2009年3月21日土曜日

立て直しの記録(1)

 今までにも書いてきたように,今までの6校中5校が,いわゆる「荒れた学校」での勤務だ。その中で,立て直しを目指した学校がいくつかあった。その1つの学校の建て直しの道筋を少しだけ,書こうと思った。理由は,現在勤務している学校の「目指す姿」が,自分でも見えてこないからである。

 その学校に赴任したとき,学校は荒れ放題,授業中に生徒が,あちこちにいる。廊下を徘徊したり,勝手に外に出て,食べ物を買ってきて食べていたり,注意をする教師にくってかかったり,わざと,教師の前でたばこを吸ってみたり・・・。書き出せばきりがないほどの状態だった。

 そこで,ある先輩教師が「学校を立て直していきたい」と言うところから,スタートした。連日,授業後に話し合いをした。学校でも当然だが,学校外で数人が集まって,食事を共にしながら話した。そこには,必ず,当時の校長も同席した。校長自身も「自分のいる間に立て直したい」と訴えた。

 そこで,まず,校長は,自ら「問題ある生徒」と接する時間を増やしてもらい,私たちは,数年かかってでも立て直すには何をしていくべきかを考えた。まず,校長は,早速実践していった。しばらくして,校長室で何人もの生徒を集め,話をしたり,勉強を教え始めるなど,私から見ても頭の下がる思いだった。
 このことで,私たちは,多少時間的に余裕ができた。そこで,他の普通に頑張っている生徒に授業をする中で,学校を立て直したいと言うことを,訴えた。それに,多くの生徒は,賛同していると受け取れた。

 私たちがしたことで,まずは,「上級生の悪い部分を見せない」という事を徹底することにした。朝会でも実践した。極端に言えば,できないと判断したら,取りやめるか,学年ごとの朝会とした。校長は,極端な場合,3回同じ話をすることもあった。とにかく,一緒に行動する行事などは,本当に体を張って,行動した。

 校長と共に「立て直し」を誓った数人が,2桁に増え,ますます,「立て直し」の機運が高まっていった。そして,とんでもなかった3年生を卒業させ,いよいよ1年生からの「立て直し」を始めた。当初から,多くの目標を掲げ,先輩教師をリーダーに,教師は,徐々に立て直すんだという行動に出て行った。
 当然,すぐに良くなることはなかった。3年計画のつもりで始めた。紆余曲折はあったが,立て直しを誓ったこの学年は,大きなトラブルはなく,行事などもできる状態になった。残念ながら,ここで,校長の転任という事があり,また,私たちは,戸惑いを隠せなかった。次に赴任した校長は,私たちの思いとは違って,自らが進んで,生徒に接する事はなかった。校長室から,出てくるのは,朝の打ち合わせと職員協議会のときぐらいという人だった。
 しかし,ここで,次に教務主任となってきた教師が,私たちの意をくみ,この実践を引き継いでくれた。リーダー的な先輩と教務主任を中心に,私たちは,次へのステップを踏み始めた。そして,この3年間で,学校は,見事に立ち直りを見せた。朝会は,全学年でできるようになり,行事も,多少のトラブルでできるようになり,卒業式も平穏の内に終えた。
 ここまでに,「立て直そう」と心に誓った教師達も転任が始まり,まず,1番のリーダーが去ることになり,次に私がその大役をやることとなった。ただ,私に残された年数も2年となっていた。そこで,次への引き継ぎを2年間で,新しく来たメンバーに伝えていくことになった。

 しかし,私が転任して3~4年後,また,この学校は,元の状態まで戻ってしまったと聞いた。私の予想だが,リーダー不在と,教師集団の組織力が落ちてしまったのではないか。落ち着いてくると,教師集団も油断をするのではないか。そんな思いをした。

 この学校での,立て直しのキーマンは,生徒指導を共にやってもらえた校長(当時)と,教務主任(当時)。そして,先輩教師だろう。この人たちがいなかったら,立て直しは不可能だったに違いない。3人とも私の尊敬する人たちである。
 現在,当時の先輩教師は,ある中学校で教頭になり,この時の教務主任は,教育委員会にいる。本当に,体を張って学校を立て直した人たちが,教頭・校長になってもらいたい。また,「立て直し」をするんだという意気込みを持った人を教頭・校長にしてもらいたい。それだけではダメだ。研究も大切だと言うかも知れない。ならば,問題を抱えた学校の管理職には,せめて,そういう経験のある人材を派遣すべきだと思う。

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