注意した生徒が向かってくる。しかも,殴らんばかりの勢いで・・・。また,近づいてきて足を思いっきり蹴り飛ばす。しかし,私たちは,明確に反撃をしない。ただ,しないのではなく,できないという意識がある。
もう随分前だが,学校は,生徒の指導で,「これは許せない!」と言うことには,厳しい指導をして学校の秩序を守った。しかし,「体罰」問題が,大きくクローズアップされ,新規採用者への講習でも何度も語られ,もう,若い教師には,厳しく指導することが間違いだというような風潮にすらなりつつある。
何も「体罰」を100%肯定しているのではない。ここは理解してほしいのだが,弱い立場の子に暴力を振るっている場面で,「言葉で指導」をしていたんじゃ,その子は,殴られっぱなし。先生を殴っても何もないと思っている子は,平気で手を出す。百歩譲って「緊急時でも手を出さない」と言うなら,生徒が暴力を振るったら,警察へ届けて,その警察が,犯罪として扱うくらいの体制がないと,私たちは,殴られても何も言わない,ただのサンドバッグかとさえ思う。
しかし,警察の動きは,残念ながら,私たちの思いとはかけ離れている。「何で,先生達が指導せんのか」「俺たちの言うことは聞くのに・・・」という。これは,当たり前で,警察で同じ事をしたら,どうなるかくらいは知っている。ここに,学校と警察との連携が必要になる。
今までにも,恐喝事件やいじめの事件で,学校と警察の連携の悪さから,大きな事件に発展したことがある。たぶん,教育委員会や警察とでは,話し合いはされているだろう。しかし,現場へは浸透していない部分があるような気がしてならない。
ある仲間が,生徒から殴られたとき,警察から帰ってきてひと言,「たぶん,俺たちの誰かが死んだら真剣に考えてくれるんだろうな」と言った言葉が,いまだに頭に残っている。
いじめが問題になった頃,文科省は「正当防衛にあたる有形力の行使は体罰ではない」というような見解を出している。しかし,校長の中には,それすら知らないという現実も以前経験した。一部の学校の中には,「指導の限界」を感じ,あるいは,超えている状態があることを知ってもらいたい。数年前,名古屋市内の中学校で,職員室が占拠され,校長が殴られるという事があった。もう,記憶から消えつつあるだろうが,「もはや,学校は学校でない」と言っても良い状況を,早く把握し,他からの指摘で動くのではなく,学校に直接携わっている立場の組織から,プランを出していかないと,何度も何度も同じ事を繰り返すことになるんだろう。
今の時代的に言えば,「誰かが責任を取る」と言うことだろう。責任の所在がはっきりしていないので,どうなったのかわからない。学校を指導する立場,当該校を指導する立場の人が,指導できない場合の責任を明確にするだけで,もっと,こういう問題は前に進むと思う。教育委員会内の人たちが,前面に出て,指導をすべきじゃないかと思っている。
話は変わるが,先日の小学生の放火も,新聞の論調は,教育委員会に報告がしてなかったと書いてあった。新聞の論調通り行けば,その小学生に「こういう指導をするように・・・」と言わなければならないことになる。もし,報告したのに,指導方法を打ち合わせていなかったら,その担当者の責任と言うことになるんだろう。とても厳しい言い方をすれば,「校長」にだけ責任を取らせるような姿勢は絶対にあってはならないと思う。校長の指導のもと,毎日積み重ねて尚,うまくいっていない状況にも関わらず,校長の頑張りを否定するようなことではなく,指導する立場にいる人が,責任を持って,学校に乗り込んでくるくらいの人がいてほしいと願う。私は,そういう人が,教育委員会に入って頑張るべきだと常々思っている。
私の周りにも日々生徒向き合い,アイデアを出し,指導をしている。そういう人がいるのに・・・。その人が教育委員会に入ったら,学校現場も,助かるだろうなと言う人である。
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