2008年4月2日水曜日

やっぱり都合の良い物だったと実感。

 新しい学校に行き,自分の所属学年も決まった。ただ,些細な?私の希望は聞き入れられなかった。その些細な希望とは,息子の入学式に出たいというもので,こういう仕事をしていたら無理なんだが,唯一今年は,それが可能な学年があり,それを希望したが,全く連絡もなく聞き入れられなかった。
 今まで30年近く,自分の子どもの入学式や卒業式には出られなかった。夫婦とも教員である宿命であるが,中には,その些細な希望が叶って自分の子どもの式に出られた人もいる。しかし,私は,とうとう聞き入れられなかった。「あいつ,ここまで頑張ったから,1つくらいは言うこと聞いてやろうか」という気持ちにならない学校。冷たいと感じている。
 今回行った学校を見て,私がこの学年にいなければならない理由はない。単純なチェンジもできる状況に見える。もし,そうでないなら,なぜ,説明をしないのか。同じ給料をもらっている教員で,言うことが聞いてもらえる人と聞いてもらえない人の違いは何か。
 息子の入学式次第には,「保護者と必ず同伴してください」と書いてある。親戚も近くにいない我が家は,保護者にかわる人なんかいない。結果として,同級生の保護者に頼むことにした。 約30年で始めて,学年の所属について「わがまま」を言った。たった1回。 一度くらいは,約30年間学校のために頑張ったんだから,叶えてほしかったな。「学年主任を・・・」「進路主任を・・・」という無理な事を聞き入れてきた自分に腹立たしくもある。こういう場面で,1つの駒でしかない自分を実感するのである。

 今は,命令以外の「お願い」される仕事は,何も引き受けないと誓ったのである。

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