今朝の新聞で,昨日のボートの転覆事故で,重体だった生徒が亡くなったことを知った。取り返しがつかないことになった。昨日も書いたが,とんでもない「判断ミス」をしたことに私たち教員は,猛省をしなければならない。
ただ,本当に今回の「判断」は,疑問が残る。この生徒は,この「判断ミス」によって,命を奪われた。海と陸では,全く違う。にもかかわらず,陸上で行う行事と同じ判断をしてしまったのではないか。私たちは,観光船に乗るときでさえ,万が一のことを考え,指導する。今までにも,修学旅行で「隅田川の観光船」や「箱根(芦ノ湖)の観光船」に乗ったときもそうだった。下見でしっかり確認し,どういう場合に中止になるのかとか,万が一の時はどうするのかを綿密に確認してくる。当然,船から落ちたときも確認してくる。
今回のボートでは,緊急時の対応を教職員は確認していたのだろうか。船が動けなくなったとき,どうすうのか。波が高いときにどうするのか。私は,以前,漁村体験では,生徒が行う体験をすべて体験し,万が一船から落ちたときのことも実際に体験している。当然,海上で気分が悪くなった場合のことも対策を考えていた。こういう事を確認して,安全策を確認して行事を実施した。漁村の人たちも十分安全を考えているが,やはり「プロ」で慣れもあって,「これくらい」という思いがあるかも知れない。だからこそ,生徒の目線で考えるのである。また,泳ぎが苦手な子がいると考えて行事の方法も考えるのである。
いずれにしても,今回は,学校や教育委員会の責任はとても重い。生徒の命を守る教職員として,何を一番に考えているか。そんなことを今更言わなければならないほど,今の学校は,鈍感になっているんだろうか。私は,決してそうじゃなく,教員一人ひとりが自分の「考え」をしっかり持つことが必要なのに,すべてをマニュアル化し,そのマニュアル通りに動くような組織になってきてはいないだろうか。そこに,本来人間が持っている危険回避の感覚が麻痺し始めているような気がする。
今回のようにマニュアル通りでないことに対応できない組織に危機感を持つのである。私たちが若い頃,いろんな知識を持った人がたくさんいた。当然,山の知識も海の知識も・・・。なぜ,そういう人が減ってしまったのか。教育とは,いったい何を教えるのか。学習だけで良いのか。人を教えるには,それだけの知識も当然だが,人間としての強い意志もいるんだろう。
今回,校長の判断ミスは責められる。それにも増して,私は,誰も校長に「やめた方が良いですよ!」と言えなかったことが信じられない。何度も校長に意見を言ったことがある私としては,許せない気持ちである。
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