特別教室の窓ガラスが何度も割られている。しかも,木製の窓枠まで折れるほどの力で割られた。とうとう,ガラスを替えるのではなく,窓自体をベニヤ板で封鎖することとなった。今,授業中に何人もの生徒が抜け出し,器物破損をしたり,防火扉を閉めたり,喫煙をしたり・・・。学校が教育という場であることを忘れさせるような出来事に無力感を持って毎日を送っている。
今思い出すと,こういう事をしたのは,もう30年ほど前である。昨日,小中校生の「暴力事件増加」という記事が目に入り,それを読むと,70年代から80年代にかけて「荒れる学校」が報道されて以来という。確かに,当時は,教員に成り立てで,これが現実なんだと驚いた。
しかし,今また,同じような状況になってきた。1つ思うことは,あの時代を過ごしたのが,今中高生を持つ親になっているということ。学校に対する思いで言えば,教師に対して良い思いがない世代なのかも知れない。一部とはいえ,そういう生活をした中学生がいたのは事実である。
ただ,兆候は,前から出ていて,また,当時の経験がある年代も50を過ぎ,対応が後手に回ってしまうこともあるように思う。残念なのは,当時を知る人たちが管理職になっているはずなのだが,その対応に疑問があったりする。また,今の管理職の中には,若い人も多く,「荒れる学校」を経験していない人が増えた。結果として,どう対応して良いのかわからないというのが現実ではないだろうか。
それでいて,経験者に耳を傾けるという姿勢ではないとなると,ますます学校は,疲弊する。また,それをフォローできる体制が教育委員会にあるのかも疑問である。
私のこういう思いや疑問を,自分の周りの人たちと話すことが多い。意見が言える人は,自分自身がそういう「荒れた学校」を経験した人である。ものすごく嫌みを言えば,「あの時,逃げ回っていた人が偉くなっているんだよ」と聞くと,もう言う言葉がなくなる。
学区外通学を認めない教育委員会は,明らかに,教育環境に学校間格差がある現実があるにもかかわらず,学区内の学校へ通えと言えるだろうか。言うなら,どの学区でも,せめて,授業が成立してる必要がある。それができてない以上,私は,学区内の学校に行けと言う前に,学校を学校らしくするのが先だろう。
現実にそうでない学校があることは把握している。しかし,その対応は学校任せ。言い方は悪いが,自分たちの保身か何かわからないが,報告書だけはしっかり出させる。荒れた学校が報告書を出して立てなおるなら何も言わない。しかし,出すのは,何のためだろうと思うことの方が多い。マスコミや議会や議員に追求されたときのためじゃないだろうか。その報告書を元に,現場に対して,どういう方法を取ればいいかを指示するなら意味のある報告なんだが・・・。
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