たまたま,生徒と話をしていて,私の年齢の話から,「長生きはしたくないね」と言う子がいて,それにその場にいたほとんどの子が「そうだね」と言う。
本音なのかどうかは計り知れないが,今,若者達は,「長生きしたくない」と思っているんじゃないかと思えてならない。これは,今の高齢社会を見聞きし,自分の将来に大きな不安を持っている証拠ではないだろうか。
子ども達に「明るい素晴らしい未来があるんだ」と教えるべき私ですら,「長生きはしたくない」と思ってしまう。将来に不安がある。その不安を解消するには,お金が一番だと思わせる社会になってきてはいないか。
人間は,一人ではなく,多くの人たちと共に支えながら生きているという部分がなくなりつつあるような気がする。しかし,今,子ども達は,一人だという孤独感にさいなまれている。だから,携帯やそれを利用したサイトへ走っていく。寂しいんだと言うこともあるが,よくはわからないが「不安」なんだろう。
これをどう,解消し,将来に目標を持てるかを私たち大人が考えていくべきだろう。ただ,大人が,自分の事しか考えない社会。自分だけが良ければよいという社会。その親に育てられた子ども達。こんな事繰り返していたら,本当に,皆孤独になってしまう。
「ゆとり」がダメだと,来年度から教育課程もかわる。どんなに言葉で書いたって,実社会とのずれが大きければ,中学生くらいになれば,そんなことは,すぐに見破る。「ゆとり」は,必要だ。だけど,学力だけが人間に必要なことではないはず。子ども達が,志を持って生きていくことが大切。でも,多くの大人は,「学力低下」がいけないと,学力が何にも増して一番だと言う。それに,押されるように文科省も同調する。「それは違う」となぜ言えないのだろうか。
このままでは,子ども達は,どんどん孤独を味わい,仲間との語らいを忘れ,勉強ができなければダメ人間だと評価されると感じる。こんな事で良いわけがない。
今年,卒業させた子ども達,とても大変な子ども達だったが,1年つき合って思ったことは,私たち教師を含めた周りの大人達が悪くしてしまったのではないかと思う。そういう思いを持って,子ども達を育てていくべきである。この不景気で,親は子どもの事ばかり考えていられなくなる。寂しさを訴えられない子ども達は,どんどん増えていくだろう。
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