一年の総括をすべきではなかったのか。何が彼らをあのような状況にしてしまったのか。私たちには,何が足りなかったのか。校長からの言明はなかった。
ご苦労さんと,それぞれの人が頑張っていてもダメなときがある。それが,今なんだと言うこと。組織的に動かないといけない状況だという把握はされないんだろうか。それぞれの教員の持っている良い部分をどう使って,子ども達を指導していくのか。全く見えない。
先生個人の力だけで動かせる学校ではないんです。組織の力で動かさないといけないんです。駒がない以上ある駒で戦うしかないんです。
リーダーが逃げているなと感じるのは,以前にも書いたように,荒れた学年を3年生で新たに転任してきた教員に任せたこと。5分の3が新担任。こんな事をすると言うことは,その個人の力に頼ろうとしたんじゃないのか。百歩譲ってそれだったとしたら,その職員の意見を聞いたかと言うことである。今まで通りのやり方を強いて,「頑張ってください」では,何ができると言うんだろう。
たぶん,来年度も同じ事の繰り返しだなと思う。変えようという意志が伝わってこない。今の学校は,私を含めて総入れ替えが必要なくらい,組織としての機能を失っている。こういう学校に自分の子どもを通わせたくはない。
今年,何人の先生が殴られたんだろう。何回殴られたんだろう。小さな事も含めたら,毎日1回という状況である。1つだけ書いておくが,以前勤めていた学校の校長・教頭は,生徒が手を出したとき,自ら保護者に話をし,厳しく指導した。同じ子が,何度も暴力をふるっているという事実もある。それでも,当事者指導なのか。私には疑問である。今年,対教師暴力で,私は,何度保護者と話をしただろう。でも,そこには,私一人の時もあった。
2009年2月14日土曜日
2009年2月11日水曜日
今年も,「メジロ」がやってきた。
ここ数年,我が家の小さな庭に「メジロ」が数羽やってきていた。今日,朝,何気なく見ると,今年も「メジロ」が庭に来ていた。
植えてある「梅の木」が目当てなんだろうか。もうすぐ咲きそうな状態だが,まだ,つぼみの状態である。それを確認しに来ているんだろうか。
いずれにしても,毎年,こうやって,来てくれることは,何となく,嬉しくなる。今年は,いい年になってほしいなと切に思う。
植えてある「梅の木」が目当てなんだろうか。もうすぐ咲きそうな状態だが,まだ,つぼみの状態である。それを確認しに来ているんだろうか。
いずれにしても,毎年,こうやって,来てくれることは,何となく,嬉しくなる。今年は,いい年になってほしいなと切に思う。
2009年2月6日金曜日
私が校長不信になった理由!
私は,このブログでも校長に批判的なことを書くが,私が校長不信になったのには理由がある。それは,今でも忘れないが,今で言う「モンスターペアレント」がいて,私と話し合いをした。そこで,「校長を出せ!」と言って聞かない状況になってきた。
それを伝えたら,今まで,出張黒板には,何も書いていなかったのに,突然「事務連絡」という理由で,学校から出て行った。本当だったかどうかまでは確かめなかったが,こういう事が一度や二度ではなく,数え切れないほどだった。
また,ある校長は,今で言う個人情報について,何度言ってもわかってくれず,自分で対応するのではなく,教頭を使って「まあ,まあ,良いじゃないか」という事を伝えてきた。正しいことを言っているのに「まあ,まあ」はない。常に核心部分で逃げるのは,先ほど書いた校長と同じである。
まだまだある。学年人事の時,多くの人に「嘘」を言って,納得させた。それは,すぐにばれた。その場さえ過ぎればいいと言うようないい加減な発想だった。30年近い教員生活で,始業式に担任発表ができないという異常事態が起きた。
書ききれないほどあるが,私が校長不信になった理由のいくつかを書いてみた。
それを伝えたら,今まで,出張黒板には,何も書いていなかったのに,突然「事務連絡」という理由で,学校から出て行った。本当だったかどうかまでは確かめなかったが,こういう事が一度や二度ではなく,数え切れないほどだった。
また,ある校長は,今で言う個人情報について,何度言ってもわかってくれず,自分で対応するのではなく,教頭を使って「まあ,まあ,良いじゃないか」という事を伝えてきた。正しいことを言っているのに「まあ,まあ」はない。常に核心部分で逃げるのは,先ほど書いた校長と同じである。
まだまだある。学年人事の時,多くの人に「嘘」を言って,納得させた。それは,すぐにばれた。その場さえ過ぎればいいと言うようないい加減な発想だった。30年近い教員生活で,始業式に担任発表ができないという異常事態が起きた。
書ききれないほどあるが,私が校長不信になった理由のいくつかを書いてみた。
ダメ教師と言われて・・・
自分としては,頑張っているつもりだが,「何もしない教師」と言われ,落ち込んでいる。それを聞いていた校長からも,何の声かけもない。肯定したわけだ。
4月に転任し,どれだけの苦痛を味わって,今日まで来たか。朝,教室に入らない。注意をすればくってかかってくる。つかみ合いになる。こんな毎日の中,とうとう体調を崩した。しかし,教頭から,再三の電話で,迷惑をかけられないと,最小限(数週間)の休みで復帰した。
言葉では,「ゆっくり,休みながら・・・」と言いながら,どれだけのフォローをしてくれたか。どんなに体調が良くない日でも,無理に無理を重ねて仕事をした。身近にいる先生から「大丈夫?」と何度も声をかけられた。しかし,管理職からの言葉は,ないにひとしかった。まあ,「ダメ教師」という事だろう。
今,自分のクラスの手のかかる子の状態を知っているだろうか。4月,教室に入らなかった状態はなく,注意にくってかかってくることもなく,私が行けば,言うことも聞くようになっている状態。それすら,把握していない校長・教頭。こんな悲しいことはない。何のために,体調の悪いのを押してまで,頑張ってきた1年だったのか。今は,休職すべきだったと思っている。
家に帰って,すぐに横になる毎日。学校では,特に生徒の前では,体調の悪い姿を見せないように死にものぐるいで頑張ったのだが・・・。 何度,皆から見えない部屋で,倒れていたか。 ほとほと嫌になった。
自分を評価しない学校に勤務しても楽しくない。ただ,子ども達は,わかってくれるはずだともう少し頑張ろうと思う。その後は,評価してくれる人のもとで働こう。今までは,評価してくれた人の方が多かったのだから・・・。これほど,評価されない悲しさを感じた年はなかった。子どもでも大人でも,評価されないというのは,悲しい。
4月からは,自らの方法で指導はできない。この学校の指導に従うことになる。我が道を歩いてきた私には,辛いが,そういう評価なら仕方がない。
4月に転任し,どれだけの苦痛を味わって,今日まで来たか。朝,教室に入らない。注意をすればくってかかってくる。つかみ合いになる。こんな毎日の中,とうとう体調を崩した。しかし,教頭から,再三の電話で,迷惑をかけられないと,最小限(数週間)の休みで復帰した。
言葉では,「ゆっくり,休みながら・・・」と言いながら,どれだけのフォローをしてくれたか。どんなに体調が良くない日でも,無理に無理を重ねて仕事をした。身近にいる先生から「大丈夫?」と何度も声をかけられた。しかし,管理職からの言葉は,ないにひとしかった。まあ,「ダメ教師」という事だろう。
今,自分のクラスの手のかかる子の状態を知っているだろうか。4月,教室に入らなかった状態はなく,注意にくってかかってくることもなく,私が行けば,言うことも聞くようになっている状態。それすら,把握していない校長・教頭。こんな悲しいことはない。何のために,体調の悪いのを押してまで,頑張ってきた1年だったのか。今は,休職すべきだったと思っている。
家に帰って,すぐに横になる毎日。学校では,特に生徒の前では,体調の悪い姿を見せないように死にものぐるいで頑張ったのだが・・・。 何度,皆から見えない部屋で,倒れていたか。 ほとほと嫌になった。
自分を評価しない学校に勤務しても楽しくない。ただ,子ども達は,わかってくれるはずだともう少し頑張ろうと思う。その後は,評価してくれる人のもとで働こう。今までは,評価してくれた人の方が多かったのだから・・・。これほど,評価されない悲しさを感じた年はなかった。子どもでも大人でも,評価されないというのは,悲しい。
4月からは,自らの方法で指導はできない。この学校の指導に従うことになる。我が道を歩いてきた私には,辛いが,そういう評価なら仕方がない。
2009年2月5日木曜日
なぜ,指導をしないんだろうか?
ある会議で,発言内容が「?」という部分があった。そこには,校長もいたが,その発言に対して注意もしなかった。
私たちが若い頃は,もし,こういう場面があると,校長か教頭から指導を受けた。私は,特に教頭から指導を受けた。今思えば,とてもありがたい助言であったと思う。また,歳を重ねるに連れて,あからさまな指導と言うことは少なくなったが,私の発言に「問題あり」と判断した校長や教頭は,すぐに読んで私の真意やその影響についての話をされた。
去年までは,そうだった。特に去年まで勤めていた学校の教頭は,そういう能力にたけていた。ある意味,尊敬に値するリーダーだった。私の方が年上になるため,相当気を使っていたとは思うが,私は,十分な指導を受けたと理解している。さかのぼれば,どの学校にもそういう人がいた。
思い出せば,初任校では,教頭。「おまえ,辞めろ」とまで言われた。2校目は,校長,「自分の考えだけが正しいと思うな。もっと,周りを見ろ。自分の思うようにやるには,思うように動く仲間を作れ!」と言われた。3校目は,「先を見すぎ,今をもっと考えるべきだ。」と言われた。4校目は,教頭が行動で示した。保護者を叱りつける行動でね。5校目は,さっき書いた,去年までいた学校の教頭だった。
こうして書いてみると,意外に幸せだったのかも知れない。必ず,その学校で,自分の事を考えていてくれた管理職がいた。
今の若い教師達は,こんな思いをしているだろうか。私は,不安である。今日は,それを強く感じたのである。「声の大きい人,強引な人」が大手を振って進んでいくことを阻止できない状況では,先は暗い。
また,今日,とんでもないことを聞いた。教師と生徒がトラブルになったとき,間近にいて,それを制止しなかった管理職がいたというのだ。多くの,特に女性の先生方は,その姿に唖然としたと聞いた。もし,意図的に止めなかったとしたら,もはや,「人」としての問題になってくる。または,自分は,目の前で何が起きても「偉い」んだから,見ているだけで良い。そうなんだろうか?
学校管理者として,生徒を守るのは当然だ。それと同じくらい教師を守る責任があるんじゃないだろうか。前にも書いたが,もう20年以上前,若くして亡くなった当時教頭がいた。校内暴力吹き荒れる時代,「私は,職員を守る義務もあるんです。」と新聞にコメントした。この言葉に,私たちは,どれだけ勇気づけられたか。これぞ,学校管理者だと思った。こういう人のもとで働きたい。20年以上経った今でもその名前をはっきり覚えている。一緒に働いたこともないひとであったのに・・・。「☆田 ☆一」という人だったな。
私たちが若い頃は,もし,こういう場面があると,校長か教頭から指導を受けた。私は,特に教頭から指導を受けた。今思えば,とてもありがたい助言であったと思う。また,歳を重ねるに連れて,あからさまな指導と言うことは少なくなったが,私の発言に「問題あり」と判断した校長や教頭は,すぐに読んで私の真意やその影響についての話をされた。
去年までは,そうだった。特に去年まで勤めていた学校の教頭は,そういう能力にたけていた。ある意味,尊敬に値するリーダーだった。私の方が年上になるため,相当気を使っていたとは思うが,私は,十分な指導を受けたと理解している。さかのぼれば,どの学校にもそういう人がいた。
思い出せば,初任校では,教頭。「おまえ,辞めろ」とまで言われた。2校目は,校長,「自分の考えだけが正しいと思うな。もっと,周りを見ろ。自分の思うようにやるには,思うように動く仲間を作れ!」と言われた。3校目は,「先を見すぎ,今をもっと考えるべきだ。」と言われた。4校目は,教頭が行動で示した。保護者を叱りつける行動でね。5校目は,さっき書いた,去年までいた学校の教頭だった。
こうして書いてみると,意外に幸せだったのかも知れない。必ず,その学校で,自分の事を考えていてくれた管理職がいた。
今の若い教師達は,こんな思いをしているだろうか。私は,不安である。今日は,それを強く感じたのである。「声の大きい人,強引な人」が大手を振って進んでいくことを阻止できない状況では,先は暗い。
また,今日,とんでもないことを聞いた。教師と生徒がトラブルになったとき,間近にいて,それを制止しなかった管理職がいたというのだ。多くの,特に女性の先生方は,その姿に唖然としたと聞いた。もし,意図的に止めなかったとしたら,もはや,「人」としての問題になってくる。または,自分は,目の前で何が起きても「偉い」んだから,見ているだけで良い。そうなんだろうか?
学校管理者として,生徒を守るのは当然だ。それと同じくらい教師を守る責任があるんじゃないだろうか。前にも書いたが,もう20年以上前,若くして亡くなった当時教頭がいた。校内暴力吹き荒れる時代,「私は,職員を守る義務もあるんです。」と新聞にコメントした。この言葉に,私たちは,どれだけ勇気づけられたか。これぞ,学校管理者だと思った。こういう人のもとで働きたい。20年以上経った今でもその名前をはっきり覚えている。一緒に働いたこともないひとであったのに・・・。「☆田 ☆一」という人だったな。
2009年2月4日水曜日
職員の和!
子ども達を指導するとき,同じ気持ち,同じ目線で指導できると良いなと思う。しかし,現実は,「あの人の指導がどうの」「この人の指導は甘い」等々。
結果として,子ども達は,その雰囲気を察知する。職員が一致団結していれば,例え,問題が起きても最小限の指導ですむ。しかし,その逆だと,自信がない教師は,決断を出ずに話をし,自信を持っている教師は,自分のペースで指導をする。そこに大きな落とし穴がある。
それは,その場は解決したかのように思えるが,この微妙なずれが,後になって,恐ろしく大きな差となる。子ども達は,その差をうまくついてきて,教師達を戸惑わせる。
だから,職員の人事というのは,とても大事なことである。私も過去,とんでもない人事を経験し,また,前代未聞の結果を生んだ経験がある。もし,人事が難しいなら,「職員の和」が,つながっていくように教師達を指導助言するのが,仕事の人が誰なのか。その責務が明確になっていない学校は,生徒が荒れたときに,真っ先にそのほころびが出てくる。
「あの人は,できる人だ」「あの人はできない」だけしか考えていない人事。これでは,誰でもできる。学校として,何が良いのかを考えた人事が必要である。口悪く言えば,「あいつにやらせればいい」という考え。私は,この考えには,猛反対をする。誰が範を見せるかである。それを見せずして,無理な要求は,全く理解できない。
こういう人は,一度,ワタミの社長に指導を受けてくると,少しは,今私が書いたことがわかるかも知れないかな。
結果として,子ども達は,その雰囲気を察知する。職員が一致団結していれば,例え,問題が起きても最小限の指導ですむ。しかし,その逆だと,自信がない教師は,決断を出ずに話をし,自信を持っている教師は,自分のペースで指導をする。そこに大きな落とし穴がある。
それは,その場は解決したかのように思えるが,この微妙なずれが,後になって,恐ろしく大きな差となる。子ども達は,その差をうまくついてきて,教師達を戸惑わせる。
だから,職員の人事というのは,とても大事なことである。私も過去,とんでもない人事を経験し,また,前代未聞の結果を生んだ経験がある。もし,人事が難しいなら,「職員の和」が,つながっていくように教師達を指導助言するのが,仕事の人が誰なのか。その責務が明確になっていない学校は,生徒が荒れたときに,真っ先にそのほころびが出てくる。
「あの人は,できる人だ」「あの人はできない」だけしか考えていない人事。これでは,誰でもできる。学校として,何が良いのかを考えた人事が必要である。口悪く言えば,「あいつにやらせればいい」という考え。私は,この考えには,猛反対をする。誰が範を見せるかである。それを見せずして,無理な要求は,全く理解できない。
こういう人は,一度,ワタミの社長に指導を受けてくると,少しは,今私が書いたことがわかるかも知れないかな。
2009年2月2日月曜日
人間関係の崩れ方・・・
今,私は,教師と生徒の「人間関係の崩れ方」について考えている。中学校の場合,1年生から,教師と生徒との関係ができていくのであるが,それがうまくいかなくなるには,それなりの理由があるのかも知れない。
なぜ,ここまで,人間関係が崩れてしまったのかという理由探しは,やるべきだろうか。今年転任してきた私には過去2年間はわからない。ただ,崩れていると感じる場面に多く出くわす。子どもという視点で見ると,子どもは失敗をする。それを二度としないようにする。これは,当たり前である。
しかし,三度目に同じ過ちをしたときにどう対応するのか。私は,まだまだ若い頃,強く注意した生徒と人間関係が作れなくなったことがある。それは,「何で,同じ事を何度もするんだ。いい加減にしろ。」という思いだけで指導したからだろう。先輩の先生に「子どもは裏切るものだよ。あきらめてどうする。」と言われたのを覚えている。
確かに何度も何度も裏切られると,本当に嫌になる。ただ,相手は,自分の生徒である。少しでも改善させてあげることが,私たちの仕事なのかも知れない。これは,教師の人間性にもよる。
何をどうしていけばよいのか。人間関係が崩れた生徒との関係をどう再構築していくのか。難しいが,取り組んでいかなければならない。若い世代の教師達に,これをわかれといっても難しいだろうな。私もそうであったから・・・。
相手の生徒が「極悪非道」でない限り・・・。
なぜ,ここまで,人間関係が崩れてしまったのかという理由探しは,やるべきだろうか。今年転任してきた私には過去2年間はわからない。ただ,崩れていると感じる場面に多く出くわす。子どもという視点で見ると,子どもは失敗をする。それを二度としないようにする。これは,当たり前である。
しかし,三度目に同じ過ちをしたときにどう対応するのか。私は,まだまだ若い頃,強く注意した生徒と人間関係が作れなくなったことがある。それは,「何で,同じ事を何度もするんだ。いい加減にしろ。」という思いだけで指導したからだろう。先輩の先生に「子どもは裏切るものだよ。あきらめてどうする。」と言われたのを覚えている。
確かに何度も何度も裏切られると,本当に嫌になる。ただ,相手は,自分の生徒である。少しでも改善させてあげることが,私たちの仕事なのかも知れない。これは,教師の人間性にもよる。
何をどうしていけばよいのか。人間関係が崩れた生徒との関係をどう再構築していくのか。難しいが,取り組んでいかなければならない。若い世代の教師達に,これをわかれといっても難しいだろうな。私もそうであったから・・・。
相手の生徒が「極悪非道」でない限り・・・。
2009年2月1日日曜日
上が変われば,学校は変わる!
30年近い教員生活で感じたのは,「上が変われば,学校は変わる!」と言うことである。これは,校長自身が他の人になるという意味もあるが,そうではなくて,校長が「やる気」になって,必死に頑張れば変わるという意味でもある。
今まで,いろんな校長を見てきた。人を見る目があるとは言い切れないが,私が,今でも尊敬している人が校長時代の学校は,必ず「良い方向」に向かっていった。しかし,「なんだ,この校長は!」という人の時には,残念ながら,どんどん悪い方向に向かっていった。
この差は大きい。その人の「力量」にも関わる事だ。しかし,校長として赴任して,どういう学校にしたいかが語れない。あるいは,どこかの本に載っているようなことしか言えない人では,話にならない。私が尊敬している人は,とにかく,私たちと同じ目線になって,生徒と向き合った。その学校は,今は,また「問題を多く抱えた学校の1つ」になっているが,その校長が赴任して3年間で,信じられないほど「問題が少ない学校」になった。
しかし,その人が,転任してからまた元に戻ってしまった。現実的に言えば,校長によって学校は変わってしまうと言うことだ。当然,私たち教師の責任がないとは言わない。でも,教師がさほど変わっていないのに,荒れた学校になってしまったのは,「流れ」が変わったからである。それは,とても小さな事から始まる。今までは,「こうだった」という部分に対して「違う」という指導が入る。やることやることに「違う」と言われてしまう。組織としての機能不全に陥ってしまった。
教育委員会は,本当にもっと,「リーダーとしての資質」や「リーダーとしての役割」を指導してもらいたい。ただ,厳しい言い方をすると,教育委員会にいた人で,疑問に感じる人がいたのもある。まあ,たまたま私と合わなかったのかも知れないのだが・・・。
今まで,いろんな校長を見てきた。人を見る目があるとは言い切れないが,私が,今でも尊敬している人が校長時代の学校は,必ず「良い方向」に向かっていった。しかし,「なんだ,この校長は!」という人の時には,残念ながら,どんどん悪い方向に向かっていった。
この差は大きい。その人の「力量」にも関わる事だ。しかし,校長として赴任して,どういう学校にしたいかが語れない。あるいは,どこかの本に載っているようなことしか言えない人では,話にならない。私が尊敬している人は,とにかく,私たちと同じ目線になって,生徒と向き合った。その学校は,今は,また「問題を多く抱えた学校の1つ」になっているが,その校長が赴任して3年間で,信じられないほど「問題が少ない学校」になった。
しかし,その人が,転任してからまた元に戻ってしまった。現実的に言えば,校長によって学校は変わってしまうと言うことだ。当然,私たち教師の責任がないとは言わない。でも,教師がさほど変わっていないのに,荒れた学校になってしまったのは,「流れ」が変わったからである。それは,とても小さな事から始まる。今までは,「こうだった」という部分に対して「違う」という指導が入る。やることやることに「違う」と言われてしまう。組織としての機能不全に陥ってしまった。
教育委員会は,本当にもっと,「リーダーとしての資質」や「リーダーとしての役割」を指導してもらいたい。ただ,厳しい言い方をすると,教育委員会にいた人で,疑問に感じる人がいたのもある。まあ,たまたま私と合わなかったのかも知れないのだが・・・。
2009年1月29日木曜日
これでも校長なんだ?
学校が大変で,廊下当番や授業エスケープ対応,毎日死にものぐるいでやっている。しかし,私は,見てしまった。用があって,校長室にノックして入った瞬間,校長のノートパソコンには,「ゲーム」の画面。
これだけでも「罷免」に値するな。なぜなら,極限で頑張っている教師達と同じ時間に,ゲームをやって遊んでいるんだ。許せるはずもない。まして,学校を建て直せるはずもない。そんな時間があるなら,一緒に校舎を見回るのが当然じゃないだろうか。
今の学校の話ではないのだが,こういう校長がいる。こういう人を校長に任命した教育委員会がある。まして,もし,教育委員会に所属したことがある人が,こうだったら,どうすれば良いんだろう。
これだけでも「罷免」に値するな。なぜなら,極限で頑張っている教師達と同じ時間に,ゲームをやって遊んでいるんだ。許せるはずもない。まして,学校を建て直せるはずもない。そんな時間があるなら,一緒に校舎を見回るのが当然じゃないだろうか。
今の学校の話ではないのだが,こういう校長がいる。こういう人を校長に任命した教育委員会がある。まして,もし,教育委員会に所属したことがある人が,こうだったら,どうすれば良いんだろう。
2009年1月27日火曜日
何をどうしたいのか!
今年から,転勤し,今の学校で1年が過ぎようとしている。前半,体調を崩した。これは,本当に疲れた。
今,特に生徒指導で,この学校は,何をどうしていくんだという答えが自分では見えてこない。今までには,ない感覚である。だから,どうして良いんだという場面で立ち往生する。中学校3年生ですらそうだから,今までの3年間もこんな感じだったのだろう。
毅然とした態度に出て,子ども達を指導していくのか。それとも,子どもとの信頼関係を築きながら指導を進めていくのか。私にはわからない。毅然とした態度で出れば,当然摩擦は起きる。しかし,正当防衛でも,手を出せないという環境の中で,できるかといえば,まず無理である。にも関わらず,毅然とした指導をしようとしている。この指導は,責任を取る立場の強い意気込みがなければできない。
それに対して,子どもとの信頼関係を築きながら指導していくのは,時間がかかる。周りからは,迎合とも受け取れることもある。
どっちで進んでいるんだろう。私には,わからない。言えることは,毅然とした態度でやろうとしていることだ。その結果,始業式をはじめとした集会は,私が,問題を抱えている生徒の面倒を見ることになる。そうすべきなのかもわからない。文化祭・体育大会にも参加させず,私は面倒を見ていた。何時間も彼らの面倒を見ることが,いかに大変なのかを知ってのことだろうか。
後に,その把握もできていなかったらしいと聞いて,ショックだった。こういう指導をすれば,こうなる。そんなことが,わからない状態で,この方法を追認しているのは,何なんだろう。学校の現状を把握できていないんじゃないかと思えてしまう。
ある時,「最近は,良くなってきた」という発言を聞いた。私は,言いたい。「そりゃそうだよ,そこにいないんだから・・・」
今,特に生徒指導で,この学校は,何をどうしていくんだという答えが自分では見えてこない。今までには,ない感覚である。だから,どうして良いんだという場面で立ち往生する。中学校3年生ですらそうだから,今までの3年間もこんな感じだったのだろう。
毅然とした態度に出て,子ども達を指導していくのか。それとも,子どもとの信頼関係を築きながら指導を進めていくのか。私にはわからない。毅然とした態度で出れば,当然摩擦は起きる。しかし,正当防衛でも,手を出せないという環境の中で,できるかといえば,まず無理である。にも関わらず,毅然とした指導をしようとしている。この指導は,責任を取る立場の強い意気込みがなければできない。
それに対して,子どもとの信頼関係を築きながら指導していくのは,時間がかかる。周りからは,迎合とも受け取れることもある。
どっちで進んでいるんだろう。私には,わからない。言えることは,毅然とした態度でやろうとしていることだ。その結果,始業式をはじめとした集会は,私が,問題を抱えている生徒の面倒を見ることになる。そうすべきなのかもわからない。文化祭・体育大会にも参加させず,私は面倒を見ていた。何時間も彼らの面倒を見ることが,いかに大変なのかを知ってのことだろうか。
後に,その把握もできていなかったらしいと聞いて,ショックだった。こういう指導をすれば,こうなる。そんなことが,わからない状態で,この方法を追認しているのは,何なんだろう。学校の現状を把握できていないんじゃないかと思えてしまう。
ある時,「最近は,良くなってきた」という発言を聞いた。私は,言いたい。「そりゃそうだよ,そこにいないんだから・・・」
2009年1月26日月曜日
残念なこと・・・
今日,授業中に授業を抜け出した生徒が数名いて,私たちはその対応にあたっていた。その場面を見ていた人がいた。学校の管理職である。しかし,私たちが押し問答をしているのを横目で見て,その場を立ち去っていった。
毎時間,自分の授業以外は,この寒さでも廊下番をしている私たち。正直「やってられない」と思った。何か急な用でもあったのだろうか・・・。だとしても,ただただ,任せて終わり。もし,そうなら,私たちが,もっともっと,働きやすい,また,やっていてやる気を失わせない方法があるんじゃないかな。
まあ,いろんなリーダーがいて良いとは思う。やってみせるリーダーも良い。言って聞かせるリーダーも良い。それ以外は,どんな方法で,リーダーシップを発揮するんだろう。
この話,本当だったら,どう思いますか?
毎時間,自分の授業以外は,この寒さでも廊下番をしている私たち。正直「やってられない」と思った。何か急な用でもあったのだろうか・・・。だとしても,ただただ,任せて終わり。もし,そうなら,私たちが,もっともっと,働きやすい,また,やっていてやる気を失わせない方法があるんじゃないかな。
まあ,いろんなリーダーがいて良いとは思う。やってみせるリーダーも良い。言って聞かせるリーダーも良い。それ以外は,どんな方法で,リーダーシップを発揮するんだろう。
この話,本当だったら,どう思いますか?
2009年1月25日日曜日
経験は生きるか?
昭和50年代半ばから昭和60年代前半,荒れる中学校が,全国に出てきた。当時は,外部機関を頼ることを悪とし,学校内で処理をしようとして,後手後手に指導がまわった。
しかし,時を経て今,また同じ事が繰り返されようとしている。確かに,外部機関との連携は当時に比べれば比較にならないほどになっている。しかし,残念ながら,それを経験した教師が減ってしまっていると言うことである。あの時,何をし,何を思って行動したかを語れる教師が減った。
特に,前線で活躍していた教師の多くが,管理職となり,当時とは違った行動をせざるを得ない。そこには,管理職として言えないこともあるだろう。
今,当時を知らない教師達が,学校の中心となってきている。あたかもそれに間違いがないと感じているのかも知れない。しかし,私から見れば,そんなんじゃない。そんなに簡単なものじゃない。だから,この方法は,考え直した方がよい。そう思う場面が多い。
もはや,私たち50歳を超えた,しかも,あの荒れる学校を経験した教師の経験は,生きる道を失われつつある。残念である。ただ,今の方法だと,また,同じ結果を生むとしか思えない。せめて,あの経験をした,管理職に頑張って,若い世代の教師達を育ててもらいたい。
しかし,時を経て今,また同じ事が繰り返されようとしている。確かに,外部機関との連携は当時に比べれば比較にならないほどになっている。しかし,残念ながら,それを経験した教師が減ってしまっていると言うことである。あの時,何をし,何を思って行動したかを語れる教師が減った。
特に,前線で活躍していた教師の多くが,管理職となり,当時とは違った行動をせざるを得ない。そこには,管理職として言えないこともあるだろう。
今,当時を知らない教師達が,学校の中心となってきている。あたかもそれに間違いがないと感じているのかも知れない。しかし,私から見れば,そんなんじゃない。そんなに簡単なものじゃない。だから,この方法は,考え直した方がよい。そう思う場面が多い。
もはや,私たち50歳を超えた,しかも,あの荒れる学校を経験した教師の経験は,生きる道を失われつつある。残念である。ただ,今の方法だと,また,同じ結果を生むとしか思えない。せめて,あの経験をした,管理職に頑張って,若い世代の教師達を育ててもらいたい。
2009年1月24日土曜日
夢(ビジョン)を語れ!
義務教育段階での学校は,地域の学校に通わなければならない。当然,そこには,多くの「差」が生じる。私も6校に勤務し,その「差」を感じてきた。
しかし,その中でも「夢(ビジョン)」を語るリーダーはいた。一番は,校長のはずだが,そうでなくても,教頭・教務主任,そして学年主任にもいた。しかし,まずは,それを語れる雰囲気を作る役割の人が徐々に減ってしまった。そう感じるのは,自分が歳を取ったせいかも知れない。
ただ,去年まで,私は,常に子ども達に「夢」を語ってきた。過去には,学年主任として,学年全体に「夢」を語ってきた。学校には,努力目標なるものがある。そこに何が書かれ,それに向かって各所で教師達がどういう努力をしていくか。それに,どう助言していくのか。本当に,今,機能している学校はいくつあるんだろうか。
アメリカで,新大統領は,演説で「ビジョン」を語った。何も,難しい演説をしろと言っているのではなく,1つの組織を動かす「夢(ビジョン)」を語らないと,同じ場所にいながら,ちぐはぐな学校ができてしまう。そこに,学年間の差ができ,同じ方向を向かない学校になってしまう。何度も経験したことだ。これを立て直そうと考えている人たちが,動きやすく,地域から信頼される学校作りを真剣に考えていかないと「学校間格差」は,開く一方である。
たまたま,今書いたことを実践した数人に出会っている。今も,一人の教務主任に期待をしている。それを支える体制ができていない。そう思えるのである。教育委員会は,頑張る人を支える仕組みを考えてほしい。名誉職はいらない。
しかし,その中でも「夢(ビジョン)」を語るリーダーはいた。一番は,校長のはずだが,そうでなくても,教頭・教務主任,そして学年主任にもいた。しかし,まずは,それを語れる雰囲気を作る役割の人が徐々に減ってしまった。そう感じるのは,自分が歳を取ったせいかも知れない。
ただ,去年まで,私は,常に子ども達に「夢」を語ってきた。過去には,学年主任として,学年全体に「夢」を語ってきた。学校には,努力目標なるものがある。そこに何が書かれ,それに向かって各所で教師達がどういう努力をしていくか。それに,どう助言していくのか。本当に,今,機能している学校はいくつあるんだろうか。
アメリカで,新大統領は,演説で「ビジョン」を語った。何も,難しい演説をしろと言っているのではなく,1つの組織を動かす「夢(ビジョン)」を語らないと,同じ場所にいながら,ちぐはぐな学校ができてしまう。そこに,学年間の差ができ,同じ方向を向かない学校になってしまう。何度も経験したことだ。これを立て直そうと考えている人たちが,動きやすく,地域から信頼される学校作りを真剣に考えていかないと「学校間格差」は,開く一方である。
たまたま,今書いたことを実践した数人に出会っている。今も,一人の教務主任に期待をしている。それを支える体制ができていない。そう思えるのである。教育委員会は,頑張る人を支える仕組みを考えてほしい。名誉職はいらない。
2009年1月4日日曜日
人間も物扱い!
今日,テレビを見ていて,今問題となっている「非正規雇用」の事が話題になっていた。その中で驚いたのは,正規社員は「人事課」が扱い「非正規雇用」は,「物品課」が扱っているという話が出て,唖然とした。
日本は,今どちらに進もうとしているのか。アメリカの真似ばかりする国になろうとしているのか。日本には日本の「やり方」があっても良いと思う。国際競争力を高めるためなら,人を人とも思わないやり方が通用するんだとすれば,もはや,人のための国ではない。私はそう思った。
人を人として扱う国,それが日本の「心」だったんじゃないだろうか。私も最近,こういう思いがしている。30年近く働いてきて,初めて「物」として扱われてきたことを感じた。機械のように,これだけのことができるから,これをやらせる。ここには,「感情」はない。ご苦労様という気持ちもない。温情をかけてもらえた時代はどこかにいってしまい,今や,働く者は,「物」として扱われる社会。世も末だ。そう感じている。
今,日本の歩むべき方向を,真剣に考えていきたいものだ。そこには,教育の大切さが出てくるはずだ。その教育に携わる者達が,「心」を忘れていたのでは,「心豊かな子ども達」が育っていくわけがない。自分の事しか考えない,「わがまま」な子どもが育っていくだろう。
なぜ,教員をはじめ,教育委員会は,それに気付かないんだろう。学力向上は,必要だ。でも,それより上にあるもの,あるような気がする。勉強だけで競争して,それで,幸せなんだろうか。そのほころびがあちこちで「事件」という形で出てきているのに,なぜ,気付かないんだろう。あれらの「事件」は,特別じゃない。いつでも起こりうると私は,子ども達を見ていてそう思う。
日本は,今どちらに進もうとしているのか。アメリカの真似ばかりする国になろうとしているのか。日本には日本の「やり方」があっても良いと思う。国際競争力を高めるためなら,人を人とも思わないやり方が通用するんだとすれば,もはや,人のための国ではない。私はそう思った。
人を人として扱う国,それが日本の「心」だったんじゃないだろうか。私も最近,こういう思いがしている。30年近く働いてきて,初めて「物」として扱われてきたことを感じた。機械のように,これだけのことができるから,これをやらせる。ここには,「感情」はない。ご苦労様という気持ちもない。温情をかけてもらえた時代はどこかにいってしまい,今や,働く者は,「物」として扱われる社会。世も末だ。そう感じている。
今,日本の歩むべき方向を,真剣に考えていきたいものだ。そこには,教育の大切さが出てくるはずだ。その教育に携わる者達が,「心」を忘れていたのでは,「心豊かな子ども達」が育っていくわけがない。自分の事しか考えない,「わがまま」な子どもが育っていくだろう。
なぜ,教員をはじめ,教育委員会は,それに気付かないんだろう。学力向上は,必要だ。でも,それより上にあるもの,あるような気がする。勉強だけで競争して,それで,幸せなんだろうか。そのほころびがあちこちで「事件」という形で出てきているのに,なぜ,気付かないんだろう。あれらの「事件」は,特別じゃない。いつでも起こりうると私は,子ども達を見ていてそう思う。
2009年1月1日木曜日
謹賀新年!
2009年がスタートしました。昨年は,本当に今まで経験したことがないことが多くあり,自分自身も体調を崩すほどでした。今年は,まずは,体調を元に戻すこと,そして,今の学校を「ごくごく普通の子ども達にとって良い学校」にするべく頑張りたいと思います。
この正月休みにも,いろんな事が頭に浮かんできました。ただ,今の体力・体調では,相当の困難が予想されます。これは,一人ではなく,多くの人力で突き進んでいく必要があると思っています。
さて,届いた年賀状には,教え子達の近況が書いてあります。みんな頑張っているなと思うと共に,多くが親になっていて,これから大変な時期に入る人も多くいました。どう子ども達を育てていくか,また,会ったりしながら考えるきっかけにしていきたいと思います。最近は,メールという便利な道具があるので,すぐに,意思の疎通が図れます。ありがたいことです。
このブログも,思ったことを書きつづっていきますのでよろしくお願いします。
さて,今日は,初詣に行きました。そこでは,若者にも多く出会いました。その中で,その行動に疑問を感じることもあり,「自由」をはき違えた「自分勝手」な若者が増えてきている現実を見ました。私は,数年前より,この問題に取り組むというか,いろんな場面で中学生を相手に話したり,考えさせたりしています。
勉強の成績だけを求める時代,集団としての行動は,誰がどこで教えていくんでしょうか。それをしている教師を何人も見てきました。それを見て,私もその一員になろうと思いました。しかし,それを評価する人が少ないのに愕然とするのも事実です。教科の実践など,紙に書いた文章は評価されます。これを否定することはないのですが,生身の子どもの変化を直に評価する人をリーダーにしていく時代だと,私は思います。
それをしてこなかった結果,また,ここ数年は,荒れた中学校時代に戻るのです。だって,この親を育てたのは,保護者と私たち教師なんですから・・・。
この正月休みにも,いろんな事が頭に浮かんできました。ただ,今の体力・体調では,相当の困難が予想されます。これは,一人ではなく,多くの人力で突き進んでいく必要があると思っています。
さて,届いた年賀状には,教え子達の近況が書いてあります。みんな頑張っているなと思うと共に,多くが親になっていて,これから大変な時期に入る人も多くいました。どう子ども達を育てていくか,また,会ったりしながら考えるきっかけにしていきたいと思います。最近は,メールという便利な道具があるので,すぐに,意思の疎通が図れます。ありがたいことです。
このブログも,思ったことを書きつづっていきますのでよろしくお願いします。
さて,今日は,初詣に行きました。そこでは,若者にも多く出会いました。その中で,その行動に疑問を感じることもあり,「自由」をはき違えた「自分勝手」な若者が増えてきている現実を見ました。私は,数年前より,この問題に取り組むというか,いろんな場面で中学生を相手に話したり,考えさせたりしています。
勉強の成績だけを求める時代,集団としての行動は,誰がどこで教えていくんでしょうか。それをしている教師を何人も見てきました。それを見て,私もその一員になろうと思いました。しかし,それを評価する人が少ないのに愕然とするのも事実です。教科の実践など,紙に書いた文章は評価されます。これを否定することはないのですが,生身の子どもの変化を直に評価する人をリーダーにしていく時代だと,私は思います。
それをしてこなかった結果,また,ここ数年は,荒れた中学校時代に戻るのです。だって,この親を育てたのは,保護者と私たち教師なんですから・・・。
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